ブレイン・ストーミング最前線 (2007年2月号)

日産自動車のマーケティング改革

星野 朝子
日産自動車(株)執行役員市場情報室担当

日産自動車は、カルロス・ゴーン社長の改革によって、ルノーと提携した1999年当時の国内外の販売台数が約250万台から2005年度には357万台に、連結売上高が5兆9000億円から6割近く伸びて9兆4000億円に、連結営業利益も、ほぼゼロの状態から955%増の8700億円に達しました。業界最低レベルだった営業利益率も、2003年度にはグローバルな自動車メーカーとしては未曾有の11.1%を達成し、2兆円あった有利子負債も現在はゼロとなっています。

外部の方からは、何が理由で日産はこうなったのか、ルノーとアライアンスを組み、ゴーン社長が来ないと出来なかったのか、どのような魔法があるのかといった質問をよく受けますので、今日は、その飛躍的改革ができた背景、改革の仕組み、それからマーケティング改革についてもお話ししたいと思います。

「日産リバイバル・プラン」の成功

ゴーン社長は、着任して、先ず、日産には「5つの欠如」があり、それがこの会社をダメにしていると指摘しました。それは、(1)収益指向の欠如、(2)顧客指向の欠如、(3)クロス・ファンクショナル・マインドの欠如、(4)グローバル指向の欠如、(5)危機感の欠如です。そして、着任から3カ月、夏休みも入りましたので実質的には1.5カ月という短期間で「日産リバイバル・プラン(NPR)」が作成されました。

NPRを作成し、改革の推進力となったのが、社内の各部門から精鋭が選ばれて社内横断的に改革を提案するクロス・ファンクショナル・チーム(CFT)です。また、現場でのクロス・ファンクショナルな課題やCFTからの提案を実行プランに落とす部隊「Vアップ・チーム」も編成されました。さらに意思決定プロセスやEC(Executive Committee)の役割も大変革しました。

このようにして数百に及ぶアイディアが提案され、取捨選択されて改革が進められました。そして、生産効率、稼働率、研究開発の効率の向上、従業員数の削減、マーケティングチャネルの絞り込み、マトリックス組織や世界本社のコンセプト等のグローバルな組織改革等での改革が実行されて行きました。

改革の両輪は「提案」と「実施」の2つの部隊

改革の推進力であるCFTは、当初、事業の発展、購買、投資コスト、生産などの課題ごとに10チーム立ち上がりました。事業の発展は、大きなテーマですので、その後さらに複数のチームに分かれていきました。各チームは、経営に直結しており、パイロットと呼ばれる統括者がCEOに直接提案を行います。パイロットは、最初にゴーン社長から課題とマインド・セットを伝授されます。即ち、業界や社内のどんなタブーにも縛られないこと、既存の組織や仕組みにチャレンジすること、オポチュニティを創出すること、そしてこれらの取り組みに期限はない、ということです。

CFTのメンバーは、ある意味で各部門を背負ってきており、各部門の立場からの議論を超えて、何が課題かを導き出すまでが大変です。しかし、どこにチャレンジするかが決まれば解決は速いと言えます。また、CFTは提案実施後のトラッキング(追跡)も行い、怠けているところがあれば、すかさずチャレンジして行くのが役割でもあります。

一方、こうした提案はクロス・ファンクショナルなもののみが認められていますので、それを受けたラインのエグゼクティブは、他の部門も巻き込まないと問題解決できません。そこで開発されたのが「V-upプログラム」です。これもクロス・ファンクショナルなチームで、問題解決のためのスキルトレーニングを受けたVエキスパートが各部門にやってきて他部門に関する不満や問題を聴取します。それをバイトサイズに直して各ラインのV-upチームが立ち上がり、3カ月程度で解決策が提示されるとラインがフォローして実行します。

実行責任を持つと実行可能なものしか提案しなくなる恐れがありますので、CFTは実施の責任を負いません。そうしてより果敢なチャレンジを各部門に提案し、その実施は各ラインのV-upチームが責任を持つ、この両輪によって改革は常に提案され、実行されて行く仕組みです。

ブランドの確立とマーケティング改革

NPRは前倒しで達成され、次に「日産ワンエイティ(180)」のもとで、販売台数の増加と財務体質の改善に加え、ブランドバリューの改善に向けた取り組みが始まりました。それが、日産のマーケティング改革です。日産の特徴を明確に打ち出し、その特徴がお客様の心を捉え、日産のクルマが選ばれ、満足して頂きファンが増えるというスパイラルが描けなければ、いくらコストを削減しても利益の向上は持続しません。経済的利益のある成長をめざすという考え方です。

このため、日産では、ブランド・イメージの向上とブランド・アイデンティティの確立に向けて、日産ブランドの定義をまとめた「ブランド・ディクショナリー」を作成し、それに沿った商品開発、コミュニケーション、社員の行動等を定義しています。

マーケティングの分野では、「シフト(Shift)・キャンペーン」を開始しました。既成概念や古い価値観、常識を変革し、新しい価値を提供するという意味を込め、「Shift_」をタグラインにしており、現在、日産では何を「シフト」するのかが、改革の重要なポイントになっているのです。これまでにマーケティング分野で行った「シフト」の例を挙げると、半年間に6車種の新車を発売し、しかも、新車は発売直前まで厳重に社外秘という従来の常識を打ち破って半年前に6車種全ての新車キャンペーンを行いました。また、全国紙の一面全面や街頭ビジョンをジャックしたり、デザイナーとコラボレートしてインテリアに力を入れた車種では、「椅子」に焦点を絞った広告を行ったり、常識を打ち破る手法にチャレンジしてきました。これらの結果が、インテリアの良い車として女性に認められるなど、日産のブランド・アイデンティティの確立に繋がりつつあります。

ウェブサイトでは、車種が同一であれば、世界のどのサイトも同じテイストで統一しました。また、一部の国では、日産の古いマークが店舗やウェブで使われていましたが、これも全て新しいマークで統一しました。

「顧客指向」を社内に浸透させる市場情報室

かつて日産では、市場の情報は、必要とする部門が独自に収集するという体制を取っていました。しかし、データというのは、立場の違いによって、その解釈が異なります。したがって、各部門の立場で解釈された情報しか、経営層には到達しないという状態でした。「客観的に顧客の声を解釈できる部隊が必要」とのゴーン社長始めとする経営層の強い要望によって誕生したのが市場情報室です。どの部門からも信用される顧客情報、市場情報の解釈を提供し、それらに基づいた提案を行うことで、日産に本当の意味での「顧客志向」を定着させようというのが、市場情報室のミッションです。

自動車業界では、通常、180~200カ国で販売するための大まかなラインアップは販売3~8年前に決められますが、市場情報室は、その決定にあたり、各国の社会トレンドや顧客に関する情報をインプットします。各車種担当のプロジェクトチームが編成されると、対象車種のターゲットする市場のトレンド、ターゲットするべきお客さま像、将来求められるニーズ、デザインの好み、生活価値観などの情報を収集し、商品のコンセプト作り、技術開発、デザイン開発などにインプットします。商品のスペックが確定した時点では、市場での競争力を予測し、販売台数予測も提供します。また、マーケティングや販売戦略を策定するために必要な情報提供や戦略提案、発売後には、さまざまなトラッキングを行い、それぞれに改善が必要な部署に対して、情報を提供し、改善提案を行ったりしています。市場情報室では、担当者はCIS(Customer Insight Specialist)と呼ばれ、市場のセグメントをグローバルに担当しており、社内で各セグメントの顧客情報のデータベース機能も果たしています。

また、車種ごとに分解できない、ブランド・イメージ、ディーラー満足度、どうやってディーラーを設計すれば良いか等の様々な分野で、顧客や社会のトレンドを意思決定に向けて提供します。

スペシャリスト化により市場調査の質を向上

では、本当に異なる立場の部門から信頼されるような情報の解釈や分析に基づく提案を行うにはどうすればよいかということですが、もちろん第1は情報の質を上げるということです。かつての日産では、多くの人が「顧客志向=顧客に聞くこと」だと思っていました。したがって、カスタマー調査といえば、「AとBとでは、どちらが好きですか? 買いたいですか?」などという安易な調査が横行し、この調査結果によってAかBかを決めれば、顧客志向であると信じていた人も多く存在しました。現在では、市場情報室が関与する多くのカスタマー調査で、このような安易な質問による判断はご法度となっています。

本当の顧客志向というのは、顧客に成り代われるくらいに顧客を理解し、顧客の立場でものごとを発想することであって、カスタマー調査とは我々自身がそうなるために存在するべきなのです。AかBかを聞くような調査をいくら重ねても、我々が本当の意味で顧客を理解するのは不可能です。

しかし、先ほども述べたように、データの解釈というのは、立場によって異なります。また、数が増えれば矛盾が生じるものです。さらに極端に言えば、調査である結果を出そうと思えば、それなりの結果を出すことも、不可能ではありません。このような状況では、調査と言うのは所詮、上司への説得材料であって、顧客の立場でものごとを発想するために行うなどという発想は望めません。したがって、本当に会社全体を顧客志向にするためには、調査を担当する部署は、カンパニー志向でデータを解釈する立場を保証されていなくてはならず、かつ顧客志向を阻害するような調査をことごとく廃止できる権限を持っていなくてはなりません。

このような観点から、日産のマーケティング改革のひとつである市場情報室の組織化が行われ、重要な意思決定会議に提供される顧客関連データの解釈の提供、それに基づく提案が顧客や社会トレンド情報と齟齬をきたしていないことの保証を行うようになったのです。

質疑応答

Q:

CFTは、時間がたつにつれ、最初と違い保守的になったりしませんか。また、チームが永続的であることでパイロットに擦り寄ったり、逆に妨害しようとする人が現れたりしないのでしょうか。

A:

期限がないというのはCFTに関してのことで、パイロットの任務はそうではありません。パイロットを長く続けているとだんだんチャレンジする対象が見当たらなくなって、社長のところに行く回数が減ります。すると解任され、新しいパイロットが任命されます。新パイロットはモチベーションが高いので、同じテーマを与えられても違う切り口から取り組んで行きます。
パイロットになると、周囲からは嫌われます。星野さんに「刺された」などと言われてしまいます。ただ、日産の面白いところは、私がある部門を「刺し」に行く情報が流れると、そのラインからもっとすごい案を事前にCEOに提案することも起こる点です。会社の経営の観点からは、誰が改革を行なってもいい訳ですから、その点ではパイロットは嫌われたらよしとするのかもしれません。

Q:

調査部門を独立させると、現場の専門知識が不足してうまくいかないことがありますが、機能させるために、どのような人員配置や人材育成をしていますか。

A:

車のセグメント毎にその分野では世界中のマーケットの知識を持つ専門家を育て、その専門家がその場に入るかどうかで情報のリッチさが全く違うようになった等の様々な取り組みを行っています。世界中の顧客情報を蓄積したこれら専門家が商品企画等の他部門に戻って強みを発揮することも考えられます。

※本稿は11月28日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2007年3月1日掲載

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