中国経済新論:日中関係

求められる対中進出日系企業の競争力強化策

金堅敏
富士通総研経済研究所 上級研究員

1961年生まれ。中国浙江大学工学部、同大学院を卒業。1997年横浜国立大学大学院を修了、国際経済法の博士号を取得。1998年より富士通総研経済研究所の上級研究員をつとめる。専門はアジア経済、特に中国の貿易と投資に関する政策研究を中心に、『自由貿易と環境保護』、「中国WTO加盟のインパクト」、「日米欧企業の対アジア投資戦略」など、著書や論文を多数発表している。

日系企業による対中投資の再加速

WTO加盟を控え世界各地からの対中投資が加速している。しかし、90年代後半まで華人経済である香港を除いて最大の対中投資国であった日本からの投資は、1994年をピークに減りつづけ、対照的に欧米からの対中投資は安定した拡大ぶりを見せている。その結果、中国市場における日系企業のプレゼンスが欧米企業に比べ日増しに低下している。90年代後半の日系企業の対中投資の停滞は、国内経済低迷や企業業績の不振といった要因もあるが、本社サイドからみた中国事業の低収益性が、対中投資を慎重に決めることに大きく寄与したと見られる。中国のWTO加盟が確実になることや中国の産業集積が進んでいることなどから、2000年後半に入ってから日系企業の対中投資機運が再び高まり、生産の対中シフトが加速するようになってきた。

しかし、ムードに乗りやすい日系企業にとって、対中投資戦略・マネジメントの再検討なしに投資を加速することは、90年代の繰り返しにならないのかという疑問を抱かざるを得ない。以下、日本の対中投資収益性を高めるための競争力強化策を考えてみたい。

日本企業の対中進出の特徴と課題

日本では、中国に投資している日系企業の低収益性について、中国当局による政策の突如の変更や恣意的な運用など、中国の未整備な投資環境・経営環境が当初の事業計画を狂わせ、採算が取れないケースが増えたとの認識が一般的である。しかし、現地調査を通じて、筆者は、中国における日系企業の経営不振は、競争の激化と日本式経営の限界に起因する部分が大きいと考える。その最大の要因として挙げられるのが、日系企業の中国進出の目的が変わったことである。1990年代半ば以前の対中進出は、安い人件費・土地代を求める輸出加工型の進出が中心であったが、90年代半ば以降は、中国の市場開拓を目指す現地販売型進出へと変わってきた。ところで、中国には、日本のみならず、欧米、韓国・台湾などからも企業が中国市場参入を目指して積極的に進出している。また、中国ローカル企業のキャッチアップも急速であることから、現地販売型企業はきわめて厳しい競争に直面している。この意味で中国市場は日系企業が慣れ親しんでいるASEAN市場と、根本的に異なる。しかも、営業、R&D、マネジメントなどで現地スタッフ・従業員抜きには、国内市場の開拓は不可能に近いが、現在の中国における雇用形態・賃金体系は米国型に近く、日本式企業経営(終身雇用、年功序列など)では対応できないといった問題に直面する。「強い工場と弱い経営」という日系企業の課題は、中国でも見られる。

中国市場で、欧米をはじめとする外資系企業との競争やローカル企業からのキャッチアップを勝ち抜くためには、日系企業は「閉鎖された国有企業が主体である中国市場」という先入観を捨て、競争力強化のための対中投資戦略・マネジメントの再検討を早急に行う必要がある。

競争力強化への提言

以上のことから、日本企業が中国国内市場を目指す場合、以下の対応がきわめて重要である。

1)トップレベルの技術や製品を投入すること

これまで日系企業の技術戦略は中国国内の技術レベルをベンチマークにして、それを超えた優位性を維持できればいいということであった。しかし、それでは外資企業同士によるグローバル競争になっている中国市場において、世界レベルの技術競争に遅れをもたらすことになりかねない。したがって、日系企業の技術が欧米先進国企業の技術と競争になる場合には、対中投資の技術戦略としては、中国国内の技術レベルはさておきグローバル競争に勝てるような「独占的」な技術の投下が必要となる。しかも、欧米企業の技術動向を意識しながら常に追加投資の準備を整えておくべきであろう。実際、日系企業の中には、投入技術を誤って敗退したケースがある一方、逆にトップレベルの技術を導入して、一気にシェア・ナンバーワンになったケースもある。

2)現地R&Dを強化すること

技術サイクルの短縮化に伴う生産・開発の一体化、部品の調達の現地化、中国消費市場構造の変化への対応、現地技術者・大学・研究所など研究基盤の活用など、種々の理由から研究開発の現地化が急がれる。しかし、これまで欧米企業と比べ、日系企業の出足は遅いといわざるを得えない。中国では数多くの研究機関や大学があり、さらに素質のよい研究者を抱えているが、遂行能力はあっても、研究計画の策定や研究実施方法、事後評価などのノウハウは欠如している。うまくやれば、かなり安価な対価で中国の研究実施能力を利用できる。方法としては、新規設立よりも現地大学との提携や、現地研究機関の買収が手っ取り早い手法ではないか。

3)「現地化」を極力推進すること

「現地化」は中国投資成功のキーワードであるといっても過言ではない。特に、ヒトとマネジメントの現地化を通じて、現地社員のやる気を引き出すことがポイントとなる。「現地化」の面では日系企業は欧米系企業に比べ遥かに遅れを取っている。したがって、主要ポストをすべて本国からの派遣社員で占める年功序列の賃金制度といった従来の日本のやり方では、現地の士気をそぐだけである。また、現地の事情に合わせて臨機応変に対応できるよう、現地企業の独立性も高めなければならない。中国でドイツ企業が一気に成功しているのはこの側面が強いからである。

ただし、いくらヒトとマネジメントの現地化といっても、そのチェック・モニタリングを厳格にやらないと、現場が暴走する危険が大きくなる。この点、欧米企業は、現地化のみならずその結果から生じた不安に対する対策としてIT(統合機関業務システムEPRなど)を活用している。情報ネットワークを活用して本国から各地の事業を違法性や経営目標の達成度も含めモニタリングを行う。このような点で、日系企業は欧米企業から学ぶべきところが多い。

2001年10月15日掲載

2001年10月15日掲載

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