世界金融危機およびユーロ圏危機においては、銀行のリスクテイク行動が決定的な働きをした。本コラムでは、銀行の過剰なリスクテイクの4つの側面について、その原因と対処法を中心に論じているCEPRの報告書(eReport)を紹介する。本報告書は、現時点で入手可能な最善の理論とデータを用いて、今回の危機を通して浮かび上がってきた重要な洞察と見解をとりまとめている。
世界金融危機は、銀行・金融セクターで生じた脆弱性の連鎖によって発生したとされる。脆弱性自体はやみくもな規制緩和と甘い金融政策から生じた。2000年代後半までに、金融システムはきわめて不安定な状態に陥っており、多方面からの衝撃を受ければ、今回経験したような経済の大混乱がいつ起きてもおかしくない状況にあった。
実際に引き金となったのは2007年秋の米国住宅バブルの崩壊であり、そのバブルを生み出したのは銀行の過剰なリスクテイクだった。その最たるものがサブプライム住宅ローン、すなわち所得も仕事も資産もない顧客に対する融資であった。だが、銀行の過剰なリスクテイクは珍しいことではない。アイルランドは国立銀行の高リスク融資によって2010年に破綻したし、アイスランドも2008年に同様の運命をたどった。スペインも、国内銀行が不動産貸出で過剰なリスクを取ったため、同様の結末に近づきつつある。
銀行のリスクテイクに関するCEPR報告書
CEPRが2012年3月30日付けで発表したMathias Dewatripont / Xavier Freixas共編の報告書は、銀行が過剰なリスクを取るに至った原因について検討している。同報告書の本論は4章で構成されている(加えて序章では各章の分析内容をより広い文脈で概観している)。
- 銀行のガバナンス(Hamid Mehran / Alan Morrison / Joel Shapiro)
銀行は基本的にその経営責任者が決断したことを行い、経営責任者は取締役会によって統制される。したがって、過剰なリスクテイクは、この統制機能が破綻したため、あるいは取締役会の側に過剰なリスクテイクをよしとする風潮があったために起きたものと考えられる。たとえば、経営責任者は、(さまざまな利害関係者の長期的利益ではなく)自らのボーナス、目先の株価動向、株主の短期的利益を念頭に置いた戦略的決断を行うかもしれない。こうしてみると、過剰にリスクの高い行動をとる一因として、金融機関のガバナンス構造が焦点となってくる。
著者らは、銀行のガバナンスの脆弱性は、多様な利害関係者(預金保険対象となる預金者とならない預金者、預金保険会社、債券保有者、劣後債保有者、ハイブリッド証券保有者)が存在し、銀行業務が複雑であることが大きな要因となっていると述べている。また「大きすぎてつぶせない」という状況から生じるモラルハザードが、取締役会によるリスクテイクの奨励につながった面も否定できない。つまり、大規模な損失が出ても、利害関係者ではなく納税者がほとんど肩代わりしてくれるという認識があったと思われるからだ。著者らは銀行の役員報酬制度と取締役会の構成についても検証している。
- 景気循環増幅効果(Rafael Repullo / Jesus Saurina)
銀行業界の好不況サイクルは、少なくとも一定程度、低コストでの資金調達可能性の景気順応的変動に起因する。好況期における資金調達は低コストで容易であるが、不況期においては、高コストで困難である。危機の前後を通じて、銀行貸出に明らかな景気循環増幅的な性格が認められたことから、来るべき好況の規模を抑え、不況のダメージを和らげるために、景気循環抑制的な資本バッファーの維持を銀行に求めるべきとのコンセンサスが生まれた。著者らはそのある側面に着目した。すなわち、過度の信用拡張局面における資本増強を義務づけるべきか否か、義務づける場合はどの程度の積み上げを求めるべきか、さらに、過度の信用拡張局面に陥っていることをいかにして識別するのかという問題である。著者らは、新銀行資本規制(バーゼルIII)がこれらの問題にどう取り組もうとしているのか、また、当該新規制がどの程度その目標を達成し得るかについて分析している。
バーゼルIIIの景気循環抑制的資本バッファーに関する規定は、信用供与の対GDP比率がトレンドから乖離した際には自己資本比率を高めるよう求めている。しかし、著者らの分析では、これは多くの国で逆効果である。こうした乖離はGDP成長率と負の相関性を持つからである。つまり、トレンド乖離を指標とするこのルールに従う銀行は、実際には、景気循環を抑制するというより、むしろ増幅するような資本方針をとっている可能性があるということである。著者らは、貸出伸び率を指標とするよりシンプルなルールを提案している。
- 情報開示、透明性、市場規律(Xavier Freixas / Christian Laux)
世界金融危機が起こるまで、市場規律は、過度なリスクをとっている金融機関にペナルティを与える一方で健全な金融機関への資金流入を促すことによって、監督機能を見事に補完していると考えられていた。しかし、この考え方は、今回の危機によって覆されることとなった。今日、ほとんどの規制当局者や研究者は市場規律を弱い力とみなしている。本章の著者らは、市場規律の要ともいうべき情報伝達が複数の欠陥によっていかに妨げられたかについて、さまざまな理論的側面から検証している。市場全体にかかわる問題に加え、危機が起こると個々の金融機関や企業(発行主体)も悪い情報を隠したがるため、事態はさらに悪化する。
市場の主な情報源は金融機関の財務報告書と格付機関であるが、著者らは両者に対して投げかけられた数々の非難に焦点をあてている。財務報告書については、公正価値評価が大きな批判を浴びている。市場暴落を受けて金融機関は保有資産の評価損を計上せざるを得ず、その結果、金融機関の資本が毀損し、市場の不透明感が強まったと考えられるからである。しかし著者らは、時価会計そのものは大きな原因ではなかったとみている。時価会計の影響が及ぶのは、銀行が保有する証券のうち売買目的のもののみであり、評価損が一時的と判断される場合、銀行は自らの裁量で損失計上を先送りする余地が十分あったからである。格付機関に対しては、著者らはより厳しい見方をしている。利益最大化を目的とするこれらの機関は、制度的に利益相反に適切に対処できない状況にあると結論づけ、この問題を是正するには、格付機関に対する規制強化が必要と述べている。
- 銀行破綻処理制度(Xavier Freixas / Mathias Dewatripont)
最終章では、銀行破綻処理制度について取り上げている。あらゆることが立ち行かなくなったときに何が起きると想定されるかによって、金融機関のリスクテイクの姿勢が大きく変わるからだ。行き詰まった銀行が救済されるのなら、銀行にとっては、どれだけリスクを取っても、取り過ぎることはない。銀行の救済は、あくまで破綻に伴う高い社会的コストを避けるために行われる。したがって、規制の第一の目的は破綻コストの最小化である。これが最終章の焦点である。
著者らは、銀行の破綻処理は株主と規制当局の交渉ゲームとしてとらえるべきとしている。株主が株式価値の最大化を目指すのに対して、規制当局の主たる目標は最低限のコストで金融の安定を維持することである。この場合、規制当局は時間との戦いを強いられる。著者らは、銀行業界のみを対象とする特別破綻ルール(一般企業向けとは異なるルール)の策定を提唱している。
また、完全に効率的な破綻処理手続きであっても、やはり時間が決め手になると著者らは指摘している。経営難に陥った銀行は直ちに破綻させるか、直ちに救済すべきである。本章では、多くの国の銀行危機を検証し、各国でとられたさまざまな破綻処理手続きを検討しているが、理論的に明確な提言を行うことは困難であると結論づけている。
銀行破綻処理の仕組みをどういう設計するかが要であることは明らかである。将来の危機の防止に向けて資本の階層を増やすことが考えられるが、著者らは、コンティンジェント・キャピタル(条件付転換社債や資本保険など)が生み出す可能性に期待している。この種のメカニズムでは債務の最良の特性が維持されるため、モラルハザードの抑制につながるというのが著者らの主張である。最後に、複数国にまたがる破綻処理とそれに伴う課題を検証し、欧州の銀行破綻処理の枠組みにおける最近の変化について考察している。
本稿は、2012年3月30日にwww.VoxEU.orgにて掲載されたものを、VoxEUの許可を得て、翻訳、転載したものです。