最近の研究によると、米国では産業用ロボットが深刻な失業と収入減を招いているという。本稿では、ロボットがドイツの労働市場に及ぼす影響について考察する。ドイツは米国に比べてロボットの導入台数が多く、雇用全体に占める製造業のシェアもはるかに大きい。ドイツでは、ロボットの導入による産業全体の雇用への影響はみられず、むしろロボット導入によって労働者が同じ職場で働き続けられる可能性が高まるということがわかった。このことは主に労使協議会や労働組合の功績だが、製造業の仕事に就く若年層が減少していることも一因である。
技術的失業の波が目前に迫っているという懸念が、昨今の経済界で再び広がっている。一般的なストーリーは以下のようなものだ。ソフトウェアと人工知能が進化すれば、(特に製造業の)生産工程はますます自動化する。労働者は、新しくて賢い機械(特に産業用ロボット)に取って代わられる。これらの機械は、かつて人間が担っていた作業をより速く、より効率的に行うことができる。したがって、ロボットによって数百万人の労働者(特に低・中スキルの労働者)が余剰となり、社会のあり方が根本的に変化する。
自動化される恐れのある職業の数についての驚異的な予測もあるが、労働者が一般に従事している職種を基にした予測である(例:Frey and Osborne 2017)。しかしつい最近まで、ロボットなどの新技術がもたらす一般均衡的な影響に関する系統的分析はほとんど存在しなかった。Acemoglu and Restrepo(2016, 2017)は、実のところ、この均衡的影響は理論的に曖昧であることを示した。生産量と価格が一定であれば労働者はロボットによって直接的に代替されるが、結果としてコストが削減されれば生産は拡大、労働需要も上昇する。さらに、労働者は他の産業に吸収され、今までなかった補完的な作業に特化することになる可能性もある。
Acemoglu and Restrepoは自らの理論に基づく推定法を開発し、米国(1993-2014年)の労働市場を地域別に分析した。その結果、得られた実証結果は、最も悲観的な懸念の一部を裏付けているようである。具体的には、ロボットが1台追加されると、雇用総数は約3~6人減少することがわかった。また、労働市場のほぼすべての集団におい平均均衡賃金が低下した。したがって米国では、ロボットが労働者の仕事を奪うという現象が広範囲にみられるようである。
ドイツ:ロボットと製造業労働者の国
我々は最近の論文において、ロボットの導入がドイツの労働市場に与えた影響について分析した(Dauth et al. 2017)。米国などほとんどの国(アジアを除く)と比較して、ドイツのロボット導入は非常に進んでいる。図1は、1994年時点においてドイツでは、労働者1000人当たり約2台の産業用ロボットが設置されていたことを示す。これは欧州諸国平均の2倍以上、米国の4倍にあたる。その後、使用されるロボットの台数は約4倍に増加し、現在では労働者1000人当たり7.6台のロボットが稼働しているが、これに比べて欧州では2.7台、米国では1.6台に過ぎない。しかし、世界有数の製造業の国であるドイツは、ロボット台数の多さにもかかわらず、雇用全体に占める製造業のシェアがひときわ高く、2014年には約25%(米国は9%未満)で、過去25年間でさほど低下していない(図1b参照)。
ドイツは産業用ロボットを幅広く活用しているだけでなく、産業用ロボット技術の分野でも重要な地位を占める。「ロボット工学の世界ランキング」に名を連ねる世界トップ10メーカーのうち8社が日本企業で、残りの2社がドイツ発祥であり、主にドイツ国内で生産している(Kuka、ABB)。世界トップ20メーカーを見ても、ドイツ発祥が5社で、米国企業は1社(Omron)にすぎない。したがって、我々のドイツに関する分析は、代替される仕事の数をはるかに上回る1人あたりの仕事が製造業には存在する一方で、生産現場に大量のロボットが導入され、国内にロボットメーカーが存在するという状況において、ロボットが労働市場に及ぼす因果的影響を解明する。
ロボットが産業全体の雇用に及ぼす影響
我々はAcemoglu and Restrepo(2016, 2017)、さらにはGraetz and Michaels(2017)の先駆的研究において使用された国際ロボット連盟(IFR)のデータを活用し、分析を行った。このデータは、1994〜2014年の期間において50カ国、25業種で設置されたロボットの台数を示す。ドイツに関するデータの対象は広範であり、自動車産業のさまざまな分野において、ロボットの台数が爆発的に増加したことがわかった。自動車産業では1994〜2014年の間に、ロボットの台数が労働者1000人あたり60〜100台増加した。自動車以外でロボットを集約的に活用するようになった産業は、家具、家庭用電化製品、皮革などである。一方、サービス業などのようにロボットの活用がほとんど進んでいない分野もあった。
我々はこうした産業レベルのデータに基づき、ドイツの地域別産業構成を反映させ、ロボット導入の程度を地域別に示す尺度を開発した。図2の地図は、旧東ドイツの地域では製造業の比率が全般的に低いため、ロボットの導入があまり進んでいないことを示している。旧西ドイツ地域においては、労働者1000人当たりのロボットの増加台数は、約ゼロから78.1まで幅がある。この値の幅は米国よりもはるかに大きい。
我々は、各地域における産業全体の雇用の増加を、前述のロボット導入に関する尺度を用いて回帰分析した。その結果、米国とは異なり、悪影響を示すエビデンスはみられなかった。統計処理を加えない場合、ロボットと雇用増加の間には依然として正の相関性があるが、これは自動車産業の影響によるところが大きい。産業構造と人口動態を考慮にいれた場合、単純な最小二乗回帰(OLS)と、より複雑な操作変数法の双方の推定において、影響はほぼゼロに等しかった。
ロボットは雇用全体には影響を与えていないが、ドイツの製造業の雇用にはかなり悪影響を及ぼしている。我々の計算によると、ロボットが1台追加されると平均で製造業の2人分の雇用が失われることがわかった。これは1994〜2014年の期間に、約27万5000人に相当する製造業のフルタイムの雇用が、ロボットによって奪われたことを意味する。しかし、この大規模な雇用喪失は、製造業以外での雇用の増加によって完全に相殺されている。換言すれば、ロボットは、製造業の雇用減少(図1を参照)を後押しし、雇用の構成を大きく変化させたのである。この減少のうち約23%は、ロボットが原因といえるが、ドイツ経済の雇用総数という意味では、今までのところロボットは大きな悪影響を及ぼしていない。
ロボットが労働者個人に及ぼす影響
こうした産業全体の実証研究の結果によって、それではロボットは労働者個々人にどのような方法、経路で影響を与えるのか、という新たな疑問が生じる。これまで未開拓であったこの問題を解明するため、我々は雇用主と従業員の接続ミクロデータを用いた。これは、ロボットの導入(およびその他の技術・貿易ショック)によって、それぞれ異なる影響を受ける製造業労働者の雇用経歴と収入に関する約100万人規模の長期追跡データである。我々の知る限り、ロボットの台頭によって労働者個人が受けた影響、そしてそれに対する対応について取り上げた包括的な分析は、他に先行研究はない。
この労働者レベルの分析によって意外な知見がもたらされた。ロボットの導入が進んでいる職場の労働者ほど、実際には同じ職場で働き続けられる可能性がかなり高いということである。すなわち、ロボットの導入によってこれらの労働者の雇用は安定したが、一部の労働者は社内においてロボット導入前とは異なる業務に従事することになるのである。
したがって、製造業全体の雇用にロボットが与える均衡的な悪影響は、在職中の労働者の仕事が直接的に代替されることによっておこるわけではない。むしろ、ロボット導入度の高い産業の労働市場に新規に雇用される労働者数が減ることによる。言い換えると、ロボットは既存の製造業の雇用を奪うのではなく、企業が若年層の新規採用を控えることにつながる。
さらに、ロボットが賃金と収入に及ぼす影響が、労働者によって大きく異なることがわかった。図3は、こうした研究結果は、ロボットがスキル偏向型技術変化の一形態であることを示すミクロレベルのエビデンスであることを表している。
ロボットが導入されると、高スキルの労働者(特に、科学関連や管理職)は、職務遂行によって収入が大幅に増加する。高スキルの労働者は、ロボット技術を補完するスキルを有し、容易に代替されない業務を行っているため、ロボットによって恩恵を受けている可能性がある。一方、低スキルおよび(特に)中程度のスキルの製造業労働者は、非常に大きな悪影響を受けることがわかった。ドイツで製造業に従事している労働者の一般的な特徴は、職業教育を修了していることである。このような中スキルの労働者は、我々のサンプルの対象となった全個人の約75%を占める。大多数は手作業やルーティンの多い職業(機械操縦士など)に従事しており、こうした職業は多少なりとも時代遅れになる可能性がある。なぜならロボットは(その定義上)人間の操縦士を必要とせず、多くの生産工程を自律的に遂行する能力があるからだ。低・中スキルの労働者は、ロボット導入による賃金低下と総収入の減少に見舞われるが、職を失うリスクは高くはなく、むしろ雇用に関しては良い影響があったと考えられる。
ロボットが生産性と労働分配率に与えるマクロ経済効果
これらの実証結果は、ドイツの労働市場における労使関係の重要な特徴を反映していると思われる。すなわち、製造業の労働組合組織率は高く、(とりわけ)ブルーカラー労働者の賃金は通常、労使協議会の深い関与により、集団的に決定されるのである。ドイツの労働組合は高い雇用水準を維持しようとする傾向が強く、負のショックがある場合、雇用維持のために(開放条項などの)柔軟な賃金決定合意もいとわないといわれる。実際のところ、労働組合のこうした柔軟性やそれに伴う賃金抑制は、ドイツの労働市場が2000年代半ば以降、総じて好調である理由(「雇用の奇跡」)を説明する有力な仮説の1つと考えられている(例:Dustmann et al. 2014)。
我々の分析は、ロボットの台頭も、これと同じような反応を招いている可能性を示唆している。すなわち、ロボットの脅威を考慮し、雇用安定のため、関係者は賃金引き下げを進んで受け入れる可能性があるということである。柔軟な契約を締結している高スキルの管理職や従業員にとって、このような経路はあまり重要ではない。しかし、中スキルの労働者にとっては、非常に重要性が高いだろう。
最後に、マクロで見ると、ロボットは平均生産性を向上させ、総産出量から賃金総額を差し引いた金額を増加させるが、平均賃金は上昇しないことがわかった。言い換えれば、ロボットは、労働分配率を低下させる一因であるということが、我々の分析によって示された(Autor et al. 2017、Kehrig and Vincent 2017)。この新技術がもたらすレント(金銭的な恩恵)の大部分は、投資家や資本家の懐に入るだろう。彼らや、高い水準の人的資本を持つ熟練労働者にとって、ロボットは労働市場の味方である。しかし大多数の低・中スキル労働者にとって、ロボットとの関係はより厳しいものである。
結論として、一般に議論されている最近の主張とは対照的に、これまでのところロボットは、ドイツにおける雇用喪失の主な原因ではないといえる。一方でロボットは分配に大きな変化を起こしている。米国と比べてドイツの労働市場は、「チャイナショック」(Dauth et al. 2014、Marin 2017)のみならずロボットの台頭に対しても好意的なようである。
本稿は、2017年9月19日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。