3分でわかる開発援助研究:オススメの1本

第10回「融資は何に使われたのか? マイクロファイナンスと貧困層の起業支援」

オススメの2本

はじめに

途上国において、グラミン銀行をはじめとしたマイクロファイナンスの躍進はすでに多くの人びとに知られることとなった。マイクロファイナンスは、土地などの担保を持たないような貧困層へ資金を融資することで、貧困からの脱却を促す可能性を持つ有力な手法として定着しつつある(注1)。マイクロファイナンスの成功の背景には、銀行員が農村へ出向いて融資や回収業務を行ったり、グループ貸付や定期的な返済を習慣化したりすること、さらには逐次的に融資額を増加するといった融資方法の革新が挙げられよう。

ところで、マイクロファイナンスの背景となっている前提は、「貧困層は、適切な条件で資金を得ることができれば、その他の支援なしに生産的な自己雇用機会を生み出すことができる」というものであり、今回紹介する1本目の筆者による解釈では「農村の土地なし貧困層は、誰でも企業家としての素質があり、低利融資さえ供与すればその能力が開花して生計向上プロジェクトが成功を収め、貧困からの脱却が可能になるという想定」である。果たしてこの前提は正しいのだろうか?

融資された資金の使途

今回オススメする1本目の論文は、この前提が正しいのかどうかを、マイクロファイナンスの本場であるバングラデシュの一農村を対象にしたフィールド調査に基づいて議論している。この農村では、1992年末の調査の段階で総世帯数538の中から108名がグラミン銀行の融資を受けていた。この資金は何に使われていたのだろうか?

筆者は、その108名について資金使途別の借入件数と金額を調査し、次のような事実を明らかにした:

  • 商業活動、家畜、機織、輸送(リキシャなど)への生産的投資は全体の52%
  • 残りの45%以上は消費、結婚資金、病気治療、家修理、借金返済、土地質受け等転貸に使われた。このうち、土地の質受け等転貸(27%)および借金返済(8%)が全体の34.6%という高いシェアを占めていた
  • さらに、生産活動に投資された場合でも、グラミン銀行のメンバーである女性ではなく、男性が行う活動への投資が主であった

使途としての比重の高い土地質受けは「ボグラハニ」と呼ばれ、1エーカーあたり一定の資金を地主に貸し付ければ、返済されるまでその土地の耕作権を確保できるという制度である(注2)。要するに、グラミン銀行から借りた資金を地主に又貸しし、その間に確保した土地を自作して飯米を得ているのである。ここで確保した土地を耕作することによる年利回りは約25%であり、グラミン銀行からの借入金利約16%との差が利鞘となる。

こうした発見を踏まえて、筆者は、グラミン銀行の融資が想定通りに生産活動への投資に使われていると考えるのは、相当程度、幻想といってよさそうだとしている。

グラミン銀行の貧困緩和メカニズム

グラミン銀行が貧困緩和に貢献したことは筆者も高く評価している。筆者の議論は、その貧困緩和のメカニズムが、グラミン銀行自身が宣伝するように、融資が生産活動への投資に回り、それが収益を生み出していくことで貧困から脱却するというものではなく、融資=「貯蓄のための前借り」を通して、特に男性に「勤倹貯蓄」の習慣を身につけさせた点にあるとするものである。グラミン銀行から融資(=前借りした「貯蓄」)を得ると、毎週それを返済していかなければならない。妻が得た融資の返済のため、機織賃労働を行う夫は労働を強化し、勤倹貯蓄に励む。その間、前借りした「貯蓄」は生産活動への投資ではなく、土地質受けや又貸しなどの資産投資へと回り、所得の増加につながっていくのである。要するに、機織賃労働などの安定的な収入源を持つ世帯は、労働強化と倹約さえすれば、貯蓄しそれを資産投資するポテンシャルをもともと持っており、グラミン銀行からの融資は、その貯蓄を「前借り」することで、いわば強制的に勤倹貯蓄を行うコミットメントとして機能しているのである(注3)

以上の議論をもとに、筆者は、貧困層に対してマイクロファイナンスの融資を生産的投資に誘導することは、あまり好ましい結果を生まない可能性が高いこと、「貯蓄のための前借り」をしてもその「貯蓄」源となる中核的な所得獲得手段のない世帯については成功は難しいこと、などの政策的含意を提示している。

マイクロファイナンスと起業促進

それでもやはり、融資の生産活動への投資を通して貧困緩和を促進したい場合はどのような支援が可能だろうか? もし生産活動への投資を阻害している要因が、起業や経営スキルの欠如であるとすれば、融資と同時に起業や経営に関する技術支援、あるいは一村一品運動等のプロジェクトを併せて実施することが考えられる。オススメの2本目の論文は、そのようなビジネス・トレーニングが、マイクロファイナンスへの返済率や借り手の事業の売り上げなどに与えたインパクトをランダマイゼーションによって評価したものである。

インパクト評価はペルーのFINCA(Foundation for International Community Assistance)というNPOのマイクロファイナンス機関と共同で行われた。FINCAの融資を受けていた借り手グループの一部が無作為に処置群(treatment group)として設定され、毎週の参加が義務づけられているミーティングでFreedom from HungerというアメリカのNPOとAtinchikというペルーの企業によるビジネス・トレーニング・プログラムを受けた。残りの借り手グループはトレーニングを受けず、対照群としてインパクト評価の比較対象とされた。トレーニングは、顧客とどのように接するか、利益をどのように使うか、どこで販売するか、割引のしかた、信用販売といった基本的なビジネス・スキルを向上させることを目的として行われた。

トレーニングのインパクト評価は、返済率や売り上げなどの指標についての処置群と対照群の差、もしくは「差の差」の推定によって行われている。「差の差」の推定は、まずさまざまな指標について、トレーニングの開始前と開始後の2時点のデータが収集し、この2時点の差(つまり変化)を測定し、その変化の大きさがトレーニングを受けた処置群と受けなかった対照群の間で有意な差があるかどうかを計量経済学的に検証するものである。トレーニングを受けるかどうかを無作為、かつ義務的に割り当てることで、たとえばもともと意欲があり能力の高い借り手だけが選択的にトレーニングを受けてしまい、そのインパクトが過大に評価されることが周到に回避されている。第4回8回で紹介したとおり、このような手法は、ランダマイゼーションによるプログラム評価手法と呼ばれるものである。

トレーニングのインパクト評価の結果は次のようなものであった:

  • トレーニングを受けた処置群は対照群よりも融資の返済率が3%高く、融資からの脱落率も4~5%低かった
  • 借入額と累積貯蓄には差はなかった
  • 処置群は、ビジネスの知識に関する正答率が高く、利益を再投資し、売り上げなどの記録をつけた者が多かった
  • 処置群は、対照群に比べて売り上げが16%多く、キャッシュフローも改善されていた。

このように、トレーニングプログラムは、概ね良好なインパクトを借り手およびマイクロファイナンス機関にもたらしたといえる。

コメント

今回は、趣の異なる2本の研究を紹介した。2本目は前回までに紹介されてきた多くの研究と同様に、ランダマイゼーションに基づき統計的に厳密な計量分析を行っている。これに対して、1本目はそうした分析を行っていないものの、フィールド調査で得られた詳細な観察から議論を行っている。

1本目の研究では、対象となっている村がひとつだけであり、データのサンプル数が108と決して多くないことから、対象の代表性、結論の一般性や定量的な厳密性には疑問が残ることは否めない。また、融資された資金の使途について現金にはファンジビリティ(流用可能性)があることから、実際に何に使ったのかを厳密に把握することは容易ではないことも念頭に置く必要があろう。しかし、ジョナサン・モーダック氏をはじめとして、多くのマイクロファイナンスの専門家が、マイクロファイナンス融資の用途の多目的性について指摘している(Morduch, 2007)ものの、実際にその内実を明らかにした研究は多くなく、本研究の重要な貢献のひとつである。また、この研究の重要な含意は、信用制約が緩和された家計が借り入れた資金を何に使うかは、彼らが直面するニーズや使途のリスクとリターンに応じて決定され、それは資金の出し手の意図と一致するとは限らないということである。これは当たり前のことだが、忘れがちなことでもある。

さて、筆者が提示したような「貯蓄の前借り」による勤倹貯蓄の促進という説は、厳密な定量分析に基づいて検証すれば、場合によっては平均的には確認されないかもしれない。それにもかかわらず、少なくとも一部の家計では実際にそうであろうことは、フィールドに精通した筆者による観察と経験に基づく情報の蓄積によって、説得力をもって論じられている。こうした定性的なエビデンスや議論は、マイクロファイナンスの貧困削減メカニズムそのものの理解を深めると同時に、ある開発援助プロジェクトが、実際に現場でどのように機能したりしなかったりするのかを明らかにすることで、プロジェクトの立案や改善に必要な情報も提供している。

このような厳密性を重視する定量的研究と事例的な定性的研究のうち、どちらのスタンスをとるかは目的に応じて適切に選択されるべきだし、実務側はその成果を目的に応じて活用することができる。今回紹介した2本目の研究のような厳密な定量的研究は、援助プログラムの効果の有無や大きさを正確に知りたい場合に有効である。一方で、1本目のような事例的な研究は、現場の個性や多様性を知り、援助が現場でどのように浸透していくのかを観察することで、開発政策や援助プロジェクトの注意深い運営や状況に応じた改善に活用できるだろう。

今回の1本目の研究では、生計向上プロジェクトを通した貧困削減という想定に対して疑問が提示された。ただし、融資の使途の27%を占める土地質受け等転貸は、単に又貸しをして利鞘を稼ぐ者もいる一方で、土地の耕作権を得て農業生産を行う者もおり、後者は生産活動への投資と考えてもよいかもしれない。その場合、商業活動などと合わせた生産的投資の比率は52%から最大で79%になる。仮にこの水準が低いとしても、それは必ずしも生産活動への投資を経由しない貧困層への裨益を否定するものではない。マイクロファイナンスは消費平準化(Morduch, 1998)や子供の健康状態(体格)の改善(Pitt et al, 2003)などにも役立っており、それはそれで貧困層の厚生向上に繋がっている。

問題は、融資が生産活動へ投資されて収益が持続的に得られる場合と、借金返済や病気の治療などに多用される場合とでは、マイクロファイナンスの持続性や収益性の見込みが異なる可能性が高いことである。したがって、マイクロファイナンス事業へ援助を行う場合は、その使途がどのようなものになるのかについて留意する必要があるだろう。そのうえで、消費平準化や病気治療といった使途については、保険や共済制度による援助を併せて提供することも考えられるかもしれない。また、あくまで生産活動への投資を介した貧困削減を目論む場合は、ビジネス・トレーニングを組み合わせることで、返済率の向上とともに、借り手の企業活動の改善も期待できることが、2本目の論文から示唆される。

紹介者:有本 寛(東京大学大学院農学生命科学研究科特任助教)
2008年7月28日掲載
脚注
  • 注1) マイクロファイナンスの経済学的研究については、Armendariz de Aghion and Morduch (2005)を参照。
  • 注2) なお、彼らの又貸し先の地主は決して零細で貧困な農家ではなく、富裕な上層農家である。つまり、下位階層から上位階層への資金の「逆流」が起きている(藤田(2005)、第5章)。
  • 注3) Ashraf et al (2006)は、双曲型割引を行い、近い将来のせっかち度の方が遠い将来のせっかち度よりも高く、後悔しやすいタイプの人ほど貯蓄にコミットできず、「貯蓄の前借り」のようなコミットメント装置を求めていることを、ランダマイゼーションによって明らかにしている。
文献

2008年7月28日掲載