3分でわかる開発援助研究:オススメの1本

第11回「マイクロファイナンスとソーシャルキャピタル-信頼の果たす役割」

オススメの1本

  • Karlan, Dean (2005) "Using Experimental Economics to Measure Social Capital and Predict Financial Decisions," American Economic Review, Vol.95(5), pp.1688-1699.

はじめに

「3分でわかる開発援助研究:オススメの1本」の第8~10回(「マイクロファイナンスとフィールド実験」「インデックス保険の有用性」「融資は何に使われたのか?」)では、マイクロファイナンスに関する研究を取り上げた。そこで既に言及されたように、革新的な融資方法を取り入れたマイクロファイナンスは貧困削減に貢献する金融システムとして世界各地で大きな成功を収め、融資対象者は拡大の一途を辿っている。

しかしマイクロファイナンスには、情報の非対称性がもたらす「逆選択」と「モラルハザード」という市場の失敗が課題となることが第8回、第9回において議論された。そして、これら「逆選択」と「モラルハザード」に対処する方法として、動学的インセンティブなどに代表される適切な制度設計が重要であることを指摘してきた。こうした制度設計に加え、取引相手やグループメンバー間の情報の非対称性の緩和が期待されることから、開発経済学者は社会関係資本(ソーシャルキャピタル、以下S.C.と略す)が取引を円滑に進める際に重要な役割を果たしていると考えている。

一般にS.C.の議論は広範に渡るが、中でもさまざまな経済行動において、他者を信頼するか、信頼に応える行動を取るかといった「信頼」に関して人々が備える性向へ大きな関心が払われている(注1)。そこで、第11回目の「3分でわかる開発援助研究」では、マイクロファイナンスにおけるS.C.の役割、すなわち人と人との信頼関係が果たす役割に関し、新たな手法でアプローチしたDean Karlanの研究を紹介する。

Karlanは、国際NGOのFINCAがペルーで行っている貯蓄を伴うグループ貸付(連帯責任制度)による融資利用者を対象に「信頼」を計測し、実際の経済行動であるマイクロファイナンスのパフォーマンス(デフォルト率、ドロップアウト、貯蓄額)との関係を検証した。なお、貯蓄活動は毎週のローン返済時に借入額の1/80を貯蓄することを義務づけるものである。これに加え、自発的に貯蓄を行うことも可能である。貯蓄された資金はROSCAのようにグループメンバーに融資されるとともに、グループ貸付の担保としても扱われる。

信頼を計る

個人の「信頼」はどのようにして計測されるのであろうか。これまでの多くの研究では、General Social Survey(GSS)に代表される質問票を用いたアプローチがとられてきた。特に途上国開発の文脈では、世界銀行が開発したSOCAT(Social Capital Assessment Tool)が広く知られている。そこでは、たとえば「この村の人々は基本的に正直で、信頼することができる」という主張にどの程度賛成・反対かといった質問を重ねることで「信頼」を計測している。

しかしながら、質問票による「信頼」の計測結果には、調査対象者に正確な回答をするインセンティブがない、「信頼」という言葉の捉え方が調査対象者によって一義的にならない可能性があるといったことから懐疑的な立場を取るものも多い。他方、隣接分野に目を転じると、社会心理学の分野では人々を被験者とした実験を行い、「信頼」の計測を行うことに積極的であり、これまでにも多くの実験(ゲーム)が行われてきた。

社会心理実験では、実験での行動が直接被験者の報酬に影響を与えることから、被験者に適切なインセンティブが付与される。また「信頼」を、統制された実験環境における被験者の行動として直接観察することが可能となる。こうした点に実験によるアプローチの優位性を見いだすことができる。KarlanはGSSタイプの調査に加えて、「信頼ゲーム(trust game)」、および、「公共財ゲーム (public goods game)」と呼ばれる基本的な実験を、大学の実験室を飛び出し、人々の日常生活が営まれているフィールドで行うことで、「信頼」の計測を行った(注2)。Karlanが行った実験は次の様に執り行われる。

信頼ゲーム

  • 全ての被験者に、貧困層の平均的な一日当たり労働賃金の2/3にあたる3ヌエボ・ソル(ペルーの通貨単位:S/.)が3枚の1S/.コインとして渡される。
  • 被験者はランダムに2人組となり、一方に送り手(A)、他方に受け手(B)の役が割り当てられる。このとき、それぞれが誰とペアを組んでいるかを認識することができる。
  • Aは、Bに対して手持ちの3枚の1S/.から、何枚をBに渡すかを決める。Aが提示した枚数は、途中で実験実施者によって2倍にされ、Bに届けられる。
  • BはAから2倍になって送られてきたコインのうち、何枚を手元に残し、何枚をAに返すかを決定する(もしAが全てのコインを手元に残したら、Bに選択肢はないため、ゲームはここで終了する)。
  • Bが提示した額がAに届けられ、ゲームは終了する。
  • それぞれの手元に残った額は、実際に被験者に実験参加への報酬として支払われる。
図 信頼ゲームのゲームツリー
図 信頼ゲームのゲームツリー

さて、以上が信頼ゲームの内容であるが、このゲームにおいてはA、Bにとって、どのような行動をとることがもっとも合理的な行動であろうか。このゲームは一度きりであり、またBがどのような行動をとっても、Bには誰からも制裁を科されない。このような状況では、BにとってはAから届けられたコインが何枚であろうが全て手元に残し、Aに返さないことが最適な(Bの取り分を最大化する)行動である。他方Aは、Bがこのような意思決定をすると考えるならば、Bに一枚もコインを渡さないことが最適な行動となる。結果、Aは3枚のコイン、Bも最初に手にした3枚のコインを報酬として手に入れることになる(注3)

しかしながら、これは双方に取って報酬を最大化するような結果ではない。もしAがBに全てのコインを渡し、2倍になった6枚を受け取ったBがその半分をAに返していれば、Aは3枚、Bは6枚のコインを最終的に受け取ることができる。さらにBが公平性を重んじれば、合計9枚のコインを均等(たとえば4枚と5枚)になるようにAに配分するだろう。いずれにせよ、AがBにコインを渡せば、両者の間で配分可能なコインの枚数は増加する。ここで、Aの行動はBへの信頼を表し、Bの行動はいかに信頼に応える人物か(信頼できる人物か)を表す。AはBを信頼できれば、手持ちのコインを何枚か渡し、Bが信頼に応える人物であれば、Aに相分のコインを戻すと考えられるためである。

公共財ゲーム

  • 実験参加メンバーの各人に1枚の1S/.コインが渡される。なお、メンバー数はゲームによって9人から29人と多様である。
  • 被験者はこの1枚のコインを、手元に残すか、実験実施者に返すかを独立に決める。
  • もし実験参加メンバーの8割以上がコインを返していた場合、メンバー全員が2枚のコインを受け取る。
  • それぞれの手元に残った額は、実際に被験者に実験参加への報酬として支払われる。

公共財ゲームにおける行動は何を表しているだろうか。8割以上がコインを実験実施者に返せば、コインは2倍になって戻ってくる。しかし、これは別の見方をすれば2割の人はコインを渡さなくても、さらに2枚のコインを受け取れることを意味している。すなわち被験者にはフリーライダーのインセンティブが働くのである。

しかし、皆が互いを出し抜きフリーライドすることを考えて手元にコインを残せば、当然コインを返す人は8割に満たず、結局全員1枚のコインしか手にすることができない。ここで、もしフリーライドをせず協調行動をするとお互いを信頼し合うことができれば、8割以上のコインが集まり、最終的に2枚のコインを得ることができる。人々の信頼関係が状況の改善へとつながるのである。よって、コインを返すか否かの行動が、グループメンバーへの信頼を表している、あるいは協調的な行動性向を示していると見なすことができる。

上述の通り、このような実験が質問票による「信頼」の計測と決定的に異なる点は、被験者の行動に応じて、実際にお金が支払われることである。適切なインセンティブ付けがなされることで、被験者の偽りのない行動を引き出しているもいえる。

高い「信頼」はマイクロファイナンスのパフォーマンスを改善するか?

以上のような実験によって、個人の「信頼」が計測された。被験者達は、実験の実施後、FINCAから実際に融資を受け、1年後にデフォルト率、ドロップアウト、および貯蓄額の状況が調査された。Karlanの関心は、このマイクロファイナンスのパフォーマンスと、実験によって得られた個人の信頼度の関係である。Karlanは次の4つの仮説を立て、その検証を行った。

【仮説1】信頼ゲームでBとして、より多くの割合をAに戻したもの、すなわち信頼できる人(信頼に応える人)ほど、返済をしっかりと行っている。
【仮説2】信頼ゲームでAとして、より多くのコインをBに渡したもの、すなわち他人を信頼する人ほど、より貯蓄をしている。
【仮説3】公共財ゲームでコインを戻すもの、すなわち協調行動をとる人は、デフォルトしづらく、またより貯蓄をしている。
【仮説4】GSSに肯定的な回答をしている人ほど、しっかりと返済しており、またより貯蓄をしている。

推計の結果、得られた関係性は次の通りである。

  • 信頼ゲームで信頼できる人(信頼に応える人)ほどデフォルト率は低く、ドロップアウトもしていない。また貯蓄額も多い。しかしながら、他人をより信頼する人は、貯蓄をあまりせず、ドロップアウトしやすい。
  • GSSサーベイで信頼の高い値を示すものは、高い返済率を示す。
  • 公共財ゲームでの行動とマイクロファイナンスのパフォーマンスには関係性を見出せない。

以上の結果より、信頼ゲームで観察されたBの行動、すなわち、Bは信頼に応える人物か(信頼できる人物か)を捉える行動が、マイクロファイナンスのパフォーマンスを説明することが示された。グループ貸付によるマイクロファイナンスを実施する上で、S.C.が一定の役割を果たしているのである。

仮説2は支持されなかったが、これには補足が必要であろう。上述の通り、信頼ゲームにおける先手のAの行動は、他者(Bの行動)をどれだけ信頼しているかを表していると考えられる。しかしながら、Karlan自身も指摘しているが、これは別の見方をすれば、Aは不確実なBの行動に賭けている(投資をしている)リスク愛好家、ギャンブラーであると考えることもできる。Aの観察された行動は、果たして信頼とリスク性向のどちらを測定しているのかが明確に識別できず、そのため仮説が支持されなかったと考えられる。

コメント

まず、本論の貢献を2点指摘したい。第1は、従来の実証開発経済学が大きく依ってきた家計調査に実験結果を組み込み、経済行動の実証分析を行った点である。

信頼ゲームや公共財ゲームといった実験経済学で用いられてきたアプローチは、伝統的経済学が仮定する合理的経済人の検証に用いられてきた。従来の合理的経済人を前提としない行動経済学は、こうした検証の繰り返しを通じて、ミクロ経済学の標準的理論では想定されていない利他性や互恵性といった人間行動を規定する要因を指摘してきたが、本論は、こうした視点とは異なり、実験によって計測された「信頼」という個人の性向が、現実の観察される経済行動を如何に説明するかを検証した点で大きな貢献がある。

第2に、従来大学の実験室で学生を被験者にコンピュータを用いて行われてきたゲームを、開発援助の現場で実際にマイクロファイナンスを利用している人々を被験者に行ったことも特筆しておきたい。特に開発援助の文脈では、たとえ途上国の大学であっても、その学生の資質と貧困層とのそれとは大きな乖離があることは否めず、貧困層の行動・性向を考える上で、学生が適切な被験者とは必ずしもいえない可能性が高いであろう。

一方、残された課題もある。特に信頼ゲームによって計測された「信頼」の解釈である。信頼ゲームは、当初、その名を投資ゲームと呼んでいたように、Aの行動が信頼を表しているのか、投資機会へのリスク選好を表しているのか明確に識別できない。Schechter(2007)は、信頼ゲームにリスクゲームを組み合わせた実験デザインを採用しているが、そこではリスクゲームでの行動が、信頼ゲームにおけるAの行動と高い相関があることが確認されている(注4)。マイクロファイナンスのパフォーマンスとの関係においても、リスク選好を考慮した上での考察が求められるだろう。

最後に、このような研究を通じて、開発援助に対してどのような政策的含意が導きだせるだろうか?「信頼」は個人の性向(人々が一般的に他者に対して示す性質)として完結するものではなく、社会関係の中に蓄積され、変容していくものである。特定の社会的関係の中で、個人間の「信頼」は強まりもすれば弱まりもする。マイクロファイナンスのプロジェクトの多くは、単に資金を連帯保証精度で貸し付けるだけでなく、グループメンバーの結束や連帯感を高める工夫が施されることが多い。信頼できる人(信頼に応える人)が良好なパフォーマンスを示すということからも、グループ貸付において、こうしたS.C.をグループ内に蓄積させていくことの重要性が、改めて指摘されるのではないか。同時に、プロジェクトによって「信頼」がどのように形成(場合によっては減退)していくのかを解明することが今後求められてくるであろう。

紹介者:青柳 恵太郎(国際協力銀行専門調査員(執筆当時))
2008年10月2日掲載
脚注
  • 注1) 開発経済学におけるソーシャルキャピタルに関する研究動向については、Durlauf and Fafchamps (2005)を参照。
  • 注2) Karlanが行った公共財ゲームは標準的なデザインとはやや異なる。途上国で行われた実験についてはCardenas and Carpenter (2008)のサーベイが詳しい。
  • 注3) より正確には、ゲームに非匿名性があるため、実験外の文脈を考慮に入れれば、制裁を科すことは可能である。事実、Bが他のグループメンバーから地理的に遠くに位置している場合には、Aへの変換が有意に減少することが示されている。
  • 注4) Schechterが行ったリスクゲームは、信頼ゲームにおいてAが投資額を決めるところまでは同一の手順で行われる。違いは、Bが返済額を決定するのではなく、サイコロを振って出た目に応じてリターンを得る点にある。サイコロの出目というランダムな現象に投資の結果が左右されるため、Aの行動は純粋にリスク選好を表していると考えられる。
文献
  • Cardenas, Juan-Camilo and Jeffrey Carpenter (2008) "Behavioral Development Economics: Lessons from field labs in the developing world," Journal of Development Studies, Vol.44(3), pp.337-364.
  • Durlauf, Steven and Marcel, Fafchamps (2005) "Social Capital," in Aghion, Philippe and Steven Durlauf (eds.), Handbook of Economic Growth, Elsevier, pp.1639-1699.
  • Schechter, Laura (2007) "Traditional trust measurement and the risk confound: An experiment in rural Paraguay," Journal of Economic Behavior & Organization, Vol.62(2), pp.272-292.

2008年10月2日掲載