Research & Review (2008年7月号)

貿易の自由化は環境負荷を低減させるか?

日引 聡
国立環境研究所

貿易自由化の環境負荷への影響~規模効果、技術効果、構造効果

近年、自由貿易協定の議論が活発化している。貿易自由化は、経済厚生を高める可能性がある一方で、環境負荷へ大きな影響を与える。このため、自由化が各国の汚染物質排出量にどのような影響を及ぼすかを実証的に明らかにすることの意義は大きい。

貿易自由化はどのようなメカニズムで一国の排出量に影響を及ぼすのだろうか?

貿易自由化の排出量への影響は、規模効果、技術効果、構造効果の3つに分解される。規模効果とは、生産の増加によって排出量が増加する効果を意味する。技術効果は、所得増加によって、よい環境に対する需要が増加する結果、環境政策が強化され、排出量が減少する効果をいう。貿易自由化は経済活動を活発化させ、生産を増加させるので、生産や所得増加を通じ、規模効果及び技術効果によって、間接的に排出量に影響を及ぼす。

一方、構造効果は、貿易自由化によって生じる産業構造などの変化が一国の排出量に及ぼす影響をいう。たとえば、汚染財価格が相対的に低下すれば、汚染財(資本集約的な財)輸出国の排出量は増加し、汚染財輸入国の排出量は減少する。輸出国か輸入国かは、各国の要素賦存度や環境政策の強度などの要因に依存して決まるため、構造効果によって排出量が増加するかどうかは、必ずしも明白ではない。

環境政策の強度の違いと要素賦存の違いが排出量に及ぼす効果

構造効果を決定する要因として興味深い仮説に、汚染天国仮説がある。この仮説が支持されれば、企業の立地が環境政策の厳しい国からそうでない国へシフトする結果、厳しい国の排出量が減少し、ゆるい国の排出量が増加する。もしこの仮説が成立すれば、貿易の自由化は政策の厳しい国の負の構造効果をより大きくする。

他に重要な仮説として要素賦存仮説がある。この仮説が支持されれば、相対的に労働の豊かな国では労働集約財(非汚染財)が、また、資本の豊かな国では資本集約財(汚染財)が生産・輸出されるため、貿易自由化は、資本集約度の高い国の輸出・生産を増加させ、排出量を増加させる一方、労働の豊かな国の排出量を減少させる。

貿易の自由化は汚染物質排出量を減少させるか?

これまでの説明からわかるように、一国の汚染物質排出量は、生産規模、貿易自由度、要素賦存度、環境政策の強度(所得水準に依存)などに依存して決まると考えられる。このようなメカニズムを理論モデルから実証可能な推計式として導出し、規模効果、技術効果、構造効果を推計した先導的な研究に、Antweiler et. al (2001)がある*1

私たち(Managi, et al(2008))は、Antweiler et. al (2001)を拡張し、貿易自由化がGDPに及ぼす影響を明示的に考慮した上で、一国の汚染物質排出量(SO2、二酸化炭素(CO2)、水質汚濁物質(BOD))に及ぼす影響を分析し、自由化の間接効果(規模効果と技術効果の合計)と直接効果(構造効果)のそれぞれと、全効果(間接効果+直接効果)を推計した。(表参照*2

表 貿易自由化による排出量への影響

得られた結論を要約すると以下の通りである。

(1)規模・技術効果は環境負荷を低減させるか?
規模・技術効果(規模効果と技術効果の合計)は、SO2については正(規模効果が技術効果を上回る)であるが、CO2とBODについては負(規模効果が技術効果を下回る)である。このように効果が異なるのは、SO2の技術効果がCO2やBODのそれより小さいからだと推察される。たとえばCO2は排出場所に関係なく、温暖化被害は地球全体に及ぶが、SO2は排出場所周辺の環境を汚染するだけである。このため、厳しい環境政策が実施されるのは、環境汚染のひどい地域だけで、そうでない地域の環境政策は厳しくない。この結果、企業は環境政策の厳しい地域からそうでない地域に立地を変更する。これが、一国全体で見たときのSO2の技術効果を低め、規模・技術効果を正にする要因として働いたと考えられる。

(2)構造効果は環境改善効果をもつか?
構造効果はほとんどのケースで負であり、削減効果をもつ。

(3)貿易自由化を通じた汚染天国仮説は支持されるか?
所得の高い国(環境政策の強い国)ほど負の構造効果は大きくなった。これは、汚染天国仮説が支持されることを意味している。

(4)貿易自由化を通じた要素賦存仮説は支持されるか?
相対的に資本の豊かな国(資本―労働比率の高い国)ほど負の構造効果が高められた。このことから、要素賦存仮説は支持されなかった。

(5)効果は所得水準によってどのように異なるのか?
高所得国(先進国)の負の規模・技術効果は、低所得国(発展途上国)の効果より大きい。
これは主に、先進国が発展途上国より厳しい環境政策を実施していることに起因しているものと考えられる。構造効果に関して、先進国が発展途上国より排出削減効果が大きいのは、相対的に環境政策の厳しくない発展途上国に立地が移動するため、発展途上国の負の構造効果が弱められたからだと推察される。

(6)全効果として、貿易自由化は環境負荷低減に貢献するか?
貿易自由化は、先進国の排出量を減少させるが、必ずしも発展途上国の排出量を減少させるとは限らない。

脚注
  1. Antweiler et. al (2001)やこれをベースとする他の先行研究では、規模効果や技術効果について、所得や生産規模と環境負荷との関係を分析しているが、貿易自由化が所得や生産規模に及ぼす影響を明示的に考慮していない。このため、貿易自由化による規模効果や技術効果を定量的に評価していない。
  2. 貿易自由化が汚染物質排出に及ぼす影響の推計値(弾力性)を表わしている。この値は、全サンプルの平均、OECDサンプルの平均値、非OECDサンプルの平均値でそれぞれ評価したものである。
文献

2008年7月23日掲載

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