Special Report

東日本大震災からの復興と被災地のエネルギー需給変化について
- 阪神淡路大震災前後の兵庫県エネルギー需給変化からの考察 -

戒能 一成
研究員

1. 震災復興とエネルギー需給

東日本大震災の復興を地域のエネルギー需給という視点から考える場合、阪神淡路大震災での経験を紐解くことは有益である。はじめに本稿での分析の目的を説明し、両震災の被害や主な被災地のエネルギー需給構造の類似点・相違点を概観する。

1-1. 大震災復興とエネルギー需給変化

現在まさに東日本大震災からの復興に向けた取組みが本格化しており、関東から東北地方の太平洋岸の被災地では、関係者の大変な努力により交通・通信網やエネルギー・上下水道などライフラインの復旧が鋭意進められているところである。

しかし、エネルギー需給という観点から見た場合、必ずしも全てのエネルギー需給が震災前の状態に戻る訳ではない。エネルギー源と消費部門の組合せによって、被災直後のみ一時的に増加するもの、あるいは一時的に減少するが後に回復するものなどさまざまである。

本稿においては、阪神淡路大震災と今次震災との類似点・相違点を念頭に置きながら、著者が開発した都道府県別エネルギー消費統計を用い、1995年1月に発生した阪神淡路大震災前後での兵庫県のエネルギー需給変化を部門別に整理し比較することによって、エネルギー面での復興対策への一助となることを期するものである。

1-2. 阪神淡路大震災と東日本大震災の類似点・相違点

最初に、阪神淡路大震災と今次東日本大震災の被害に関する類似点・相違点を簡単に整理しておく。類似点としては、いずれも30万人以上が被災し10兆円以上の被害を出した大震災であるという点である。また当該被災者数は、兵庫県の人口や特に被害の大きかった岩手・宮城・福島3県の人口のほぼ6%に相当する点が指摘できる。

一方相違点としては、今次震災では被害の主因が津波であり死者行方不明者数が相対的に極めて多くなっていること、阪神淡路大震災では被災地が神戸市を中心とした地域であったのに対し今次震災は関東から北海道に至る広大な沿岸部全域が被災地となったこと、被災地が罹災しなかった最寄の大都市から非常に遠く離れており、従って基幹物流網の再建が救援・復興の要であることなどが特徴として挙げられる。(表1参照)

表1:阪神淡路大震災と東日本大震災の被害の類似点・相違点
表1:阪神淡路大震災と東日本大震災の被害の類似点・相違点
1-3. エネルギー需給構造からみた類似点・相違点

都道府県別エネルギー消費統計を用いて、兵庫県の震災前に相当する1994年度と今次震災で被害が大きい岩手・宮城・福島各県の2008年度のエネルギー需給構造を比較した※1。

エネルギー需給合計値自体は兵庫県81万PJ、岩手・宮城・福島各県合計73万PJと概ね同水準であるが、その構成比についてはエネルギー源別構成比や産業・民生・運輸部門別構成比が大きく異なっている(表2, 図1~4参照)。

今次震災の被災地のエネルギー需給構造を阪神淡路大震災と比較した場合、類似点として被災規模がほぼ同じで総需要や電力需要の規模がほぼ同じであることが指摘できる。

一方相違点としては、家計乗用車部門(=ガソリン)の需要が約 2倍の規模と非常に大きく、製造業部門は小さいが民生業務他・家庭部門・農林漁鉱建設部門が1.3~1.4倍の需要規模でかつ灯油・LPGなど石油製品の需要量が1.3倍程度と大きい、などの点が指摘できる。

解りやすく言えば、今次震災の被災地のエネルギー需要規模は阪神淡路大震災とほぼ同じであるが、エネルギー需要のうちガソリン・灯油・LPGなどの軽質石油製品や石油ガスが多く、かつ需要先が家庭・中小企業などの小口中心であり広い被災地に薄く散らばっており、物流面から見た課題が非常に大きい、ということである。

※1 今次震災では合計12都道県が被災地となっているが、本稿では比較の都合上岩手・宮城・福島の3県を取上げて議論を行うことを御容赦頂きたい。

表2:阪神淡路大震災と東日本大震災の主要被災地のエネルギー需給構造比較
表2:阪神淡路大震災と東日本大震災の主要被災地のエネルギー需給構造比較

※2 本稿において電力は全て一次換算し1kWh = 約 9.0MJとして表示する。

2. 阪神淡路大震災前後での兵庫県のエネルギー需給変化

阪神淡路大震災前後での兵庫県でのエネルギー需給変化については、近隣都道府県である大阪府・京都府と比べどの程度エネルギー需給が変化したかという相対指数で観察することが適当である。従って、震災前に相当する1994年度を100とする兵庫県のエネルギー源別需給指数を大阪府・京都府の同様の指数で除した相対指数を算定し比較分析した。

2-1. 家計部門 (家計乗用車部門・民生家庭部門)

(ガソリン - 家計乗用車部門)
阪神淡路大震災前後での兵庫県の家計・乗用車部門のエネルギー消費量推移を近隣の大阪府・京都府と比べた場合、震災直後の1995年度においてわずかに減少しているが減少幅は非常に小さいことが観察される。

当該理由は、被災地では乗用車も大量に被災し道路が一時通行不能となったが、乗用車は必需品であるため被災者が直ちに再購入を進めたためと考えられる。

震災後の1996年度において兵庫県で急激な消費量の増加が見られるが、これは震災で倒壊した阪神高速神戸線が9月に復旧したことによる影響(反動)と推察される。
(図5参照、以下家計部門について同じ)

(電力 - 民生家庭部門)
阪神淡路大震災前後での兵庫県の民生家庭部門の電力消費量推移を近隣の大阪府・京都府と比べた場合1995年度において相対的に1%程度のわずかな減少が見られるが1996年度に直ちに回復して推移していることが観察される。

阪神淡路大震災において電力は一時的に最大で約260万件が停電したが、わずか6日で送配電が全面復旧したこと、家電製品は必需品であり直ちに再購入が進んだことなどの理由から、需給への影響が限定的であったものと考えられる。

(都市ガス - 民生家庭部門)
阪神淡路大震災前後での兵庫県の民生家庭部門の都市ガス消費量推移を近隣の大阪府・京都府と比べた場合1995年度において相対的に約15%の大幅な減少が見られ、以降回復が進むが3年程度も影響が残っていたことが観察される。

阪神淡路大震災において都市ガスは最大で約86万戸の供給が停止したが、ガス管への浸水など供給網の被害が大きかったため、都市ガス供給の全面復旧には約3カ月を要している。このため、家庭部門では暖房・給湯・厨房などの需要が一時的に家庭内での灯油利用増加や、外食増加など民生業務他部門でのエネルギー消費による代替に奪われてしまい、需要の本格回復に3年を要したものと理解される。

(石油製品(灯油・LPG) - 民生家庭部門)
阪神淡路大震災前後での兵庫県の民生家庭部門の石油製品消費量推移を近隣の大阪府・京都府と比べた場合、1995年度において軽質石油製品(灯油)で相対的に約2%程度の増加が見られるが、1996年度にはほぼ元の水準に戻っていることが観察される。一方石油ガス(LPG)においては殆ど増減は見られない。

当該灯油の相対的な増加が全て被災地での増加と仮定すると被災地では震災前と比べ約50%の大幅増であったことになるが、当該増は震災により都市ガスが比較的長期間使用不能になったため、暖房・給湯など震災前の都市ガスの用途の一部をストーブなど灯油機器が一時的に代替したためと考えられる。

2-2. 民生業務他部門 (第三次産業)

(電力 - 民生業務他部門)
阪神淡路大震災前後での兵庫県の民生業務他部門の電力消費量推移を近隣の大阪府・京都府と比べた場合、震災直後の1995年度における変化は無視できる程度に小さいことが観察される。

当該理由は、電力が6日で復旧したこと、倒壊・焼失したオフィスビル・商店などの需要減と復興のための清掃・工事による需要増が相殺したためと考えられる。
(図6参照、以下民生業務他部門について同じ)

(都市ガス - 民生業務他部門)
阪神淡路大震災前後での兵庫県の民生業務他部門の都市ガス消費量推移を近隣の大阪府・京都府と比べた場合 1995年度における変化は無視できる程度に小さいことが観察される。

民生家庭部門と異なり業務他部門で震災前後で都市ガス需給が殆ど減少しなかった理由は、都市ガス供給網の構造上大型小売店など大口需要先が早期に復旧したことや、家庭部門での給湯・厨房などの需要が外食増加などの形で業務他部門に代替されて需要増をもたらし、供給停止した期間の需要減を相殺したためと理解される。

(石油製品(灯油・LPG) - 民生業務他部門)
阪神淡路大震災前後での兵庫県の民生業務他部門の石油製品消費量推移を近隣の大阪府・京都府と比べた場合、1995年度において軽質石油製品(灯油)・LPGとも相対的に約5%程度の増加が見られる。灯油においては翌年度にはほぼ元の水準に戻っているが、LPGにおいては約10年程度もの長期にわたり相対的な利用増が継続していたことが観察される。

当該需要増は、家庭部門での給湯・厨房などの需要が業務他部門に代替されて需要増をもたらしたが、中小規模の事業所・商店では都市ガスの復旧が遅れたため、震災を機に灯油・LPGへの転換による代替が進んだためと理解される。

2-3. 産業・農林漁鉱建設業部門※3

阪神淡路大震災前後での兵庫県の産業・農林漁鉱建設業部門のエネルギー消費量推移を近隣の大阪府・京都府と比べた場合、殆どのエネルギー源で1995年度以降4年程度の期間エネルギー消費が相対的に大幅に増加して推移していることが観察される。

当該動向は、主に建設業でのエネルギー需要増に対応するものであり、瓦礫排除から始まって道路・橋梁や建築物の再整備迄の一連の工事に伴うエネルギー需要が、一旦増加後復興が進むにつれ 4年程度を掛け減衰していく様を示しているものと理解される。

※3 産業部門中製造業部門については、製鉄所など個別事業所の操業方針如何に影響される部分が大きいこと、兵庫県と福島・宮城・岩手3県の産業構造が全く異なることなどから、本稿の検討から除外する。

3. 今次東日本大震災による被災地復興とエネルギー需給変化の考察

2. で分析した阪神淡路大震災前後での兵庫県でのエネルギー需給変化などを基礎に、今後の東日本大震災の復旧過程におけるエネルギー需給面での展開を検討し、特に被災直後のエネルギー需要への対応や再生可能エネルギーの導入促進という観点から検討すべき政策課題について考察する。

3-1. 石油製品 - ガソリン・灯油・LPG -

ガソリンは特に地方部において生活必需品であり、被災直後から早急に供給を復旧できる体制を構築し、被災地からの避難や救援・復興を支援することが必要であると考えられる。また、寒冷地においては被災者支援の観点からも灯油・LPG供給の復旧は非常に重要な課題である。

阪神淡路大震災前後のエネルギー需給変化の分析結果から見た場合、震災後数年は民生業務他部門を中心に都市ガス需要が灯油・LPG需要に振替わり、加えて建設業などの復興需要が上乗せされるため、被災地での石油製品需要は今後短期的に大幅に増加した後緩慢に減少して推移し、中期的には震災前の水準に戻っていくと予想される。

阪神淡路大震災においては、幸い近接する大阪・京都周辺の油槽所が被災しなかったため、被災地への石油製品の配送は道路啓開と末端の給油所復旧により比較的速やかに再開された。しかし、今次震災においては被災地の油槽所の大部分が港湾部にあり津波で被災し、近隣で無事であった油槽所から被災地迄の距離が非常に遠くタンクローリー輸送に限界があったことから、配送のための拠点が喪失し震災直後の被災地では深刻なガソリン不足などが生じてしまった。

現状では石油製品のドラム缶輸送や鉄道輸送などの応急措置や、被災した油槽所の修理・復旧とタンクローリーの重点投入によって石油製品の供給はほぼ正常化しており、石油業界の迅速な対応と復旧への努力は高く評価されるべきであろう。

今後の政策課題としては、石油業界における油槽所・給油所の耐震・耐津波投資や応急復旧資材・機器の分散備蓄を政策的に支援することを検討すべきと考えられる。

また、現在の国家石油備蓄では原油を大規模基地に集中備蓄しているが、備蓄量の一部をガソリン・灯油などの製品として自衛隊基地などに分散備蓄しておき、非常時にはこれらの施設を臨時油槽所として活用することも一考に値すると考えられる。

残念ながら現状ではこの分野に適用可能でかつ地域で自給可能な再生可能エネルギー技術は極めて限定されるが、長期的課題として、間伐材など地域で自給可能な素材からバイオガソリンなどの再生可能燃料を簡単な設備で製造する「分散型再生可能燃料技術」の開発を進めていくことも重要である。

3-2. 電力・都市ガス

(電力)
電力については、震災時においては非常に復興が早いエネルギー源であり、現状において供給復旧のための体制は一定程度整備され確立されていると考えられる。具体的には、阪神淡路大震災においては6日間、今次震災においても電力会社の努力により津波被害が深刻な地域を除いて7日間でほぼ復旧が達成されている。

従って、防災という視点から見た場合、電力においては今後とも早期の復旧が期待できるため、被災直後数日間の停電期間の電力需要に如何に対処するかが重要な課題である。つまり避難所での照明・厨房機器や避難・生活再建に最低限必要な情報を得るためのテレビやパソコンに必要な電源を当座如何に確保するか、という問題である。

当該問題に対処しかつ再生可能エネルギーの導入を進める方策としては、現状での住宅などへの太陽光発電設備普及支援に加え、避難所となる小学校・体育館などの公共施設における大容量太陽光発電設備の重点整備を目標年度を定めて網羅的に実施していくことが必要であると考えられる。

(都市ガス)
都市ガスについては、防災という視点から見た場合、安全確保のために震災からの復旧に時間が掛かることはやむを得ない側面がある。阪神淡路大震災と異なり今次震災では復旧対象件数が40万戸強と少数であったことなどから、ガス事業者の努力によって被災後1ヶ月で約80%が復旧し、2ヶ月でほぼ復旧が完了している。

ここで、震災直後は民生家庭部門を中心に需要が民生業務他部門などでの石油製品利用へ一時的に転換・代替されてしまうため、短期的には供給を再開しても当面は需要減が継続するものと考えられる。しかし中期的には、阪神淡路大震災前後のエネルギー需給変化の分析結果から見て、震災後被災地世帯の生活再建が進むにつれて、都市部を中心に民生家庭部門で一時的に転換・代替した需要がある程度回復していくことが見込まれる。

再生可能エネルギーの導入という視点から見た場合、都市ガスによる給湯需要を太陽熱温水器に転換・代替していくことは重要な政策課題として再評価されるべきであろう。特に、電力同様に被災直後の都市ガス供給停止期間における入浴などの給湯需要に対応する方策として、公共施設における井戸と大容量太陽熱温水器の重点整備を網羅的に実施していくことが必要であると考えられる。

(津波対策と電力・都市ガスの共通課題)
今後留意すべきは、今次震災における被害の主因は津波であり、被災地では今後新たな都市計画に基づいて宅地の高台への新設・移設などが推進され、結果として既存市街地の外に需要が分散することがほぼ確実であるという点である。このため、電気事業・都市ガス事業においては現在の供給網の復旧投資に加え当該新たな需要に対応した基幹供給網の再構築などの対応が必要となるものと考えられる。

従って、被災した電気事業・都市ガス事業の供給網の復旧投資や耐震・耐津波強化投資などに加え、新たな都市計画に対応した供給網への新規投資を如何に支援するかという問題を今後検討することが必要であると考えられる。

2011年5月9日

図1、2:阪神淡路大震災と東日本大震災被災地のエネルギー需給構造比較、エネルギー源別
図1、2:阪神淡路大震災と東日本大震災被災地のエネルギー需給構造比較、エネルギー源別

図3、4:阪神淡路大震災と東日本大震災被災地のエネルギー需給構造比較, 最終消費部門別
図3、4:阪神淡路大震災と東日本大震災被災地のエネルギー需給構造比較, 最終消費部門別

図5:阪神淡路大震災前後の兵庫県家計部門最終エネルギー消費指数推移
図5:阪神淡路大震災前後の兵庫県家計部門最終エネルギー消費指数推移

図6:阪神淡路大震災前後の兵庫県民生業務他部門最終エネルギー消費指数推移
図6:阪神淡路大震災前後の兵庫県民生業務他部門最終エネルギー消費指数推移

図7:阪神淡路大震災前後の兵庫県産業・農林漁鉱建設業部門最終エネルギー消費指数推移
図7:阪神淡路大震災前後の兵庫県産業・農林漁鉱建設業部門最終エネルギー消費指数推移
文献
  • 内閣府「阪神淡路大震災教訓集」(1999)
  • 内閣府「防災白書」(各年度版)
  • 経済産業省資源エネルギー庁「都道府県別エネルギー消費統計」(各年度版)
  • 石油連盟「東日本大震災への石油連盟への対応状況」(2011・各報)
  • 日本ガス協会「東日本大震災による都市ガス供給の復旧状況について」(2011・各報)
  • 関西電力「阪神・淡路大震災 応急送電までの7days」(2011) 同社ウェブサイト
  • 大阪ガス「大阪ガスの地震対策 阪神淡路大震災の記憶」(2011) 同社ウェブサイト

2011年5月9日掲載

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