Special Report──RIETI政策シンポジウム「グローバル都市の盛衰-東京圏、日本、そしてアジアにとっての含意」関連記事

グローバルシティの戦略的役割とは?

サスキア・サッセン
シカゴ大学社会学部教授/ロンドンスクール・オブ・エコノミクス客員教授

昨今、東アジア全体が「世界の工場」としての地位を揺るぎないものとしつつあり、この地域の世界貿易・世界経済における重要性が急速な高まりを見せています。また、それと並行して、アジアにおいては大都市の集積が着実な成長を遂げてきています。都市集積の重要な点は、都市が「イノベーションの基地あるいは揺りかご」としての役割を果たしていることです。2005年3月18日に開催されたRIETI政策シンポジウム「グローバル都市の盛衰-東京圏、日本、そしてアジアにとっての含意」では、都市集積の成長の背景には広義の規模の経済が存在する中で、アジアを代表するワールド・シティである「東京圏」の現在のポジショニングは、21世紀を通じて不変なものであるのかといった問題意識を持ち、日本の都市、特に東京圏の役割について、活発な議論を行いました。本稿は、シンポジウム開催直前企画として、シカゴ大学社会学部教授 / ロンドンスクール・オブ・エコノミクス客員教授のサスキア・サッセン氏に世界経済におけるグローバルシティの戦略的役割、経済活動のグローバル化によって引き起こされた現象等についてお話を伺ったものです。

(このインタビューは3月15日に行われたものです。)

RIETI編集部:
『The Global City: New York, London, Tokyo(グローバルシティ:ニューヨーク、ロンドン、東京)』(2001年 Princeton、邦訳は筑摩書房より2006年春出版予定)という著書のなかで、「グローバルシティとは、国境を越えた戦略拠点ネットワークの機能である」とおっしゃっていますが、世界経済におけるグローバルシティの戦略的役割とはどういうものかお話いただけますでしょうか。

サッセン:
グローバル経済システムのかなりの部分が電子市場やグローバル通信ネットワークを介して運営され、地域的な分散が促進されるなか、なぜ、都市というものがそもそも関連してくるのか問い直してみることが今のご質問に対する1つの答えになると思います。1980年代におけるグローバリゼーションと技術に関する議論では、重要な経済単位としての都市の役割は終わったという見方が支配的でした。この考え方においては、グローバル経済システムそのものの存在を所与のものと見なす傾向がありました。これに対して、私の考えは、新たな情報技術に内在し、国境を越えて活動する企業が有するグローバルな事業展開、連携、統制のための能力というものは生産されなければならないというものです。能力の「生産」という側面に注目することで、都市という概念が再びよみがえります。都市は、複雑に錯綜するさまざまな能力を生産するための戦略的な場の1つだからです。グローバルな展開を行うためには、グローバル化した経済部門の特徴である高い不確実性や投機性という問題に対応しうる、高度にネットワーク化された会計、法務、広告、金融、通信などの専門サービス部門が必要です。さらに、この種の分析を行うことによって、グローバル経済は大企業の力および物理的な距離や場所を無効化する新技術によって生み出されたものであるという一般的な概念に、忘れ去られていた側面を付け加えることができます。都市は相変わらず専門サービスを生産するための理想的な場としてグローバル市場における役割を持ち続け、専門サービスが複雑に入り組んでいる場合はなおさらであるということです。

グローバル経済における都市の役割を分析する上で重要なのは、このような中枢機能のほとんどが都市で発生し、生産されているということです。また、これらの機能が複雑化するということは、大企業の本社が中枢機能の生産を外部の専門サービス業者に委託することをも意味しました。従って、凝集された最新鋭の専門サービス部門へのアクセスがある限り、企業はその本社をいかなる場所にも置くことができるという状況になりうるのです。

過去15年間にわたり世界中で規制緩和と民営化が進んだ今日、約40都市を結ぶネットワークの中にその組織構造を見出すことができます。グローバルシティを特徴づける専門的生産能力の中枢を成すのは、ユニークなサービス機能の組合せです。

グローバル経済に統合される国家経済の範囲が広がる程度に応じて、グローバルシティの生産能力は複数部門を巻き込むことになり得ます。金融は典型的な主幹部門ではありますが、ほんの一例に過ぎません。他に、グローバルメディア、ハイテク産業、貿易、国際化が進んだ一部の製造業といった部門があります。ニューヨークのような都市は、こうした能力を組合せることによって、金融のみならず多くの部門におけるグローバル展開を支えています。同じことがロンドン、東京、パリについて、そして、ある程度フランクフルトについても当てはまります。メキシコシティ、サンパウロ、ソウル等の都市は、それぞれの経済における主要グローバル部門を支え、その意味において本格的なグローバルシティであると言えます。地理的な広がりという要素と資源や重要業務の同時的かつ不均衡な集中という要素を合わせ持つパターンが、国際システムの根幹をなす金融部門においてもっとも顕著に現れていることは、現行の国際システムの大いなる皮肉の1つかもしれません。貿易は金融に比べてはるかに「民主的」である、つまり、小さな国でも自らの利益に資するかたちでグローバル貿易市場に連なることができるという議論が長らくなされてきました。それに対して、金融という観点から見ると、弱小国は完全にその存在が無視されるか、システムによってつぶされるかの運命をたどることになります。

世界における主要なビジネスセンターは、かなりの程度、国境を越えたネットワークの存在にその重要性を依拠するとともに、都市の中心性に基づく新たな地理的力学を形成しています。この新たな地理的力学の中で最も強力な中心性を有しているのは、国際金融センターとビジネスセンターという機能を合わせ持つニューヨーク、ロンドン、東京、パリ、フランクフルト、チューリッヒ、アムステルダム、ロサンジェルス、シドニー、香港です。しかし、今日では、このネットワークの中にバンコク、ソウル、台北、上海、サンパウロ、メキシコシティ等の都市も含まれるようになりました。これらの都市間における取引は、とりわけ金融市場、サービス貿易、投資を媒介として急激に増大し、戦略的資源や事業活動の集中によりこのような都市と国内の他の諸都市との間の不均衡が急拡大しました。このことは、国家領土の統合性における都市システムの役割に影響を及ぼしました。主要都市が新たなより強力な国境を越えた都市システムの一部として組み込まれるにつれて、国家の都市システムは部分的に分解されつつあるのです。

RIETI編集部:
ニューヨーク、ロンドン、東京のようなグローバルシティは、互いに競合するというよりも、むしろ、調整的な役割や機能を果たすという議論を展開されていますが、過去10年くらいの間に、これらの三都市間の国際資本の流れは大きく変わりました。今日におけるこれらの都市の役割や機能についてどのようにお考えでしょうか。

サッセン:
ほとんどの人々が主要都市間の競争に着目していた1980年代に、私は、ニューヨーク、ロンドン、東京という三都市の間に一定の機能分担がなされていることに気づきました。きわめて初期的かつ初歩的なものであったかもしれませんが、機能分担を強調することによって、それぞれ中心を形成する地域において国家単位の任務が引き続き主流であったにもかかわらず、グローバルな金融システムが出現しつつあることに気づくことができました。

たとえば、すべての株式市場が同等というわけでありません。このような中心を形成する各地域間で分業が行われるようになりました。このことは、グローバル市場のネットワーク化をさらに促進するとともに、現在の市場と1980年代以前の厳しく規制された国内市場の大きな違いを反映しています。1980年代においても今日においても、ニューヨークはきわめて特殊な機能を有しています。金融手法の主要なイノベーション拠点であるということです。これは、必然的に法律や会計の専門家との緊密な連携を伴いますし、また、これら専門家の創造力をより一層必要とするものです。私は、ウォールストリートを金融のシリコンバレーと呼んでいます。ロンドンは、引き続き卓越した国際金融センターとしての地位を維持し、他のどの都市よりもはるかに国際的です。東京は、1980年代以降、どちらかといえば未加工の資本の主要な供給源、いわば原料物資の輸出者となっています。

この議論の中から出てくる論点は、ますます国際化し、デジタル化されるシステムのなかで主要ビジネスセンターが重要性を持ち続けているということです。このことは、あらゆる産業のなかで最もグローバル化と電子化が進んでいる金融においては特に顕著に、そして先端的サービス産業のなかでも見られ、こうした特徴は場所がもはや重要ではないということを示唆しています。実際、主要都市における事業コストの高さを考えると、地理的な広がりを持つ方が有利に思われます。さらに、過去10年間、企業運営上のすべての専門知識について地理的流動性が高まりました。にもかかわらずビジネスセンターというものが存在するのはなぜなのでしょうか。

少なくとも3つの理由があります。まず、1つめの理由は、社会的なつながりや中枢機能の重要性です。確かに、今日の通信技術は経済活動の地理的な広がりを持ちやすくしましたが、同時に、グローバル企業における中枢部門の調整・管理機能の重要性をも高めました。第2に、グローバル経済のなかで企業を運営していくためには、途方もない資源が必要とされ、その結果、迅速な合併や買収、および戦略的提携が行われています。第3の要因は、エリート層および彼らの関心課題が無国籍化しているということです。グローバル企業とその顧客にとって国家への愛着や帰属意識は弱くなっています。この傾向は西欧諸国において特に強く見られますが、アジアも同じような状況になる可能性があります。この無国籍化の動きは、民営化や外資系企業による買収を可能にする国家政策によって助長されてきました。ある意味において、アジア金融危機は、巨額の外国資本を受け入れながら企業支配権を完全に放棄することのなかった東南アジアにおいて、主要産業部門に対する支配権を少なくとも部分的に無国籍化するメカニズムとして機能したと言えるかもしれません。

RIETI編集部:
経済活動のグローバル化によって引き起こされた重要な現象として、所得の二極化に言及されています。このことについて簡単にご説明いただけますか。

サッセン:
グローバルなプロセスや市場を主要都市に移植するということは、都市経済のなかで国際化された部門が大きく拡大し、経済活動とその結果の価値や価格を決定するための新たな基準が設定されることを意味します。このことは、都市経済においてそれまで主流であった部門に壊滅的な影響を与えました。単なる量的変化にとどまらず、新たな経済制度を構成する要素が見えてきたのです。二極化に向かう流れは、都市経済の空間的構成、社会的再生産の構造、および労働力構成において明確な型となって現れています。さまざまなかたちで現れる二極化の流れの中に、雇用中心型の都市の貧困と周縁化、そして新たな社会階層の形成をもたらす条件が内在しています。

専門化したサービス部門が主導する経済の優勢、特に金融とサービスが複合した新たな部門が台頭することによって、新たな経済制度となりうるものが生み出されます。なぜなら、この部門は都市経済のほんの一部を占めるにすぎないかもしれませんが、経済全般に与える影響力は極めて大きいからです。金融部門で超過利潤が生み出されることによって、製造部門や付加価値の小さいサービス部門では金融活動に典型的に見られるような超過利潤を生み出せない限り、過小な価値を付与されます。収益力の極めて高い企業の数がクリティカルマス(限界量)に達すると、商業スペース、産業サービス、その他のビジネスニーズの価格は上昇し、その結果、収益力のあまり高くない企業の存続は危うくなります。後者に属する企業は、都市経済にとって、また地域住民の日常的なニーズに対応する上で必要不可欠な存在でありながら、金融およびその他の専門化したサービス部門が超過利潤を生み出す状況においては、その経済的な継続性が脅かされます。こうした傾向は、皮肉にも、これらの都市に富と力が集中するなかで、低賃金労働者や昇格のチャンスがほとんどない低賃金の仕事に対する需要を大きく拡大させました。経済の異なる部門間における収益力の不均衡は常に存在してきました。しかし、今日の状況は、これまでとはまるで規模が異なり、住宅市場から労働市場まで、さまざまな市場に大きな歪みをもたらしています。高賃金の仕事と低賃金の仕事が集中する産業の急成長は、消費構造に如実な変化をもたらしました。そして、そのことがまた、作業組織のあり方や創出される仕事の種類にフィードバック効果をもたらしています。新たな文化様式の出現に並行するかたちで高所得者層が拡大し、その結果、高所得の水準が格上げされました。これは、最近の分析結果によると、低賃金労働者が大量に供給されたことによるものと思われます。

ニューヨーク、パリ、ロンドン等、一部の大都市において非公式経済が成長しているという事実を概念的に説明する1つの方法は、経済の頂点における規制緩和への組織的対応として、この現象が起きていると仮定することです。より多くの主要情報産業で規制緩和が進み、より多くの低収益部門で非公式化が起こっていますが、この2つの現象はいずれも、新たな経済的発展と既存の規制の間の軋轢が高まる状況下における調整であると解釈することができます。このような展開について、貧しい国々と富める国々を分ける既存の区分を分断する中心性と周縁性の新たな地理的力学、そして、発展途上国だけでなく高度に発展した諸国においてもますます明確になりつつある周縁性の分布を構成する動きであると考えることができます。

グローバル都市の中心街や大都市のビジネスセンターは不動産開発や情報通信に膨大な投資がされている一方、低所得地区に対する投資は極度に不足しています。先端部門に雇用されている高度な教育を受けた労働者の賃金が異常に高く上昇しているのに対し、同じ部門の中・下位の技術の労働者の賃金は低下しています。このように先進諸国および発展途上国の主要都市において中心と周縁の新たな地理的力学が生まれ、既存の不均衡が拡大するだけでなく、不均衡を生み出す新たな原動力が働き始めているのです。

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取材・文/RIETIウェブ編集部 木村貴子 2005年4月26日
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2005年4月26日掲載

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