経済学と経済学者は、閉鎖的で傲慢であり、他分野との交流をあまり行わないと批判されることが多い。本稿では、他の学問分野による経済学の引用と、経済学論文における他分野への引用に関する最近の分析を用いることにより、こうした批判はもはやあてはまらないということを示す。経済学以外の研究を引用する例が増加する一方、他の学問分野に経済学の研究が引用される例も増えている。経済学の実証研究の量と質の向上が、経済学以外の研究者にとって経済学の重要性を高めていることをデータは示唆している。
2017年にシカゴ大学のリチャード・セイラー教授がノーベル経済学賞を受賞し、ようやく行動経済学に相応の注目が集まるようになった。セイラー教授らは、経済学の標準的モデルである合理的意思決定と、心理学が研究対象としている一見不合理な意思決定との違いに、強い関心を寄せている。行動経済学者は、この2つの社会科学分野の間の領域で研究を行う。2つの学問が交差したのは最近のことである。Camerer(1999)は次のように指摘している。「経済学者は、心理学の研究結果とは全く非整合的なモデルを日常的に(そして誇らしげに)用いている」
経済学と他の社会科学分野との距離は、経済学者の閉鎖性と自信過剰を反映しているとの意見もある。Fourcade et al.(2015)は、「経済学を学問として特徴付けるのは、ギルドのような構造を反映した利己的な優越感である。」と論じた(3名の著者のうち2名が社会学者である)。セイラー教授のノーベル賞受賞は、経済学がノーベル賞の対象である唯一の社会科学分野であることを改めて思い出させてくれる。多くの経済学者は、自らの意見を為政者たちに聞いてもらえて当然だと考えている。そしてほとんどの経済学者は、金を稼ぐ機会にも恵まれている。そこで大不況後、「純粋な学問追求という経済学の使命は、堕落または衰退してしまった」という経済学への批判が、外部から高まることになった(Zingales(2013))など内部からの批判もある)。
離れ小島?
「他分野の引用」に関する最近の論文で我々は、経済学が科学分野においてどのような地位にあるのか測定した(Angrist et al. 2017a)。その結果、「経済学は閉鎖的な社会科学」という論張はもはや時代遅れであることがわかった。政治学や社会学と比較して経済学は他の社会科学への関心は低いが、図1が示すように、このような閉鎖性は1990年前後以降、改善されている。現在、経済学の論文では心理学の論文と比べて、他の社会科学分野の文献をより多く引用している(左パネル)。
さらに、社会科学以外の分野の引用を尺度とした場合も、経済学は閉鎖的とはいえない。中央パネルは、経済学が他の社会科学に比べて、ビジネス分野(金融、会計、マーケティング、経営)をより多く引用していることを示す。また経済学は他の4つの社会科学分野のうち3分野と同程度に他の7分野も引用している(右パネル)。
また、1990年以降、経済学はとりわけ政治学に注目していることがわかった。行動経済学は心理学を基礎としているが、影響の流れは双方向的である。図2(右パネル)は、心理学分野における経済学論文の引用率を示している。絶対的な数字はまだ低いが、2000年代初頭から倍増している。
コンピュータサイエンスおよびオペレーションズリサーチ分野での引用も、急速に伸びている(図2の右パネル)。また我々の分析により、政治学・社会学分野における経済学論文の引用が1970年代と1980年代に急増したことが明らかになった。社会学分野では1970年代後半以降、政治学や心理学よりも経済学論文を多く引用している。社会科学分野において、人類学だけが孤高を保っている。
経済学内の変化
他分野への経済学の影響が拡大していることは、経済学内部の重要な変化を反映している。1990年代前半を通じて、経済理論は経済学の分野内において引用件数が多く、経済学の主要な専門誌における掲載数は実証研究を上回っており、最も高い地位を占めていた。ところが、経済研究の分野および手法の変遷に関する我々の研究(Angrist et al. 2017b)によると、引用される経済学の論文のうち実証研究が占める割合は、過去数十年の間に着実に上昇しているのである。現在、主要な経済学専門誌における引用のおよそ半分を実証研究が占めるまでになった。我々は、要旨、表題、キーワード、参考文献に基づいて経済学の文献を3つの研究手法(実証、理論、計量分析)に分類する機械学習アルゴリズムを用いてこのことを発見した。下の図3は、経済学の論文と分野内の引用が実証研究へとシフトしていることを示す。
こうした実証主義へのシフトは、Angrist and Pischke(2010)が経済研究における「信頼性革命(credibility revolution)」と呼んだ変化を反映している。最近の実証経済学への関心の高まりは、質の向上によるもので、その結果、研究の信頼性と説得力が増し、議論や反論の対象になり、のちの研究で再現されることが多くなったのである。端的に言えば、実証経済学はより科学的になったのである。
経済学における実証研究へのシフトは広がりを見せている。図4は、経済学分野別に論文の引用に占める実証研究の割合を示している(産業組織論、労働経済学、マクロ経済学といった分野別に経済学論文を分類するため、ここでも機械学習アルゴリズムを使用した)。1980年代前半、実証研究の引用が全体の大部分を占めていたのは開発経済学と労働経済学だけであった。その後、実証研究が引用に占める割合(加重後)はすべての分野で上昇している。今や2つの分野における実証研究の引用率は90%を超えている。大不況後にその閉鎖的な理論体系を批判されたマクロ経済学でさえ、実証研究の引用率が50%以上も増加した。ほぼすべての分野においてこうした傾向がみられるのは、実証的な論文が増加し、専門誌に掲載される実証研究の論文が増加傾向にあることを反映している。
多様性の強み
経済学の影響力は経済学以外の分野に広がっており、研究の多様性によってさらに拍車が掛っている。ほとんどの学問分野では、経済学の複数分野の論文を引用しており、主な関心領域も学問分野ごとに異なっている。社会学で最も多く引用されているのは労働経済学で、コンピュータサイエンスはミクロ経済学を多数、引用する傾向がある。当然のことながら、政治学は政治経済学を引用している。学問の数だけ関心分野があると言っても過言ではない。
実証研究は、経済学を重視するほとんどの学問分野から、より高い関心を集めている。図5の左パネルと中央パネルは、社会科学とビジネス分野において、実証研究の引用が大幅に増加していることを示している。心理学(例:セイラー教授)、公衆衛生、医学、学際的科学においては、経済学の影響力は、実証研究の引用率の上昇と同時に拡大している。こうした状況は、実証研究が引用率を引き上げているとの見方と整合的である。
政治学や社会学などの場合、経済学の影響力が拡大した後に、実証研究の引用率が上昇した。こうした分野では経済理論への関心の低下にもかかわらず経済学の影響力が維持されたのは、実証研究の拡大によるところかもしれない。
こうした理論と実証のパターンは一律ではない。オペレーションズリサーチとコンピュータサイエンスでは、2000年頃から経済学への関心が高まり始めたが、これは、両分野における経済理論への継続的な関心の表れである。我々が研究対象とした数学分野(オペレーションズリサーチ、統計学、コンピュータサイエンス、数学)においても実証研究の引用は増えているが、依然として大多数は経済理論、あるいは計量経済理論の引用である。これらの事実も、多様性が経済学の強さの源であることを示唆している。
引用に関する統計データからは、経済学が学問的に孤立しているという説を裏付けるエビデンスはほとんど見られなかった。むしろ、経済学とそれ以外のさまざまな学問分野との結び付きが強まっていることがわかった。このことは、「経済学はかつてないほど学問的に魅力的で有益である」という我々の認識を強固にしている。
本稿は、2017年11月17日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。