新型肺炎と世界経済への影響

藤 和彦
上席研究員

藤上席研究員への「新型肺炎と世界経済への影響」についてのインタビューをお届けします。

1 新型肺炎について

RIETI編集部:
世界的な広がりを見せている新型肺炎でが、感染者数は世界で4万人を超えて、亡くなった方の数も900人以上と、2003年のSARSを超えています。これについてはいかがでしょうか。

藤:
一言で言いまして、心配し過ぎです。日本医師会でも、感染力は思ったより高いが致死率は低く、通常の季節性のインフルエンザの対策で十分だという声が出てきています。参考になるのは、今から11年前、2009年に流行した新型インフルエンザです。関西の高校生に集団感染が出たり、日本全体でエスカレータを抗菌仕様にしたり、大騒ぎにはなったのですが、結果的には日本の致死率は世界最低でした。

RIETI編集部:
2009年の新型インフルエンザは大ニュースになりましたね。

藤:
日本の致死率は世界最下位です。ドイツとかフランスに比べても低い。米国がなんとダントツに高くて日本の40倍です。よく、いろいろな報道の中で、米国のCDC(疾病対策予防センター)が立派だとか、中国は果敢にやっているとか言っていますが、日本は医療体制がしっかりしているので、問題はありません。コロナウイルスは従来4つくらいあって、鼻風邪の原因になっていますが、今回は5つ目だというだけであまり心配することはないのではないかと私は思っています。

RIETI編集部:
日本の公衆衛生は世界でも高度であり、今回の新型コロナウイルスもそれほど恐れることはないということですか。

藤:
来年になればウイルスの抗体ができますし、簡易検査キットもできます。おそらく今年の夏ぐらいまでは簡易検査キットはありませんし、対症療法しかできないでしょう。ですが、2009年は約12万5千人の方が感染されて、200名ぐらいの方が亡くなられています。毎年の季節性インフルエンザというのは、多い年には1,000万人以上の方が感染されて、1,000人以上の方が亡くなっていますから、それと比べてどうかと。死者数が少ないのにこれほど大騒ぎするのは、まだウイルスについて良くわかっていないからです。「正しく恐れろ」と専門家の方がおっしゃっているのですが、こういうデータを相対的に見ることで、もう少し冷静に対応できるのではないかと思います。個人的には、新型コロナウイルスに防護服は要らないと思います。あれはエボラ出血熱とか、致死率が50%、60%ぐらいのウイルスの場合に必要なのであって、たかだか致死率が先進国では0%台といわれているものについて着るのは、いたずらに恐怖をあおっているように私は思います。

RIETI編集部:
政府は、人から人への感染がある程度進んでそこでウイルスが変異するのではないか、一応最悪な状況を考えているとの事ですが、このままいくと病気そのものよりも経済の方が打撃を受けるのではないでしょうか。

藤:
経済の問題以前として、今問題になっていますが、感染された方が、社会で不必要な扱いを受けるのではないかという心配があります。例えば、いま隔離されている方が社会復帰されるとき大丈夫かどうか。今回のウイルスはそんなに大変な病気ではないと考える方が、日本社会全体のことを考えれば賢明なのではないかと思います。

RIETI編集部:
日産が九州の完成車工場の稼働を一時停止しましたが、日本、そして中国へのダメージは、まだまだ大きいものがあるようですね。

藤:
当然といえば当然ですね。今は中国が世界の生産のハブになっているので、在庫がないから一時休止になりますが、中国でしかできないものではありませんので、いずれ日本で部品を作っていけばといいと思います。私が心配しているのは、リーマンショック以降世界経済を牽引してきた中国が本当に短期間に回復するかということです。私は今回の大混乱というものは、政府を含めて中国自身が非常に悪い意味で「うつ状態」になる、早々には回復しないのではないかと思います。場合によっては、金融危機的なことも起きてしまうのではないかと懸念しています。

2 新型肺炎による世界経済の「最悪のシナリオ」とは?

RIETI編集部:
藤さんが考える新型肺炎による「最悪のシナリオ」として、「原油価格の下落」、「金融危機」、「第3次石油危機」があるとのことですが、1つ目の「原油価格の下落」の原因は何でしょうか。

藤:
今、中国は日量1,400万バレルくらいの石油を使っていて、そのうち2割が減るのではないか、ブルームバーグが中国の関係者にヒアリングしたところ300万バレルぐらい減るのではないかとのことです。300万バレルの減少というのは、実はリーマンショック直後に世界の原油利用が300万バレルぐらい減っていますので、金融危機が起きていないのにこれだけ需要が減るというのは、相当なことです。これにさらに悪循環で金融システムがおかしくなれば、さらに原油の需要が落ちていく、ということが考えられますので、決して300万バレルの需要減で打ち止めということではないと思います。

RIETI編集部:
ニューヨーク市場の原油先物は1バレルあたり50ドルぐらいまで下がっていますが、さらに下がりますか。

藤:
さらに下がると思います。OPECは協調減産の深掘りを考えていますが、どうもロシアは減産できないということですし、中国経済がおかしくなったら不動産市場はどうなるのかと。特にディベロッパー企業でデフォルトが起きてしまった場合さらに市場が悪化する、とても300万バレル減では済まないのではないかと思います。

RIETI編集部:
中国と米国の原油の輸入量についてですが、米国は自国の生産が増えたので輸入量が減るとして、世界の原油輸入のトップである中国の需要が減るということは世界経済に影響を与えますか。

藤:
2005年以降、世界の原油市場の需要の伸びの半分以上は中国だったのです。去年も需要の伸びの7割ぐらいが中国で、この中国の原油需要に黄信号がついたのは、多分21世紀になって初めてではないかと思います。ですから、このインパクトは大きいと思います。

RIETI編集部:
産油国のOPECとかロシアが減産を検討しているようですが、それでは追いつかないのでしょうか。

藤:
OPECの1月の原油生産量がでているのですが、リーマンショック直後ぐらいまで原油生産量を絞っています。ですから、サウジアラビアが油価を上げるため80万バレルとか100万バレル減産とか言っていますが、正直かなりもうスリム化しているのに、さらに300万、400万となりますと、なかなか難しいのではないかと思います。米国あたりでは、WTI(West Texas Intermediate)は、2週間後には45ドルぐらいになっているのではないかという話もあります。さらに悪い数字が中国を含めて出てくれば、もっと下がることもあり得ると思います。

2010年以降、供給過剰で原油は価格を下げてきたのですけど、今回初めて需要が減少する。特に、中国の需要が減少するということは、まったく新しいことですから、50ドルから10ドル20ドル下がってもおかしくない。40ドル割れもあり得ると思います。

RIETI編集部:
そして、第2段階として、「金融危機」ということですが、その理由としては、信用度の低い格付け債(ジャンク債)が暴落するということなのですね。

藤:
これは2014〜15年ぐらいから私は問題視しています。米国では、このジャンク債のかなりの部分をシェール企業が発行しています。ですから、油価が下がるとジャンク債の市場が崩れてくるということで、早くも2月5日に、かなりジャンク債のファンドから資金が抜けたりしています。さらに、レバレッジドローンが証券化されたCLO(ローン担保証券)もジャンク債につられて崩れてくる可能性がありますから、一番信用度の低いところが崩れ始めるということは、場合によっては世界の金融市場に混乱が生じてしまう可能性があります。

RIETI編集部:
そのジャンク債がまさにジャンクになってしまう損益分岐点は、オイルの価格でどのぐらいですか。

藤:
50ドルと言われています。

RIETI編集部:
じゃあ、本当にすでに今の水準ですね。

藤:
あと、それ以上に、2015〜16年ぐらいからシェール企業に対してお金を入れているプライベートエクイティという新しい資金ソースがあるのですが、彼らが最近資金を出したがらないのです。

RIETI編集部:
シェール企業が資金調達できなくなればシェールガスの生産が減るので、ある程度の原油価格が維持されるのではないですか。

藤:
その要素はありますが、リーマンショック後に金融危機では原油価格が140ドルから33ドルまで落ちましたので、短期的には油価が下がるのではないかという気がしています。しかもシェール企業が少々つぶれても、中国で300万バレルとか400万バレルとか需要が落ちていけば、そうそう油価が反転するとは思えません。

RIETI編集部:
米国がシェール革命でシェールガスを増産したのに、それを上回るぐらい中国の需要が伸びていたため世界全体としてはある程度原油価格が維持されてきたけれど、その中国の伸びが止まってしまうと、だぶついてしまうということですね。

藤:
伸びが止まるだけならいいのですが、私は減少すると思います。

RIETI編集部:
先ほどリーマンショックのときは、サブプライム問題が大きな引き金となりましたけど、今回の藤さんのお考えでは、このオイルマネーの滞り、ジャンク債の暴落が大きなショックの引き金になるかもしれないとのことですか。

藤:
リーマンショックの場合、住宅ローン債権、その中で一番信用度の低いサブプライムローンが引き金になったのですけど、リーマンショック以降の今の世界の金融市場というのは、企業債務の問題が非常に問題視されています。だから、その中でも非常に信用度の低いジャンク債とレバレッジドローンが証券化したCLOが崩れていくというのは、当然あり得るのではないかと思います。

RIETI編集部:
新型肺炎による世界経済の最悪のシナリオの3つ目は「第3次石油危機」で、その理由としては中東の混乱を挙げられています。これはどうしてでしょうか。

藤:
あまり日本では報道されていないのですが、今一番中東地域で心配なのはイラクです。イラクは昨年10月から反政府デモが起きていて、無政府状態になっています。米国とイランの関係で、中東といえばイランが必ず問題になるのですが、イランは経済制裁をされていてほとんど世界に石油を輸出していません。一方、イラクは日量約400万バレルの石油を輸出しています。これが一気に止まる可能性が出てきています。私は、この新型コロナが出てこなければ、年明け以降原油価格が急騰すると思っていました。原油価格が下がりますと、サウジアラビアが本当に大丈夫かと思っています。サウジアラビアというのは、アラムコIPOとか、社債を発行して、足りないお金を世界から調達しているのですが、原油価格が下がれば、国民を納得させるようなばらまき資金の財源がなくなりますので、ムハンマド皇太子の改革も頓挫するどころか、サウジアラビア王家自身がどうなるか分からない。そうなれば、日本は原油輸入の3~4割をサウジアラビアから入れていますので、原油価格が上がる上がらないに関係なく供給途絶が起きる。第1次、第2次石油危機は原油価格の急騰で済んでいますが、第3次石油危機は一時的な供給途絶もあり得ることを心配しています。

RIETI編集部:
国経済が新型肺炎で大きく変調すると需要が下がる。中東も混乱して供給が下がればマッチングが起きるのではないですか。

藤:
今度の場合は、原油価格は上がらないのですけれども、供給途絶になってしまうのではないかと。サウジアラビアから日本は4割石油を入れていますから、もしサウジアラビアに一朝事あるとき、例えば先般サウジアラビアの生産能力が半分なくなった時は備蓄を取り崩しましたけど、あれが長期化すると、値段がいくら高くても原油が入ってこなくなる可能性があります。第1次、第2次石油危機では、いろいろな問題がありましたけど、サウジアラビア自身はまったく無傷で必要であれば出せるという状態でした。OPECの中でイラクはサウジアラビアに次ぐ第2位の原油生産国ですが、この2つの国が政治的な混乱になった場合、中東依存の日本は非常に大きなアキレス腱を露呈することになるのではないでしょうか。

RIETI編集部:
中東の第1次、第2次石油ショックを踏まえて、日本は国と民間合わせて200日分を備蓄しているわけですが、本当に途絶するとピンチですね。

藤:
民間備蓄というのはあまり意味がなく、国家備蓄の方が意味があると思います。ただ、一度も備蓄を放出したことがないので、果たして本当に機動的に出せるかというのは、若干個人的に心配ではあります。

RIETI編集部:
こうした状況の中で、世界の経済の中心となっている中国の動きなのですけど、日本の国会にあたる全人代(全国人民代表大会)が3月5日から始まる予定となっております。今度どういう対策が出てくるのか、このあたりが注目ですよね。

藤:
全人代というのは、果たして開かれるのかというところがありまして、皮肉なことに武漢だけは地方の人民大会をやっておりますけど、他の地域でこれから地方大会をやるときに、果たして今多くの人が集会をしてはいけないという中にあって、地方の代表大会ができるかどうか分からない。3月5日に予定通りできるというのはないでしょうし、さっきのニュースでもありましたけど、生産再開することによって、いよいよ3月以降、他の都市でも感染爆発が起こる可能性もありますので、非常にそれは厳しいのではないかと思っております。

RIETI編集部:
日本は、7、8月そして9月にも、東京オリンピック・パラリンピックを控えていますけど、その中で日本がとるべき道はいかがでしょうか。

藤:
これは新型コロナ対策を、ある程度封じ込めではなく、しっかりと管理しながら治療していくというモデルを、中国に代わって日本が示すことで、初めてオリンピックを行う資格が得られると思っています。パニックにならずに、通常プラスアルファのやり方でやっていけば、日本というのは、一般の方の公衆衛生の意識が高いですし、医師もしっかり診察してくれます。その上で、国民の民力、一般の方の底力というのが発揮されて、初めてオリンピックができるのではないか、ということで、逃げるのではなくて、あえてこの問題に果敢に攻めていくという姿勢で、オリンピックが開かれることを祈っております。

RIETI編集部:
正しい知識を持って、日本が衛生的にも世界で先進国なのだということをアピールすることですね。

藤:
ダントツに1位だということです。

2020年2月19日掲載

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