Research & Review (2008年5月号)

わが国のMBOにおける経営者等の行為規整~インセンティブの観点から~

北川 徹
成蹊大学法学部准教授

はじめに

近年わが国において、経営者等による企業買収―マネジメント・バイアウト(MBO)―が増加傾向にあり*1、とりわけ非公開化を目的としたMBOが顕著である。従来、MBOをめぐる議論の整理は十分になされてなかったが、経済産業省は、2007年9月4日に「企業価値の向上及び公正な手続確保のための経営者による企業買収(MBO)に関する指針」を制定した。本指針は、経済的意義を有するMBOが、公正・健全な形で発展していくためのベストプラクティスの形成を目指したものである。

他方、経済産業研究所では、2007年4月より「インセンティブ構造としての『企業法』」と題して、企業に関わる各プレーヤーのインセンティブの観点から、法制度が動機付け交渉に与える影響を検討することを目的とするプロジェクトを展開している*2。かかる観点からMBOは、会社の支配権の取得という重要な局面で、経営者等の利益相反が顕在化し、当該取引に関与する各プレーヤーのインセンティブ構造を改変する取引として、有益なスタディ・ケースといえる。

本稿は、筆者が2007年7月に公表したRIETIのポリシーディスカッションペーパー*3を基に、同年10月に上記のプロジェクトで報告した内容の一部の簡単な紹介である。

MBOにおける問題点の整理

MBOによって、エージェンシー問題を解消するメリットを享受するに際し、経営者等と株主との間に生じる問題点については、以下の3つの枠組みから整理できる。すなわち、第1に、経営者が必然的に利益相反となる構造的問題であり、第2に、経営者等が取得する株式の価格が公正であるかどうかという、より実質的な問題である。さらに第3に、経営者等と株主との間の情報の非対称性を契機とした、情報の開示レベルとインサイダー取引に関する問題である。

MBOの利益相反性と類型

MBOの最大の問題は、経営者等が同時に株式の売り手および買い手となることによる、利益相反構造を有していることである。しかしながらMBOの利益相反性は、その態様によって程度が異なる。そこで、筆者は経営者等の利益相反の程度に応じた行為規整のあり方を検討するために、MBOを4つに分類することにした。

まず、独立した交渉当事者間の交渉環境が成立しているか否かといった視点から、(1)非公開化目的型MBOと、(2)分割(暖簾分け)型MBOとに分類できる。前者に比して後者は、売り手の経営者等と、新たに経営者となる買い手との間で価格交渉の場が成立しており、売り手経営者の利益相反性は小さいと考えられる。また、債務超過等の企業の再生を意図したMBO((3)企業再生型MBO)では、もはや既存株主の取り分を考慮する余地が極めて少ない。さらに、必ずしも(1)との区分が客観的に容易ではないが、(4)企業買収防衛策型MBOをひとつの類型として整理した。

そして、利益相反性に応じた柔軟な行為基準の適用を前提に、利益相反の程度が大きいMBOの類型については、事後的な司法審査が十分に及ぶ仕組みを予め用意することによって、MBOを実施する経営者等に対して、独立当事者間交渉に相当するような適正な手続きを自ら構築する誘因を与えることを提案した。

MBOにおけるシナジーとは何か

MBOは、複数の事業会社による合併とは異なり、いわゆる相乗効果を示すシナジーは存在しない。MBOによって創出される付加価値は、いわば経営者等による業績改善の「自信」である【図のB+C】。他方、少数株主を排除することに伴うコスト削減効果は、MBOによって締め出される既存の株主に帰属すべきものである【図のG‐K間】。

図

ここで、当該対象会社の企業価値は〔A〕で示されている。企業価値に満たない〔J〕の価格による買収オファーは、非効率なMBOである。経営者等は、本来、価格〔H〕まで買収オファーを高めることができるわけだが、自らのインセンティブ【Cの下向きの矢印】を確保する以上、〔I〕の価格で買収オファーすることが予想される。したがって、MBOにおいて既存の株主に与えられるプレミアムは斜線部分【図のB】ということとなる。

買収者である経営者等のインセンティブを確保するためには、一定限度で取引保護条項を経営者等に付与することが合理的といえる【Cの下向きの矢印の一部と重なる】。しかし、図に示したように、少数株主保護を意味する、既存の株主に支払うプレミアム【Bの上向きの矢印】と正面から対峙するため、両者のバランスが必要である。もっとも、少数株主の保護法制を検討するに際しても、図の〔B〕の部分だけで議論することは不十分であり、〔H〕で示される、買収者の主観的な当該対象会社の想定価値といった出発点がない以上、効率的な取引が行われないという視点が不可欠である。MBOにおいては、経営者等の経済効率的な組織再編を実行するインセンティブを十分に確保しつつ、既存の少数株主の実効的な救済を検討することが重要である。

脚注
文献
  • 宍戸善一『動機付けの仕組としての企業―インセンティブ・システムの法制度論』(2006年、有斐閣)
  • Guhan Subramanian, Post- Siliconix Freeze- Outs: Theory and Evidence, 36 J. LEGAL STUD. 1(2007)

2008年5月22日掲載