Special Report

AIは成長エンジンとなるか

長岡 貞男
プログラムディレクター・ファカルティフェロー

生成AIの普及もあって、経済成長の牽引役の一つとしてのAIへの期待が高まっている。AIが経済成長に大きな影響をもたらす可能性があるのは、それが汎用基盤技術(General Purpose Technology)の特徴を持っているからである。汎用基盤技術は経済で幅広く活用され、活用される下流部門でのイノベーションを促し、それがさらに基盤技術自体のさらなる進歩をもたらす好循環をもたらす。半導体技術はこのような好循環によって、ムーアの法則に示されるような持続的な技術進歩とそれを利用した多くの製品、サービスによるイノベーションをもたらしてきた。 AIの場合も 同様のメカニズムが強力に作用すれば、成長エンジンとして機能する。本コラムでは、最近の研究を踏まえて、その可能性を検討する。

1. AI利用の普及

以下の図1が示すように、代表的な生成AIであるChatGPT(注1)は2022年11月にリリースされたが、利用者数は急速に拡大し、2024年の8月で2億人、3年を待たない2025年10月にはユーザー数は8億人に達している。また、そのパフォーマンスは、以下の図ではMMLU(Massive Multitask Language Understanding)という指標を示しているが、右軸で値の70%は学部レベルの学生の理解、88%を超えると専門家の中央値を多くのタスクにおいて匹敵するか超えるとされており、2024年9月のChatGPTバージョンでは、これに到達している。このような能力向上と、個人ユーザーは無料でも利用できることが利用者の拡大をもたらしている。なお、以下の図1はChatGPT(GPT-5)で作成している。

図1. ChatGPTの利用者数(左軸)とパフォーマンス(MMLU accuracy、右軸)の動向
図1. ChatGPT の利用者数(左軸)とパフォーマンス (MMLU accuracy、右軸) の動向
出所:公開データソースからOpenAIのChatGPT (GPT-5)の助けを得て作成。
注)(weekly) 、(monthly)とはそれぞれ、観測された週(月)で1回以上利用した利用者数。

2. AI利用の効果

2. 1 下流の生産性

生成AIは広く利用されるようになっていることに加え、多くの利用タスクにおいて、大きな効果があることが示されている。Eloundou等(2023)の研究によれば、米国の労働者が行っているタスク全体(注2)の約15%において、ChatGPTを利用することで、タスク実施の品質を下げることなく、所要時間を半分以上短縮できる見通しがあることが示唆されている。更に、ChatGPTと補完的なソフトウエアやツールを組み込むと、この割合は全タスクの47~56%に増加すると示されている。

生産性への大きな効果については、ソフトウエア開発について、ランダム化された比較試験によって、因果関係が強固な証拠が示されている。Peng等(2023)は、生成AIの支援を受けられる処理群のエンジニアは、対照群のエンジニアと比較して課題を55.8%より早く完了した。またこのような処置効果は、プログラミング経験の少ない開発者、年長のプログラマー、1日あたりのプログラミング時間が長い開発者で大きいことも確認されている。生成AIは、知識や経験の格差による、プログラマー間の生産性の格差を小さくする効果があることも示唆している。

生成AIが経済全体に与える影響は、生成AIを潜在的に活用できるタスクがどの程度の比重を占めているか、また企業や個人がそれを採算が合う形で活用できるかに依存する。Acemoglu(2024)は、この点を考慮しながら、Eloundou等(2023)の結果を活用してマクロ経済への影響を試算している。それによると今後10年間で採算が合うAI活用に限定すると、その効果はTFP(全要素生産性)を0.66%高める程度だと推計している。その根拠は、GDPの4.6%に当たるタスクで生産性の上昇があり、生産性の上昇率が平均で14.4%である。この推計結果は、生成AIの強い生産性上昇効果があるソフトウエア開発等は経済全体では限定的であり、他の専門分野で同様な生産性への効果が実現するには、データ開発を含めて、補完的な資産の開発が必要となり、時間と投資が必要であることを示唆している。

2. 2 研究開発のツールとしてのAI

研究開発は、研究課題の探索、課題解決のアイデアや仮説の形成、その検証、製品化のための商品設計、その実証実験などの過程を経るが、それぞれの過程で既存知識の探索と組み合わせ、新しく得られたデータの分析、仮説の理論計算やシミュレーション等、AIを活用できる可能性は高い(Agrawal他(2025))。これらにおいて幅広い分野で大きな貢献があれば、AIは研究開発によって得られる新製品・サービスの量とスピードを高め、既存の製品やサービスの提供への影響が小さくても、経済成長を高める。

AIが研究開発に既に実質的な影響を与えつつあるのが創薬である。創薬の過程は不確実であり、長期の時間を要し、膨大な開発費用を必要とする。第一相の臨床試験の対象となった創薬シーズが実際に医薬品になる確率は1割を下回り、また前臨床開発から医薬品上市まで平均で約10年を要する(注3)。体内の標的分子(および他の関連した分子)および医薬品候補分子の立体構造、そしてこれらの間の相互作用が、事前に明確になれば、臨床試験での成功確率が高い創薬シーズが、早く創出されるようになる可能性がある。

Google DeepMindは2021年7月に、実験によることなく、高い精度でタンパク質の立体構造を決定することを可能としたAIモデル(AlphaFold2)を発表した。従来実験ではX線結晶構造解析等を利用して数カ月から数年を立体構造の決定に要していたのが、AlphaFold2によれば数分から数時間で決定できるようになり、劇的に短縮された。ノーベル賞委員会は、「AIモデルを活用することで、過去の研究者が特定してきた約2億のタンパク質の、立体構造のほぼ全てを予測可能となった。この画期的な成果以来、AlphaFold2は190カ国以上から200万人以上の人々に利用されている。」(ノーベル賞委員会、2024)とし、同社のHassabisとJumper は、2024年のノーベル化学賞を受賞した。

AlphaFold2の急速な普及においては、それが画期的なAIモデルであったことに加えて、ソースコードを含めて無償で公開されたことも貢献している。それによって多くのユーザーによってモデルの信頼性の確認が急速に進んだ。2024年5月にレリースされたAlphaFold3は体内の受容体分子と医薬品候補分子との相互作用とその影響を分析する能力を持っており、創薬への実用性はより高まり、非商業的利用にのみソースコードが公開されている。

3. AIの技術進歩

AIモデルの性能の向上には、AIモデルの規模の拡大が重要であることが知られている。 Kaplan等(2022)によれば、大規模言語モデルのパフォーマンス(予測誤差の減少)は、AIモデルの大きさ(パラメーター数)、データの大きさ、トレーニングのためのコンピューターによる計算量のそれぞれとべき乗則の関係にある。例えば、パフォーマンス(L)とパラメーター数(N)の関係は、L=(Nc/N)0.076となっており、パラメーター数が10%増えるとパフォーマンスは0.76%高まる(予測誤差が減少する)関係にある。したがって、パフォーマンスを高めるにはパラメーター数を大幅に拡大する必要があり、必要な計算量も大幅に拡大してきた(注4)。

にもかかわらずAIの技術進歩が急速に起きたことには、学習モデル自体の革新(トランスファーメカニズムの採用など)もあるが、半導体技術の持続的な進歩が、大規模なモデルと大量のデータを使ったトレーニングを行うことを経済的に可能としてきたことが重要だと考えられる。もし、学習方法の今後の革新が限定されているとすると、コンピューターの演算能力と演算スピードが持続的に拡大していくことが、AIモデル拡大による技術進歩を実現していく上で非常に重要だと考えられる。

AI投資の拡大によって、AI関連産業の半導体需要は急速に拡大しており、2024年では半導体市場全体の約2割をAIが占めるようになり、その比率は上昇していると伝えられている(注5)。このような需要拡大が、半導体のさらなる技術進歩を促すかどうかが、重要なポイントだと考えられる。

4. おわりに

生成AIを中心とするAIは、急速に普及してきた。その効果は、ソフトウエア開発では50%以上生産性が高まるなど非常に大きいが、生産性への効果が小さいタスクも多く、経済全体への影響はまだそれほど大きくない。AI技術の進歩は、AIモデルの規模の拡大に強く依存しており、技術進歩のための費用(計算量、データの収集)は急速に増加してきた。このような費用増加を、AI活用の拡大がもたらすAI産業の利潤の拡大がカバーできるか、また半導体技術の進歩や量子コンピューターの実現による計算コスト低下が今後も続くかどうかが、AI技術が経済成長の持続的なエンジンとなるかどうかの重要な要因となる。

下流部門におけるAIによるイノベーションの効果を高める上では、AI技術とその活用先のイノベーションの双方に深い知識を有した人材育成が重要である。また、AIが活用できるオープンなデジタルデータの整備も重要である。ソフトウエア開発では、オープンソースが広く行われており、GitHub等でコードが公開されていることが、AIがソフトウエア開発に大きな効果をもっている原因である。また、AlphaFold2の成功は、実験によって決定されてきたタンパク質の立体構造がタンパク質データバンク(Protein Data Bank)に集積されてきたことに依存している。

また、AI自体の持続的な技術進歩には、計算費用の持続的低下が重要である。それには半導体技術の持続的な革新が重要であり、また量子コンピューターが実用化されれば、AI技術の進歩を促す重要な効果があると考えられる。

脚注
  1. ^ ChatGPTのGPTは、Generative Pretrained Transformerであり、General Purpose Technologyではない。
  2. ^ タスクは19,265 種類に分けられている。
  3. ^ 高橋、岡田(2024)
  4. ^ それに合わせて利用されるデータ量も拡大してきた。
  5. ^ Manufacturing Asia, 2025, “AI drives 20% of global semiconductor market as demand surges: report,” Oct. https://manufacturing.asia/in-focus/ai-drives-20-global-semiconductor-market-demand-surges-report
参考文献
  • Acemoglu D., 2024, “The Simple Macroeconomics of AI,” NBER Working Paper 32487
  • Agrawal Ajay, John McHale, Alexander Oettl, 2025, “AI in Science,” NBER workshop mimeo
  • Eloundou, T., S. Manning, P. Mishkin, and D. Rock, 2023, “GPTs are GPTs: An Early Look at the Labor Market Impact Potential of Large Language Models,” Technical Report, arXiv.
  • Kaplan J., McCandlish S., Henighan T., Brown B. T., Chess B., Child R., Gray S., Radford A., Wu J., Amodei D., 2020, “Scaling Laws for Neural Language Models,” arXiv:2001.08361
  • Jumper, J., R. Evans, A. Pritzel, T. Green, M. Figurnov, O. Ronneberger, K. Tunyasuvunakool,R. Bates, A. Žídek, A. Potapenko, et al. (2021). “Highly accurate protein structure prediction with alphafold,” Nature 596 (7873), 583–589.
  • Peng,S., E. Kalliamvakou, P. Cihon, M. Demirer, 2023, “The Impact of AI on Developer Productivity: Evidence from GitHub Copilot,” arXiv
  • 高橋洋介、岡田法大、2024、「医薬品の研究開発の実態~アンケート調査に基づく研究開発期間、成功確率、研究開発費用~」医薬産業政策研究所、リサーチペーパー・シリーズ No. 82
  • ノーベル賞委員会 (The Royal Swedish Academy of Science), 2024, “They cracked the code for proteins’ amazing structures,” https://www.nobelprize.org/prizes/chemistry/2024/press-release/

2025年10月24日掲載

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