ブレイン・ストーミング最前線 (2008年3月号)

国際宇宙法政策の動向と宇宙産業振興の可能性

青木 節子
慶応義塾大学総合政策学部教授兼政策・メディア研究科委員

宇宙の商業利用に関する国際宇宙法の動向

国際連合の宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)がこれまで作成した宇宙関係条約は5つに過ぎず、1979年に月協定が採択されたのを最後に拘束力を持つ条約は採択されていません。しかし勧告的意義を有する法文書(ソフトロー)は、80年代以降も作成され、最近では商業利用関係の合意が増加しています。宇宙分野でソフトローが増加する理由の1つとしてCOPUOS加盟国の増加が挙げられます。COPUOSの加盟国数は現在67カ国で、これだけの国の間でコンセンサスを形成するのは、ほぼ不可能ともいえます。また、条約が発効するまでの期間は法が存在しないと主張する国もあり得、無法状態が生まれる可能性も否めません。次善の策として、勧告的意義を有するに過ぎないとしても、専門家が技術的事項を扱い、迅速な文書改訂が必要とされる分野(たとえばスペースデブリ低減策)においては、国連総会決議や各国宇宙機関間のガイドラインなどのソフトローが選択される傾向が強まっているのです。

国際宇宙法の基本原則は次のようになります。
1 宇宙活動の自由と共通利益原則。
2 国家による領有禁止。
3 天体の平和利用原則。
4 宇宙空間での大量破壊兵器配置禁止。
5 宇宙飛行士は「人類の使節」であり、必要な援助を与えられる。

以下は宇宙の産業化、商業利用に関係する基本原則です。
6 活動の主体にかかわらず、国家に対する国際責任集中。
7 宇宙物体に起因する事故損害については、「打ち上げ国」が損害賠償義務を有する。
8 宇宙物体の管轄権と管理は宇宙物体の登録国が行使する。

*「『宇宙物体』には宇宙物体の構成部分並びに宇宙物体の打ち上げ機及びその部品を含む」と定義されており、人工物として宇宙に導入されたものであればスペースデブリも「宇宙物体」に該当すると一般に了解されている。

打ち上げ国は、損害責任条約第1条で「宇宙物体の打ち上げを行ない、又は行なわせる国」、「宇宙物体が、その領域又は施設から打ち上げられる国」と定義されています。ここでいう打ち上げを「行なわせる国」(打ち上げ委託国、打ち上げ調達国)については、条約採択時は「国家の責任で正式に他国に委託して打ち上げを行なった場合」が想定されていましたが、民間企業の参入により定義が不明確になりつつあります。

「管轄権」は領域性に基づく国家の権限(主権類似だが主権の包括性は欠く)、「管理」は法的権限の有無に関わらず国家が行使する物理的な力と解釈できます。この理解の下では、「管轄権」を持つと通常は「管理」も有することになります。外国の衛星の管制を担うなど「管理」を行使しても「管轄権」は有さない場合も想定されますが、米国法では、このような場合にも自国法の適用を主張することがあります。

損害責任については損害責任条約の下で、国家間交渉により、解決を図る方法もありますが、国内裁判での解決を図ることも可能です。損害責任条約では被害国と被害者の関係や、加害国と打ち上げ業者の関係は規定されておらず、自国で任意に規定を作る(作らない)ことができます。

COPUOS法小委での最近の討議について触れますと、2004年に「『打上げ国』概念適用」、2007年に「宇宙物体の登録」についてのソフトローが国連で採択されました。これは、多国籍企業の公海上からの打上げや軌道上での衛星の所有権移転など商業利用の発達を受けて、「打上げ国」と「登録国」の関係や「打上げ国」の決定が不明確になったため、責任の所在を明確化する意図で作成されたものです。

宇宙基本法案の意義と課題

日本では2007年6月20日に宇宙基本法案が議員立法として衆議院に上程されています。国内宇宙法制定の主要な目的は、宇宙の平和利用の解釈変更と宇宙産業の保護・育成にあると考えられます。

法案第14条は「我が国の安全保障に資する宇宙開発を促進するため、必要な施策を講ずるものとする」と規定されます。国会審議では、宇宙の平和利用とは非軍事利用であるとの考えが繰り返し強調され、1969年の国会決議でその解釈が確定しました。しかし、実利用衛星の利用が進むにつれて自衛隊が顧客となる可能性を排除することは困難となり、1985年の政府統一見解以降は、利用が一般化している衛星と、それと同様の機能を有する衛星を自衛隊が利用することは国会決議に合致するという解釈がとられるようになっています。

また、第35条第2項では「国際社会における我が国の利益の増進及び民間における宇宙開発の推進に資するよう」宇宙基本法制定後速やかに宇宙活動法を制定することを要請しており、宇宙産業振興に向けた決意を読み取ることができます。

宇宙先進国の宇宙政策と宇宙活動法

米国の宇宙政策(2006年)は、私企業支援策として、「民間部門と競わず、実行可能な最大限度まで民間の能力と役務を利用する」と述べます。また、政府が直接資金援助をするのではなく、商業利用を促進し得る国内法を制定することで産業競争力を確保する旨を明記しています。

リモートセンシング画像配布についての国連総会決議(1986年)では、1次データ・処理データが作成され次第、被探査国が「無差別に、かつ合理的な費用で」アクセスを保証される権利を持つとの原則が定められています。その後、さまざまな国際組織が作成したガイドラインは、公的資金により作成されたデータで、地球環境保護など、公益性の高い事業を行う主体には速やかに画像を提供すると規定する傾向が強まってきています。同時に、私企業の作成する画像については、米国法、カナダ法に見られるように、無差別原則は消えつつあります。

米国はリモートセンシング衛星打上げの要件として、商業宇宙打ち上げ法上の打ち上げ許可に加えて以下を定めています。

1 連邦通信委員会から周波数を獲得していること。
2 リモートセンシング政策法に基づく衛星運用免許を得ていること。
3 武器輸出管理法や輸出管理法に基づく国務省、商務省、国防総省による輸出許可を得ていること。

米国以外の国も同様の規制を実施しており、日本の宇宙活動法を検討する際の参考になると思われます。

宇宙産業促進についての課題

宇宙産業は市場原理に馴染みにくく、商業利用が最も進んでいる米国でさえ顧客の中心は公的部門です。軍事的価値が高く、安全保障考慮や輸出管理の問題となりやすい分野でもあり、企業の自由な活動として宇宙産業を発展させることはおそらくどの国にとっても不可能でしょう。日本の場合は、一層ハードルが高く、「非軍事利用=平和利用」とする限りは汎用性が高い産業の大部分に手を出せない状況が続くでしょう。宇宙産業の促進を考えるならば、国家が、民間の商業機会を確保する側面があるものと認識して特殊な市場としての制度設計を実施していかなければならないと考えます。

質疑応答

Q:

各国が自国法で自国民に対する責任範囲を確定する中、日本として宣言すべき、あるいは検討すべき内容にはどのようなものがありますか。

A:

外国企業に対する透明性を高め商業利用を活発化させるためにも、「打ち上げ国」概念に関する日本の立場を明確にする必要があります。自国企業が外国衛星を外国から打ち上げる際、日本が「打ち上げ国」となるべきかは一概に決めることはできませんので、まず、想定されるさまざまなケースを詳細に検討する必要があります。また、私企業の衛星が落下して、政府が外国に対して損害賠償を上限無しで払わなければならない時に、あるいは私企業が射場等の政府財産に対して損害を与えた場合に、企業にどの程度求償すべきか、企業と政府の間の責任分担範囲をどう定めるかも検討すべきだと思います。外国法によって不利な責任を負わないように日本企業を保護し、必要に応じて政府が責任を引き受けることができるような規定を整備することで産業を補助する必要もあります。この点で米国の企業保護策は参考になります。

※本稿は12月18日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2008年3月25日掲載

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