ブレイン・ストーミング最前線 (2007年3月号)

日本人のこれからの資産形成

松本 大
マネックス証券(株)代表取締役社長CEO

個人の投資対象の移り変わり

日本の国内総生産(GDP)は約20年前に300兆円を超え、現在は500兆円程度です。同時に円高も進行しているので、国際通貨バスケットでみると日本のGDPはかなりの規模になっています。そうした国で経済活動をする平均的日本人は、戦後60年間で大きく変貌しましたが、これは個々人の特別な努力によるものというより、日本人として日本円で給料をもらっている結果、達成できたものです。

円建ての預貯金は過去15年間、ベストパフォーマーでした。国の資産がバブルを起こした場合、海外では家計部門がピーク時に買い越しをして損を被る例が多いのですが、日本では全体で売り越して勝ち逃げした形となっており、その資金は株や外貨ではなく円預金に回りました。その後10年で株は下落し続け、円は強くなり、金利は下がりました。これは日本の個人が賢い投資家であることの証左です。日本人は日本で働き、円で預貯金をしていれば、自動的に資産は世界標準に照らして増大し、世界市民として贅沢ができるようになった訳です。

しかし日本の人口は戦後初めて減少し始めています。現在の年金制度は右肩上がりの人口増と経済拡大を前提としているので、崩壊のリスクを孕んでいます。退職金優遇税制も同様で、人口増が止まれば維持できなくなるか、維持する意味がなくなります。少子高齢化が進み、経済が長期的に縮小していく状況で、金利の上昇や通貨が強くなることは想定できません。国際的文脈でみても、BRICsやアジア諸国の台頭により日本のGDPは沈下していくでしょう。為替の切り下げが起きれば、国際通貨バスケットで見た日本のGDPはいずれ中国やインドに抜かれ、相対的に低下し続けるとみられます。

では日本人はどうすればよいでしょうか。かつては大企業で長く働き、円で貯蓄をして退職金や年金をもらうのが理想的な老後のための安全保障でしたが、円安が進み、年金制度や退職金制度が維持できなくなる中では、従来の考えのままでは親の世代が享受したような豊かな老後生活を得ることは困難になるでしょう。成長する国に対して外貨で投資するか、リスクをとって株式型のものに投資せざるをえないのではないかと思われます。

オンライン証券における顧客の大部分は自分の判断で個別株を選んで投資する人々ですが、こうした層は今後大きくは拡大せず、投資信託やセパレート・マネージド・アカウント等の資産運用サービスが活発化すると思います。個人金融資産に占める株式型資産の割合を日米比較すると、日本では投資信託を含めて約15%、米国では出資金等を含めて約50%です。ところが、個人による株式市場への直接参加率は、日本では昨年30%を超えましたが、米国ではこれより小さい。つまり、米国では金融資産に占める株式型の割合が日本の3倍あるにも関わらず、個人による市場への直接参加比率は日本よりも低いということです。米英では、個人金融資産に占める株式等のエクスポージャーが増える過程において自己運用より委託運用が増えているので、日本でも同じ現象が観察されるようになるだろうとみられます。

個人の投資対象の変化が政策にもたらす意味

日本の戦後の高度成長期を支えたリスクキャピタルは個人から供給されたといえます。敗戦でリスクキャピタルをすべて失った政府部門は、国を再構築する手段として、貯蓄は美徳という考えを浸透させ、郵便局や銀行への預貯金を推奨し、貯金を原資とした財政投融資を製鉄業等の戦略的産業に集中投下したのです。この集中資本投下・傾斜生産方式が当たり、経済建て直しに貢献した訳です。また、リターンの要求が極めて低い資金を銀行が預金として集め、各産業に貸し出したり投資したりすることで日本の産業は成長してきました。成長を支えてきたこれらの個人資本が外に流れることは、国の立場からすると円安等を惹起するという意味でも問題ですので、個人のリスクマネーが国の生産性向上に活用されるよう国策を定めるのが望ましいでしょう。

ベンチャーは社会的に重要なプロセスです。人種の坩堝といわれる米国では、多様な価値観が容認され、様々な研究が実施されてきた結果、世界をリードするような新発見があり、それが米国を次のステージへと押し上げていったのではないでしょうか。日本でも、オンライン証券が金融界に大きな変化をもたらしたように、キャタリスト(触媒)が今後ますます必要になってくると思いますが、ベンチャー支援のために、国は何ができるでしょうか。

まず、ベンチャー企業の大半は失敗してしまうので、国全体でベンチャー支援を政策として推進することです。例えば、出資に対する税制上の優遇措置といった配慮が求められます。また、ベンチャーにとって会計・監査、税務等のアドミニストレーション業務は大きな負担です。新しい価値を創り出す情熱や能力と、会計規則や法令等を遵守する能力とは別物だからです。ベンチャーがアドミ業務もしっかりこなしつつビジネスにも集中できるよう、アドミ業務に長けている公的機関が支援する方法もありうるでしょう。一方、ベンチャー支援ファンドを国が設置して投資することには反対です。公務員のように基本的にリスクに近くない、又はリスク感覚のない人にリスクマネーを任せるのは間違いだからです。よりグリーディ(貪欲)なお金の方が正しい道案内ができるので、民間資金を導入すべきです。ただしアドミ業務ではリスクに関する問題が生じないので、国はこの部分のインフラを整備すべきでしょう。

その他の問題として、ベンチャー企業経営者のモラルがあります。上場したベンチャーの経営者が、手にした現金をくだらないことに使ってしまうと取引所の質の低下につながりかねません。米国では、企業経営者に対して上場後の一定期間、自社株の売却を制限する「ロックアップ」がありますが、日本ではベンチャー経営者のモラルに対する牽制の工夫がありません。さらに、成功モデルの数が極めて限られていること、起業家が尊敬されない日本の風土も問題ですし、国の将来を考えて叩くべきものは叩き、育てるものは育てるという考えも役所に欠けています。起業家に対する尊敬、モラルに対する牽制、成功モデルの出現といった点に関するグランドデザインが必要だと思います。

資本市場の意義

現代の経済は、少数の政策担当者の決定による傾斜生産方式で済んだ戦後経済とは異なるので、資本市場を活用し、個人投資家等に資本の再配分を任せないと対応できなくなります。金融審議会も、資金供給者である個人の意識を改革し、投資教育等を展開する必要性を平成15年の報告書の中で指摘していますが、意識改革のための政策は殆ど行なわれていません。投資教育は中学校や高校の履修科目には含められましたが、教えられる教員がいないため、文部科学省はカリキュラム化を進めておらず、前進していないと聞いています。ここでも誰かが旗振りをして、グランドデザインを示し、遂行する必要があります。

次の5~10年間の経済において、どの企業が重要な役割を果たすかが明らかな時代であれば、その企業に対してまとまった額を長期的に投下する集中型間接金融が適していますが、何がリーディング産業になるか読めない現代においては、集中型間接金融はリソースの最適配分に適しません。一方、少数の人間に多額の資金の運用を任せると、使い方をあやまり、有効な資源配分ができなくなります。米国では、資産を運用するにあたり、一定以上の規模になると適切な運用ができなくなるという考えから、配当で出してしまうのが常識になっています。ところが日本では、1つの銀行の資産が国のGDPの30%を占め、なおかつ銀行のほとんどの投融資活動が国内で行なわれるため資産が膨れ上がります。すると、無理な投資や融資が行なわれるようになり、効率性が落ち、消化不良が起きてしまいます。

資本市場とはより早く、より民主的に資源の再配分を行なう仕組みです。米国では、株式市場に影響を与えることを決定する時には公聴会等の機会が設けられ、投資家等利害関係者の意見を事前に収集し、予測可能性を高めるプロセスを踏むといった配慮があります。日本においても、政府が進めようとしている憲法改正や安全保障、教育といった重要なアジェンダは、経済や資本市場がついてこなければ遂行できないはずですが、官庁と政治家との間の政治的アジェンダ中心に決められ、資本市場に対する配慮が十分ではありません。例えば、譲渡益に対する減税措置の打ち切り、グレーゾーン金利の制度変更などについて、資本市場への説明が不足していると思われます。

こうなると海外投資家は、突然の制度変更があることを想定して、その分のリスクプレミアムを割り引いて買わざるを得なくなります。これは大問題です。日本の企業は買いたいが、株は買いたくないとする海外機関投資家は多く存在します。三角合併が解禁されれば、市場で株を購入するのではなく、直接企業買収に動く人々も多く出てくるでしょう。こうした状況に対する認識が弱いのが日本の最大の問題です。日本の資本市場が世界で認められるようになる上で、日本のマスコミ、行政、政界の金融・投資・資本市場に関するリテラシーを向上させることは、急務だと思います。

質疑応答

Q:

運用先が不透明なファンドに対する銀行の投融資を規制強化する案について、どうお考えですか。また、株取引をしている人の中には投資信託のパフォーマンスはよくないという人もいますがどう思われますか。

A:

ファンドに対する銀行の投融資の規制強化は、グランドデザインの枠の中で考える必要があると思います。タイヤに数カ所の穴が空いた場合、1つの穴を塞ぐだけでは修理にならないのと同様、流動性が極めて高い金融の場合も、一カ所でも穴があればすべてそこに向かいますので、全体を俯瞰しながらすべての穴を同時に塞がないと意味がありません。今回の規制強化についても、全体像を把握していませんが、どこかに穴がある可能性はあると思います。
後半の質問に関して、昔から株式投資をしている人は、かつて日本の投資信託の成績がよくなかったことを覚えているのでそう言うのかもしれません。もっとも日本が今後必要とする個人投資家とは、現在株取引をしている人々というより、現在預貯金だけをしている人々だと思いますが。
ただし日本の投資信託のパフォーマンスが世界水準と比較して見劣りするのも事実です。理由として、ファンドマネージャーは自社のアナリストが勧める企業を買うが、そのアナリストはアナリスト受けする応答をする企業を好むので、同じ企業が買われ過ぎてパフォーマンスが落ちる、という構造があるかもしれません。ファンドマネージャーの給与体系にも根本的な問題があります。日本の投資信託の多くのファンドマネージャーの給与は運用成績に連動していないからです。この点、とりわけ成績の悪いファンドマネージャーをクビにできない文化を変えていかなければ、パフォーマンスの向上は難しいでしょう。

Q:

金融業にとって障害となる法規制は残っていますか。また、どのようなルールを積極的に設けるべきとお考えですか。

A:

障害となる法規制はほとんどありません。日本では優れた法規制が整備されているので、今後は、証券取引法といった執行力強化が課題となります。財務関連情報の漏洩やセレクティブ・ディスクロージャーをしっかり取り締まらないと、海外機関投資家に見放されるでしょう。マスコミや行政機関のリテラシーを高めることが重要です。

※本稿は12月4日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2007年4月4日掲載

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