RIETIの「企業統治分析のフロンティア」分析研究グループの成果として、『企業統治制度改革と日本企業の成長』が出版される予定です。
そこで各章の内容に関するコラムを連載していきます。
かつての日本の企業・銀行(メインバンク)関係は、(1)顧客企業の資金調達での主導的な役割、(2)決済口座の集中、(3)株式保有、(4)役員派遣、(5)財務危機時の救済によって特徴づけられ、企業統治において中心的な役割を担ってきた。
しかし、このような関係は、1980年代以降に徐々に変化した。1980年代には、金融市場で規制緩和が進展し、大規模企業を中心として外部からの資金調達が借入から社債にシフトした。80年代後半の時点では、東証一部上場企業のうち、資金調達を社債発行のみに依存する企業の割合は10%、社債発行と銀行借入を組み合わせる企業は約60%、対して銀行借入のみに依存する企業は約25%にまで低下した。
1990年代に入って資産価格バブルが崩壊すると、不良債権問題が深刻化し、銀行自身が財務危機に陥ることとなった。財務危機に陥った企業の救済が期待されている銀行自身が不良債権問題で財務危機に陥った以上、企業金融・経営の規律付けにおける従来の役割はもはや期待できなくなった。この時期に、財務危機に直面した銀行が、「貸し渋り」と「追加融資」という一見反対方向の貸出行動を通じて、実体経済に悪影響を与えたことはよく知られている。
長期化した不良債権問題の処理は、2000年代に入って主要銀行間の統合によるメガバンクの成立や金融再生プログラムの実施(2002年)を画期としながら徐々に解決に向かった。この過程で、メガバンクは相次いで大規模な増資を実施して自己資本比率の向上を図り、銀行自身の財務健全性は回復した。さらに、メガバンクが不良債権処理の原資の確保および銀行等株式保有制限法を理由に保有株式の売却を進めた結果、企業・銀行間の株式相互持合いは急速に減少した。
では、不良債権問題の解決後および銀行部門の再編成後において、企業・銀行関係は具体的にどこがどのように変化したのだろうか。そして、新たに形成されたメガバンクと企業の関係はどのように理解できるのだろうか。本研究では、上記の問いに答えるため、企業・銀行関係の変化について事実を様式化したうえで、その変化の要因を回帰分析によって実証的に検証した。以下では、その要点を簡潔に述べる。
まず、1990年代から2010年代にかけて、様々な指標から企業・銀行(メインバンク)関係が後退したことが明確に確認できる。第1に、主取引銀行を変更する企業の割合は、銀行危機後に僅かながら増加した。表に示されている通り、銀行危機以前は、企業の主取引銀行のうち96-97%は、5年前と同一の銀行であった。しかし、1999-2001年の銀行危機後には、金融機関の破綻(北拓、長銀、日債銀)や統合の結果、主取引銀行を変更するケースがやや上昇した。そして、2006年以降は、企業の主取引銀行が5年前と同一の銀行である割合は91-92%程度となっており、企業と主取引銀行の関係が少しずつ流動化していることがわかる。
第2に、銀行借入に依存している企業に限定すると、メインバンクからの借入が銀行中1位のケースは、1990年の86%から2013年の80%へ低下した。ただし、この低下は、1991-2006年の間に東証一部に新規上場した企業がその殆どを説明する(2013年の上記の割合は68%)。つまり、比較的新しい企業ほど、メインバンクとの関係が希薄であるといえる。
第3に、メインバンクの融資比率、上位3行の融資集中度ハーフィンダール指数(以下HI3)をみると、メインバンクの融資比率(図のパネルA)は、1990年代を通じて19%程度で推移していたが、1999年には21%に上昇し、メガバンク統合後の2002年には24%まで上昇した。より注目すべきは、この期間に、メインバンクの融資比率の標準偏差が上昇したことである。1992年の8%から2002年には13%まで上昇した。すなわち、統合過程で、メインバンクの融資比率が平均的に上昇する一方で、企業間の分散は大幅に拡大したことになる。同様の傾向は、HI3(図のパネルB)からも確認できる。
一方、メガバンク成立後は、メインバンクの融資比率は21-23%の水準で高止まりしているが、その標準偏差は顕著に低下している。2013年のメインバンクの融資比率の標準偏差は6%であり、2002年のピーク時点の13%から半減している。このことは、メガバンク成立後に、メインバンクの融資依存度の高い企業が、メインバンクからの借入を減少させる一方、メインバンクの融資依存度の低い企業が、メインバンクからの借入を増加させたことを意味する。言い換えれば、メガバンク成立以降、企業がメインバンクを含む主要行からの借入比率を全般的に平準化させ、メインであるかメインでないかに関わらず、同程度の金額を調達するようになったことを示唆している。
第4に、メインバンクによる顧客企業の株式保有および役員派遣は著しく低下した。1990年時点のメインバンクの顧客企業の株式保有比率は、平均値が4.1%、中央値が法定上限に近い4.6%を示していた。しかし、その後の持合い解消の結果、2013年には平均値および中央値が2.2%まで低下した。さらに、1990年時点でメインバンクからの派遣役員がいる企業の割合は44%であったが、2013年にはその値が24%にまで低下した。
つぎに、回帰分析からは、以下の点が明らかとなった。第1に、株式保有については、銀行危機後の1998-2005年において、メインバンクは、時価総額が大きく、トービンqが高い(成長可能性の高い)企業の株式を売却し、反対に時価総額が小さく、トービンqが低い(成長可能性の低い)企業の株式の保有を継続した。一方、銀行部門の再編成が終了した2006年以降は、上記のような企業の成長可能性に対する負の感応を示さなくなった。これは、銀行部門の再編成後に、銀行の株式保有行動のバイアスが消失したことを示唆している。
第2に、役員派遣については、2006年以降、それ以前には観察できたメインバンクが業績の悪化した顧客企業に役員を派遣するという関係が失われた。しかも、この役員派遣の業績悪化に対する感応は、メインバンクが依然として株式保有を継続する企業でも確認できない。これは、メインバンクが業績の悪化した顧客企業への関与を弱めたことを示唆している。
第3に、貸出行動については、1990年代から2000年代初頭にかけて、不良債権問題の顕在化を回避するために、メインバンクがパフォーマンスの低い企業に対して貸出を増加させるという問題が指摘されていたが、こうした行動が銀行部門の再編成後も継続しているかを検証した。その結果、2006年以降、上記のような関係は確認されず、むしろメインバンク関係が強い企業では、収益性または成長性が高くない限り、銀行借入が増加しないことがわかった。
さらに、業績が悪化した顧客企業に対するメインバンクの関与の仕方がどの程度変化したのかを新聞記事から確認した。その結果、再建の過程でメインバンクが主導的な役割を果たす事例は大幅に減少していることがわかった。一方で、1998年以降、他の事業会社が再建を主導する事例が多く観察されている。業績の悪化した企業が第三者割当を通じて他の事業法人を大株主とするパターンがその典型である。すなわち、メインバンクによる管理の下で、業績の悪化した企業が独立したまま再建を図るのではなく、他の事業会社に買収される形で再建を図る事例が目立つのが近年の特徴といえる。
ここまで述べてきたように、メインバンクによる株式保有の程度、役員派遣の頻度、業績悪化企業に対する貸出・救済のいずれの点で見ても、メガバンク成立後においてメインバンクの影響力は後退している。なぜ、このような変化が生じたのだろうか。詳しい検討は本書に譲る。