Special Report──CEPR-RIETI国際ワークショップ「金融のグローバル化と安定」関連記事

国際金融市場の動揺が及ぼす政策への影響とは

Richard Portes
Centre for Economic Policy Research (CEPR) 所長/ロンドンビジネススクール教授

Philip Lane
CEPR リサーチフェロー/ダブリン大学教授

Philippe Martin
CEPR リサーチフェロー/パリ第1大学教授

グローバルな金融市場は最近数年間、安定性を高めたと考えられてきました。しかし、米国のサブプライムローン問題に端を発した世界の株式市場の動揺は、これまでの金融安定性への見方に大きな疑問を投げかけています。RIETIはCentre for Economic Policy Research (CEPR)との国際ワークショップ「金融のグローバル化と安定」を開催し、過去の市場の発展やグローバル化が本当に金融の安定性をもたらしたのかどうかを分析しました。RIETI編集部は、CEPRのRichard Portes氏、Philip Lane氏、Philippe Martin氏にフォローアップインタビューを行い、ワークショップの所感、欧州の金融市場が急速な発展を遂げた要因、政策への含意について伺いました(このインタビューは2007年9月6日に行われたものです)。

RIETI編集部:
本日のワークショップについてのご感想をお聞かせください。

Lane:
今日のワークショップで最も重要なポイントは、現在の金融市場の動揺が今後、本格的な影響となって表れるのかどうか、きわめて不透明感が強い点だろう。まず金融セクターでは、損失を被っているヘッジファンドに代わって他の金融機関がその分を穴埋めできるのかどうか。第2に、誰が損失を出しているにせよ、それが今後、本格的な影響となって表れるのかどうか。世界の銀行が全般に良好な状態にあり、実体経済の動きもきわめて速い。

したがって、目下の最大の焦点は中央銀行の動きだ。中央銀行が金利を引き下げるのは正しいのか。正しいとすればどの程度の期間か。また、インフレ・リスクについてはどうか。そして今日の議論で興味深かったのは、国際的な伝播のメカニズムが実際にはどうなっているのかという点だと思う。米国の信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)の問題が欧州や日本の市場にどの程度影響しているのか。そして今日話し合ったのは、影響はあるもののリスクを過大評価すべきでないという点だと思う。一定の損害は出たが、他の危機と比べて特に深刻というわけではない。したがって、細心の注意を払うべき時期ではあるものの、まだ心配しすぎる時期でもないだろう。

Martin:
今日の議論の中で、難しい問題で容易に答えが出ないだろうと思ったのは、世界的不均衡(グローバル・インバランス)の調整という側面から比べたアジアと欧州の現状だ。欧州よりアジアのほうがはるかに問題になっている。金融統合の点では、アジア、特に日本と中国は諸外国とかなり違う対応をしているように見受けられる。資産取引の点でも、アジアは欧州諸国と大きく異なる状況にある。通貨の統合は言うに及ばず、貿易統合や金融統合に関してアジアは欧州ほど進んでいない。

RIETI編集部:
Portes教授にお聞きします。教授は、欧州の金融市場はこの10年で飛躍的に発展したと指摘されましたが、その背景にはどのような要因がありますか?

Portes:
ここ10年、欧州金融市場が急速に発展した背景には、3つの要因があると考えている。まず、なんといってもユーロ、つまり欧州の経済・通貨統合の存在が大きい。特に通貨統合は資本市場の拡大、中でも社債・国債を中心とした証券市場の発展を支える土台としてきわめて重要となっている。ユーロは、通貨統合参加国のこうした市場を1つにまとめてきた。それが、この市場で発行・取引される証券の流動性を飛躍的に改善させた。

このため、各国の企業と政府が発行する証券は現在、統一されたはるかに巨大な流動性のプールの一部として取引されている。その結果、多くの場合、政府発行証券の利回りが大幅に低下し、政府にとって資金調達がしやすくなった点がきわめて大きい。

しかし最も重要なのは社債、特に起債の可能性が広がった点だ。起債は、一部はユーロ圏内で実施されているが、ユーロ圏外の企業と政府がユーロ圏内で実施する例もかなり多い。この世界的なユーロ建て証券の発行は、いまではドル建て証券の発行を上回るほどに増えている。10年前には誰も想像していなかった状況だ。

2番目の要因は、いわゆる「金融サービス行動計画(FSAP)」である。これは欧州連合(EU)で立法化された一連の対策で、基本的に欧州委員会が策定し、同委員会や理事会(加盟各国の閣僚から構成)との議論を重ねて欧州議会が成立させたものだ。FSAPの一部は結果的に、われわれが期待していたほど野心的ではなかった。

たとえば新しい企業買収規制は、特にドイツなどの国々の政治家の間で大きな反発を呼んだため、実際に成立する前にかなり骨抜きにされ、あまり効果を生んでいない。一方、EU全体で効果を上げている重要な新規制は「金融商品市場指令(MiFID)」だ。これは金融機関、そして市場それ自体からみて、欧州の証券市場の統合を大きく前進させる法的枠組みとなった。MiFIDは今後、株式市場の透明性等を飛躍的に向上させるとみられる。

最後の要因は、ユーロ圏ではないがEU域内の要因、すなわち世界の金融センターとしてのロンドンの発展だ。ここ10年、われわれはロンドンに世界の巨大銀行のコミュニティが台頭し、金融セクターの活動が急拡大するのを目の当たりにしてきた。ニューヨークからロンドンに事業がある程度シフトしている。もちろん、ロンドンはユーロ絡みの大量の金融業務も処理している。フランクフルトやパリの努力にもかかわらず、ロンドンこそが欧州の金融センターだ。

実際にロンドンの業務は拡大しており、このことは欧州全体の金融市場と金融機関の構造にとって好ましい。その成果はあらゆる面に表れている。たとえば、主要投資銀行の経営トップが軒並みニューヨークから欧州に移動し、ロンドンを拠点としている。

各行とも業務を欧州へとシフトさせている。このことは欧州金融市場の発展にとってきわめて重要だ。米国の大手銀行は欧州の銀行にはないテクノロジーやノウハウを持っており、業務の手法を大幅に改善させてきたからだ。

この結果、欧州の一部の銀行は統合し、競争せざるを得なくなっているが、競争を生き抜いている銀行もある。投資銀行としてのドイツ銀行は競争が激化するなか、業績を飛躍的に改善させた。同じく、サンタンデールはきわめて効率的な銀行だ。これもある意味、国際的な競争が進んだ結果といえる。

RIETI編集部:
本日、教授は世界の金融市場の現状(動揺)による政策への影響について意見を述べられました。現状のどの動きが最も大きな影響を持つとみておられますか?

Portes:
これについては2つのレベルからみている。1つは短期、直近の視点。焦点は中央銀行、特に米連邦準備制度理事会(FRB)と欧州中央銀行、そしてイングランド銀行だ。問題は、これらの中央銀行がより積極的に介入する態勢にあるか、またこれまで以上に市場を支援する姿勢を見せるか、ということだ。中央銀行はすでに対策を講じたが、3カ月物市場はまだかなり混乱している。

また、資産担保コマーシャルペーパー(ABCP)市場は流動性がひっ迫しており、こうしている間にも償還が近づいたCPの借り換えにあたり銀行が苦慮する事態が生じようとしている。そのなかで中央銀行はどう介入するのか。彼らが想定していると思われる2つの障害がある。しかし、私はどちらもたいして重要ではないとみている。

中央銀行は、より積極的に介入することのリスクを誇張し、過大評価している。1つはモラル・ハザード(倫理の欠如)の問題だ。つまり、今回の金融市場の動揺は、米国のITバブルの崩壊と緩やかな景気後退後のFRBによる急激な金融緩和策に伴う介入まで遡ることができる話だという。FRBは流動性を供給して市場を救済し、ここ2年の流動性過剰の素地を作った。その結果として今の状態があるという。

私は、これはまったくの見当違いだと思う。しかし、FRBが十分に徹底した引き締めを行わなかった、つまり、2000~2001年の出来事の後、注入していた流動性を十分速やかに引き揚げなかった、というのは間違いではないと思う。ただ、だからといって同じ過ちを繰り返す必要はない。そのときの流動性注入と金融緩和は正しい対応であり、その結果、米国の景気後退はきわめて軽微で短期間に終わった。これは正しい処理だった。誤ったのは、FRBが速やかに政策を反転させなかったことだ。

今回の話は、FRBが同じ対応をすれば、市場はFRBがいつも救済してくれると思うだろうというものだ。何か悪いことが起これば政府が助けに来てくれて、最終的に誰も損をしないと考えるという。しかし、FRBや政府が大胆な対応をしても、人々は損失を被る。そもそもすでに損失を被っている。サブプライムローン市場の問題はまだ解消に向かっていない。関連証券の多くは価値が低下するだろう。

ヘッジファンドの多くが損害を被るとみられる。クオンツ運用のヘッジファンドは、投資対象を誤ったためにすでに多額の損失を出しているが、この損失を取り戻すことはないだろう。新規資金を確保しても、失われた金額はそのままだ。したがって、中央銀行がモラル・ハザードを心配すべきだという話は正しくない。私は、誤った投資を行った個々の金融機関や投資家を中央銀行が救済すべきだとは思わないが、市場が引き続き機能を果たせるようにする責任があると強く感じている。現在市場は適切に機能していない。これは明らかだ。

中央銀行が問題にしている2番目の障害は、中央銀行はインフレ抑制を重視すべきであり、それが責務だという考え方だ。この姿勢は、インフレ目標を監視している欧州中央銀行とイングランド銀行に特に顕著である。そこに、欧州を中心として金融市場の混乱が生じた。欧州では資金と信用がきわめて急速に拡大している。欧州中央銀行はこれを懸念してきたため、金利を引き上げたかったが、今となっては利上げに踏み切らないだろう。

筋書きはこうである。欧州中央銀行はインフレを懸念しており、FRBはインフレ期待が手に負えなくなる事態を恐れている。しかし、この段階で金融市場に積極的に介入し、市場が安定すると直ちに流動性を引き揚げるとする。すると市場は、中央銀行が自ら行っていることを承知しており、インフレ阻止への強い決意を持っており、信認が揺るがないことを理解するはずだ。したがって、私はこれも障害になるとは考えていない。

とはいえ、私は金融市場の専門家ではない。中央銀行にはこうしたことを日々仕事にしている多くの専門家がいる。こういう専門家なら、資産担保コマーシャルペーパー市場を再び軌道に乗せる方法や、ロンドン銀行間貸出金利(LIBOR)や3カ月物市場金利を引き下げる方法を考え出せるだろう。

中期的には、2つの課題がある。1つは規制だ。ヘッジファンドをもっと規制すべきか。信用格付機関をもっと規制すべきかといった問題だ。この是非をめぐっては大きな政治的圧力がある。私は、ヘッジファンドに規制をかける特段の理由はないと考えている。ヘッジファンドの行動を本当の意味で変えさせるような規制はないだろうし、ヘッジファンドは、損失を出せば行動を変えると思う。

それ以外は、この話の中でヘッジファンドは危険な存在とは思わない。問題をよく見ればわかるが、ヘッジファンドの一部は結果として損害を被っているのであって、少なくとも現時点では問題の核心ではない。ある程度の危険はあるが、まだ具体化していない。しかし、格付機関は別問題だ。明らかに利益相反があり、現在、問題を抱えている金融商品の多くの格付けを誤った。

格付けを誤った理由が、格付機関がたんに金融商品を理解しておらず、実際に市場で試されていないモデルに基づいて格付けをしたからなのか、あるいは格付け対象の証券を発行している金融機関が顧客であり、高格付けになるよう証券を仕組む方法について金融機関と交渉していたことなどが背景にあったのか、私には判断できない。それほど詳しく見ていないからだが、多くの人はもちろんそう考えている。はっきりしているのは、格付機関が同時にこうしたことを行うべきではないということだ。そして、このセクターにももっと競争が必要だろう。

最後の問題は、世界的不均衡である。為替レートや経常収支赤字などの問題は、現在の金融市場の動揺に大きな役割を担っていない。しかし中期的にみて、世界的不均衡が大きな問題となる可能性があり、これらの経常収支赤字を圧縮し、特に米国の経常収支赤字を減らし、為替レートを今よりやや良好な構造にすることが重要だ。

国際通貨基金(IMF)はこれに対応するため、1年前にいわゆる多国間サーベイランス(政策監視)の手続きを開始した。IMFではそれが大きな成果を上げているとしているが、実際の結果を発表していない。また、IMFの専務理事が出てきて、「これが多国間サーベイランスの成果です。合意をみた政策を実施したらどうですか?」と政府に働きかけている姿を見てはいない。これは次の専務理事の仕事になるだろう。

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取材・文/RIETIウェブ編集部 2007年9月6日
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CEPR-RIETI 国際ワークショップ「金融のグローバル化と安定」

2007年9月6日掲載

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