第32回──RIETI政策シンポジウム「日本企業のグローバル経営とイノベーション-グローバル経営の強みと今後の課題-」直前企画

日本企業のグローバル経営の強みとは?

三本松 進
コンサルティングフェロー

経済のグローバル化、知識経済化の進展の中で、世界的な競争を勝ち抜くための日本企業のグローバル経営の在り方が問われています。RIETI政策シンポジウム「日本企業のグローバル経営とイノベーション-グローバル経営の強みと今後の課題-」では、今後、日本企業は業務のグローバル展開にあたり、イノベーションチェーンと供給チェーンの最適地をどこに求め、最適資源をグローバルな経営プロセス上でどのように組み合わせることで、グローバルにダイナミックな競争力を確保できるかについて、国内外の事例を取り上げ、諸課題について議論します。本コーナーでは、シンポジウム開催直前企画として、三本松進コンサルティングフェローに、日本企業のグローバル経営の強みやシンポジウムの見どころなどについてお話を伺いました。

RIETI編集部:
三本松コンサルティングフェローのディスカションペーパー(DP)「日本企業のグローバル経営とイノベーション(グローバル経営の強みと今後の課題)」では、業種別の企業の行動原理と市場での経営上の成果との関係について新たな全体像を示す研究上のフレームを構築されていますが、この研究に着手なさった背景についてお聞かせください。

三本松:
今後、少子高齢化、国内市場の飽和等から、日本において優位性のある企業・産業のグローバル経営が不可避となるでしょう。同時に、内なるグローバル化、世界の優れた企業・産業を国内に受け入れることも必要です。

日本企業のグローバル経営の状況を見ると、一部に着実な成果を上げている企業もありますが、一般的にはグローバルなイノベーション戦略に欠けています。これまでの事業部別の国際化戦略を引きずっていたり、グローバルなマーケティング戦略に欠けていたり、知識経済化時代におけるビジネスチャンスを十分に生かし切っているとは思えません。さらに、グローバル経営の理論的フレームワークについても、1989年のトランスナショナル企業論以降の新たな統合的なフレームワークが形成されていないように思います。したがって、今回新たなチャレンジとして、このフレームワークを今後の日本企業の業種別の行動原理と市場における経営上の成果との関係について新たな全体像を示すものとして提案したのです。

RIETI編集部:
企業のグローバル経営において重要な供給チェーンとイノベーションチェーンは、どのように機能するのでしょうか。また日本企業がグローバルにダイナミックな競争力を確保するためこの2つのチェーンをマネージしていくうえで何が必要ですか。

三本松:
グローバルな供給チェーンとしては、グローバル最適な工程間分業、消費国・地域での現地生産等に代表される既存製品の効率的供給のためのグローバルな仕組み・組織ルーティーンを想定しています。一方、グローバルなイノベーションチェーンとは、グローバル最適な知識の創造・統合等、全体プロセス創造により新製品を効果的、効率的に供給するための研究開発からグローバル市場での販売までのグローバルな仕組み、組織ルーティーンを想定しています。

企業はグローバルにダイナミックな競争力を確保するため、自社のコアコンピタンス、「製品供給とイノベーション上の優位性」をベースに、供給チェーンとイノベーションチェーンを形成して、統合的にマネジメントする必要があります。そのグローバルな仕組み、組織ルーティーン形成においては、各国の市場環境、顧客のニーズを十分に反映した経営戦略による効果的、効率的なマネジメントが不可欠です。既存製品の効率的供給は、毎年度の、主に品質、コスト、納期上の課題ですが、新製品供給は10年単位の課題であり、製品差別化、多様化上の課題なので、そのバランスを確保することが重要です。

RIETI編集部:
日本企業のグローバル経営の強みはどのような点ですか。

三本松:
大きく2点あります。どちらも今後とも追求しうるものであり、日本企業のグローバル経営を通じて強化していく必要があるでしょう。
1つは、市場獲得活動の空間的広がりを、自国、その地域レベルを超えて、地球的規模に展開することにより、業種実態に応じた、1)現在の大きな市場の確保、2)各地域内の顧客ニーズの先取り、3)地域的な産業構造変化、景気変動リスクの緩和等による、ダイナミックな市場確保により利益を導き出す強みです。たとえば、本田技研工業(株)の自動車のグローバル現地生産化の動きを見ると、現地の市場ニーズに的確に応じ、巨大な北米市場において日本市場以上の生産、販売実績の達成に成功しており、今後の成長市場である中国、アセアン諸国等へも展開し、着実な成果を上げてきています。また、旭硝子(株)の板ガラス事業では欧州市場の営業利益率が最大でその貢献が大であるとともに、ディスプレイ事業では、プラズマ、液晶と東アジア諸国での供給拡大に努めています。武田薬品工業(株)では、販売市場のグローバル展開に努めていますが、グローバルな製薬市場の約半分を占める北米市場での売上が大きく、今後もそれを追求しています。

もう1つは、グローバルなヒト、モノ、カネ、情報、技術・知識の活用によるグローバルにダイナミックな競争力を確保する強みです。たとえば、本田技研工業(株)の自動車の北米での現地生産化は、本国の製品供給、イノベーション上の優位性を現地に移転し、現地のヒト、モノ、カネ、技術・知識、等を上手く活用しています。キヤノン(株)は、製品毎に、東アジアの人件費格差の利用、労働力確保の観点から生産工程間分業のマネジメントを実施しています。さらに、キヤノン(株)、本田技研工業(株)は、米国、欧州、等に研究開発拠点を設け、自国に不足する補完的な技術・知識の確保に努めています。また、トレンドマイクロ(株)は、そのグローバルなイノベーション上の優位性に関して、米国、台湾の開発・設計能力を活用し、米国のグローバルマーケティング能力を活用していることがグローバル経営の強みとなっています。

RIETI編集部:
日本企業はそのような強みを活かしながら、イノベーション環境の変化にどう対応していくべきなのでしょうか。

三本松:
グローバルなイノベーションマネジメントのポイントは、1)グローバルな各市場での競争的環境、利用可能な科学的知識・技術が変化する状況を見抜き、2)グローバルな各市場に存在する現在と未来の各顧客のニーズを見抜いて、3)企業内部で時間をかけて蓄積された技術的資産と、(通常)海外に所在する自社の研究開発センターが現地の大学、先進企業等に存在する科学的知識・技術を探索し、取り込んで創造した補完的技術資産とを融合させて必要な新技術を創造して、4)必要な要素技術を満たした製品コンセプトデザインを開発するところにあります。企業の業種、企業の保有する技術資産内容に応じて、このプロセスの中で独自の努力をすることが必要になるでしょう。

RIETI編集部:
シンポジウムの見どころについてお聞かせください。

三本松:
大きく項目として次の4点あると思いますが、内容にそれぞれ新規性があり面白いので、詳しくはシンポジウムの場でご確認ください。
第1点は、全体フレームワーク上の分類、整理法の歴史的な進化の状況と今回提案の分類法の現実の状況に対する一次近似的な説明能力の評価です。
第2点は、企業のケーススタディの面白さです。
第3点は、グローバル経営の行き着く先に踏み込んだ議論を展開するところにあります。具体的には、出て行く日本企業のグローバル経営と入ってくる外国企業のグローバル経営とのバランス、相克の問題も取り上げる予定です。
第4点は、グローバルな中での一地域である東アジア地域の地域市場環境、制度環境の進化と日本をはじめとする各国企業のこれを生かした産業別の東アジア経営の方向について模索していきます。

取材・文/RIETIウェブ編集部 木村貴子 2006年1月13日

2006年1月13日掲載