Special Report

東日本大震災の国内エネルギー需給への短期的影響
- 2011年3月のエネルギー需給変化の観察・分析 -

戒能 一成
研究員

1. 震災と国内エネルギー需給

1-1. 震災とエネルギー需給の変化

去る3月に発生した東日本大震災は今なお我々の生活に多大な影響を及ぼしているところである。特に東日本ではなお電力需給が予断を許さない状況にあり、さらに検査停止中の国内原子力発電所の夏期における再稼働を巡ってさまざまな議論が続いている状況にある。

他方、今後の国内エネルギー需給対策を考える上では、震災が電力・ガソリンなど国内の主要エネルギー需給に対し短期的にどのような影響を与えたのかを網羅的に観察・分析しておくことは重要である。

本稿では、各種エネルギー関連統計の2011年3月速報値などを用いて、国内エネルギー需給が例年と比べどのように変化したのか、特に被災地とそれ以外の地域でどのように変化していたのかなどの点に注目し、またエネルギー間の代替・補完関係に注意しつつ分析を行うことにより、今後の国内エネルギー需給対策を検討する上での一助となることを期するものである。

1-2. エネルギー需給の変化の分析手法

本稿においては、各種エネルギー関連統計の2005年3月から2010年3月迄の5年間における3月分の平均値を「例年度」とし、当該5年分の標準偏差を用い各値が正規分布に従うこと仮定することにより、震災が発生した2011年3月のエネルギー需給などの値がどの程度「例年度」と差異があったのかを統計検定することにより分析を行う。

1-3. 統計上の制約と分析捨象部門について(留意事項)

(1) 運輸部門のエネルギー需要:2011年6月現時点においては、運輸関係のエネルギー消費統計調査が国土交通省からまだ公表されていないため、本稿での運輸部門については家計乗用車部門(ガソリン消費)のみを対象とし他は捨象する。

(2) 民生業務他部門のエネルギー需要:民生業務他部門(=第三次産業)については、月報が報告される統計調査が殆ど存在しないため、原則として本稿での分析から捨象する。

2. 2011年3月のエネルギー輸入と石油製品・都市ガス需給等の変化

2-1. 主要エネルギー源の輸入 (表1)

2011年3月の主要エネルギー源4種(原油・LPG・LNG・石炭)の輸入状況を過去5年の3月期と比較した場合、原油がマイナス14%、LPGがマイナス15%と有意に減少した反面、LNGがプラス13%、石炭がプラス9%と大きく増加していることが観察される。

原油・LPGの減少は東日本大震災により仙台・鹿島・京葉京浜地区の製油所の殆どが地震・津波で被害を受け、特に震災直後は国内石油精製能力の約30%が操業停止したため、これらの製油所でタンカーの着桟や受入処理ができなかったためと考えられる。

LNG・石炭の増加は、震災による東北・東京電力などの原子力発電所の停止を補完するために電力会社などが急遽発電用燃料を追加調達したためと考えられる。

2-2. 石油製品供給(ガソリン・灯油、全国) (表2)

2011年3月のガソリン・灯油の生産・出荷・在庫状況を過去5年の3月期と比較した場合、前述のとおり製油所が被災したため生産はガソリン・灯油ともマイナス12~13%の減少となっている。しかし、被災地を中心としたガソリンなどの応急需要に応えるため、石油各社は在庫をガソリンマイナス16%・灯油マイナス21%と大幅に取崩し出荷を支えていた様子が観察される。

ガソリンについては当該在庫取崩し分が出荷の減少を食止める方向に寄与していたことが確認される。灯油については在庫取崩し分があるにもかかわらず出荷が減少しているが、これは石油連盟による被災地への無償供与分(ドラム缶1950本など)が統計上の出荷から除かれているため見掛け上の問題と推察される。

2-3. 家計石油製品消費(ガソリン・灯油、地域別) (表3)

一方、2011年3月のガソリン・灯油の家計消費を地域別に過去5年の3月期と比較した場合、ガソリン・灯油とも東北地方では顕著に需要が増加しているが、関東地方や他地域ではいずれも例年と変化がないことが観察される。

東北地方でガソリン消費がプラス13%増加した理由は、被災地では自家用車を避難所代わりにしている世帯が多いことに加え、直接被災しなかった地域でも物流の停滞により消費者が自家用車で必需品を遠方迄買回る必要に迫られたことや、多数の給油所が被災したため燃料切れの不安を感じた消費者が普段より多めにガソリンを給油する「買い溜め」行動をとったことなどの影響と考えられる。灯油がプラス25%増加した理由は、震災により都市ガス供給が停止したりガス器具が被災し一時的に家庭での暖房・厨房用途に灯油利用が増加したりしたためと考えられる。

震災直後においては、被災地で生じた深刻なガソリン不足に対応し、他地域の消費者向けにガソリンの節約を呼掛ける普及啓蒙・広報対策が積極的に行われたが、少なくともこれらの地域の家計では例年どおりの消費が続けられていた様子であり、こうした普及啓蒙・広報対策の効果があったとは言難いことが理解される。

2-4. 都市ガス供給(全国) (表4)

2011年3月の都市ガス供給状況を過去5年の3月期と比較した場合、都市ガス供給は全体として有意に増加しているが、家庭用はほぼ例年と同じ水準であり、商業用は例年よりマイナス4%程度有意に減少し、工業用がプラス14%と大幅に増加していることが観察される。

詳細は後述するが被災地を中心に電力の産業用特定規模需要が大幅に減少しており、当該結果と併せて考えると、産業部門では停電の危険のある一般電気事業者からの受電を減らし、都市ガスなどによる自家発電への切替を進めていたものと推察される。

厳密には地域の照合による検証を要するが、2011年3月期の特定業種石油等消費統計による大規模製造業のボイラー都市ガス消費やLNG消費は例年度より増加しており当該推察を裏付けているものと考えられる。

2-5. 家計都市ガス・LPG消費(地域別) (表5)

一方、2011年3月の都市ガス・LPGの家計消費を地域別に過去5年の3月期と比較した場合、都市ガス・LPGとも東北地方や被災地以外の地域では顕著に需要が減少しているが、関東地方では例年度と比較して有意な変化がないことが観察される。

東北地方で都市ガスがマイナス31%・LPGがマイナス17%と消費が大幅に減少した理由は、三陸地域など津波被害が深刻な地域ではガス供給が停止してしまい、またガス供給が回復しても上下水道が停止したり風呂釜など自宅のガス器具が被災したりするなどの状況が続いたため、給湯・厨房用途のガス消費が大幅に減少したためと考えられる。

さらに、都市ガス供給が回復する迄の間に避難所などで暖房用に灯油が配布されるなどしたため、一時的に暖房・厨房用途での灯油への代替が増加したためと考えられる。

3. 2011年3月の電力需給の変化

3-1. 電力供給 (表6~8)

2011年3月の供給電力量を過去5年の3月期と比較した場合、東北電力・東京電力の原子力発電と火力発電の一部が震災の影響で停止し電力量が例年より減少していること、全国的に水力発電が渇水気味で例年度よりマイナス10~25%減少していることが観察される。

一方、卸電気事業者・自家発電などからの他社受電については、東北電力がプラス32%と大幅に増加させていたのに対し、東京電力ではマイナス6%程度の減少となっていることが注目される。東北電力管内においては日本海側で被害を免れた大規模製造業の自家発電設備などから臨時の供給増が可能であったのに対し、東京電力管内では太平洋側に自家発電設備などが集中していたためこれらも一斉に被災してしまい臨時の供給が確保できなかったものと推定される。

東京電力においては原子力発電電力量の減少が例年度に対し有意差がないと判定されているが、これは今次震災による影響が2007年度の中越沖大震災による柏崎刈羽原子力発電所の全基停止の影響とほぼ同規模であったためと考えられる。

3-2. 家庭用電灯消費 (表9~11)

2011年3月の家庭用電灯消費量を過去5年の3月期と比較した場合、驚くべきことに東北電力・東京電力を中心に全国的に電灯消費量は例年度より増加していたことが観察される。

当該増加の原因については、2011年3月は例年より寒冷であったため暖房用需要が増加したこと、家庭での電灯消費が昼間のピーク時間帯を迂回し夜間に移行したため却って消費量が増加したこと、被災地での津波による瓦礫の片付や汚泥の清掃に従来以上に消費量が嵩んだことなどが考えられる。

しかし、震災直後からさまざまな節電の普及啓蒙・広報対策が行われ、一部の世帯では節電に協力して頂いていたはずであり、本来なら消費量も減っていて然るべきであるが、実際には被災地を中心とした家計部門の消費量は例年度より増加していたということである。

本現象については、今後の家庭部門での電力需給調整と政策措置のあり方を考える上で非常に重要であり、今後夏期に掛けて経過を十分観察し分析を続けることが必要と考えられる。

3-3. 産業用電力消費(特定規模・電力) (表9~11)

2011年3月の産業用電力消費量を過去5年の3月期と比較した場合、大規模需要家用の特定規模需要については被災地である東北電力でマイナス22%、東京電力でマイナス14%と大幅な減少となっているが、被災地以外では例年度と殆ど変化がないことが観察される。また、中小需要家向けの電力需要については東北電力・東京電力・被災地以外を通じて例年度と変化がなく若干減り気味程度の状況に留まっていることが観察される。

特定規模需要の大幅な減少については、大手製造業などの需要家自体が被災したことや、部品・資材供給元が被災し連鎖的に操業停止を余儀なくされたことに加え、被災していない場合であっても操業中に停電の危険がある一般電気事業者からの受電を回避し都市ガスなどによる自家発電に切替えたことなどが影響したことが原因であると考えられる。また、2011年3月期は震災直後であり電力供給に不安のある東日本での生産を西日本などへ分散・移管する対応も十分に取れなかったため、被災地以外の特定規模需要が殆ど増加しなかったものと考えられる。

一方、個人商店・事業所など中小企業の電力需要が被災地であっても例年度と変わらなかった理由は、被災地での直接的な被災による需要減と被災しなかった地域での臨時の需要増が相殺したためと考えられ、2-3. で見たような消費者の自家用車による必需品の買回り行動などが影響していたためと考えられる。

4. 結論と提言

4-1. 国内エネルギー需給は短期的にLNGに大きく依存、エネルギー源の再多様化が必要

以上の結果から、東日本大震災による短期的なエネルギー需給への影響は、東日本太平洋岸の原子力発電・石炭火力発電の被災による電力不足に対応するため、産業部門での都市ガスへのエネルギー転換、発電部門のLNG火力発電の稼動率向上などが行われた結果、LNGの輸入に大きく依存する方向となっていることが確認された。

しかし、石油危機など過去の経験が教えるとおり、特定のエネルギー源の輸入に対しエネルギー供給を過度に依存することは安全保障上中長期的に見て非常に危険な行為である。

従って、短期的なLNG依存はやむを得ないものとしても、中長期的に発電用のエネルギー源を石炭や再生可能エネルギーに再度分散していくことや、安全確保を慎重に確認した上で停止中の原子力発電所の再稼働を検討していくことが必要であると考えられる。

4-2. 家計部門の節電など省エネ普及啓蒙・広報の効果に疑問あり、抜本的見直しが必要

2-2. で分析したとおり、震災後からさまざまな節電・ガソリン節約などの普及啓蒙・広報対策が行われたにもかかわらず、被災地以外の家計部門の電力消費量は例年度より増加しており、ガソリン消費は例年度と殆ど変わらない状況となっていることが判明した。

当該結果は、結果としてさまざまな電力需要の増加要因の効果が、普及啓蒙・広報対策による節電行動などの減少要因の効果を上回っていたことを示すものであり、普及啓蒙・広報対策だけでは十分な電力消費量の削減ができないことが実証されてしまったものと考えられる。

一方、電力供給を強制的に打切る計画停電の実施は例え事前に通報していたとしても対象地域に多大な混乱を生じることが判明しており、他に手段がない場合のみ許される最終手段と位置づけるべきである。

従って、短期的には家庭向け電灯料金の月別差別化(ピーク期引き上げと非ピーク期の同額引き下げ)、中長期的にはスマートメータの普及による時間帯別電力料金賦課の実現などを進め「経済的措置」によって電力の需給調整を行う方向に政策のあり方を転換していくべきであろう。また、ガソリン需給についても被災地以外でのガソリン税の臨時増減税(震災直後の増税と事態収束後の同額減税)による需給調整などは一考に値すると思われる。

4-3. 東京電力管内の自家発電による電力供給への安易な期待は禁物、ガスなど燃料の供給にも限界有

3-1,3-2. で分析したとおり、東北電力管内では自家発電などからの他社受電が震災後増加しているが、東京電力管内では他社受電が増加しているとはいえず被災した発電設備の供給減分を賄えていないことが判明した。また、東北・関東地方の産業部門の電力需給については、停電の危険のある一般電気事業者からの受電を減らし、短期的に都市ガス・LNGによる自家発電を増加させるという対策が進められていることが判明した。

従って、今後電力需要が増加する7・8月に向けて、都市ガス・LNGなどの発電用燃料においても供給制約が存在することや各社が社内需要確保を優先することなどから考えれば、特に東京電力管内での電力需給において安易に自家発電からの供給に期待することは非常に危険であると推定される。

このため、少なくとも本年の7・8月期における東京電力管内では、ピーク時の節電や電力消費の時間帯シフトなどの対策を併せて進めることが不可避であると考えられ、関係各位の御理解と御協力を願うところである。

2011年6月20日

表1:2011年3月の主要エネルギー源輸入と過去5年の3月期との比較
出典:財務省日本貿易統計表1:2011年3月の主要エネルギー源輸入と過去5年の3月期との比較


表2:2011年3月の石油精製(ガソリン・灯油)生産・出荷・在庫と過去5年の3月期との比較
出典:経済産業省資源エネルギー統計表2:2011年3月の石油精製(ガソリン・灯油)生産・出荷・在庫と過去5年の3月期との比較


表3:2011年3月の家計石油製品消費(ガソリン・灯油)と過去5年の3月期との比較
出典:総務省家計調査報告(2人以上世帯・品目別支出)表3:2011年3月の家計石油製品消費(ガソリン・灯油)と過去5年の3月期との比較


表4:2011年3月の都市ガス主要用途別供給の過去5年の3月期との比較
出典:経済産業省ガス事業統計表4:2011年3月の都市ガス主要用途別供給の過去5年の3月期との比較


表5:2011年3月の家計都市ガス・LPG消費と過去5年の3月期との比較
出典:総務省家計調査報告(2人以上世帯・品目別支出)表5:2011年3月の家計都市ガス・LPG消費と過去5年の3月期との比較


表6:2011年3月の東北電力電力供給の過去5年の3月期との比較
出典:経済産業省電力調査統計表6:2011年3月の東北電力電力供給の過去5年の3月期との比較


表7:2011年3月の東京電力電力供給の過去5年の3月期との比較
出典:経済産業省電力調査統計表7:2011年3月の東京電力電力供給の過去5年の3月期との比較


表8:2011年3月の被災地除く一般電気事業者電力供給の過去5年の3月期との比較
出典:経済産業省電力調査統計表8:2011年3月の被災地除く一般電気事業者電力供給の過去5年の3月期との比較


表9:2011年3月の東北電力管内電力需要の過去5年の3月期との比較
出典:経済産業省電力調査統計表9:2011年3月の東北電力管内電力需要の過去5年の3月期との比較


表10:2011年3月の東京電力管内電力需要の過去5年の3月期との比較
出典:経済産業省電力調査統計表10:2011年3月の東京電力管内電力需要の過去5年の3月期との比較


表11:2011年3月の被災地除く一般電気事業者管内電力需要の過去5年の3月期との比較
出典:経済産業省電力調査統計表11:2011年3月の被災地除く一般電気事業者管内電力需要の過去5年の3月期との比較

注) 各表の対過去5年有意差欄は *** は99%有意水準、 ** は95%有意水準、 * は90%有意水準、 xx は有意差なしを示す

2011年6月20日掲載

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