Special Report

世界金融危機の発生と今後の政策課題

吉野 直行
慶應義塾大学経済学部教授

バブルはなぜ発生するか?

バブルは、日本では1980年代の後半に発生し、株価・地価が、図1のように数年間の間に約3倍にも膨張し、バブル崩壊後には、1/3にも下落した。土地を担保として貸し出しをする日本では、銀行は、地価の上昇期には、借手企業の担保価値を高めるため、銀行の審査は甘くなり貸し出しの増加を招いたが、逆に、地価の下落により、銀行貸し出しは収縮してしまい、「貸し渋り」と言われるほどまでに貸し出しは低下してしまった。1991年以降の地価の下落は、企業業績の悪化にもつながり、企業による銀行への返済の滞り、銀行の不良債権の増加を招いてしまった。こうした経験にも関わらず、韓国でも、不動産価格が2005年頃には大きく高騰し、その後の大幅な下落を経験した。中国でも株価(上海市場)は2007年12月まで増加し、2008年10月には、1/3にまで下落を経験した。アメリカのサブプライムローン問題でも、不動産価格・株価の低下を招き、実態経済に大きな影響を与えている。日本の場合、バブルは日本国内のみに留まったが、米国のサブプライムローンでは、証券化された住宅債権を、世界各国の投資家が購入し、その中には、銀行による購入も含まれており、世界的な影響を及ぼしている。

なぜ、さまざまなバブルを経験しているにも関わらず、いろいろな国でバブルが発生するのであろうか?

2006年の秋に韓国の不動産価格が高騰していた時に、韓国建設業界の主催の国際コンファレンスに参加し、米国の不動産に詳しい学者とともに、当時の韓国の不動産価格の上昇は、バブルではないかと説明した。

図1
図1

表1に示されるように、以下の3つの指標を比較した。

表1 バブルかどうかを示す指標
(i)銀行の不動産関連融資が、銀行全体の貸し出しに占める比率の変化
 日本では、この比率が16%から32.6%まで上昇した
(ii)銀行の不動産関連向け貸し出しの上昇率と、実質経済の成長率の比較
(iii)住宅価格が、平均的なサラリーマンの所得の何倍まで上昇しているか

バブルの最中であった韓国・中国を訪問した際、それぞれの国の状況と、日本の1980年代後半のバブルの状況とを、表1に示したデータや金融政策指標を見ながら比較した。韓国・中国、いずれの国においても、経済指標を見る限り、日本のバブルに類似した状況であることを説明した。しかし、中国のテレビ討論会での中国学者との対談では、「中国は、日本の高度成長期にあり、現状の地価・株価の上昇は、ファンダメンタルを表しており、バブルではない」「日本の場合には、高度成長期が終了した後での地価・株価の高騰であり、中国と日本の状況は異なっている」と。韓国でも同様の議論となり、私の説明は正しくないと反論された。

しかし、韓国でも、しばらくして地価は下落し、中国でも2008年後半には、株価はピーク時の1/3まで下落した。

中国では、社会科学院のYu Yongding氏などは、早くから、中国のバブルを止めたいと私に相談してきた。中国の新聞にも、私の“バブル経済を止めよ”という記事を掲載していただいたが、一般の論調は、「バブルでないにも関われず、中国の景気を下降させるような引き締め政策は、もってのほかだ」という論調であった。

バブルの真っただ中にいると、多くの人が幸福感を味わう。株価が上昇すれば、人々は自分の資産が増えたと考え、消費を増やし、旅行をしたり、家計支出を増加させる。これにより企業の売上も上昇するため、設備投資は拡大される。経済は成長し、所得も増えることになり、皆、満足する。こうした時期に、早めに金融引き締めを実施すれば、「中央銀行が引き締めたお陰で、せっかく成長していた経済が、不景気に陥ってしまったではないか。われわれの生活は、前よりも悪くなった」と非難されることになる。このため、中央銀行は、バブル気味と判断しても、事前に金融引き締めをすることは、とても難しい。こうした状況を踏まえると、将来的にもバブルは、再び、発生すると予想される。

世界的な過剰流動性

世界の資金の流れを見ると、中国・日本などが経常収支の黒字により外貨準備を蓄積し、外貨準備の多くを米国の国債で保有しており、経常収支の黒字で蓄積された資金はアメリカに還流している。アメリカは、貯蓄率が低く(=消費率が高く)、投資が旺盛であったため、投資が貯蓄を大きく上回る過剰消費社会となっている。アメリカでも日本でも、景気の悪化を防ぐために、金融緩和が実施され、過剰流動性が発生していた。アメリカは、借入をして消費や住宅購入に回す家計行動であり、今回のサブプライローン問題も、過剰流動性の資金が、本来であればリスクが高過ぎる低所得層に対して、住宅ローン貸し出しを拡大させてしまったことを物語っている。

また、日本の短期金利がゼロという“ゼロ金利”政策の資金を、海外の金融機関が活用し、日本で“円”資金を借り入れて、海外の高い金利に運用する“Yen Carry Trade”を活発化させて行った。

景気の低迷を防ぐためには、中央銀行の政策としては、当然、金融を緩和し、利子率を低くして、企業の投資活動を下支えすることであるが、これが世界的な過剰流動性を生んでしまったことも、今回の金融危機の背景にはある。上述のように、金融緩和による株価の上昇に、皆が、喜んでいる時期に、引き締めをするタイミングが遅れてしまったことによる。

ミクロの行動がマクロ的行動に発展するとバブル崩壊

アメリカのサブプライムローンの当初は、一部の住宅・金融関係者が、所得の低い階層に対して「住宅価格が上昇しているので銀行借入をして住宅を購入しても、元本と金利を含めた分まで住宅価格は上昇すると見込まれるので、返済に困ることはない」と説明して、融資を行った。そして、その住宅貸付債権を“証券化”して市場で販売した。住宅という担保がある貸付債権であることから、格付け機関が、高い格付けを付したため、住宅貸付債権は投資家の格好の投資対象となり、アメリカばかりでなく、世界の投資家によって購入がなされてしまった。こうした行動が、ミクロで一部の業者によってだけなされている間は、システム全体に影響を及ぼすことはない。当初にサブプライムローンを融資し始めた住宅業者・金融機関は、収益の向上という恩恵を被る。

しかし、他の業者が“サブプライムローンによって儲けている関係者がいること”を見て、自分も同様の行動で儲けようと“証券化”を始める。こうした行動が、マクロ全体の行動へと波及する。多数の住宅金融関係者が、同じ行動を行えば、住宅供給は過剰となり、住宅価格は下落し、当初の思惑は全く成立しなくなってしまう。金融システム全体の崩壊へとつながったことが、今回の金融危機である。

金融規制と金融技術の発展

アメリカの金融業界では、さまざまな金融手法が生み出される。日本でも、昔、「株価の下落リスクを保証するような損害保険」を販売しようと、日本のトップ損害保険会社が構想を進めた。しかし、当時の大蔵省からは、「株価のリスクは、投資家が負うものであり、それを別の金融商品で保証するとは何事だ」ということになり、認められなかった。これは、金融リスクをヘッジする手法であったのだが。

このように日本では、従来は、新しい金融技術の発展を促進させるという政策ではなく、むしろ、リスクを回避して、金融機関の安全性を重視するという政策であったと考えられる。

これに対して、アメリカの方は、金融技術の発達により、さまざまな金融手法や金融商品が組成され、問題が起こると法的な規制をかけるという政策であるように見受けられる。このことが、“証券化”という手法を発展させた背景にはあると思われるが、大きな問題を発生させてしまった。

金融に技術革新と規制とは、バランスのとれたものでなければならない。あまりに規制が厳しいと、金融の技術革新は起こらなくなり、日本の金融産業は衰退してしまう。しかし、ミクロの金融現象で問題がある場合には、それがマクロ的な行動となる前に、事前に規制をかけていくことが必要であると考える。自由な技術革新を促進するような金融行政、さらに、金融イノベーションによって生じるさまざまなミクロ現象を、より早く察知できる金融行政を望みたい。

中国の株価暴落と日本との違い

中国でも図2のように、株価は1/3に下落したが、日本との大きな違いは、銀行部門への影響が小さいところである。

図2 中国の上海株価の動き
図2 中国の上海株価の動き

中国では、銀行が国有銀行であるということもあるが、日本のように、銀行が株式を保有することは少なく、株価の下落による影響は小さい。さらに、地価も政府がある程度下支えしているといわれ、今のところ、極端な地価下落が発生していない。

アメリカのサブプライムローン問題では、銀行が低所得層に対する住宅貸付債権を証券化して投資家に販売し、住宅価格の下落により、低所得層が住宅ローンを返済できなくなり、不良債権化してしまい、世界中の投資家が損失を被ってしまった。サブプライムローンに投資した投資家の中には、銀行も含まれていた。

金融危機の発生後の政府による信用不安の回避

日本では、バブル崩壊後の1991年から2008年の間に180の金融機関が破綻した。破綻した金融機関の多くは、信用組合のような地域金融機関ではあったが、大手銀行の破綻も含まれており、銀行貸し出しの収縮を招き、景気回復を遅らせてしまった。

米国では、当初は議会の反対もあったが、(i)預金保険の金額を拡大し、日本で導入したと同様に「決済用預金」を創設して無制限の(決済のための)預金保護を実施し、(ii)銀行の破綻を回避して、システミックリスクを回避するために、銀行に溜まった不良資産の買取りや資本注入を行った。アメリカの場合には、(a)預金保険機構(FDIC)、(b)財務省(Tresury)、(c)連邦準備銀行(FRB)が、これらの政策に共同歩調をとり、政策の実施方法には整合性をやや欠くところはあるが、日本と比べると、迅速な対応を行った。日本の場合には、(i)から(ii)の政策に加えて、(iii)銀行の貸し出しが滞らないように、資本注入を行った銀行の貸し出しが減少しないように金融庁が見守り、(iv)中小企業向け貸し出しが減少したことを受けて、中小企業への貸し出しに対して100%保証をする制度(特別信用保証制度、銀行から借入を行った中小企業が倒産した場合に、信用保証機関が100%保証をして、銀行に損失を出さない制度)を導入し、銀行により中小企業貸し出しを後ろ押した。ただし、中小企業向け貸し出しを“100%保証する制度”は、一部の銀行では、リスクが高い中小企業貸し出しに、この信用保証制度を利用させることとなり、後に、不良債権額を増大させることとなり、100%から85%という部分保証に変更され、貸し出しをした中小企業が倒産した場合には、リスクの一部を銀行も負担する制度に改められた。

イギリスや大陸ヨーロッパでも預金保護の拡大による信用不安の回避が迅速に行われ、銀行が不良債権や自己資本不足によって機能不全になることを防ぐ政策がすぐに実施され、日本が経験した長期低迷を回避しようとしている。

短期の政策と中長期の政策

危機発生後の信用不安を防ぎ、預金の急激な引き下ろし、貸し出しの滞りを防いで、企業への資金がスムーズに流れるような政策については前述したが、これだけでは、経済を回復させることにはつながらない。1930年代の大恐慌の際に、ケインズ政策が多くの国々で採用されたと同様に、今回の危機を乗り切るためには、先進国による同時的な積極財政政策の必要性が強調されている。

ただし、日本の場合には、すでに国の債務残高がGDPの180%と巨額に上っており、積極的な財政政策を、国債発行でこれ以上、賄うことは難しくなっている。民間資金を活用した財政政策が必要であると考える。同様のことは、中国・インドなど、国内インフラ整備が不足している国々にも当てはまる。

ケインズ政策では、財政政策を景気が悪い時期には、国債発行によって賄うことが提唱されていた。しかし、日本のように、巨額の財政赤字となっている国では、これ以上の国債増発は、なかなか望めない。なぜなら、国債をさらに購入できる経済主体(日本の場合には、国債の多くを金融機関が保有している)がなければならないからである。

民間資金を活用する方法として、レベニューボンドによる方法が1つの方策である。インフラの整備によって料金収入が得られるような高速道路の場合、建設資金の大半を民間資金によって調達し、集めた民間資金への金利と元本返済を、建設されたインフラから得られる料金収入によって賄う方法である。図3に示されるように、建設の一部の資金を政府が支出し、残りを民間資金(レベニューボンド)によって賄う方法である。政府資金と民間資金の比率は、予想されるインフラからの料金収入によって求められ、投資家の予想収益率が国債金利を下回らない比率に設定する。さらに、料金収入が予想された収入よりも高くなった場合には、投資家に高い配当が支払われると同時に、高速道路の運営会社にもボーナスが行くよう、収益を上げようとする意欲の沸く制度とすることが必要である。また、レベニューボンドに対しては、政府による最低限の保証金利を設定する方法もある。

アジアでは、中国・インドなど、インフラ整備によって国内経済が活発化すれば、内需の拡大が促され、長期的には、世界の需要の中心となる国々が存在している。積極的な財政政策を、先進国ばかりでなく、発展途上の国々も実施し、世界不況を防ぐこと、さらに、民間資金を活用すれば、収益率の高いインフラ整備にのみ民間資金が向かうため、無駄な公共事業を排除するというメリットも存在する。

景気が拡大している時期には、ケインズ政策を批判する声が強いが、民間経済が急速に冷え込んでいる現状でも、「民間資金を用いた新しいケインズ政策」の実施を望みたい。

もちろん、ナショナルミニマムとして、収益性に関係なく必要な事業、たとえは、上下水道・義務教育などの事業はあるが、上下水道のように、料金収入が期待できる公的事業であれば、図3のように、一部は税金の資金を投入し、残りの部分に対して民間資金の導入を促すという方法がある。こうすることによって、民間資金の収益率を高める作用があると同時に収益性が市場で見えることになり、対象となる上下水道事業の経営状況を、外からチェックすることが出来るようになるというメリットが存在する。図3は、高速道路の運営に対して、30%の政府による税金投入を行い、民間投資家に対して高速道路からのすべての料金収入を還元する例である。このケースでは、投資家の配当収入は10/7となり、収益率を税金投入によって引き上げる効果を持っている。

民間資金の活用によるケインズ政策により、中国・インドを中心とした新興経済が牽引者となって、景気を引っ張ることが望まれる。

図3 インフラ整備に民間資金活用
図3 インフラ整備に民間資金活用
2009年1月28日

2009年1月28日掲載

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