コラム

日本の非公開化MBOにおける買収プレミアムと経営者行動

齋藤 隆志
明治学院大学経済学部准教授

はじめに―存在感を増す非公開型MBO―

近年上場企業による「非公開型MBO(マネージメント・バイアウト)」、すなわち経営陣が自ら経営する企業をファンドと組むなどして買収することで、株式市場から退出する事例が増加している。特に、2005年のアパレルメーカーのワールドや飲料メーカーのポッカといった大手の有名企業による案件以来、非公開化への動きが活性化したといえる。2013年に入ってからも、日本ではメガネトップや米国でもパソコン大手のデルが非公開型MBOを行ったことが大きな話題となった。上場廃止は、どちらかといえば業績不振の企業が行うものであったが、これらの企業はむしろ好調な企業なのである。

非公開化のMBOを行う目的は、多くの場合中長期的な視野から抜本的な事業再編を行うことで、企業価値を高めるというものである。短期的な収益を求めがちな「モノを言う株主」の影響を排除できるし、敵対的買収に対する防衛策にもなる。四半期決算の情報開示など、上場維持のコストも高くなっていることも非公開型MBOを後押しする要因となっている。MBOには他のタイプもあるが、金額面、件数とも非公開型が占めるウェイトが高まっていることがわかる(図1)。今回のコラムでは、この非公開型MBOに関する河西卓弥氏(熊本県立大学総合管理学部)、川本真哉氏(新潟産業大学経済学部)との共同研究を紹介したい。

図1 日本のMBO市場
図1 日本のMBO市場

非公開型MBOにおける買収プレミアム

共同研究で注目したのは、非公開型MBOにまつわる大きな問題となっている買収プレミアムである。MBOを実施する際、現株主に対して直近の株価にプレミアムを上乗せして買い取り価格を提示することになる。たとえば、我が国における非公開化企業(2000年度-2011年度にアナウンスを行った案件)が支払った平均的な買収プレミアムの値は57.6%(発表前20日を基準)である。ちなみに、英国の1997年-2003年のデータを用いたRenneboog et al. (2007)によれば平均値は40.6%、米国の1978-1988年のデータを用いたEasterwood et al. (2007)では平均値は32.9%(いずれも発表日20日を基準)であった。

この買収プレミアムの源泉としては、先行研究においていくつかのアイディアが提供されている。中でも重要視されているものとして、1)アンダーバリューの解消(経営者と株主の情報の非対称性に起因する株価の過小評価を解消)、2)負債の節税効果(買収資金を負債で調達すると、支払い利息は損金に算入され、控除の対象となることから節税の効果がある)、3)エージェンシー・コストの削減(所有と経営の一致、フリー・キャッシュフローの減少、ファンドによるモニタリングで経営者と株主の情報の非対称性問題を緩和)、4)従業員からの富の移転(長期雇用関係や年功賃金制度など「暗黙の契約」を破棄してリストラをすることからの利益)、5)上場維持コストの節約がある。共同研究においては、これらのうち何がプレミアムの源泉となっているかに関して、日本のデータを用いた実証分析を行った。

結果は以下のとおりである。まず1)に関して、非公開化前の株式がアンダーバリューの状態に置かれている企業ほど、プレミアムの水準も高まることが示された。3)に関してはMBO後の役員持株比率の上昇に伴い、所有と経営の一致度が高まることを通じたエージェンシー・コストの削減も、買収プレミアムの源泉となっている可能性が示唆された。ただし、ファンドの役割については、むしろファイナンシャル・バイヤーとしての側面により買収プレミアムが低く抑えられている傾向が見られた。したがって、買収プレミアムの源泉としては、上記で挙げた仮説の中では1)アンダーバリューの解消が有力であり、3)エージェンシー・コストの削減についても、所有と経営の一致を通じたものに関してはある程度有力であることが分かった。

MBO前の経営者行動の影響

ただし1)のアンダーバリュー解消については、さらなる検討が必要である。それは、株式を買う側の経営陣と売る側の現株主との間の利益相反、つまり買い手である経営者が不当に低い価格を設定して株主価値を棄損するという問題が存在するためである。経営者にはMBOにかかるコストを削減するため、プレミアムの算定基準となる株価を故意に引き下げるインセンティブがあり、それによってアンダーバリューの状態を意図的に作り出すことができるのである。この場合、表面上の買収プレミアムが高かったとしても、それは意図的に下げられた株価に基づいて計算されたものであって、買収プレミアムが上乗せされた価格は本来つけられるべき価格よりも不当に低いのである。レックス・ホールディングスやサンスターなどの案件において、株式の買い取り価格が不当に低いとして、一部株主が訴訟を起こし法廷闘争となったことは記憶に新しい。

では、具体的にどのような手段によって株価を下落させるのだろうか。近年、MBO市場の制度設計にあたって、懸念されているのが買収アナウンスメント前に実施される利益圧縮型の会計操作と業績予想の過少報告や下方修正である。実際、1980年代以降のアメリカにおけるMBO案件をサンプルとした複数の研究で、MBO公表直前期に会計操作が行われているという結果が報告されている(Perry and Williams(1994)、Wu(1997)、Marquardt and Wiedman(2004))。また、業績予想の過少報告については経営者がMBO公表前に低めの業績予想を行い、その上方修正を公開買付終了後まで意図的に引き延ばしたとされているワールドの案件(服部 2008)や、MBO公表3カ月前の業績の下方修正を通じて、意図的に株価を下方誘導したとされているレックス・HDの案件がある。

そこで、非公開型MBO企業においてこれらの行為が行われているかを確認した。MBO企業と、同産業・同一規模のマッチング企業との間で、利益圧縮型会計操作の有無を判断する裁量発生高(低いほど利益を圧縮している)を比較した。MBO実施企業、マッチング企業のそれぞれのサンプルにおいて裁量的発生高が中央値以下や25パーセンタイル以下である企業間を比較した場合、MBO実施企業の方が有意により小さいことがわかった。このことから、利益圧縮的な会計操作を行っていると考えられる企業内で比較した場合、MBO企業の方がより大規模な会計操作を行っていることが示された。次に、こうした会計操作が実際に株価を下げているかについて検証を行ったところ、裁量的発生高下位25%と上位25%の企業で比較した場合、下位25%以下の企業の方が株価が低下していることが分かった。一方、業績予想の下方修正を行う頻度に関しては、MBO企業とマッチング企業でほとんど差がなかったし、下方修正が株価低下につながっているという事実も発見されなかった。最後に、会計操作や業績予想修正買収プレミアムに対する影響については、有意な影響は検出されなかった。

以上のことから、非公開型MBO企業の一部は大規模な会計操作を行い、そのことによって実際の株価を下げていることがわかった。これは、アンダーバリューが意図的に作り出されていることを意味する。そしてこうした企業は、買収プレミアムを他の非公開型MBO企業と比べて同程度の水準に設定していることから、買収金額そのものを低く抑えるのに成功しているということが示唆されるのである。

2013年11月22日
文献
  • Easterwood, J. C., R. F. Singer, A. Seth and D. F. Lang (1994), "Controlling the Conflict of Interest in Management Buyouts," Review of Economics and Statistics, 76, pp.512-522.
  • Marquardt, C. A. and C. I. Wiedman (2004), "How are Earnings Managed?: An Examination of Specific Accruals," Contemporary Accounting Research, 21, pp.461-491.
  • Perry, S., and T. Williams (1994), "Earnings Management Preceding Management Buyout Offers," Journal of Accounting and Economics, 18, pp.152-159.
  • Renneboog, L., T. Simons and M. Wright (2007), "Why do Public Firms Go Private in the UK?: The Impact of Private Equity Investors, Incentive Realignment and Undervaluation," Journal of Corporate Finance, 13, pp.591-628.
  • Wu, Y. W. (1997), "Management Buyouts and Earnings Management," Journal of Accounting, Auditing and Finance, 12, pp373-389.
  • 服部暢達 (2008) 『実践M&Aハンドブック』日経BP社.

2013年11月22日掲載

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