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経済政策分析シリーズ7
WTO体制下のセーフガード-
編著:荒木 一郎、川瀬 剛志
編著者による紹介文
日中・農産物事件、米・鉄鋼事件など、政治問題化するセーフガード制度の現状と課題を、国際経済法学の最新の知見を踏まえ、詳細かつ包括的に分析
本年末に設立から10年が経過する世界貿易機関(WTO)に関しては、その功罪について各種の論評が行われているが、我が国で昨今特に注目を集めているのがセーフガードをめぐる諸問題である。昨年末に解決した鉄鋼セーフガード事件においては、米国と欧州、日本、中国その他の主要貿易国が、対抗措置そしてWTO紛争解決手続を舞台に対峙したことは記憶に新しい。また、中国のWTO加盟直前の2001年に発生した日中ネギ等農産物セーフガード事件は、両国間の一大外交問題に発展したのみならず、関係者にとっては我が国のセーフガード法制の不備に気づかせられる契機ともなった。そのほかにも、WTO紛争解決制度において上級委員会がセーフガードに関する重要な判例を数多く生み出しているが、この判断が実務家・研究者の間で大きな論争を巻き起こしており、更には米議会によるWTO批判の一因とさえなっている。
かかる状況を現場(経済産業省)で体験した編者は、現行のセーフガード制度の「使い勝手」の悪さに強い関心を抱いた。この「ほころび」の正体は何か、それを繕うためにはどうすればよいか-こうした疑問を、主として国際経済法の観点から明らかにし、あるべきセーフガード制度を考究する出発点とすることが、本書の目的である(問題意識については、「WTO体制下のセーフガード-現状と課題」『経済産業ジャーナル』6月号参照)。
このため、本書第1章、第2章では、まず問題の基礎としてセーフガード制度の歴史的沿革、そして他の輸入救済手段との機能の差異を明らかにした。また、第3章~第7章では、国内産業の確定、損害評価の審査基準、因果関係の証明、地域経済統合とセーフガードの関係、リバランス(対抗措置)発動といった、過去の事例において極めて興味深い解釈論争を引き起こしたトピックスについて、丹念に判例・学説の展開を紹介し、現行制度の評価および可能なかぎり新たなセーフガード制度への示唆を与えた。このほか、第8章ではセーフガードを政策手段としてより意味あるものとするために調整支援政策との連携を議論し、最後の第9章ではセーフガード制度の新たな課題として立ち現れた対中国特別セーフガードについて検討し、総合的にWTO体制下のセーフガードの「諸相」を記述している。
通商法研究は対象がそもそも流動的であり、WTOにおけるセーフガード制度の現状と課題を体系的に解説した書物も世界的にも数多くない。特に日本語では、ガット時代の実務・論点についての解説書はあるものの、WTOにおける新たな展開を踏まえた著作は、個別の論文を別とすれば、これまで見られなかった。本書は、セーフガード協定をめぐる近年の主要な論点を網羅し、法的観点から詳細かつ総合的に分析を行った邦文著作として唯一のものである。また、議論の質も、国内外のいわゆる「若手」研究者の英知を結集し、僭越ながら現在の我が国における国際経済法学研究が到達した最高水準を示したものと自負する。
荒木 一郎
川瀬 剛志