技術進歩が取引・生産場所に及ぼす影響について、議論が続いている。廉価な技術によって距離による影響は軽減されたという見方もあるが、立地は引き続き重要という意見もある。本稿ではこの問題を外国為替市場との関連で検討する。また、各地と金融センターをつなぐ光海底ファイバーケーブルが、取引場所にどのような影響を与えているかについても検証する。結局のところ、技術進歩によって取引の中心地まで近いことが以前にも増して重要になっていることが分かった。
技術がサービスに及ぼす影響、特にサービスが生産・取引される場所に及ぼす影響は、脱工業化時代における大きな未解決問題の1つである。廉価な情報通信技術(ICT)によって、距離などの取引障壁が生産場所に及ぼす影響は大幅に軽減されるという見方がある。一方、距離などの取引障壁は依然として重要であるという見方もある (Jacks 2009)。我々は最近の論文において、グローバルな外国為替市場を事例研究として用いることによってこの問題を明らかにした (Eichengreen et al. 2016)。
「フラットな世界」と呼ばれる仮説では (Friedman 2005)、365日24時間ユビキタスな外国為替(FX)市場においては、立地、距離などの地理的側面はもはや重要ではないとされる。高速通信の世界では、関連情報が入手可能なため、通貨取引はどこでも可能で、取引できる場所も増えている。一方、「フラッシュボーイズ」仮説では (Lewis 2014)、21世紀の外国為替市場ではこれまで以上に立地が重要視される。超高速トレーダーがデータマッチングサーバーへの近さを競い合い、取引実行のスピードがきわめて重要なのが特徴である。
我々はICTの変化によって外国為替市場の場所がどのような影響を受けてきたのか調査を行った。より多くの市場参加者がICTによって、電子取引を行うマッチングサーバーに近いという優位性を活かせるため、ロンドン、ニューヨーク、東京といった一握りの主要金融センターに取引が集中するようになったのだろうか。あるいは、ICTによって、ローカルな知識を顧客に伝えることのみならず、いまや主要金融センターのマッチングサーバーに遠方から容易に接続できるようになるため、主要金融センター以外の場所でサービスを提供する市場参加者の競争力を高めることになったのだろうか? 外国為替市場の状況は「フラッシュ化(瞬時化)」が進んだのだろうか、あるいは「フラット化(均一化)」が進んだのだろうか。
これらの問題を調査する方法は明らかではない。技術への投資は経済活動の地理的分布に影響をもたらす可能性があるが、経済活動の地理的分布が変化することによって技術への投資の動機となる場合もある。経済・地理的空間における技術ショックの拡散を確認できる事例は極めて稀である。
しかし、外国為替市場については外生的変化や空間的変動性に関する情報がある。それは光海底ファイバーケーブルの敷設に関する情報である(図1参照)。光ファイバー技術が完成し、サメの破壊的な攻撃からケーブルを保護するケブラーのような素材の実用性が確立されて以来、ケーブル網は時間とともに徐々に拡張されてきた(サメは電流に反応するため、電流を感知すると狂ったようにケーブルを食べる)。図2参照のこと。
重要なことは、光海底ファイバーケーブルが外国為替電子取引に関連して敷設されたわけではないということである。むしろ、出資者はケーブルが長距離電信や通話、ファックス、インターネット通信用の、効率的かつ利益性のある通信手段になると予想していたのである。外国為替などの金融商品の電子取引にケーブル網を使えるということがわかったのは、しばらく時間が経ってからである。
さらに、光海底ファイバーケーブル網の形状は、地形の影響を大きく受ける。海底ケーブル(その敷設は地上ケーブルの敷設よりも桁違いに安価である)は海に面した陸上地点のみを直接つなぐことができるからである。ケーブルが敷設され、利用が始まった時期にばらつきがあるため、利用されている海底ケーブル網が、空間と時間とともに変化する外生的変化の情報を提供してくれる。
我々は、外国為替電子取引においてロンドン、ニューヨーク、東京という3大金融センターが果たす特別な役割を利用し、識別するという戦略を用いた。3都市には1990年代初頭から電子ブローキングと電子取引の主要プラットフォームであるElectronic Broking Services (EBS) とThomson Reutersのマッチングサーバーが設置されている。その結果、光海底ファイバーケーブルを経由して英国(ロンドン)、米国(ニューヨーク)、あるいは日本(東京)につながっている国はレイテンシ(待ち時間)を削減し、帯域幅を拡大することができる。
レイテンシの削減と帯域幅の拡大に伴い、距離、情報の非対称性、国内市場の流動性といった空間的摩擦、そして資本規制といった規制面の摩擦の重要性は低下すると仮定する。このような効果は、さまざまな場所にいる取引相手からの売買注文にかかわる輸送費の削減と類似しており、1000分の1秒レベルの、ほんの束の間のわずかな価格差を巧みに利用しようとする超高速トレーダーのみならず、その他のトレーダーの興味を引き付けている。また、レイテンシの削減と帯域幅拡大によって売買注文の合計およびマッチングに要する費用、さらに一般的な情報・データ処理費用が削減される限り、レイテンシ削減と帯域幅拡大によって電子取引に伴う固定費は削減されると仮定する。
もしレイテンシ削減や帯域幅拡大が重要であるならば、ある通貨のオンショア(発行国)やオフショア(主要金融センター)での取引の割合など、外国為替取引が行われる場所は影響を受けるだろう。特に、空間的摩擦や輸送費の削減は、オンショア取引のオフショアの主要金融センターへの移行を促進する可能性があり、これは標準的な「自国市場効果」(Krugman 1980, 1995) であり、「フラッシュボーイズ」仮説と一致する。対照的に、現地での通貨取引に関わる固定費が削減すれば、現地の販売部門を通じた取引の魅力が増すことが予想され、オンショア外国為替取引の維持あるいは回帰につながり、「フラットな世界」仮説と一致する。
我々はBISのデータを用いて1995年〜2013年の間、技術進歩によって55通貨の取引場所にもたらされた影響について推定を行った。光ファイバーケーブルの接続によって、各通貨が発行国で取引されるか、あるいはオフショアで取引されるか、その影響について推定を行った。オフショアの場合、直接的な効果も働くが、これ以外に距離、国内市場の流動性、規制など、場所についての標準的決定要因の重要性が相対的に変化することによる影響も考えられる。
国内市場と主要金融センターのマッチングサーバーをケーブルで接続することにより、通貨取引の固定費は低下し、オンショアの通貨取引の割合が拡大することが分かった。同時に、距離、国内市場の流動性の影響、オフショアの主要金融センターに取引が移行することを制限する規制など、標準的な空間的摩擦を軽減する。図3は情報の非対称性を時差という尺度で測定した結果を示す。ニューヨーク、ロンドンまたは東京と同じ標準時間帯の国の通貨については、現地の取引部門の競争力を強化する直接的な影響が優勢である(ケーブル接続ありを示す実線はケーブル接続なしを示す破線を下回る。縦軸はオフショアで取引される割合を示す)。3都市との時差が大きな国の通貨では、間接的効果が優勢となる。ケーブルありの場合、時差から得られていた保護は弱くなる(右に移行するにつれ、すなわち主要金融センターからの距離が大きくなるにつれ、実線が波線を上回っている)。
結局のところ、我々の推定では2つ目の効果が優勢であることが示された。すなわち、外国為替市場の状況はフラット化ではなくフラッシュ化が進んでいるということである。技術によって空間的摩擦の影響は最大80%軽減され、オフショア取引の割合は正味21ポイント増加する。また、技術は各金融センター間における外国為替取引の分布に関し、経済的に重要な意味合いを持っており、世界第1位の取引量を誇るロンドン市場は世界の全取引の3分の1を占めるまでになっている。
サメ、ケーブル、サーバーに関するこの物語の教訓は、技術の重要性に関するものであるが、技術がどのように重要なのかは、あなたが誰なのか、そしてどこにいるかに左右されるということである。
本稿は、2016年1月22日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。