Special Report

コロナ禍における債務不履行:リース料金支払データを用いた実証分析

宮川 大介
一橋大学

一橋大学大学院経営管理研究科 准教授
E-mail: dmiyakawa@hub.hit-u.ac.jp

王 嘉睿
三井住友ファイナンス&リース(株)

宮本 佑真
三井住友ファイナンス&リース(株)

雪本 真治
三井住友ファイナンス&リース(株)

柳岡 優希
(株)東京商工リサーチ

1.分析の動機

COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の感染拡大を受けた外出・営業自粛要請は、コロナ禍の企業活動にどのような直接的影響を与えたのだろうか。また、感染動向を踏まえて実施された政策支援や金融機関による資金供給は、これらの影響をどの程度抑制することができているのであろうか。実務および政策的な観点から極めて重要であるこうした問いに対して、データに基づくはっきりした回答を示すことは容易ではない。これは、企業の事業活動を高い頻度で計測することが難しいという事情によっている。

一般的に、企業業績を外部から観察する場合には、倒産などの極端なイベントを除けば、年に一度構築される決算データがほぼ唯一の情報源となる。しかし、こうした低頻度で計測されたデータからは、コロナショック到来直後の状況、ショックの経済的なインパクトを増幅した行動制限政策、さらに時間を置いて導入された各種の政策・金融支援の影響を描写することは難しい。

以上の議論は、冒頭で示した問いに答えるために、可能な限り細かい頻度でかつリアルタイムに近い形で計測された企業活動の代理変数が必要となることを意味している。こうした信頼できる代理変数が利用できれば、実施された政策措置の影響を含む企業活動の現状を遅滞なく正確に理解することができる。これらの情報は、追加的な政策措置を検討する際にも有用であろう。

欧米ではすでに企業業績の高頻度リアルタイム計測が試みられている。例えば、Crane et al. (2020)では、携帯電話の利用履歴や給与支払いのデータを用いた企業活動のリアルタイム把握を試みている。彼らは、企業による事業活動の停止を伝統的な信用調査データから把握した場合に、不可避的にタイムラグが生じるという問題を踏まえて、上記のオルタナティブデータに高い利用価値があることを示している。

本稿の目的は、Crane et al. (2020)と同様の視点から、企業の業績と資金繰りへ即時的に反応する指標として、一種のオルタナティブデータであるリース料金の延滞情報を用いた実証分析を行うことにある。

2.分析の概要

具体的には、国内最大規模を誇る三井住友ファイナンス&リース(株)の協力の下で、リース料金の延滞イベントの発生を被説明変数とし、コロナ禍前に計測された各企業の信用評価、業種ダミー、都道府県ダミーを説明変数とする線形確率モデルの推定を行った 。信用評価については、(株)東京商工リサーチから提供された信用評点に基づいて企業を4つのクラスに分類し、最も信用力が低い企業群(最低信用度)をベースケースとして、他の3クラス(低信用度、中信用度、高信用度)に対応するダミー変数を説明変数として用いた。

推定に当たっては、COVID-19の感染が拡大し始めた2020年2月からデータが取得可能な直近期である9月までの8カ月に及ぶデータを、2カ月ごとのサブサンプルに分割した上で推定を実施した。また、各月における延滞確率の季節変動を考慮するために、上記の線形確率モデルを2019年と2020年の2-3月、4-5月、6-7月、8-9月について計8パターン推定し、2020年の結果から2019年の結果を差し引くことでベンチマーク(2019年)対比の延滞パターンを推定した。

この分析を通じて、延滞イベントがコロナ禍前の時点で計測された企業の信用力とどのような相関関係を示すかという点について、時間を通じた相関関係の変化に着目しながら描写することが可能となる。また、コロナ禍における経済状態を代理すると考えられる人流の変動と延滞イベントの発生動向との関係についても検証する。

金融機関に対するペイメント情報という一種のオルタナティブデータを用いたこれらの推定から、第一に、2020年4-5月期においてコロナ禍前に計測された企業の信用力と延滞確率の相関関係が急激に上昇したことが確認された。図1は、高信用度企業の延滞確率と最低信用度企業の延滞確率との差を示す「2020年の高信用度ダミーの係数推定値マイナス2019年の高信用度ダミーの係数推定値」をプロットしたものである。同図の結果は、コロナ禍の初期(4-5月期)において、信用力の高低が延滞の発生とより強く関連するようになったことを意味している。この結果は、感染の拡大を踏まえたもろもろの自粛要請を内容とする政策措置が、信用力の低い企業に対して相対的に大きな負の影響を与えたことを示唆している。なお、こうした結果は、企業倒産を対象として同様の実証分析を行った宮川ほか (2020)や宮川 (2020)の結果とも整合的である。

第二に、図1からは、信用力と延滞確率との間の相関関係の上昇傾向が6-7月期にはおおむね解消され、8-9月期にはむしろこうした相関関係が前年同期よりもむしろ「低下」する結果となっていたことも分かる。具体的には、8-9月期において最も信用力の高い企業群の延滞確率と最も信用力の低い企業群(ベンチマークケース)との間の延滞確率の差は、2019年の同期に比べて0.3%程度「縮小」している。ここで注意すべきは、各種の経済統計が示す通り、2020年8-9月期における企業の平均的な業績が2019年の同期並みには回復していないという事実である。企業業績の回復が必ずしも完全に進んでいないにもかかわらず、信用力の高低と延滞発生との関係が前年比で弱くなっているという結果は、コロナ禍における企業金融面での支援を目的とした政策措置などが、企業の資金繰りを大きく改善させたことを示唆するものである。

図1:コロナ禍前の信用力高低 vs. 延滞確率
図1:コロナ禍前の信用力高低 vs. 延滞確率
注:各□は、高信用力企業の延滞確率と低信用力企業の延滞確率との差を示す。推定に当たっては、延滞イベントに対応するダミー変数を信用力区分に対応するダミー変数、業種ダミー、都道府県ダミーに回帰した線形確率モデルを2019年と2020年の2-3月、4-5月、6-7月、8-9月について計8パターン推定し、高信用力企業の延滞確率と低信用力企業の延滞確率との差について2020年の結果から2019年の結果を差し引くことで算出した。

第三に、都道府県ダミーの係数として推定されたエリアごとの延滞確率を、企業の所在地における人出変動を計測したGoogle mobility reportの公表値と比較した図2からも上記の結果が確認される。同図においても、エリアごとの延滞確率は2019年をベンチマークとした2020年にかけての変動分として計測されている。コロナ禍初期(2-3月および4-5月)においては、エリアごとの延滞確率(ベンチマークである2019年対比)と人出変動との間の負の関係が観察されており、人出が低下したエリアにおける企業業績の悪化が把握される。一方で、時間の経過に伴い、6-7月および8-9月においてはこうした関係が低下していることが分かる。経済活動の度合いを代理するモビリティ指標と延滞発生との間の関係が希薄になっているという結果は、信用力の高低と延滞発生との関係が8-9月期において前年比で弱くなっているという既述の結果とも符合するものである。コロナ禍における、特に企業金融を対象とした政策措置が強力に機能していたことが推測されるだろう。

図2:モビリティの変化 vs. 延滞確率
図2:モビリティの変化 vs. 延滞確率
注:各点は、都道府県ごとに推定された延滞確率(縦軸)と、対応する都道府県における人流の低下をプロットしたものである。推定に当たっては、2019年と2020年の2-3月、4-5月、6-7月、8-9月について計8パターン推定し、各都道府県の2020年における延滞確率から2019年の結果を差し引いた。

3.まとめと課題

本稿では、COVID-19の感染拡大に対応した各種の行動制限政策や企業金融面での支援策が企業活動に与えた影響を、特にその時系列変化に着目しながら実証的に検討した。2020年2月から9月にかけてのデータを用いた推定から、コロナ禍初期において信用力の高低を強く反映した影響が生じた後に、政策支援などの効果によってこうした影響が緩和され、8-9月段階では信用力の高低と延滞確率との間の相関関係が2019年よりもむしろ低下していることが分かった。また、こうしたパターンは延滞確率と都道府県後ごとの人出データを用いた分析結果からも確認された。

もろもろの政策措置により延滞率の低下が実現されたことは、企業と金融機関の立場からは望ましい結果といえるだろう。一方で、政策評価の観点からは、これらの政策措置に伴う(将来的な負担を含めた)財政負担との比較衡量が必要となる。こうした観点から企業金融に関するクレジットポリシーを検討するためには、政策がもたらす帰結を規範的な視点から評価することが求められる。例えば、Brunnermeier and Krishnamurthy (2020)では、中小企業がコロナ禍のような大規模な負のショックに直面した場合に即時的な市場からの退出を余儀なくされる可能性が高いこと、また、そうした企業の退出に際してノウハウや技術といった無形資産を含む経営資源が散逸する可能性が高いことから、資金繰りを支援する政策を支持する立場を示している。

こうした検討において、本稿で示した実証分析の結果を参照することが有用であると考える。例えば、2020年5月をいったんの底として企業業績の回復が進んでいるとはいえ、まだ2019年の水準には及ばないという状況において、8-9月の延滞率が2019年対比でむしろ「低下」しているという本稿の実証結果は、現下の政策措置の強度を検討する上で重要な情報を与えるだろう。東京商工リサーチの調査などによって徐々に計数が整理されているように、日本では休廃業が2019年対比で急増している一方で、倒産件数は歴史的な低水準で推移している。クレジットポリシーの適性水準を見極める必要性が徐々に高まっていると考えられる。

コロナ禍における政策措置の検討に際しては、現在のところ、感染動向の抑制と経済活動の抑制との間のトレードオフが関心を集めている。しかし、長期的な政策運営を検討する際には、本稿で議論した政策措置の強度が重要なイシューとして早晩意識される可能性もあるだろう。こうした議論においては、参照可能な高頻度のリアルタイム指標が必要不可欠となる。関連する研究として、東京大学和泉潔研究室、慶應義塾大学星野崇宏研究室、一橋大学宮川大介研究室では、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)におけるプロジェクト「代替データと理論モデルの融合による新たな経済観測」として、さまざまなオルタナティブデータを用いた経済指標の開発と観測結果の公表を内容とする研究を始めている。同種の試みが今後大いに進むことを期待したい。


本稿は、国立大学法人一橋大学、(株)東京商工リサーチ(TSR)、三井住友ファイナンス&リース(株)(SMFL)との共同研究契約に基づくプロジェクトにおいて実施されたものであり、(独)経済産業研究所(RIETI)におけるプロジェクト「企業成長のエンジン:因果推論による検討(プロジェクトリーダー:細野薫学習院大学教授)」(産業・企業生産性向上プログラム:プログラムディレクター深尾京司一橋大学特任教授・IDE-JETRO所長)の成果である。本稿の分析に当たっては、TSRおよびSMFLの保有データを利用した。本研究は、科学技術研究費基盤研究(S)「サービス産業の生産性:決定要因と向上策」(課題番号:16H06322)の支援を受けている。本稿の原案に対して、深尾京司(一橋大学・IDE-JETRO)、宮川努(学習院大学)、細野薫(学習院大学)、滝澤美帆(学習院大学)から多くの有益なコメントを頂いた。ここに記して、感謝の意を表したい。

脚注
  1. ^ 本稿における実証分析の対象は、分析期間である2019年と2020年において日本全国に所在する企業約30万社である。
参考文献

2020年12月28日掲載