ブレイン・ストーミング最前線 (2007年9月号)

日本企業のための世界の独禁法の舵取り

アイナー・エルヘイグ
ハーバード大学ロースクール教授

ダミアン・ジェラディン
ハウリー法律事務所パートナー、オランダティルブルフ大学教授

エルヘイグ
本日は、米国とEUの競争法について比較を行い、市場支配的地位の濫用規制や合併審査基準などについて両者が実体面で収れん傾向にあることを紹介したいと思います。各国共通の国際競争法ができる可能性は今後も低いですが、今や多くの競争当局が経済学という共通言語を話すようになり、競争政策レジームは国際的に収れんしています。我々は国際競争ネットワーク(ICN)等のイニシアティブを通じてこうした傾向は一層加速するだろうと予測します。

ジェラディン
米国反トラスト法とEUの競争法を比較すると、両者は執行上の相違点は大きいですが実体規定では収れん傾向にあります。

米国反トラスト法の執行の大体90%は訴訟に基づくもので、残り10%は連邦取引委員会と司法省による行政手続です。一方、EUはその執行の90%は競争総局もしくは加盟国の規制当局による公的介入です。しかし、既に英国とアイルランドでは競争法の違反者を強制捜査や刑事罰の対象とするなど、EUでは刑事罰を強化する方向にあります。さらに、EUの規制当局は私人による損害賠償請求を奨励しており、10年以内にはEUも米国同様、私訴が多くなっていくでしょう。

米・EUともに、カルテル規制は一層強化されつつあります。米国では外国人役員にまで刑事訴追を適用し、違反した外国人役員の身柄引き渡しにも積極的になっているのが現状です。また、EUでは新ガイドラインの下で課徴金が大幅に強化され、近い将来30~40億ユーロに達する見込みです。EUのリニエンシー・プログラム(措置減免制度)は成功し、かえって競争総局の処理能力を大幅に超える事案が集まるに至っています。

米国とEUの「市場支配的地位の濫用」規制を比較すると、見た目以上に両者は類似しています。規定に違いはあっても米・EU双方で市場シェア40%を超える企業の反競争的行為は違反とされる可能性があります。ただし規制対象となる行為では違いがあり、米国は排他的濫用のみを扱いますが、EUではこれに加えて搾取的濫用も規制の対象となります。

市場支配的地位の濫用ケースの審査において、EUも米国も、消費者厚生、生産制限、「利益犠牲」、「同等に効率的な競合社」等の観点から、競争制限的な単独行為と競争促進的な行為とを識別する方法を模索しています。

合併審査については、企業は複数国の当局に申請しなければならないという問題があります。欧州司法裁判所における敗訴の連続を受け、欧州競争当局は経済的分析を踏まえた合併審査を行うようになっています。実質的な判断基準についてもECは「合併が競争を相当程度減少させるか」という米国基準を採用する決定を行いました。合併審査の世界の二大管轄権では基準の共通化が進んでいます。

エルヘイグ
グローバル企業は、複数の国の規制を受けることになります。その時懸念されることは、自国の輸出生産者を優遇し、結果的に他国の消費者を犠牲にするバイアスの可能性です。しかし、両国で輸出カルテルが独禁法適用除外とされても、それぞれの国の消費者に対するカルテルとしては厳罰に処されます。証拠が入手可能で、判決が消費者の国で執行可能である限り、両国を通じてみればバイアスはなくなります。

その場合であっても、システム全体としては自国の消費者を最も熱心に保護しようとする国に判断権が与えられるようにするのがよいでしょう。もしそこで輸出者を管轄する国が判断権を主張するならば国家間の利益相反が生じます。問題は証拠を共有し判決を執行する能力にかかっています。実体的な競争法には国際統一化の動きはありませんが、競争当局間の国際協力が拡大していることはこの意味で重要です。

さらに、複数の輸入国が競争法の積極的な執行を試みた場合、法の過剰執行という問題が起こり得ます。つまり、最もアグレッシブな当局が「勝つ」ことになってしまうのです。このような状況を避ける努力が必要といえるでしょう。あるケースについて最も影響を受ける国の当局がリーダーに選ばれるような協力の仕組み、またより公式の国際委員会による管轄権決定の制度が必要です。

大橋※
近年、日本企業をターゲットとする国境を越えるカルテルや合併の動きが活発に見られます。国際間での反トラスト問題に適切に対応するために日本の公正取引委員会と外国の競争当局との間で法執行に関する協力ならびに協調が望まれています。協調活動によって、手続き等の重複などの無駄な努力や捜査時間の短縮、企業側の作成書類の軽減を図ることができます。協力促進のためには、まず互いの状況を理解することが必要です。

日本の独禁法のルール内容は、最近の新合併ガイドラインも含め、欧米に匹敵するものとなっています。他方、法の執行上では大きな相違が残っています。日本における独禁法の取締りのほとんどは、公取委の発動によるものです。公取委が違反行為を認めると排除措置命令を発しますが、これは最終的に裁判で争えます。また公取委は独禁法の違反行為が刑法違反に相当する場合、刑事訴追することを認められています。しかしこれまでのところ、刑事訴追がその役割を果たしたことはあまりありません。このような公取委による管轄権の独占は、社会的に非効率であり、維持費も高くつきます。世界の独禁法を効率的かつ効果的にするためには、各国政府機関が互いを監視し合い、法執行分野に競争的環境を創出しなければなりません。

※経済産業研究所ファカルティフェロー、東京大学大学院経済学研究科准教授大橋弘(コメンテータ)

質疑応答

Q:

ビジネス活動のみならず、法執行の分野に競争原理を導入する方法や、そのために必要な法整備とはどのようなものでしょう。

エルヘイグ:

私たちは、既に1つの国際社会体制の中にいます。したがって国際協力のネットワークと合意(協定)作りが可能と思います。恐らく、証拠の共有と判決の承認・執行に限定したり、論争の対象とならない独禁法分野、たとえばカルテル規制を協力対象に選ぶことだと思います。

ジェラディン:

昨今グローバル企業を悩ませているのは、ある管轄権で合法とされることが別の管轄権では非合法であることです。透明性原則の下での規則の収れんと最小限の手続き規則は有益であり、必要です。

Q:

中国は国がビジネスの経営主体です。この難しい状況への対処法はありますか。

エルヘイグ:

深刻な問題です。国は、自国の輸出業者を保護する傾向があります。他の国々も自国の企業の利益を守ろうとします。解決策は他の国々を動かすことです。この点で、中国は情報共有と中国企業への判決執行に関し、他の国々と協力せざるを得なくなるでしょう。

ジェラディン:

中国の経済成長と共に自ずと問題は解決すると思います。中国がグローバル経済という舞台でプレイするためには、自国の知的財産権を保護する必要があります。他国における反競争的ビジネス活動リスクから身を守るためには、他の国々との相互協力が不可欠です。

Q:

独禁法の保護法益について米欧間での収れんはあるのでしょうか。

エルヘイグ:

社会全体の利益か消費者利益か。欧米共にほとんどの国が後者を基準としてきています。

※本稿は5月10日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2007年9月27日掲載

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