ブレイン・ストーミング最前線 (2007年11月号)

ベンチャーキャピタルにおける投資収益率の現状と今後の課題―日本のパフォーマンスを向上させるために―

長谷川 博和
グローバルベンチャーキャピタル株式会社マネージング・パートナー

日本のベンチャーキャピタルが真の意味でのリスクマネーを供給できるようになるには2つの大きな課題を乗り越えなければなりません。1つは統計の充実で、リスクリターンが読めないところに資金は流れません。もう1つは欧米と比較して低いパフォーマンスの改善で、パフォーマンスが悪いところにも資金は流れません。大切なのは日本の雇用風土や企業関係、金融情勢を踏まえた上で、日本のベンチャーキャピタル、あるいはベンチャーキャピタリストがどうあるべきかを深く議論することです。本日は、今後日本のパフォーマンスを向上させるには何が必要かについてお話したいと思います。

欧米との比較からみる日本の課題

米国のベンチャーキャピタルは株式市場の動きに大きく影響される株式上場による売却ではなく、トレードセールスでリターンを得ています。しかし日本ではトレードセールスがなかなか起きません。この点が日本のベンチャーキャピタルのパフォーマンスが米国と比べて悪くなる理由の1つとなっています。今後は、大企業がベンチャー企業のエッセンスを積極的に取り入れるために何が必要なのかをさらに考えるべきです。ところがここ数年の日本では減損会計、時価主義会計が厳格化し、大企業が業績の悪いベンチャー企業を取り入れたら、のれん代償却が非常に重くなる方向に流れており、ますますトレードセールスが起こりにくい環境になっています。本来、トレードセールスはより活発に行なわれなければなりません。

昨年の終わり頃から今年にかけて新規上場に急ブレーキがかかり、ベンチャーキャピタルが回収する金額も相当減ってきています。このように公開企業の調達額あるいは公募金額が下落傾向にあることもベンチャーキャピタルにとっての課題で、公開しても市場が極端に悪く、活発な資金調達ができないという現象が起きています。

日米欧の投資残高を見てみますと、米国で30兆円、欧州で24兆円の規模であるのに対し、日本は約1兆円に留まっています。日本にはアントレプレナーが少ないといっても、これはあまりにも大きな差であり、投資残高の増加も日本の課題です。

欧米との比較からみる日本の課題

公開企業のみを対象とした統計調査では、ベンチャーキャピタルは会社設立後アーリーステージ(またはレートステージ)で投資をした方が高いリターンを得られるという結果が出ています。さらに、投資直前の五倍以上のバリエーションを付けて公開しても、たいした値段は付かないという結果も得られています。

回帰分析で一番有意に効いているのは、株式公開時に時価がどれくらい増加するかという点です。これはその時点の上場環境に加えて市場で評価されるような魅力的な会社になっているかです。株式公開までの月数が少なければ少ない程、内部収益率(IRR)は高くなります。米国では他のベンチャーキャピタルとシンジケーションを組んだ方がパフォーマンスは上がりますが、日本では投資が1社に集中することが多いので、逆に、一緒に投資しない方がパフォーマンスは上がっています。

IRR上位30社とそれ以外の企業の要因格差を比較してみると、創業から公開後6カ月までを100としたとき、上位30社は57%の投資位置で投資をしているのに対し、パフォーマンスの低いベンチャーキャピタルは71%の投資位置で投資をしています。同時期VC数も上位30社は3.7社であるのに対し、後者は5.9社、時価の増加倍率も前者では約2倍、後者では約8倍と、行動パターンの違いが読みとれます。

こうした行動パターンはITバブルの前後で変わり、Pre時価はITバブル以前で22億円、以降で33億円と、投資対象が比較的大きな企業へと移っています。投資位置もレートステージへと移っています。

文系出身や、理系出身よりも、文系と理系の両方を経験したベンチャーキャピタリストが平均的に高いパフォーマンスを示しています。最もパフォーマンスが低いのは監査法人出身のキャピタリストで、最も高いのはベンチャー企業に勤務していたキャピタリスト、その次に高いのがベンチャー企業の経営をしていたキャピタリストという結果がアンケート調査から明らかになりました。

ベンチャーキャピタルの付加価値については、米国のベンチャーキャピタリストは「社員の声を経営者に実態提言する」、「既存株主との関係調整を中心的に実施する」、「借入先と交渉し借入実行する」といったような利害調整を積極的に行なっています。これに比べ、日本のベンチャーキャピタリストは「顧客や代理店の獲得」、「調達先や下請けを探し決定する」、「製品やサービス開発完成度を上げる」、「事業計画をまとめてアドバイスする」、「月次財務数値をモニタリングする」等、ベンチャー企業の未熟児性を補完する業務に特化されているようです。こうした役割は今後、社外関係の調整や利害関係者(「出資者」、「投資先(ベンチャー企業)」、「顧客(市場)」)の調整という非常に重要な役割へと変化していくと考えています。

協創関係の構築に向けて

利益相反(コンフリクト)と倫理(エシックス)は極めて重要な問題ですが、現状では倫理問題が野放図になっていて、ベンチャーキャピタリストやプライベートエクイティのファンドマネジャーの良心に任せることになっています。規制を極端に強めるべきだとは思いませんが、倫理問題はさらに議論を深めるべきでしょう。

また、どのようなプロセスで利害関係者間での協創関係を構築し、継続・維持するのかについての議論も深めるべきです。アナリストが証券会社の評価を左右するにまでいたったのと同じように、今後はキャピタル会社(組織)からキャピタリスト(個人)へと変化していかなければ発展は無いと思います。その観点からもベンチャーキャピタリストをある程度のレベルにまで持っていくための教育は重要です。

ひとりよがりなビジネスプラン、仮説の無いビジネスプランは投資対象としての魅力を減じます。同様に、経営チームがしっかりとしていないビジネスプラン、事業計画(ファイナンス計画)が楽観的なビジネスプラン、経営理念が不明確なビジネスプラン、成長段階が無いビジネスプランにも投資をしたいとは思えません。

一般論と具体論は異なります。今後の日本では、評論家ではなく、プレーヤーをさらに増やしていくべきでしょう。さらに、売り上げや従業員数が増えていく各成長段階で人材の管理手法を変えることも重要です。大企業に先んじてイノベーションに寄与することこそがベンチャー企業の社会的意義です。そうしたベンチャー企業を応援してこそ、ベンチャーキャピタリストの存在意義が生まれるのだと私は考えています。

質疑応答

Q:

現在のベンチャー支援政策で足りない点は何でしょうか。

A:

日本の制度で欧米と比べて欠けている点は無いと思います。個々の施策というよりは、むしろ全体の流れ、つまり人が大企業から入ってこない、良いものをつくっても大企業が買ってくれず、売り上げが立たない、一番大変なときにベンチャーキャピタルからリスクマネーが流れてこない、といったマイナスのスパイラルがベンチャーにとってハンディになっていると感じています。このマイナスのスパイラルをプラスに転じるために何が必要なのか、現時点で解はありません。解を得るには、日本を代表するベンチャー企業、目指すべきベンチャー企業の成功事例を早くに生み出すことが重要です。

※本稿は9月3日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2007年11月27日掲載