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第9回「インデックス保険の有用性―貧困削減に向けての新しいアイデア」

インデックス保険

農業を主産業とする途上国において、天候や自然災害に由来する所得変動リスクは農家の生産・消費行動を大きく左右するものである。信用市場へのアクセスが極めて限られた状況で消費水準を保つために農家が講じてきたさまざまな方法について、90年代以降多くの論文が発表されている。追加的な労働供給等により収入源を多様化させること、資産の売却、相互扶助や回転型貯蓄信用講(ROSCA)をはじめとするこれらの方法は、後述する「フォーマル保険」と対比して「インフォーマル保険」と呼ばれる。インフォーマル保険がリスク緩和にある程度貢献していることは多くの既存研究が示しているが、その一方でリスクの影響を削減するために収益の高い投資機会が犠牲になり、その分期待所得が低くなっている可能性も指摘されている[Morduch (1995)等]。さらに、インフォーマル保険は洪水や干ばつ、農作物や家畜の伝染病等、地域単位で被る大規模リスクに対して限定的な対応しかできないだろう。すなわち、損害保険のような「フォーマル保険」が途上国農村でも供給されれば、リスクから守られた状況で農家はより生産的な投資を行うことができ、厚生が拡大しうる。

とはいえ途上国のフォーマル保険市場は未だ十分に発達しているとは言い難い。そもそも貧困層にとって保険料を払うことは簡単ではないだろう。加えて、情報の非対称性に由来する「逆選択」と「モラルハザード」も大きく関与していると考えられる。前回マイクロクレジットにおける逆選択とモラルハザードについて議論したが、保険の場合についても問題は本質的に同じである。フォーマル保険の代表例で、従来多くの国で実施されてきた穀物保険(crop insurance, 収量保険)が、大半の国で失敗に終わったのも、モラルハザードの問題が深く関与していると考えられる。穀物保険では加入者各人の収穫高が予め決められた値を下回った場合に保険金が支払われる。保険提供者は農家の生産行動を直接観察することが難しく、農家は生産努力を怠ったり収穫高を過少申告することによっても保険金を受け取ることができるため、保険金支払いが増大し保険提供者の経営が立ち行かなくなったのだ。今回は、この問題をクリアするアイデアとして登場した新しい保険、「インデックス保険」について考えよう。

インデックス保険とは、観測されたインデックス(降水量、気温、地域の平均反収等)が、予め設定した数値を下回れば(あるいは上回れば)それに応じて保険金が支払われる、というものである。従来の穀物保険と異なり、インデックス保険における保険金は、個々人の被害額ではなく観察可能・立証可能なインデックスのみに基づいているため、逆選抜やモラルハザードの問題が起きにくい点、加入者への保険金を迅速に行える点がメリットであると考えられている。一方で、加入者はベーシス・リスクと呼ばれる個別的なリスクを被ることになる。最寄りの測候所でのインデックスから算出される保険金と、各世帯が実際に被る損失額に乖離があれば、支払われた保険金で損失を完全にカバーすることはできない。この、残されたリスクがベーシス・リスクである。よって、研究に際してもマーケティングの上でも、ベーシス・リスクを把握することがカギとなる。

今回紹介する論文Gine, Townsend and Vickery (2007) (以下GTVと表記)は、インドで2004年に販売された降水量保険をテーマに、家計のどのようなファクターが保険購入意思決定に影響を及ぼしているのかを分析している。研究の対象となったのは、干ばつに弱い豆類等の商品作物を栽培している地域に2004年に販売された降水量保険である。雨季4カ月間の降水量不足をカバーするもので、保険料は平均して5USドル程度であった。サンプルの中で、「最も懸念すべきリスクは干ばつである」と回答した家計は全体の9割に上っており、潜在的需要の高さがうかがえるが、実際に保険を購入した者はそのうちごくわずかに留まっている。では、どのような特徴を持つ家計が保険を購入したのか、以下で詳しく見てみよう。

保険購入意思決定の要因とは

1.仮説
論文ではまず、ミクロ経済学理論に基づいて、保険料への支払意思額(willingness-to-pay) が高い家計は以下の特徴を持つ、という仮説を立てた。

A) ベーシス・リスクが少ない
B) 信用制約に直面していない
C) 直面している全てのリスクのうち、天候保険でカバーされるリスクの占める割合が大きい
D) リスク回避度が高い

Aについては前述の通りである。Bの信用制約とは、家計が望ましい消費水準や投資水準を達成するために必要な資金の借入に課される制約のことを指す。担保となる資産を持たない貧困層と比較して、十分に借入れができる家計の保険料に対する支払意思額は高いと予想される。Dで述べた「リスク回避度」とは、所得や収益の変動リスクを嫌う度合いのことである(厳密には、効用関数の形状に反映される)。

対象地域において、降水量保険の販売は前年から始まった。販売に際して保険会社は既存のマイクロクレジットや井戸使用者組合のネットワークを利用しており、それらのメンバーである者の方が保険に関する情報を多く持つと考えられる。つまり、メンバーであることと保険会社への信頼度とには相関があるだろう。さらに、このような新しい金融商品の購入に際しては、以下のFのような変数も大きく関与すると思われる。

E) 保険会社に対する信頼度が高い
F) オピニオン・リーダーである / 革新的である

GTVはベーシス・リスクや所得、土地所有、家長の教育水準等について独自のデータを採取し、どのような変数が保険購入確率を高めているのか、推計を行った。

2.推計結果
得られた結果が上述の仮説と整合的か(YES)、そうでないか(NO)に整理してみよう。

A) ベーシス・リスクが少ない⇒ YES
B) 信用制約が少ない⇒ YES
C) 直面している全てのリスクのうち、天候保険でカバーされるリスクの占める割合が大きい⇒ NO

AやBが支持された、という結果は直観的にも頷ける。土地保有量や資産が大きいほど購入確率が高まることもわかったが、これはBの結果を補完している。他に、灌漑農地のシェアが多い家計は保険を購入しやすい、という結果も得られた。水の量をコントロールできるこれらの家計は天候保険への需要が低いと考えられることから、Cの仮説は支持されない。しかし灌漑農地は天水農地より資産価値が高いことを考えると、Bに整合的と言えるだろう。

対象地域において、降水量保険の販売は前年から始まった。販売に際して保険会社は既存のマイクロクレジットや井戸使用者組合のネットワークを利用しており、それらのメンバーである者の方が保険に関する情報を多く持つと考えられる。つまり、メンバーであることと保険会社への信頼度とには相関があるだろう。さらに、このような新しい金融商品の購入に際しては、以下のFのような変数も大きく関与すると思われる。

E) 保険会社に対する信頼度が高い⇒ YES
F) オピニオン・リーダーである/ 革新的である⇒ YES

マイクロクレジットや井戸使用者組合のメンバー、また何らかの別の保険を購入している家計は降水量保険を購入する確率が高いという結果が得られ、Eの仮説と整合的である。さらに、町議会のメンバーや革新的な家計であると購入しやすい、ということもわかった。また、家長の教育年数は購入確率を高め、家長の年齢は購入確率を低めることから、新しい金融商品を理解するコストが無視できない大きさであることを表している。

D) リスク回避度が高い⇒ 条件付YES

提示されたさまざまなパターンのくじ(確率と金額にバリエーションがある)のうち最も選好するものはどれか、を尋ねてリスクに対する態度を調べたところ、よりリスク回避的な家計ほど保険を購入する確率が低いことがわかった。一見、理論的予測と正反対のこの結果は、人々の天候保険への理解や保険会社への信頼が十分でないために、保険を購入することをリスキーな投資だとみなしている、と解釈すれば説明がつく。事実、マイクロクレジットや井戸使用者組合のメンバーであることを条件付ければ、リスク回避度が高いほど保険購入確率が高まる、という仮説通りの結果を得た。このことは、途上国農村における保険購入の意思決定において、EやFで言及した保険に対する信頼や理解が重要なファクターであることを示唆している。但し、GTVのデータ収集は2004年の保険金支払いが済んだ後で行われたことに注意する必要がある。加入者は保険金を受け取ったことで保険会社への信頼を高めたとも考えられ、「逆因果関係(reverse causality)」が発生している可能性がある。

コメント

本論文は、今後実際に天候保険導入が見込まれる地域での潜在的な効果を考える上で参考となる、実証的な材料を提供したという点で優れている。保険購入にあたっては信用制約や資産、ベーシス・リスクに加え、リスク回避度、信頼や社会的ネットワークが重要な役割を果たしていることが明らかとなった。とはいえ、販売2年目のGTVのサンプルでは、全家計のうち保険を購入した家計はわずか4.6%にすぎず、推計結果の頑健性の問題が残る。今回の分析は1時点のデータを用いたものであったが、パネル・データを採集して本年の加入者・非加入者が翌年以降加入したかどうかを調べることで、保険購入意思決定のダイナミズムをとらえることができるだろう。

また、保険を購入することによって加入者が生産行動を変化させたり、それを見越した地主や地元の高利貸しが契約変更を申し出る可能性もある。こうした要素を含むより広範なモデルを構築することで、インデックス保険がいかなる条件のもとで社会厚生拡大に寄与するのかを分析することもできるだろう。第3468回でランダマイゼーションを取り上げたように、今回のケースでも、実際の保険供給が加入者にどのような便益を与えたかを正確に計測するには、処置グループと対象グループを無作為に設定することが望ましい(注1)

最後に、インデックス保険実施に際して課題となる点を整理しておく。第1に、商品設計が難しい点。特に地震や巨大台風のような稀な事象をカバーする商品の開発に際しては発生パターンを正確に解析するのに高度なスキルを要する。第2に、潜在的需要があるにもかかわらず加入者数が伸びない可能性がある点。GTV論文で明らかになったように、保険会社への信頼やネットワークが重要である他、不測の事態である大規模災害に対する保険の必要性は過少評価されている可能性もある(Sawada 2007)。さらに、Pender (1996)等の研究によって、貧困層は往々にして将来の利益に比較して目先の利益を過大に評価することが指摘されていることから(注2)、保険への支払意思額がどの程度なのか定量的に明らかにすることが重要であろう。

Rosenzweig and Binswanger (1993)は天候リスクの分布が一標準偏差分縮まることにより平均利潤が35%上がると推計しており、天候リスクをカバーすることの効果は大きいだろう。インデックス保険は2000年にカナダで発売されたのを皮切りに、試験的なプロジェクトも含め現在では10カ国以上で販売されている。最新のWorld Development Reportにも、インデックス保険について「民間投資家の参入が起きており、公的セクターからの補助なしでも継続的な加入が続いていることから、民間市場でのポテンシャルがある」(World Bank, 2008)との記述がある。途上国農業系金融機関の関心が高まっている他、世界銀行やJBICなどの援助機関も専門機関や研究会を設けるなどの動きを見せており、今後の発展が大いに注目される。天候だけでなく、地震等の稀な事象に関する保険については特に、日本の豊富な実績とノウハウを大いに活用することができるのではないだろうか。

紹介者:松田 絢子(東京大学大学院経済学研究科博士課程、日本学術振興会特別研究員)
2008年7月9日掲載
脚注
  • 注1) 開発援助においてランダマイゼーション等を用いて計量経済学的に評価する方法について、本コーナーと合わせて青柳(2006)を参照されたい。Gine and Yangでは、マラウイ農村において、(1)借入契約のみ、(2)借入契約と降水量保険をセット、の2種類をランダムに提供し、それぞれの契約率を比較したところ、(1)の方が契約率が高かった、という結果を得た。Gine and Yangはこの結果を、借入契約に含まれている有限責任条項が債務不履行の際には一種の「保険」として機能するため、(2)で新たに保険料を払って保険を購入することを割高に感じたのではないか、と論じている。
  • 注2) 将来の利益を現在価値に換算するには「割引率」という概念が用いられる。近年の研究結果によると、人々は割引率を用いて計算された将来利益の現在価値よりも直近の利益を過大に評価する傾向にあることが分かっている。これは従来の経済学が前提としてきた「人は合理的である」という前提に矛盾するものである。近年発達が著しい行動経済学の分野では、このような伝統的な経済学では説明のつかない現象に注目し、実験を通じて実際の人間の意思決定や行動を理論化することが試みられている。
文献

2008年7月9日掲載