世界の視点から

海外直接投資と地域間格差

Theresa M. GREANEY
ハワイ大学経済学部准教授 / 同日本研究センター教員

Baybars KARACAOVALI
グリネルカレッジ助教

過去20年間に数多くの国で経済格差が拡大し、懸念が広まっている。反グローバル派は、多国籍企業(MNE)の活動が経済格差拡大の直接的要因であると主張している。他方、グローバル化推進派は、国際貿易による全体的な利益や、より大きな影響を及ぼす可能性がある技術変化など他の要因を挙げ、反対派の批判をかわそうとしている。MNE、海外直接投資(FDI)、貿易、格差の関係を調べるため、アジア太平洋地域の経済学者に参加を呼びかけ、「アジア太平洋地域における貿易、成長、経済格差(Trade, Growth and Economic Inequality in the Asia-Pacific Region)」と題する研究プロジェクト(注1)を実施した。同プロジェクトの一部は、FDIが受け入れ国(すなわち、FDIが流入する国)の格差に及ぼす可能性がある影響に焦点を当てている(注2)。本稿では、プロジェクトの論文のうち2本の研究結果の概要を紹介するが、11本すべての論文についてはJournal of Asian Economicsの2017年2月の特別号に掲載されている。

FDIと格差の理論

FDIの影響を調べるに当たっては、まず、企業が海外で投資する理由を検証する必要がある。FDIに関する当初の説明は、資本所有者が国外でより高いリターンを追求するという「資本裁定仮説(capital arbitrage hypothesis)」に基づくものであった。要素リターン(例:資本リターン、労働者の賃金)が国際貿易だけで均等化されなければ、比較的資本の豊富な国から資本の乏しい国へ資本が流入するということである。資本フローのもう1つは、労働力が不足し賃金が高い本国の市場から、労働力が豊富で低賃金の受け入れ国市場への資本の流れである。資本裁定仮説では、(海外の投資家、それ以外の投資家を問わず)本国の資本所有者と受け入れ国の労働者の双方の利益になると予測される。とはいえ、FDIフローの大部分は途上国ではなく先進国に向かっており、この流れを説明できない資本裁定仮説の弱点を補う新たな仮説が考案されている(注3)。

経済学者は、異なるFDIフローのそれぞれの動機に対応するため、垂直的FDIと水平的FDIの仮説を考案した。垂直的FDIは、生産過程を分割可能な単位に分け、その一部を国外に置く。一方、水平的FDIは、ある企業の生産活動全体を外国で再現する。一般に垂直的FDIを行う動機は国によって異なるコストであり、資本は先進国から途上国に流入することが多い。水平的・垂直的FDIのどちらにおいても、コストの差は資本流出入の動機となるため、垂直的FDIの分配効果は、前述した資本裁定仮説に近いと考えられる。水平的FDIは「近接と集中のトレードオフ」で説明できるが、先進国同士や、近年では途上国同士でFDIフローが起こる可能性がある。企業にとって顧客の近くに立地することは、輸送コスト削減や貿易障壁の回避といった地理的に近接することによる優位性を得られるが、同時に、生産設備が複数の場所に重複することで規模の経済によるメリットが失われる可能性がある。

水平的FDIは通常、要素賦存量と要素価格が近い国同士で行われるため、分配効果(国内に「勝ち組」と「負け組」が生じること)は、予測しにくい。このため、水平的FDIは垂直的FDIほど、本国の労働者の不安をあおらない。そこで、我々の研究は、調達側企業と供給側企業の資本関係の有無にかかわらず、垂直的FDIと、より低コストの国に生産過程の一部を移転させるという広義のオフショアリングに着目した。途上国の労働者は、雇用創出と国内企業よりも高い外国企業の賃金を理由にFDIを歓迎することが多い。しかしながら、MNEはある国においても港湾などの輸送インフラや政府の優遇策(例:自由貿易圏)が利用可能な特定地域のみに拠点を置く傾向があり、地元の労働者に恩恵があるとしても、特定の地域に限られる可能性がある。国内において労働者の地域間移動が限られている場合、FDIによって国内の地域間格差が拡大する可能性がある。

受け入れ国への効果

Greaney and Li(2017)は、中国の地域所得格差がFDI流入の地域差と関連しているのかを調査した。MNEは比較的インフラが整備され、賃金水準の高い先進地域に拠点を置く傾向にあるのだろうか。それとも、賃金水準が低い地域に集まるのだろうか。2013年、海外直接投資企業(FDIE)の工業生産高に占める割合が最も高い地域は東部に多く(上海46.8%、北京32.2%)、最も低い地域は西部に多い(甘粛省1.3%、寧夏回族自治区1.9%)ことが分かった。華僑投資家が所有するMNE(香港・マカオ・台湾系企業(HMTE))の工業生産高に占める割合が最も高い地域は東部で(広東省22.9%、福建省22.3%)、最も低い地域は西部であった(甘粛省0.4%、寧夏回族自治区および貴州省はともに0.9%)。東部は港湾施設や他の製造業拠点に近く、西部と比較して賃金が高いということ以上にこの点が重視されたとみられる。

1999年当時、中国へのHMTE活動の受け入れは地域により大きな差があったが、2013年までにこの差は着実に縮小した。FDIE活動については、1999年当時、省区市別の受け入れの差はHMTEと比較してはるかに小さかったが、2004年までわずかに拡大し、その後2009年までわずかに縮小した後、2013年までわずかに拡大している。省区市間の賃金格差は1999〜2003年の期間に若干拡大したが、その後着実に縮小し、2003〜2013年には大幅に縮まった。中国の28省区市を東部、北東部、中部、西部の4地域に分け、2006年以降の省区市間の格差全体において、地域間格差の影響よりも、域内格差そのもの影響が大きいことが分かった。

また、各省区市を都市部と農村部に分けた場合、全体的に両者の賃金格差は1999〜2003年にわずかに拡大したが、図3で示したように、その後2003〜2013年には着実に減少している(注4)。MNEは農村部ではなく都市部に拠点を置く傾向が強く、その傾向はさらに強くなっている。MNE活動における都市部と農村部の格差はHMTEよりもFDIEの方が大きく、両タイプの外国企業とも、長期的には中国都市部に集中しつつある。我々は都市部と農村部の賃金格差とMNE活動との関係を検証したが、各省区市のMNE活動および都市部へのMNE活動の集中度のいずれも、都市部と農村部の賃金格差に有意な影響を及ぼしていないとの結論を得た。近年、こうした格差の要因は、農村部から都市部への労働移動と賃金上昇にあると思われ、いずれも、中国における都市部と農村部の賃金格差縮小に寄与している。

図3:都市部と農村部の賃金およびMNE活動の比率
図3:都市部と農村部の賃金およびMNE活動の比率
(出典)Greaney and Li (2017)

McLaren and Yoo(2017)は、1989〜2009年の世帯調査を用いて、ベトナムにおけるFDIの影響を調査した。ベトナムは1980年代末以降、閉鎖的な中央集権的計画経済から開かれた市場経済へと大きく変容し、特に日本から多額のFDIを受け入れている。雇用は農業から製造・サービス業へとシフトし、ベトナム経済は目覚ましい成長を遂げた。こうした状況を踏まえ、対内FDIが世帯の生活水準に及ぼす影響を各省ごとに分析した。これは賃金データが入手できなかったためである。1)電気、水道、トイレの利用、2)居住面積、3)テレビ所有の有無、4)子どもの死亡率といった厚生尺度を利用した福祉の基準で分析した。その結果、ある省において多国籍企業が労働者を雇用している場合、家族に外国企業の働き手がいても生活水準はわずかに下がる可能性が示されたが、厚生尺度や計量経済学モデルを変更すると結果は一様ではなかった。例えばその家庭では、居住面積が広くなり、子どもの死亡率が下がるかもしれないが、電気の利用やテレビの所有率は低いままの可能性もある。生活水準への若干のマイナス影響はGreaney and Liの研究結果と対照的に見えるが、McLaren and Yooの研究はGreaney and Liの研究結果と同様、都市部と農村部の違いに関する明確なパターンは見いだされていない。また、ベトナムでFDIが多く流入している省への人口移動が増えているというエビデンスも見いだしているが、このことはミクロレベルの結果とは対照的に、FDIによる厚生上の利益がある可能性を間接的に示している。McLaren and Yooは、輸出機会の拡大によってベトナムの家計に福祉面で大きな利益をもたらすと結論づけた複数の研究を参照し、FDIフローの内生性と適切な手段を特定することが困難なため、対内FDIに関して同様のエビデンスを得ることは実証的に困難だという結論を得た。

結論

上記の2本の研究論文は、プロジェクトの他の9本の論文とともに、国際貿易、多国籍企業、FDI、格差は複雑につながっていることを示しているが、国により異なるアプローチやデータ、経験を用いることによって、より全体像が得られる。これらの論文の結果は矛盾していたり、相反する結果を示していたりするが、このことは、全ての事例に当てはまる1つの理論や手法は存在せず、従って、こうした経済の力と結果を結び付ける多様な経路を解明することの重要性を示すエビデンスとなる。研究で強調されたように、こうした関係にはニュアンスや機微が存在する。比較優位性と異質な企業、異質な労働力に裏付けられた多様な貿易理論を活用すると共に、貿易とFDIが経済成長と格差に影響をもたらす特定の経路を研究する必要がある。経済発展におけるこうした根本的問題をより理解する上で、こうした手法が最もふさわしい。

本コラムの原文(英語:2018年4月23日掲載)を読む

脚注
  1. ^ 本プロジェクトは、主に国際交流基金日米センターの資金提供による。
  2. ^ 残りの部分では、FDIが本国に及ぼす影響と、経済成長および国際貿易と格差との関連性に焦点を当てた。
  3. ^ UNCTAD(国連貿易開発会議)の2017年世界投資報告書によれば、先進国へのFDI流入額が全体に占める割合は、2015年に56%、2016年に59%であった。
  4. ^ 図3において、U/Rは都市部対農村部の比率を、GIOは総工業生産高を示す。
文献
  • Greaney, T.M. and Li, Y. (2017). "Multinational Enterprises and Regional Inequality in China," Journal of Asian Economics 48: 120-133.
  • McLaren, J. and Yoo, M. (2017). "FDI and Inequality in Vietnam: An Approach with Census Data," Journal of Asian Economics 48: 134-147.

2018年5月25日掲載

この著者の記事