コロナ禍で私たちの日常生活は、食事、学習、仕事、余暇など様々な面で大きく変化した。日本はこれまで感染拡大の7つの波と3回の緊急事態宣言を経験したが、諸外国で行われたような強制的なロックダウン、行動制限、マスク着用の義務といった措置はとらず、日常生活における様々な行動変容によって危機に対処してきた。小西葉子上席研究員は「消費ビッグデータ」を用いて、過去2年の日本の日常の変化を分析してきた。最新の研究でわかった具体的な変化について伺った。(RIETI編集部 熊谷晶子)
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RIETI編集部:
まず、消費ビッグデータですが、具体的にどのようなデータを使われたのでしょうか?
小西:
全国のスーパー、コンビニエンスストア、ホームセンター、ドラッグストア、家電量販店のPOS データにくわえ、家計簿アプリデータを使いました。POSデータでは品目単位の販売動向を、家計簿アプリデータではサービス関連の支出の動向とキャッシュレス決済の普及を観察しました。2020年1月から2021年12月の2年間分のPOSデータと家計簿アプリデータを組み合わせることで、コロナ禍における消費行動の変化を総合的に把握することができました。
RIETI編集部:
感染拡大初期に、3密(密閉・密集・密接)の回避が呼びかけられていました。これに関連して、具体的な消費行動の変化について教えていただけますでしょうか。
小西:
まず、3密回避にともなって私たちの余暇の過ごし方が変わりました。家計簿アプリのデータからわかったことは、映画やコンサート、旅行などの支出が激減した一方で漫画やゲームなどの支出はコロナ前と比較して大幅に増加しました。漫画とゲームの支出の増加は、3回の緊急事態宣言が発出された時期に高くなりました。漫画の前年同月比は2回目の緊急事態宣言時に78.4%と最も高く、ゲームは3回目の時に65.5%と期間中最も高くなりました。つまり、多くの人が余暇を過ごす選択肢として漫画とゲームを選んだことがわかりました。
自宅で過ごす時間が増え、「食」に関しても変化がみられました。2020年2月27日、政府は、全国すべての小中高校と特別支援学校について、2020年3月2日から臨時休校するよう要請し、できる限りの自宅勤務を要請しました。最初の緊急事態宣言の直前、前年同週比で見た週次の支出額ですが、主食33%、加工食品24.5%、調味料12.7%、それぞれ増加しました。4月の3週目には、調味料の前年同週比伸び率が主食と加工食品を上回り、その翌週には26.3%増となり、この2年間で最も高い値となりました。その後も繰り返す感染拡大により、家庭での食事が増え習慣化したことにより、調味料の売れ行きは好調に推移しています。
食事サービスについては家計簿アプリのデータを使用し、2019年同月比の支出額を算出しました。比較のためにスーパーの食品売上については、POSデータを使用し、2019年同月比の売上を算出しました。自宅での食事が増えたことによりコロナ禍以前と比較して、スーパーの食料品販売だけが増加し続けました。
一方、飲食店での支出は、引き続きコロナ前を下回り続けています。特に、1回目の緊急事態宣言時の落ち込みは大きく、飲み会関連の支出は2019年の1割程度に、晩ご飯の支出は3割程度にまで減少しました。飲み会、カフェは店舗での支出ですが、朝ご飯、昼ご飯、晩ご飯の支出にはテイクアウトやお弁当等の中食も含まれます。したがって、同じ夜の時間帯でも晩ご飯の前年同月比は、飲み会よりも高くなっています。もちろん、和食、中華料理、イタリア料理など業種別にコロナ禍の影響を観察することも重要でしょう。しかし、ビッグデータの活用で、例えば昼間に利用するカフェ、夜間に利用するバーやパブなど、食事のタイミング別にどの業態が「いつ」、「どれ位」の影響を受けたかを知ることができます。
RIETI編集部:
RIETIでもそうですが、在宅勤務が普及しました。在宅勤務に関連してどのような変化が消費にみられたのでしょうか。
小西:
在宅勤務の普及を分析するために、オンライン会議や授業で使用されるWebカメラやヘッドセットの販売動向をPOSデータで観察しました。
2020年3月2日からの休校・在宅勤務を要請した2020年2月第4週に、ウェブカメラの売り上げが前年同週比で109.9%増、ヘッドセットが同67.2%増加しました。
1回目の緊急事態宣言の直前には、ウェブカメラが386.10%、ヘッドセットが524.40%と売り上げがそれぞれ急増しましたが、緊急事態宣言期間中は急激な需要増による品不足や自粛による店舗閉鎖により、前年比の両製品の売り上げは急激に減少しました。1回目の緊急事態宣言の解除以後は、両製品の売り上げは継続して増加し、自宅学習や在宅勤務が増加傾向にあることが確認されました。
RIETI編集部:
コロナ禍において感染予防グッズは生活の必需品となりました。
小西:
過去2年間、マスクと手指消毒剤の売上は常にコロナ禍以前の水準を上回っており、第2波のピーク時には、マスクが前年比1689.2%、手指消毒剤が2077.6%の売上増となりました。2021年12月第5週においても、マスクは2019年比約1.65倍、手指消毒剤は同比約1.54倍と、いずれも2019年同週と比較して販売増となっています。感染者数の多寡、ワクチン接種率の高低に関わらず、人々は両製品を購入し続け、マスク着用や手指消毒が私たちの日常生活に浸透していることがわかりました。
RIETI編集部:
コロナ禍に伴い、私たちの買い物の仕方にも変化がありました。
小西:
店舗では体温検査や手指消毒など、新しい買い物の仕方を取り入れ、感染予防に努めてきました。決済方法も金銭授受を避け、従業員とお客さんを感染リスクから守るため、キャッシュレス決済が増加しました。
コロナ禍で食料品、日用品、感染予防品を購入頻繁に利用した4つの買い物場所を比較してみましょう。2021年12月時点における各決済方法の比率を算出したところ、コンビニでは、全決済の72.7%がキャッシュレス決済と高くなっています。一方で、スーパー、ホームセンター、ドラッグストアでは8割以上が現金決済ということがわかりました。
他のサービス支出について見てみましょう。2019年1月と2021年12月を比較して、カフェが20%ポイント、美容室が18%ポイント、衣料品が17%ポイント、飲み会が11%ポイント、それぞれキャッシュレス決済の比率が増加しました。特に衣料品のキャッシュレス決済の比率は8割と突出しており、クレジットカード決済が多かったです。一方で、飲み会の支払いは、8割以上が現金でした。
キャッシュレス決済の種類についても特徴を見つけることができました。衣料品や美容院など単価の高いサービスではクレジットカード、単価の低いカフェやコンビニでは電子マネー決済が利用されていることがわかりました。以上の数字は、コロナ禍においてキャッシュレス決済がどのように普及しているかを物語っています。
RIETI編集部:
フェイクニュースによって爆買いや売り切れも経験しました。
小西:
マスクや手指消毒剤など感染予防のための必需品は、感染率やワクチン接種率に関わらず、継続し購入されました。
一方、2020年2月にトイレットペーパー不足、2020年8月にポビドンヨードのうがい薬がウイルス殺菌に効果的、2021年8月に抗寄生虫薬のイベルメクチンがコロナ予防と治療に有効といった誤報や、確認不足の情報がSNSで拡散し購入が急拡大したことで品薄になりました。また、アセトアミノフェンが予防接種後の解熱鎮痛剤に推奨されると、2021年4月以降、含有医薬品が急速に品薄になりました。ですが、POSデータによる売上推移を見ると、正しい情報が提供された後には、私たちはすぐに行動を変え、早期に購買行動が安定するという特徴も見られました。
最後に、POSデータを使用して2019年、2020年、2021年における1週間あたりのマスク販売枚数について調べた結果についてお話しします。
コロナ以前の2019年には、冬と春の花粉症シーズンに購入量が増えていました。コロナ前は、4月までに1年間のマスクの半分が売れており、購買行動に季節性があります。
しかしコロナ禍では、2020年1月30日のWHO緊急事態週間に一気に年間販売量の30%を超え、その後のマスク不足期には、増加率は緩やかに推移しました。供給不足が解消し、マスクが市場に戻ってくると購入枚数が一定割合で推移しているのがわかります。
コロナ禍2年目の2021年は、45度線上にぴったり寄り添っていて、52週の各週で購買枚数が一定だったことがわかります。言い換えると、マスクの購入の季節性や、マスク不足による購入の集中・分散などがなくなりました。これは、いかに日本で暮らす人々がマスクを着用し続けたかを示しています。
RIETI編集部:
最後に今回のご研究を一言でまとめていただけますでしょうか。
小西:
コロナ禍は人々の行動を大きく変えました。感染状況や社会環境の変化により、購入する商品やサービスの種類や数量は、毎日、毎週変化していました。ですが、公的統計調査では週単位の変化を観察することはできず、毎月の調査についても、早くて翌月末の公表、年単位調査ですと1年、2年先の公表となることも珍しくありません。そこで、POSデータや家計簿アプリの民間ビッグデータを活用することで、日本人の消費行動を素早く的確に把握し、結果を公表することを目指しました。消費行動を通じて、日本に住む人々が感染予防のための商品の購入し、在宅時間を増やし、ソーシャルディスタンスを取りつつ、どのようにしてコロナ禍の日々を過ごし、対処しようとしたのかを浮き彫りにできたと思います。