世界の視点から

教育水準による居住地の選別によって高まる交通インフラの投資へのリターン

Coen TEULINGS
ユトレヒト大学経済学特別教授

Ioulia OSSOKINA
アイントホーフェン工科大学建造環境学部講師

教育水準によって社会の空間的分離が進んでいることへの懸念がしばしば提起されている。本稿は、オランダの研究をもとに、教育水準の異なる層によって、鉄道の駅など地域的に提供される固定費の高い公共財に対する選好が大きく異なることから、学歴別の空間的住み分け、そして地域人口密度の上昇によって、インフラ投資のもたらす社会的便益が実際に増加する可能性があるということを明らかにする。しかしながら、高学歴者の受ける便益が過度に大きくなることから、深刻な政治経済的問題につながる。

学歴別に、著しい空間的住み分けのパターンが見られる。Gennaioli et al. (2013) は、100カ国、1500地域を対象とした研究を行い、対象国すべてにおいて、高学歴者は特定地域に集中して居住する傾向があることを示した。1人当たり年間GDPの地域間格差は、平均的な教育水準に応じて大きくなっており、また、人的資本の収益率に関する合理的な推計値をはるかに上回っている。Glaeser and Saiz (2003) によると、都市の再生には、高学歴者が非常に重要な役割を果たすという。図1は、オランダにおける同様のパターンを示している。図1の左パネルは、高学歴の労働者と低学歴の労働者の空間的分離を示している。概して言うと、高学歴者は都市部で生活(および就労)しているのに対し、低学歴者は地方で生活している。オランダ西部の都市では、労働者の最大70%を高学歴者が占める地区があるのに対し、ドイツとの国境沿いの北部地域では、高学歴者の割合が15%未満である。空間的分離が著しいことから、教育階級によって社会が分断され、階級間の交流がほとんどなくなってしまうのではないかと不安を感じる人が増えている(例えば、Floridaの最新著書を参照(Florida 2017))。こうした不安は、ポピュリズムの台頭以降、よりいっそう注目されている。

平均学歴の格差は、各地域の地代に密接に反映されている(図1右パネル参照)。地価は、(高学歴者の割合が高い)アムステルダム・カナルゾーンの3800ユーロ/m2から、(高学歴者の割合が低い)ドイツ国境沿いの北東部地域の約10ユーロ/m2まで、300倍以上の開きがある。オランダの地代とその決定要因の概要については、De Groot et al. (2015) を参照されたい。地域の公共財は、このような地代の大幅な差を説明する重要な要因である。

図1:郵便番号別の高学歴者の割合(左)と地代(単位:ユーロ/m2)(右)
図1:郵便番号別の高学歴者の割合(左)と地代(単位:ユーロ/m2)(右)

最近のTeulings et al. (2018) の研究は、個票データを用いて、特定の地区に住むためにどれくらい支払う意思があるかのかについて、高学歴者と低学歴者との差異(教育水準が中程度の者は割愛)を定量化している(図2)。図2は、(当該職場への通勤に利用できる地域の交通インフラに基づく)その地区の雇用機会と、公園や歴史的景観などの都市アメニティに対する支払意思額 (WTP) を示している。高学歴者(右パネル)は、地区の質に対してかなり敏感に反応する。高学歴者のアムステルダム中心部へのWTPは低学歴者の2倍なのに対し、ドイツ国境沿い地区へのWTPは低学歴者の6分の1である。一方、低学歴者は、自宅の場所を選ぶに当たって地区の質ではなく地価にかなり敏感に反応する。Teulings et al. (2018)では、地価に対する低学歴者の感受性は高学歴者の2倍と推定しており、土地が消費に関して正常財財であることを示唆している。Albouy et al. (2016) は、米国について同様の結果を報告している。

図2:地区の価値(単位:ユーロ/m2)、低学歴者(左)、高学歴者(右)
図2:地区の価値(単位:ユーロ/m2)、低学歴者(左)、高学歴者(右)

住み分けによって地域の公共財から得られる福利厚生上の利益が増す

図2は、地域の公共財投資によって地区の住宅需要(特に高学歴者からの需要)が拡大し、その結果、住み分けが進むということを示唆している。これらの結果を一般均衡モデルに組み入れることにより、地域の公共財投資による厚生効果を計算できる。Teulings et al. (2018) は、こうしたモデルを用いて、アムステルダムとアムステルダム北側エリアを接続する鉄道の厚生上の便益を分析している。2つのエリアは運河によって隔てられており、実際には鉄道用トンネル2本と自動車用トンネル5本によって接続している。著者らは、鉄道トンネルがない場合の反実仮想シミュレーションを行い、鉄道トンネルがある場合の均衡と比較した。図3はその結果を示す。

アムステルダムと北部周辺エリアとの間を接続する鉄道があれば、周辺エリアからアムステルダム中心部に通勤しようとする人数が増加する。これに伴い、中心部では企業数や雇用数が増加し、その代わりに、周辺エリアでは減少する(図3左パネル)。一方、中心部へのアクセス性の向上とアムステルダムでの雇用が組み合わさることにより、周辺エリアの居住地としての魅力が高まる(中図)。その効果は、アムステルダムと接続する鉄道(図3の濃灰色の線)沿いの駅周辺地区において、最も顕著に表れる。北部エリアの雇用数でみた経済活動は低下するが、住宅地として魅力が高まり、地価は上昇する(右図)。地価が上昇すれば、労働者の土地需要は価格弾力的なため、長期的に見て当該エリアの人口密度が高くなることを意味する。人口密度が高まれば、交通インフラの利用者数が増加し、投資へのリターンが上昇する。

図3:雇用と人口の分布(トンネルがある場合とない場合の比較)
図3:雇用と人口の分布(トンネルがある場合とない場合の比較)

しかしながら、費用と便益に関しては、教育水準によって顕著な違いがある(表1参照)。表は、3段階の教育水準、また、北部エリア、アムステルダム、それ以外の地域の地権者について、純便益を計算したものである(自宅所有者であっても地権者が受ける便益の一部を得ていると考えられるため、全員を賃借人として分類した)。鉄道で移動する割合は高学歴者のほうがはるかに高いことに加え、より長距離の通勤をしていることから、移動時間の減少による便益は、主として高学歴者が享受する。同様に、自動車から鉄道への移動手段の変更は、そもそも鉄道での移動の可能性が高学歴者においてより高いことから、彼らにより多くの恩恵を与えることになる。さらに、職場がアムステルダムに移ることによって得られる便益も、高学歴の労働者の方が高くなる。というのも、周辺エリアで働くことによって得られる便益と、アムステルダム中心部で働くことによって得られる便益の差が、高学歴者ではるかに大きいからである。最も驚くべき結論は、駅に近い土地の価格が上昇するため、低学歴者にとっては実際のところ損失を被るということである。地代が上昇すれば、鉄道を利用しない低学歴者の多くは、もともと住んでいた家を離れて、より魅力の低い地区で住宅を探さざるを得なくなる。こうして北部エリアでの高学歴者の割合は増加する。全体的な効果は、新たな交通インフラがもたらす社会的便益の推定として妥当だといえる。この基準を用いれば、職場や住宅の移転による厚生上の便益が大きいということが、表1に示される。トンネル敷設によって実現する効果全体の30%に相当する。残りの70%は、転職や転居をしない消費者の移動時間の削減によるものである。高技能労働者の方が転職や転居する割合が多く、したがって受ける便益全体の大きな部分を彼らが占める。

表1:鉄道トンネルによる厚生上の便益(100万ユーロ、純現在価値)
表1:鉄道トンネルによる厚生上の便益(100万ユーロ、純現在価値)

土地の再開発は最適化されているが、政治経済的問題が生じる可能性がある

高技能労働者が北部エリアの鉄道駅周辺地区へ転居することは、効率的といえる。アムステルダムに接続する鉄道の価値をもっとも高く享受しているのは、高技能労働者だからである。こうした転居によって、交通インフラへの投資の効果全体の30%に相当する幅広い経済的便益が生み出されることになる。しかしながら、こうした便益が実現する必要条件として、高技能労働者の嗜好に合あった住宅ストックを調整する必要がある。これは、鉄道駅周辺の土地を完全に再開発するということになる可能性もある。そうなると、もともとその地域に住んでいた高技能労働者以外の層は他地区への転居を余儀なくされることになり、むしろ厚生上の損失が生じる可能性がある。これでは、交通インフラへの投資によって、政治経済的問題が生じてしまうことになる。

鉄道トンネルに関する見識からは、他の地域アメニティについても同様のことが推測される。ヨーロッパ各国では、地方自治体がアメニティや公共空間に投資を行うことで、貧困地区の人口構成を変え、地区のジェントリフィケーションを図ろうとしている(Cheshire 2009、Gonzalez-Pampillón et al. 2016に加えて、参考文献等を参照)。本研究の結果は、地域の公共財に投資するだけでは不十分である可能性を示唆している。地区における人口構成を変えるためには、公共財投資に加えて住宅ストックや土地利用度を調整する必要がある。最近、ロッテルダム市の超貧困地区、カーテンドレヒト地区において短期間で実現した復興は、この点に関する生のエビデンスである(表2参照)。1999年のカーテンドレヒト地区は、高技能労働者や住宅ストックという点で、市の平均レベルから著しく後れを取っており、ジェントリフィケーションは難しいと考えられていた。ところが、住宅ストックや地域アメニティへの組織的・連携的な投資によって、変化がもたらされた。15年の間に、住居全体の30%について、中間所得層の家族に焦点を当てた新たな建築物への建て替えが進んだ。その結果、2014年には、カーテンドレヒト地区の人口や住宅ストックは、市の平均と同等レベルになった。

表2:オランダ、ロッテルダムのカーテンドレヒト地区の再生
表2:オランダ、ロッテルダムのカーテンドレヒト地区の再生

本稿は、2018年4月23日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。

本コラムの原文(英語:2018年5月25日掲載)を読む

文献
  • Albouy, D, G Ehrlich, and Y Liu (2016), "Housing demand, cost-of-living inequality, and the affordability crisis," NBER, Working Paper 22816.
  • Cheshire, P (2009), "Policies for mixed communities: faith-based displacement activity?," International Regional Science Review 32: 343-375.
  • Florida, R (2017), The new urban Crisis. Gentrification, Housing bubbles, Growing inequality, and what we can do about it, One world publications, Edinburgh.
  • Gennaioli, N, R La Porta, Rafael, F Lopez-de-Silanes, Florencio and A Shleifer (2013), "Human capital and regional development," The Quarterly Journal of Economics 128: 105-164.
  • Glaeser, E and A Saiz (2003), "The rise of the skilled city," NBER,Working paper 10191.
  • González-Pampillón, N, J Jofre-Monseny, and E Viladecans-Marsal (2016), "Can urban renewal policies reverse neighborhood etnic dynamics?," CEPR Discussion Paper DP11676.
  • De Groot, H, G Marlet, C Teulings and W Vermeulen (2015), Cities and the urban land premium, Edward Elgar Publishing.
  • Teulings, C, I Ossokina and H de Groot (2018), "Land use, worker heterogeneity and welfare benefits of public goods," Journal of Urban Economics 103: 67-82.

2018年7月27日掲載