EBPMシンポジウム直前インタビュー

EBPMを日本に根付かせる—ナッジ活用のすすめ—

大竹 文雄
ファカルティフェロー

RIETIでは客観的なデータに基づく政策提言を行うことを重要なミッションとし、4年前にEBPM(Evidence-Based Policy Making:証拠に基づく政策立案)の研究プロジェクトを立ち上げた。この4年間で日本にEBPMは根付いたのか。また、豪雨災害や新型コロナウイルス感染症など、命にかかわる深刻な問題についてEBPMはどう活用されるべきなのか。政府の新型インフルエンザ等対策有識者会議の委員であり、RIETIがEBPM研究を始めた当初からその中心的な役割を担ってこられた大阪大学の大竹文雄特任教授にお話を伺った。
聞き手:佐分利 応貴(RIETI国際・広報ディレクター)

――これまでにRIETIのEBPM研究で取り組んでこられたことについて教えてください。

RIETIではこれまでEBPM(Evidence-Based Policy Making:証拠に基づく政策立案)に関する研究会を4年間やってきて、毎年シンポジウムも行ってきました。研究会の一番の目標は、日本の政策にEBPMを根付かせることだったのですが、それ以前に「EBPMとは何か」から始める必要がありました。これまでも日本政府で政策評価は行われてきましたが、予算を獲得し、その予算を当初の計画どおりに使ったかどうかを評価するということが中心だったということもわかってきました。政策評価とは本来、設定した政策目標を達成したかどうかを評価するものです。つまり、政策目標という成果を計測するアウトカムや事業そのものの効果を測るアウトプットについての目標があって、それを評価するものなのです。しかし、アウトカムやアウトプットではなくて事業が計画どおり実行できたかどうかを測るインプットを評価対象にしている場合が多いこともわかりました。まずは、アウトカムやアウトプットを目標に設定することを共通理解にするというところから始めたわけです。その前に、ある政策のAという事業をインプットすれば、目標とするアウトプットやアウトカムが達成できる理由についての論理的な枠組みを、科学的な知見やエビデンスをもとに説明することが十分にできていないことが多かったのです。そうしたことが、EBPM普及の第一歩でした。

次に、政策の効果をどう測るかという問題がありました。これも、政策を実施した前と後でどうなったかの比較で測られていることが多かったのですが、統計学や経済学で使われている因果推論の考え方からすると、それでは正しい政策評価になっていません。政策の効果を検証する上では、その政策が行われていなかった場合の反実仮想と政策実施後の結果とを比較することが重要なのです。ですから、当初の研究会やシンポジウムでは、EBPMで目標とすべきものは何かという定義と、どうやってその効果検証を行うかという手法を普及させることを目標としました。それが今は少しずつ浸透してきたのではないかと思っています。

それから、手法だけではなく、具体的な実践例を紹介していくことも政策の実務担当者にとって有益だろうと考え、RIETIの研究会やシンポジウムを通して、教育、防災、それから今年のシンポジウムで報告するコロナ対策など、様々な分野でのEBPMのモデルケースを紹介してきました。

さらに、RIETIの研究会での議論を通じて強調したのは、EBPMの本来あるべき姿についてです。これまで行われてきた政策評価は、すでに実施された政策についての事後評価が中心でした。しかし、「証拠に基づく政策立案」なのですから、特定の目的の達成に向けていくつかの政策候補を挙げ、政策を本格的に行う前に、どの政策が一番効果的なのかを事前調査で明らかにしていくことが重要だと考えます。政策形成あるいは予算の策定の段階から、あらかじめ予備的なEBPMを行って、そして本格的な導入に結びつけるべきだという議論をかなり繰り返し行ってきました。

そういうことをこの4年間続けてきて、少しずつEBPMが日本にも定着してきていると感じています。

――大竹先生ご自身は現在どのような研究をなさっているのでしょうか。最新の研究成果についてお話しいただけますか。

EBPMでは、2つのタイプの研究をしています。第一は、政策の効果検証です。兵庫県尼崎市と奈良県奈良市と協力して行っている教育の政策効果の分析などがそれに当てはまります。少人数学級、そろばん特区、コロナ臨時休校、貧困などが学力や非認知能力に与えた影響といったものはその例です。このような研究をするためには、データを構築するところから始める必要があって、本格的に研究を開始するまでが大変でした。第ニは、本来のEBPMに近いもので、どのような政策が効果的かを事前に分析してエビデンスを出し、政策につなげるタイプのものです。ここで紹介したいのは、豪雨災害で多くの方が亡くなった広島県での研究です。広島県は防災教育に力を入れており、避難場所や避難経路を確認している県民の比率はかなり高かったのですが、2018年の豪雨災害では実際に避難した人が少なく、人的被害が多くなり問題になりました。そこで、行動経済学の「ナッジ」による政策の効果検証を行いました。手法はランダム化比較試験(RCT)と言われるもので、1万人を対象にアンケート調査を行い、6種類のメッセージをランダムに配布してそのメッセージを受け取った人たちの避難意欲がどの程度変化したかを調べました。さらに、8カ月後に同じ人たちが防災行動を継続しているかどうかも確認するという、二段階の調査を行いました。

調査を行うにあたっての一番の問題は、どのようなメッセージを作成するかでした。豪雨災害の時に避難した人を対象に行ったインタビュー調査やアンケート調査から、周囲の人が避難をしているのを見たり、周囲の人に避難を呼びかけられたりして避難した人が圧倒的に多かったことがわかっていました。行動経済学で「社会規範」と呼ばれる周囲の人の行動を基準にして自分の行動を決定するという現象です。従って、「周りの皆さんは避難をされていますよ」という表現が避難を促すのに有効だということはすぐにわかりましたが、多くの人がまだ避難をしていない状況ではこの表現は使えません。また、普段の啓発活動にも不向きですので、もう少し工夫する必要がありました。そこで、私は「あなたが避難することは人の命を救うことになります。」というメッセージを考えました(表1-A)。これを普段から啓発活動に使うことで、避難行動が他人の命を救う利他的な行動になることを自覚させることができます。また、「あなたが避難しないと人の命を危険にさらすことになります。」というネガティブなメッセージ(表1-B)、そして、避難所に避難すると物資が確保できるという利得を示して、「避難場所に避難すれば、食料や毛布などを確保できます。(避難しないと確保できない。)」(表1-D、E)というメッセージも作りました。

表1:アンケートで用いたメッセージ(回答者はこのメッセージのうち一つを提示される)
A. 社会規範、外部性、利他性(利得局面) これまで豪雨時に避難勧告で避難した人は、まわりの人が避難していたから避難したという人がほとんどでした。あなたが避難することは人の命を救うことになります。
B. 社会規範、外部性、利他性(損失局面) これまで豪雨時に避難勧告で避難した人は、まわりの人が避難していたから避難したという人がほとんどでした。あなたが避難しないと人の命を危険にさらすことになります
C. 参照点 豪雨で避難勧告が発令された際には、早めに避難することが必要です。どうしても自宅に残りたい場合は、命の危険性があるので、万一のために身元確認ができるものを身につけてください。
D. 救援物資(利得局面) 豪雨で避難勧告が発令された際に避難場所に避難すれば、食料や毛布などを確保できます。
E. 救援物資(損失局面) 豪雨で避難勧告が発令された際に避難場所に避難しないと、食料や毛布などが確保できない可能性があります。
F. コントロール 毎年、6月始め頃の梅雨入りから秋にかけて、梅雨前線や台風などの影響により、多くの雨が降ります。広島県でもこれまでに、山や急な斜面が崩れる土砂崩れなどの災害が発生しています。大雨がもたらす被害について知り、危険が迫った時には、正しく判断して行動できる力をつけ、災害から命を守りましょう。

アンケート調査の結果、AとBのメッセージを受け取った人は、避難する意向が高いことがわかりました(図1)。さらに追跡調査で、Aのメッセージを受け取った人は、8カ月後も防災行動を続けていたことがわかりました。一方、ネガティブなメッセージの効果は8カ月後には消滅することもわかり、政策的には、ポジティブかつ、自分の避難行動が人の命を救うという社会的影響モデルのメッセージが非常に有効であることがわかりました。この結果から、広島県では、「あなたの避難が、みんなの命を救う」というタイプのメッセージを広く利用することになったわけです(図2)。

図1:
図1:メッセージによる避難行動の違い
図2:
図2:広島県「みんなで減災」ポスター

これは、政策目標に対して、行動経済学的に有効だと思われるいくつかのメッセージ候補を考え、それらのメッセージの効果検証を行い、効果が確認され行政的に採用可能なものを社会実装したという点で、ナッジを利用したEBPMの好例と言えるのではないかと自負しています。

次に紹介したいのが、新型コロナウイルス感染症対策のメッセージです。日本では、2020年の4月に緊急事態宣言が発令され、ゴールデンウィークと呼ばれる4月末から5月前半の大型連休に人との接触を8割減らすことが政策目標となりました。当時一番使われていたメッセージは「ステイホーム」でしたが、この他にも候補を作り、最も効果があるものを検証しました(表2)。単に情報提供だけがいいのか、「3密を避け、手洗いやマスクをすることで身近な人の命を守れます」という利他的なメッセージがよいのか。あるいは、「3密を避け、手洗い、マスクをすることであなた自身の命を守れます」という利己的なメッセージがよいのか。この他、損失を強調する利他的なメッセージや、利他的なメッセージと利己的なメッセージの組み合わせなど、行動経済学で考えられる様々なメッセージを使い、2020年のゴールデンウィークの直前から直後にかけて、インターネット調査でランダム化比較試験を継続的に行いました。その結果、利他的なメッセージを利得フレームで伝える(表2-D)のが最も効果的であることがわかりました。

表2:アンケートで用いたメッセージ(回答者はこのメッセージのうち一つを提示される)
表2:アンケートで用いたメッセージ(回答者はこのメッセージのうち一つを提示される)
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さらに2021年に行ったのが、ワクチンの接種促進策です。高齢者のワクチン接種が日本で本格的に始まったのは2021年5月からですが、実際の接種の呼びかけに研究成果が活かせるように、2021年の1月頃から効果的なメッセージの研究を始めました。いくつか研究をする中で明らかになったのは、人は社会規範に大きな影響を受けるということです。ワクチンを接種している人が少ない段階ではワクチン接種意欲も低く、ワクチンを接種した人が増えると、接種意欲も高まります。ただ、避難の話と同じで、接種を開始する段階では当然少しの人しか接種していません。その時にどのようなメッセージを出すのかについて、3つ候補を出し検証しました(表3)。その結果、Bの利得フレームの社会的影響メッセージが最も接種意欲を高め、特に高齢者に大きな影響が観察されることがわかりました。一方で、Cの損失フレームのメッセージについては、一部の人たちに効果があるものの、心理的負担があるということもわかりました。

表3:アンケートで用いたメッセージ(回答者はこのメッセージのうち一つを提示される)
A. 社会比較メッセージ あなたと同じ年代の10人中X人が、このワクチンを接種すると回答しています。
B. 利得フレームの社会的影響メッセージ ワクチンを接種した人が増えると、ワクチン接種を希望する人も増えることが分かっています。あなたのワクチン接種が、周りの人のワクチン接種を後押しします。
C. 損失フレームの社会的影響メッセージ ワクチンを接種した人が増えると、ワクチン接種を希望する人も増えることが分かっています。あなたがワクチンを接種しないと、周りの人のワクチン接種が進まない可能性があります。

このように、政策を実施する前であっても、ランダムに割り付けたメッセージを配布するようなインターネット調査で意向調査を行えば、ある程度の効果検証はできます。私は風疹の抗体検査促進メッセージについても研究を行っているのですが、意向調査だけでなく実際の行動までを追っていて、意向と行動の間にはかなりの相関があることもわかっています。このように簡単な方法を使った意向調査が常にできる体制にしておけば、コロナのようにどんどん状況が変わるような政策課題が発生したときも、リアルタイムで効果的なメッセージを検証しながら、政策に使っていけるのではないかと思っています。

――日本はこれからEBPMをどのように進めていくべきでしょうか。

お話したようなEBPMの手法を使えば、比較的簡単にかつ理論的に、何が一番いいのかを検証できます。例えば実務の中でも、ポスターや通知文など、政策担当者が個別に行う通知の文面は、担当者の自由裁量に任されている部分がかなりあります。情報を提供する際に、実質的な内容は変えずにデザインや文面を少し変えることは担当者が簡単にできることです。どの通知文を受け取った人の申し込みが一番多かったかなどのアウトカムが比較的簡単に手に入るので効果検証もすぐできます。高度な因果推論の検証は他にも様々な手法があるのですが、まずはこうしてナッジを使うことで、非常に手軽に、なおかつ少ない予算で、政策現場の担当者レベルでの効果検証がかなりできるのです。人材形成・育成の面でも、まずはそこからEBPMの基本を身につけていくというのがいいのではないかと思います。どんなロジックで政策の提案をし、その効果をどのように検証し、結果を受けて実装するという一連のプロセスが経験できるわけです。もちろん大規模な事業もたくさんありますから、こんなに簡単に効果検証ができるものばかりではありませんが、こうした効果検証をした経験があれば、どのように政策を設計すればのちのち効果検証がうまくでき政策改善のヒントが得られるかなどが、政策の設計段階でわかるようになるはずです。

EBPMの経験を積む上では、行動経済学のナッジの実証というのは、大変効果的だと思っています。大規模な調査や高度な統計技術を使わなくてもできますので、是非多くの方に実践してほしいと思います。

2021年12月22日掲載

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