夏休み特別企画:フェローが薦めるこの1冊'03

"Saving Capitalism from the Capitalists: Unleashing the Power of Financial Markets to Create Wealth and Spread Opportunity"

"Saving Capitalism from the Capitalists: Unleashing the Power of Financial Markets to Create Wealth and Spread Opportunity" Raghuram G. Rajan, Luigi Zingales, Random House Inc (Feb.,2003)

Saving Capitalism from the Capitalists: Unleashing the Power of Financial Markets to Create Wealth and Spread Opportunity表紙 90年代、アメリカの経済の高パフォーマンスがアメリカ的な市場主義の礼賛を生んだことは記憶に新しいが、ITバブル崩壊、エンロン問題などの企業スキャンダルの噴出を経て、アメリカ型の市場主義万能への懐疑の見方が広がるなど、資本主義、経済システムのあり方が改めて問われている。その意味で、シカゴ大学ビジネス・スクールのRajan教授とZingales教授による"Saving Capitalism from the Capitalists"(「資本家から資本主義を救う」)は資本主義のあり方を再考する上で格好の書といえる。Rajan教授は、企業金融(銀行論)や企業組織に関して、常に現実との接点を考えながら、理論、実証ともに非常に刺激的な研究を行ってきており、これらの分野では当代随一の経済学者といっても過言ではない。筆者も常に研究動向に着目している研究者の1人である。一方、Zingales教授は、企業金融、企業組織などでRajan教授との共著の論文も多数あり、特に、コーポレート・ガバナンスの世界的な権威の1人である。

(なお、Rajan教授の研究については、以下のサイトを参照)
http://faculty.chicagogsb.edu/raghuram.rajan/research/

このような学者としても非常に質の高い研究成果を出し続けている、まさに脂の乗り切った2人が、一般読者を対象に、彼らの専門分野である金融市場を例にとりながら、「自由な市場を特権や既得権益を守ろうとする既存の資本家や政治家による抑圧から守ることがいかに大切か」を強調しているのが本書である。市場で自由にかつ安心して取引できるよう なインフラの整備を行うための政府の役割を認めた上で、自由な市場といっても実は政治的な基礎は非常に脆く、「市場が自由になりすぎる」ことを心配するよりも、むしろ、「市場の自由が抑圧されやすい」という状況に目を向けるべきというのが彼らのポイントである。新古典派的な市場万能主義者とは異なり、自由な市場の重要性を政治経済学的な見地から説いているため、現実とのかかわりにおいて彼らの議論がより説得力のあるものになっている。

本書の特徴を述べると、まず第1に、随所に彼らのアカデミックな研究成果がちりばめられているが、その記述は驚くほど平易で読みやすく提供されている点である。たとえば、金融の発展と経済全体の発展の因果関係(金融が原因それとも結果?)について、2人は経済学的に非常に重要な貢献を行ったのだが、一般読者には必ずしも理解しやすい題材とはいえない。そこを、彼らは、「近づいてくる列車と線路から飛び立つ鳥」の比喩を使いながら因果関係の問題を巧みに説明している(5章)。

第2に、歴史的視点が効果的に盛り込まれている点である。(金融)市場が成立していく過程における財産権の重要性を中世のイギリスやフランスを題材に議論したり(6章)、第一次大戦前には、ヨーロッパ、日本を含め(金融)市場が発達していたのが、第一次大戦と第二次大戦を挟んだ時期に、政府の市場への介入や抑制が強くなり、それまでの市場システムの発展が逆戻りしてしまったこと、程度こそ小さいが、アメリカでさえみられた現象であることが指摘されている(9章)。日本でも「1940年体制」がしばしば言及され、戦前ではむしろアングロ・サクソン型に近いタイプの市場経済システムが存在していたことが知られているが、これはその他の先進国(ヨーロッパ)でも当てはまるという事実は日本の読者にとっても新鮮な指摘であろう。

第3は、彼らの政策提言の視点が(13章)が軌新であることだ。自由な市場が抑制され、管理された競争の下で生まれた「関係依存資本主義」(relationship capitalism)は、戦後、日本やヨーロッパで20年間程度はうまく働いてきた。しかし、ドラスティックなイノベーションが生まれにくい、マーケットが機能していなので独占的利益を配分する明確な仕組みがない、さらに、創造的破壊(衰退産業から新興産業への資源移動)が容易でないという問題点があるとともに、透明性に欠け、インサイダー・既得権益者を保護し、アウトサイダーのアクセスを制限しがちなシステムであることを著者たちは強調している。こうした問題点を解決していく方策として、政治的な独占禁止法(政治的な影響力が大きすぎてマーケットを抑制するのを防ぐ目的)、既得権益者のうち効率的なものが生き残るような財産税の仕組み、相続税の見直し、セイフティ・ネットのあり方(企業ではなく個人のためのセイフティ・ネット、事後の保障ではなく事前の保険、経済・社会状況の大きな変化に備えるための生涯教育)、既得権益者を律するための更なる貿易・資本の自由化などが挙げられている。かなり意表をつく、しかし、「関係資本主義」のデメリットを克服していく上で有効な政策メニューが並んでおり、日本の構造改革を考える上でも示唆深い。
以上、これまで紹介したほかにも、最近の企業を取り巻く大きな環境変化の下で、企業の価値や能力を決定付ける重要なリソースとして、物的な資産よりも、人的資本の重要性がますます大きくなる、つまり、「大企業がますますプロフェッショナル・パートナーシップのようになっている」(3章、90ページ)という指摘も、彼らの理論的背景もあいまって、興味深い。本書を、金融の専門家のみならず、経済制度・システムに興味ある方々に広く推薦したい。