ブレイン・ストーミング最前線 (2006年11月号)

行政の経営分析―大阪市の事例をもとに

上山 信一
慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科教授

井下 泰具
大阪市市政改革室改革推進部事業評価担当課長

(上山氏)
大阪市は、事業規模約4.4兆円、職員4万人以上という巨大組織です。昨年、職員の厚遇問題などで全国から批判を浴びました。それ以来、關市長の下で「ピンチはチャンス」をかけ声に抜本改革に取り組んでいます。改革の鍵は徹底した情報開示と事業の経営の視点からの見直しです。改革は当初は、不正・倫理問題を中心に外部の委員がチェックを行いました。その後、昨年4月に経営の中身を見直すために市長直結の市政改革本部がおかれ、企業経営者、弁護士、会計士、コンサルタントなど私を含め約10名の外部委員と職員が協力して改革に取り組んできました。その過程で自治体としてはおそらく珍しい大々的な個別事業の経営分析をしました。本日はその一端を紹介します。

主要68事業を行政評価

市役所にはいろいろな事業があります。そのうち予算額が大きいもの、民間でも同様のサービスを提供しているもの、権限や人員が多いもの、局を代表するものなどを中心に68の事業を抜き出して経営分析を行いました。

この分析は民間企業による事業の経営分析手法の応用です。いわゆる行政評価の一種でもありますが、大阪市では「事業分析」と呼んでいます。この手法は評価単位が「ビジネス・ユニット」だという点がユニークです。つまり事務事業のような細かい作業レベルや政策のような抽象的なものではなく、事業ユニット、つまり人と組織と予算がついている具体的かつまとまりのある塊を評価対象としている点で、いわゆる事務事業評価や霞ヶ関の政策評価とは大きく異なります。特に担当組織の経営責任を重視し、人と予算と組織を1つの塊の事業という単位でとらえ、評価対象としたわけです。こういう単位を設定すると実は市場化テストもやりやすくなります。

さて評価の作業では第三者の視点が重要です。分析の流れも外部委員が提示する素朴な質問に担当部門の経営者が答える形で論理構成しました。すなわち、この事業では何をやっているのか、誰が受益者か、従事する職員の数や職種はどうか、組織構造、予算、事業の種別はどうか、といったところから始めます。

その後は他都市との生産性の比較や民間委託の可能性などを掘り下げていきます。

具体的にはコストや生産性を民間や他都市と比較し、課題をあぶりだします。今回は特に過剰な人員・コストの洗い出しや改善余地などすぐに当然やるべきことを洗い出しました。そして課題解決の目標を決め、期限を切った行動計画を策定しました。しかし、課題には、市営住宅の建設の是非など政治的立場によって180度意見が異なるものがあります。これらは市長、議会、市民も入れてあり方自体を議論すべき課題であり、事業分析では選択肢を示すところまでで今後の課題として問題提起しました。今日はそうした事例のうち官民や他都市との比較もしやすい市営バスとごみ処理事業についてご紹介します。

(井下氏)
具体例(1)市営バス事業


バス事業の見直しにおいては、交通政策や福祉の側面も考慮しつつ、民営化も含め将来の経営形態をどうするかが1つのポイントでした。

大阪市のバス事業の特徴は収支構造にはっきり現れており、2003年度決算では、支出総額275億円のうち約6割にあたる175億円を人件費が占める一方、収入面では運賃収入が137億円で、残る半分を特別乗車料繰入金(敬老優待パスに対する一般会計からの繰入れ)や一般会計補助金で補っていました。しかし収支トレンドをみると、1996~2005年の10年で運賃収入が179億円から120億円と、約3分の2に減ってしまいました。

こうした収支状況を、地元関西の民間バスや他の政令指定都市の公営バスと比較したところ、大阪市バスは走行キロ当たりの収入は多く、需要量では恵まれているものの、支出に占める割合は人件費が約6割を占めることなどから走行キロ当たりの支出が大きく、改善の余地が極めて大きいことが明らかになりました。

更に、路線別収支を調べました。大阪の市バスは、地下鉄を補完しながら市内を広域移動する幹線系バス及びフィーダー系バスと、市民の生活空間の移動主体であるコミュニティ系バスとに大別されます。このうち前者は、費用の半分かそれ以上を運賃収入で賄えていますが、赤バスを除くコミュニティ系バスではその割合が4分の1程度、赤バスに至っては運賃収入がほとんどありません。従って、公営バス事業のあり方を民との比較において考えると、将来的には、幹線・フィーダー系バスは効率性を追いつつ独立採算をとることになると考えられます。一方、コミュニティ系バスは、民間で経営しても、運賃収入では採算を確保することは非常に困難であることがわかりました。

こうした非効率の原因を分析したところ、1点目が非効率な委託などに伴う非合理的運営、2点目に給与水準・条件が民間とまったく異なる公務員人事の問題、3点目として敬老優待パスや不採算路線の維持といった、行政コストの問題に要約されました。コミュニティ系バスは、地域住民に必要な輸送サービスであるので、これをどう維持していくかは課題になると考えています。

結局、バス事業は民営化を意識したターゲットコストを定めました。2003年度の運転手の平均給与は811万円で、公営バスでも高水準、民営バスの平均年収とでは200万円近い格差があったので、すぐに見直し年収1000万円超の運転者は200人強いたのを半分に減らしました。また、平成18年度では、特殊勤務手当ての見直しを行い、交通局全体で7億円弱の効果額が見込まれています。

具体例(2)ごみ事業

ごみ事業についても民営化も含め将来の経営形態をどうするかを念頭にした分析を行いました。廃棄物事業は多数の職員が関わり、収集・運搬・処理・処分という一連の流れで動いているので、いろいろな経営形態が考えられる中で、どういうユニットが最も効率的かを検討する必要があったからです。

ごみには、家庭ごみ・事業系ごみなどの一般廃棄物と産業廃棄物があり、業務プロセスとしては予防(ごみの減量、規制指導など)、収集・運搬と、処理・処分があります。大阪市では家庭・環境系ごみは市が全プロセスを担当し、事業系ごみについては収集・運搬のみ民間事業者が担当しています。産廃は予防を市が、収集・運搬と処理・処分は民間が行っています。

大阪市はまた、10の処理工場で安定的処理体制を維持しています。陸送運搬で利用できる市独自の埋立て処分地や広域処分場も持っており、強みといえます。売電収入が多い(全国総計の約10分の1にあたる26億円)のも特徴でしょう。

このうち、市直営による各戸収集という家庭ごみ収集事業の効率性に問題があるのではないかと考え、ごみ処理原価や収集輸送原価をあわせた総合原価につき、全国の10の政令指定都市と比較しました。すると、大阪市は収集輸送原価が2番目に高いのに、処理・処分については効率的運営をしているという両極端の状態にあることがわかりました(2002年度)。つまり、収集を効率化すれば、比較都市群の中でかなり優位を保てることになります。

そこで次に、収集輸送原価を分解し、課題の特定にあたりました。例えば車種について、大阪市は狭小な地域であり、市街化が進む中で各戸収集を行うため、パッカー車(=機械式ごみ収集車両)は小型車が主力です。どういう車を使うかは土地の事情にもよりますが、大阪市もパッカー車の大きさについて、他都市の例を参考にして戦略的に検討できると考えられます。各政令指定都市の委託状況や収集形態、車付人数についても調べました。単純比較はできませんが、大阪市は100%直営、各戸収集、車付人数は3人なので、手厚いサービスを実施しているといえます。しかし1日の平均的な作業実態をみると、収集・搬入の移動時間が全体の32%と大きいほか、36%が更衣・体操・打合せなどの間接業務に充てられており、こうした点も更なる精査が必要という結論に至りました。

大阪市は1980年頃までに、全市にくまなくネットワークされた焼却工場を整えており、優れたごみの収集・運搬、処理・処分体制を確立しています。ごみ事業を独立採算とする民営化は難しいので民間委託化、独立行政法人化という選択肢が残ります。市としては、不適正処理に対応できるよう行政コントロール機能を確保しつつ、収集・運搬、処理・処分のネットワークを今後も維持し、収集・運搬・処理・処分を一連の流れでとらえるべきと考えており、現在、独立行政法人化等の経営形態について検討を進めています。

(上山氏)
改革推進に必要な3つのポイント


改革本部では、これまでに30近い事業の分析を行い、公開のオープンフォーラムの場などで情報公開を徹底してきました。徹底した情報公開なくして改革はあり得ないという信念で、この1年半進めてきました。本日の資料もホームページですべて公開しています。ほかについても分析結果は出たものからどんどん発表・発信しています。

さて、事業分析では現場と改革本部(内部チェック機関)と外部の委員の三者のチームワークが非常に大事です。分析ですからまずは生のデータや数字をもっている現場にやる気をもってもらう。さらに市長直結の行革部門があいだに入ってチェックを行います。その際に外部委員は納税者の視点から問題提起し、かつ甘くならないように監視する。三者のチームワークが重要です。お互いの立場の違いを理解しつつ、議論を重ね、収束地点を探っていく。

最近の市場化テストのように、公表データだけで外野がいきなり評価をすると間違いも多くなる。かといって役所に改革案作りを任せると、表沙汰にしたくないことは出さない、あるいは隠す意思はなくても問題意識がないため甘い改革案で終わってしまう。そこでやはり三者のチームワークが重要です。改革で最も重要な要素は情報公開ですが次がこのチームワーク。そしてもちろん大前提となるのが市長の強いリーダーシップだと思います。

質疑応答

Q:

大阪市ではビジネス・ユニットを分析したとのことですが、評価基準はどのように定めていますか。また市場化テストでは、民間の場合はビジネスとして成り立つか考え、官の場合は行政改革につながるかという視点があってそこでせめぎ合いが生じると思いますが、その点につきご意見お聞かせ下さい。

A:

(井下氏)評価基準については、市民の納税者としての、あるいは外部の経営者としての視点が基本になると思います。事業にどのように予算や人が使われているのか、組織がどう動いているか、費用対効果はどうかといった生産性にかかわる点がポイントです。
(上山氏)評価基準のことはあまり難しく考えないでまず情報を公開するべきです。役所の中だけで議論して結論を出すのではなく、とにかく情報を全部出してしまう。それに対する市民の意見をみて、どうするかは市長が決めればよい。評価だの基準だのよりも払っていただいた税金の使途を説明するのが先です。
補足になりますが、問題の掘り出し方には3段階あります。第1段階ではベンチマークとして民間・他都市と比較する。大阪市の場合、いままでに30近い事業のほぼ全てについて人員過剰、高い人件費、過剰な設備投資やインフラ整備といった点が浮き彫りとなりました。第2段階では、事業運営がビジネスモデルとして経済合理性に適っているか評価します。例えば大阪のごみ処理事業は民間のプロから見ても理想的な配置・業務フローです。事業系のごみでは収集面での官民連携もできあがっており、高度に進化したビジネスモデルを有しているとわかりました。
第3段階は、政治的配慮や都市の成長戦略との折り合いを考える段階。例えばバスを民営化した場合でも、一部路線に対しては市が直接補助金を出すといった選択肢がありえます。これは政治判断です。成長戦略に関しては、例えば大阪市のごみ処理能力に余裕があり、周辺都市が困っているのなら、市の焼却場を有効活用することでビジネスチャンスが生まれるかもしれません。中途半端に民間委託・民営化するより、市の資産としてまるごと保有してうまく使おうという議論です。
これらのうち、第1段階は、数字で出して情報公開すれば結果は明白です。第2段階は、担当部門に理解してもらうまで一通り議論を尽くす。そのうえで市長の裁断を仰ぐ。第3段階はもう少し時間をかけて広く議論するしかありません。

Q:

改革に対する市民の意識に変化はありましたか。また、都市戦略との折り合いではどの位のスパンでお考えですか。最近は総合計画などを策定している自治体もありますが、こうした計画とビジネスの成長戦略は一致するものですか。

A:

(井下氏)最初の質問について、積極的に情報公開するようになって約半年たち、オープンフォーラムには市民や議員に参加いただくなど、状況は明らかに変わりました。ただ、広義の市民ということになると、情報公開へのとりくみを更に進める必要があります。計画のスパンについては、すぐできること、1年くらいかけてやるべきこと、そして、検討に最低1年間、実現には更に時間がかかることが出てきます。事業分析や経営分析は、およそ5年を1つのめどとして継続的に行うのではないでしょうか。
(上山氏)成長戦略は総合計画とは違います。総合計画とは既存の要望を積み上げたもので、経済合理性というより政治的妥協の産物であり、必ずしも戦略とはいえません。また、都市経営と市役所の改革戦略も異なるでしょう。都市には企業やNPOといった主体もあり、自治体だけで考える限界もあります。ただ、大阪の場合、都市戦略は描きやすい。地下鉄や水道などの現業は外に出して株式会社や独立行政法人にする。これらは国内トップレベルでもあり、むしろ外販も目指したビジネス化をする。得た収入を市役所は社会福祉などに活用する。実は市電と電力で稼いだ資金を社会福祉に充てて財政を助けるという構想を關現市長の祖父が大昔に示しています。一方で教育や福祉といった地域行政は区役所中心に力を入れる。当然その先には府と市の統合の必然性も見えてきます。こうした戦略を議論して具体の案にまとめるにはおそらく10年単位の時間がかかります。しかし、都市経営とはこういう視座でみるものであり、地方交付税制度がどうこうという次元の話ではないのです。個々の地域の経営の視点を抜きにして全国の地方自治体の改革だのリストラだのを一律に議論するのは間違っています。自治体経営は地域経営そのものであり、極めて多種多彩なのです。事業分析を進めていくとそうした地域のなかの自治体の姿が如実に浮かび上がってきます。

※本稿は9月7日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2006年11月21日掲載

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