ブレイン・ストーミング最前線 (2007年5月号)

M&A法制をめぐる最近の動向

野村 修也
中央大学法科大学院教授

M&Aへの関心は高く、すでにご存知の事柄もあるかと思いますが、本日は、M&Aの法律がどういうふうに変わってきたのか、新会社法や金融商品取引法が制定されたことによってどんな変化が生じているのか、最近盛んに導入されている買収防衛策に対して法制度の変化がどういう影響を与えるのかという点についてお話し、TOB規制を巡る政策が錯綜している現状について触れたいと思います。

新会社法とM&A手法の多様化

まず2006年5月に施行された新会社法が、M&Aの種類にどういう影響を及ぼしたか確認したいと思います。合併には吸収合併と新設合併の2種類があります。吸収合併はA社の全財産を法律上、B社が包括承継するという点で事業譲渡と異なります。合併契約の効力が発生すると、債権・債務関係が自動的にB社に移転し、A社は自然消滅します。A社とB社の株主は共にB社の株主として収容される図式になります。新設合併の場合は、A社、B社共に消滅し、2つの会社の全財産は新しくできたC社に包括承継されます。ここではA社とB社の株主は、C社の株主として収容される図式となります。こういった枠組みは新会社法制定後も残っています。

B社がA社を株式交換で買収する場合はA社がB社の100%子会社となる点で新設合併・吸収合併とは異なります。この場合、A社とB社は経済的には一体ですが、法律上は別法人が維持されるところに特徴があります。経済実態としては合併と同じ行為なので、合併と同じ手続きをすれば株式交換・株式移転ができる仕組みとなっています。このスキームも新会社法で改正された訳ではありません。

会社分割は事業部門を分社化するときに使う手続きで、新設分割と吸収分割の2つの方法があります。これまでは新設分割と吸収分割に、物的分割と人的分割とを掛け合わせることによって四つの類型に分けられていましたが、新会社法で人的分割は廃止となりました。現物出資の場合は事業譲渡の仕組みとなるので、譲渡すべき財産を法律上1つ1つ移転させるという面倒な手続きが発生しますが、会社分割では分割の効力が発生した時点でA社の財産の一部が自動的・包括的にB社に移転することになり、法律上極めて簡便です。

吸収分割とは、既に存在しているB社にA社の財産を移転させる行為です。新設分割の場合はB社の株主はA社のみという形になりますが、吸収分割の場合はA社とB社の既存株主が共にB社の株主になる点で新設分割とは異なります。いずれの場合もA社がB社の株主となる訳で、これを従来、物的分割と呼んでいます。物的分割とはいわば、子会社を作る手続きとして整理されてきました。人的分割とはA社の財産を移転させる対価としてB社が発行する株式をA社の株主であるAに対して発行させるという手続きでしたが、新会社法の下では、一旦物的分割をした上で、A社が取得したB社株をA社の株主であるAに現物配当するという形で整理されました。

以上のようにM&Aの手段は大きく分けて合併、株式移転・株式交換、会社分割の3つのパターンがありますが、会社分割の人的分割が制度上無くなった以外にはスキームの変更は無いといえます。

従来の制度との比較で考えると、大きな制度改革は無いのですが、重要なポイントは、対価柔軟化です。この部分は本年5月からの施行となっていますが、これは、対価柔軟化に伴う買収の増加に対し、買収防衛策に関する意思決定を株主総会で行うための期間が必要との経済界の要請があったためです。合併については人格合一説と現物出資説の対立がありますが、現物出資説を前提とすると、B社がA社から財産を譲り受けるときの対価がなぜ株式に限定されなくてはならないのかという疑問がでてきます。A社の財産を譲り受けるパターンとしては事業譲渡が考えられますが、そのときは現金で買うわけですから、合併等の場合も現金を対価としても構わないのではないかということです。民事法制上は交換の対価は何でも良い訳で、対価として相当性があると両当事会社の株主が承認さえすれば問題はないという考え方になります。従来の合併手続きではA社の株主AがB社の株式ではなく現金を欲した場合、合意を形成することはできませんでした。さらにはB社が同族的会社で、第三者を株主として入れたがらないときは、従来の制度では合併は不可能でした。そういった点でいろいろなニーズがあるので、多様な形で両当事者が合意を形成できるよう、組み合わせの幅を広げたのが今回の改正で、これが対価柔軟化といわれているものです。株式交換の場合も原理は基本的に一緒と考えて問題ありません。

つまり対価柔軟化とは、対価を多様化することで合併等の合意を促し、これまで実現できなかったM&Aを可能にしていこうという考えです。

三角合併の原理も同じです。消滅会社Aの株主Aは、従来の古典的合併だと、存続会社B社の株式をもらうので、B社の株主となる筈ですが、三角合併型の場合は存続会社B社の親会社であるC社の株式を対価としてもらうことになるので、存続会社B社ではなく親会社C社の株主として収容されるという図になります。B社の株式を出してA社から財産を譲り受けて、株主Aに対しB社株を渡さなくてはならないということになると、伝統的合併手法では、100%子会社が100%子会社でなくなります。しかしC社が持ち株会社として傘下に100%子会社を並べ、司令塔としてシナジーを発揮させようと考える場合には、100%子会社でなければ身動きが取れません。そこで一旦収容したB社の株主を株式交換で自社株主に変える必要があります。つまりここで二度手間が発生する訳で、親会社株式を対価とすれば手続きは1度で完結します。これを可能とするために、新会社法では、合併対価とする限りB社が事前に新会社Cの株式を仕込んでおいてもかまわないということで、親会社株式の取得が例外的に認められています。

合併対価の柔軟化が行なわれると、少数派株主の排除(スクイーズアウト)の問題が起きます。そこで今回の改正では株式買取請求権の規定を修正し、買取請求価格について「決議なかりせば有したであろう公正な価格」から「公正な価格」へと変更されています。将来シナジーにあずかれるチャンスを奪われた少数派株主への一定の配慮であるといえます。

公開買付制度の改正問題・金融商品取引法の成立

2006年6月に証券取引法が改正され、金融商品取引法が成立しました。この中で公開買付制度が見直され、株の時間外取引を利用した買い占めなどの「奇襲攻撃」、「株主に熟慮の機会を与えない買収」、新株予約権の発行や公開買付中の株式分割などを使った「過剰な防衛策」、他社が公開買付中に公開買付によらず市場で株を買い増すなどの「アンフェアな株式争奪戦」など世の中で起こった一連のM&A関係の出来事に対応する整備が行われました。

改正により3分の1超の買付については時間外取引であっても公開買付が義務付けられるようになり、市場外取引と市場取引との組み合わせによる公開買付回避を防止する目的で、3カ月内の取引は「一連の取引」とみなされ、公開買付が義務付けられるようになりました。大量保有報告制度のファンド特例も3カ月から2週間に短縮され、さらにファンドであっても特別の提案(会社の買収)を行なう場合には、五営業日以内の報告が義務付けられるようになっています。株主の熟慮を可能とする措置としては、対象会社が買収に賛成しているのか反対しているのかを明らかにするため、対象会社に「意見表明報告書」の提出を義務付けています。対象会社が「意見表明報告書」に質問を記載すれば、買収者は「対質問回答報告書」を提出しなければなりません。さらには、公開買付期間が法令で定める期間より短く、対象会社が「意見表明報告書」で公開買付期間の延長を求めた場合、公開買付者はそれに応じなければなりません。過剰な買収防衛策については、対象会社が株式分割等を行なった場合には買付価格の引き下げがある旨をあらかじめ公開買付者が買付条件として付しておけば、買付価格を引き下げることが可能になりました。さらに対象会社の株式分割等は公開買付撤回の事由として認められるようにもなりました。フェアな争奪戦のために、他社が公開買付を行なっている状況で、3分の1超を所有する者が公開買付期間中に5%超の買付を行なう場合には、公開買付によらなければならないものとされました。

買収防衛策の動向

会社法改正に続き買収防衛問題が盛んに議論されるようになりました。2005年5月、経済産業省と法務省は買収防衛策のあり方に関して「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」をとりまとめました。新会社法及びこの指針を支えとして様々な検討の結果、現在は、「信託型ライツ・プラン」と「事前警告型プラン」の2つの買収防衛策のスキームが生き残っています。前者の場合は信託銀行への高額な手数料が発生するため、昨年6月の株主総会では多くの企業が後者の防衛策を導入しました。しかし、今後、事前警告型プランの発動による新株予約権の発行に際して裁判所がどういう判断を下すのかは不明であり、また、買収者が金融商品取引法の手続きに則って慎重に買収を進めた場合、何を事前警告する必要があるのかという問題も生じています。

錯綜する政策

米国では、公開買付規制自体はニュートラルで買収手段を多様化・自由化し、州毎の会社法レベルで買収防衛策を規定しています。法務省は、いわばこの米国型で会社法の改正、「指針」の策定を行いました。ところが、金融庁は、公開買付規制はどうあるべきかとの観点から、公開買付の手続きルールを決めてあとは買収防衛はやってはいけないという最も強力な規制を有する英国型で、金融商品取引法の公開買付のルールを策定しました。現在、こうした2つの流れで議論は錯綜しています。この2つの全く異なるモデルをベースとした規制の中で実務が翻弄されている状況にあるといえます。

こうした錯綜する政策のはざまで買収防衛策の有効性への不安が生じており、三角合併規制や日本版エクソン・フロリオ条項の導入を求める外資規制論も噴出し始めています。まずは現状の整理が必要と考えます。

質疑応答

Q:

最近のMBO(Management Buy-Out)を取り巻く動きについてどのようにお考えですか。

A:

現在のM&A法制でMBOの問題は避けて通れません。1つはコンフリクトの問題で、買収者に加担する経営者が株価を低く抑えようとデューディリジェンスに反する情報開示をすれば、少数派株主が被害にあうようになります。実際に少数派株主による訴訟も起きています。米国でもMBOのコンフリクトは重要なテーマで、規制を求める議論もあるようです。日本でも規制を求める声は強まっていると思います。ただ、MBOは敵対的買収の文脈で考えると確かに不公正な面もあるように思えますが、MBOそのものは暖簾分け等中小企業の事業承継や事業再生で有用に活用することはできます。結果的には、買収防衛の局面でMBOを展開することを認めるのかという点に尽きると思います。

Q:

外国でのM&Aに関する法制度と比べて日本の状況をどうご覧になりますか。法整備はほぼ事後的に行なわれているようですが、これはなぜだとお考えですか。

A:

後半の質問については、後手に回るのは仕方が無いと考えています。買収者も防衛者も今まで無かったものをどんどん作ろうとしますし、そこには新しい金融工学が絡んでくることもあります。ルールと現状には必ずズレが生じます。そこは実務で埋めていくしかありません。
前者の質問については、いろいろな評価の仕方があると思います。米国と比較するとして、連邦レベルの公開買付規制だけを見ると日本よりオープンに見えるかもしれません。しかし州法レベルでは買収防衛立法が数多くあり、買収防衛に立法的対応をしている州もたくさんあります。特に二段階買収については多くの州で立法的に禁止されています。そういう意味では、日本よりも強い規制がかかっているともいえます。さらには、国策に関わる企業の買収は国が買収をチェックする仕掛けがありますが、日本の場合は、個別企業の外資規制しかなく、買収そのものをチェックする仕掛けはありません。あるいは買収防衛策だけを比べると、米国ではポイズンピルが多く認められている一方、欧州連合(EU)諸国ではあまり多く認められないことになります。ですので、評価はどういう切り口でみるかによって大きく異なります。

※本稿は2月22日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2007年5月25日掲載

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