3分でわかる開発援助研究:オススメの1本

第3回「援助の成長促進効果と援助評価のあり方を再考する」

オススメの1本
William Easterly (2003) "Can Foreign Aid Buy Growth?" Journal of Economic Perspective

最近の国際援助に関する議論の中心は、ミレニアム開発目標(MDGs)に代表される、貧困削減である。これまでの研究では、国全体の経済成長と貧困削減の間には強い正の相関関係があり、経済成長が貧困削減の必要条件であることがわかっている。それでは、援助は受入国の経済成長を促進しうるのであろうか? そして望ましい援助政策形成のあり方はいかなるものであろうか?

援助の経済成長促進効果

援助の有効性と経済成長の関係については、Chenery and Strout (1966)のファイナンシング・ギャップ・モデル以来多くの学者が研究を行ってきたが、その現実妥当性について、既存研究は援助が投資よりも政府消費に使われることを発見している。一方、援助の経済成長促進効果に関する回帰分析アプローチで最も大きなインパクトをもたらした研究は、Burnside and Dollar (2000、以下BDと記す)である。BDは1970年から1993年まで4年ごと、6期のクロスカントリーのデータを用い、56カ国の開発援助の経済成長促進効果について分析した。BDは、回帰分析の説明変数として「援助の受取額/GDP」の変数を導入し、更に第一段階で財政余剰・インフレ率・対外解放度のデータを用いることで「政策の質の変数」を構築し、第二段階でその「政策の質の変数」を用いた。

BDの最も有名な結論は、「『受入国側のガバナンスが良好である場合に限り』開発援助は有効に働き、経済成長に寄与する」ことであり、これは世界中の権威あるマスメディアに引用され、アメリカを中心としたドナーや世界銀行などの援助政策に強く影響を与えたとされている。経済学的な研究として行われた成長回帰分析が政策に直結した稀有な例である。しかし筆者は、BDの結論がデータの拡張や定義の再検討など何の再検証もされぬまま、よい政策を採用していれば援助を増やすという安易な援助増額論につながっていることに警鐘をならし、BDの結論の頑健性を再検証している。

本論文は、はじめに援助と成長の関係について計量分析の再検討を行っている。まずEasterly, Levine, and Roodman (2003)として、BDのデータを1970年から1997年までのデータに引き伸ばし、さらにサンプル国の数を増やして追試を行った。そして、彼らは「政策変数」を加えた後にも援助と経済成長には有意な関係が見られず、必ずしもBDの結論が常に妥当するものではないという問題点を指摘した。更に、ODA変数を、BDが使用した世銀のEffective Development Assistanceではなく、OECDのDevelopment Assistance Committeeのデータに変え、「政策の質」の変数を作成するのに、BDの用いたサックス=ワーナーの経済開放性指標を闇市場金利とマネーサプライのM2指標に変更し、またサンプル期間の長さにもさまざまな変更を加え(BDの4年ごとでは援助の経済成長の効果を図るには短すぎるとして、12年、24年で測る)、結局のところ「良い政策を採用していれば援助が成長に寄与する」ことを示す頑健な証拠は見出せないと結論づけている。

更に筆者は、BDの結論が、貧困削減あるいは経済成長という成果よりも援助額の大きさという目先の目標を重要視している援助機関に、被援助国が正しい政策環境にありさえすれば資金はどんどん出して良いという援助拠出のお墨付きを与えるものとなったと指摘している。

また選択的援助という新しいテーマに関連して、どうやって限りある援助資源をより有効に成功するプロジェクトへ向けていくべきかについても問題を提起している。その手法として、紹介されているのがコンディショナリティと評価である。コンディショナリティについては、アフリカでIMFと世界銀行が繰り返し行ってきた構造調整融資が機能しなかった経験から、その効果について否定的にとらえている。評価のあり方については、その重要性に鑑み、以下に項を改めて記すこととしたい。

援助評価のあり方

著者の主張の中で、特に強調すべきは評価のあり方についての議論である。援助機関は負の評価結果を回避する傾向があり、自分たちの行ってきた援助を正当に評価することに対して積極ではない。たとえば、米国議会からの要請を受けて2000年に開発金融機関の評価を行った「メルツァー報告」によれば、世界銀行はその融資のわずか5%について、援助の最終拠出の3~10年後に評価を行っているにすぎない。国連と関連機関も実際の業務の中心は数年に1度の国際サミット開催であり、周到な援助政策の実施とその慎重な評価が行われているわけではない。他方NGOについても、その業務が客観的に評価されることはまれである。

一方、アカデミックな開発の世界においては、開発政策の効果を科学的に評価する手法と実践が目覚しい勢いで進展していることは注目に値する。Duflo (2001)はインドネシアにおける大規模な学校建設プログラムにおいて、一種の「ランダムな」社会実験的状況を活用し、学校建設が教育年数・賃金双方を向上させ、人的資本の「量」も「質」も改善したという結果を得た。また、Miguel and Kremer (2004)はランダマイズされた(randomized)ケニアの小学校での虫下し薬配布プログラムから、虫下し薬が子供たちの学校のパフォーマンス(出席率など)を「安価」にかつ「劇的」に改善するという結果を得た。これらの社会実験から得られた新たな知見を集約し、開発政策の現場でスケールアップさせてゆくことは極めて重要であろう。

評者のコメント

これらの最近の開発プログラム評価の潮流については、「3分でわかる開発援助研究:オススメの1本」シリーズで別途紹介することとするが、このような研究結果が援助諸機関の実務に浸透するには相当な時間がかかるだろう。前述のメルツァー委員会は援助機関が内部者の評価ではなく、独立した評価を受けるべきであるとしているが、援助機関にとってのインセンティブをどのようにデザインするかについての研究は驚くほど行われていない。振り返ると、これは我が国のODAにも同じようにあてはまる問題であり、援助の評価についてはマクロ・ミクロの両面から不十分な評価しかなされていない。特に計量的手法に基づいた評価は全くといっていいほど行われておらず、「ミクロ開発プロジェクトにおける計量経済学的インパクト評価」は改めてその意義が大きいと考えている。

著者は最後に、援助を現実に即して考えることの重要性を説き、「持続的な成長への飛躍といった大目標よりも、貧しい人に少しでも役立つことの方が大切である」という。そして、「援助機関も次のビックアイデア探しはひとまず横に置いて、援助の質の向上を目指すべきである。これは、難しいことではあるが、不可能ではない」と結論づけている。50年の開発援助の歴史とサブサハラアフリカの停滞を目の当たりにしても、まだ一筋の光明をみる思いがした。

可能な限り、論文の正確な解釈を紹介するように努めているが、誤りがあった場合にはすべて紹介者の責任によるものである。

文献
  • Burnside and Dollar (2000), "Aid, Policies, and Growth," American Economic Review, 90(4)
  • Chenery and Strout (1966), "Foreign Assistance and Economic Development," American Economic Review, 56(4)
  • Duflo (2001), "Schooling and Labor Market Consensus of School Construction in Indonesia: Evidence from an Unusual Policy Experiment," American Economic Review, 91(4)
  • Easterly, Levine, and Roodman (2003), "New Data, New Doubts: Revisiting 'Aid, Policies, and Growth,'" NBER Working Paper.
  • Miguel and Kremer (2004), "Worms: Identifying Impacts on Education and Health in The Presence of Treatment Externalities", Econometrica, 72(1)
  • The Meltzer Report (2000), International Financial Institution Advisory Commission.

2008年3月31日掲載