ブレイン・ストーミング最前線 (2006年10月号)

国際協定による外国投資保護

ダニエル・プライス
シドリーオースティン法律事務所パートナー

アンドリュー・ショイヤー
シドリーオースティン法律事務所パートナー

(プライス)
グローバル企業は、ビジネス上の規制の問題を解決する上で、国内法だけでなく、WTOやFTA、BIT(二国間投資協定)といった国際ルールに益々目を向けるようになっており、日本企業も同様です。通商ルールは関税だけに関すると考えられがちですが、実際にはモノの輸出入のほか金融や専門サービス、海外直接投資やポートフォリオ投資の条件や取り扱い、知的財産、技術や健康、安全の基準にも関わります。税制、環境規制、政府調達から現地裁判所の判決まで、国際ルールは国家・準国家の当局の全ての行為に影響を与えます。そこで本日は、BITを中心とした投資に関するルールについてご説明し、次いでWTOシステムとの比較などについてお話します。

日本は11カ国とBITを締結していますが、これは比較的少ないと言えます。BITの特徴は、WTOルールと異なり、ホスト国政府に対抗するための直接行動、つまり中立で独立した法廷を通じて権利の執行を求める権利を投資家に与えるものであり、それによって投資家は、国家・準国家レベルの政府の行為から保護されるという点です。企業は、相手国との間で紛争に陥っても、BITの恩恵を受ける立場にあれば、現地の裁判所に訴えるまでもないというわけです。

BITは当初、資本輸出国と資本輸入国との協定として構想されましたが、今では資本輸入国とされる国同士の間でも締結されています。これは、BITがもはや南北という従来のパラダイムに馴染まないということであり、各国がBITにメリットを見出していることを示すものです。

投資協定における「投資」の定義は大変幅広く、有形・無形の資産、すべての形態による会社持分と契約上の権利などが含まれます。皆さんは中国へのご関心が高いと思いますが、中国が締結したBITのうち、対オランダと対ドイツの協定が最も強力といえます。中国の従来のBITでは、投資家は損害賠償の額に関しては仲裁を求められるが、義務違反に関しては求められませんでした。しかし、中独BITは投資家対国家の仲裁を広範にカバーしているので、対中投資を計画する日本企業は、その保護が及ぶドイツの現地法人を通じて投資することを検討すべきです。

BITの主な保護

BITやFTAの投資関連条項が与える基本的な保護は5つあります。第1が「無差別待遇」で、これはホスト国が外国からの投資および投資家に対し、自国民より不利ではない待遇および最恵国待遇を与えることを約するものです。ただし、無差別待遇の例外項目を求めるホスト国は附属書にその旨明記する必要がありますが、投資家には説明してくれないので、投資家は協定を熟読することが重要です。

2つめは「公正かつ衡平な待遇」の保証です。内国民待遇は相対的な基準ですが、公正・衡平待遇は、国家が自国民をどう待遇しているかとは関係なく、外国投資家をある基本的な基準に従って待遇しなければならないということです。具体的には、外国人投資家のための適正な手続を定める必要があるほか、投資を妨げる恣意的な行為はできません。

次に「充分な保護及び保証」と「国際法に則った待遇」があり、これは法制度が十分に発達していない国に投資する際に重要となる待遇の基準を定めるものです。5つめは、ホスト国政府が「不合理・差別的な措置によって投資の管理・利用を妨げてはならない」ことで、公正・衡平待遇と国際法の遵守とも関連します。ただ、何が不合理で差別的かについて、仲裁事例や解説がある程度参考にはなりますが、最終的に決めるのは個別の事件を判断する仲裁廷になります。実態を全て予測することは不可能ですから、投資協定の条文は必然的に広範なものになります。

多くの協定には、外国投資家との契約上の義務を守ることをホスト国に要求するアンブレラ(包括的)条項が含まれます。ホスト国政府は、商業上の主体としての通常の手段や権利を行使すると同時に、規制国家および立法機関としての主体でもありますが、包括的条項は、主権国家が契約に違反したり、拒否したりしないようにするものです。この条項がなくても、パクタ・スント・セルヴァンダ(合意は拘束する)という一般国際法の概念を取り込んだ公正かつ衡平な待遇義務規定によって、投資家の正当な期待は保護されると解釈できます。多くの研究者および現在のところ1つの仲裁廷が、公正かつ衡平な待遇義務は、契約の遵守を含むと言っています。

BITの最も重要な特徴の1つは「収用からの保護」です。収用条項とは、国有化や収用の権利を国家に認めるものですが、国が収用を行う場合は、公共の目的のもと非差別的に行わなければならず、投資家に対して国は、収用時の投資の市場価値に等しい補償を支払わなくてはいけません。収用条項は、明らかな財産の接収のみならず、利権契約の拒否や任意解約、一定の規制行為にも適用されます。つまり、実質的には財産権を重大に侵害・破壊する場合です。また、一度に少しずつ進展するが累積すると収用と同じ効果を持つ、いわゆる「忍び寄る収用」もこの条項の適用を受けます。

その他、大変重要なものとして送金の自由があります。資金を配当や利益という形で本国に送金したり、(支払いのための)外貨を外貨管理当局に妨げられることなく標準的な為替レートで換金できるよう保証するものです。また、投資に不可欠な資金の流出入が政府によって妨げられないよう保証されています。

最後に、WTOの貿易関連投資措置(TRIM)に関する協定には、パフォーマンス要求の禁止が盛り込まれています。パフォーマンス要求とは、物品の生産などでローカル・コンテンツを要求したり、必要な外貨を輸出収入などで賄うよう規制することで、これは禁じられています。投資家は協定内容を読むことが重要と述べましたが、ホスト国がパフォーマンス要求を課すことは国際協定上許されていないのに、投資家がそうした要件に書面で合意してしまう例が屡々あるようです。

投資に関する紛争事例

仲裁申立件数は近年増えつつあり、大半は世界銀行の投資紛争解決国際センター(ICSID)か国連国際商取引法委員会(UNCITRAL)のルールに基づいて申し立てられています。ICSIDには仲裁を処理する事務局がありますが、UNCITRALの場合は当事者が事務局を準備するか、仲裁人選定機関を指定する必要があります。

投資に関する紛争としては、まず民営化をめぐる問題があり、有名なケースとしてノムラ対チェコ共和国の例があります。チェコ国営銀行の民営化に際し、ノムラはオランダ籍の投資会社を通じて資本参加したのですが、チェコ側が優遇した銀行の中にノムラが投資した金融機関は含まれませんでした。そこでノムラは、チェコ政府の措置がオランダ・チェコのBITに違反するとして申立を行ったのです。

契約事項の拒否や不正解約、法律による差別や事実上の差別に関する紛争もあります。例えば、自国民以外を対象とした税制措置をとることによって外国投資家の費用負担が増え、結果として現地産業を大きく利する効果をもたらすといったことなどです。また、投資価値を恣意的に毀損する可能性のある規制措置も、紛争のもとになります。こうした紛争はたいてい仲裁廷の管轄権判断の後に和解されますが、申立前に解決することもあります。

紛争処理手続について、ICSIDシステムの場合は、司法審査の入る余地のない完結した世界になります。ICSID条約では、仲裁裁定は最高裁判所の判決と同等であり、それを覆せるのは同条約に基づく取消手続のみです。一方、UNCITRALの場合は必然的にニューヨーク条約に基づくことになり、裁定は2つのロケーション(裁定がなされる地と、執行が求められる地)における司法審査を受けることになります。

(ショイヤー)
次に、ビジネスの問題解決に際し、WTOなどのより身近な通商協定に、どのような手段があるのかご説明します。

企業は、問題解決にあたり、投資協定を利用することもできますが、通商協定がもたらす協定上の保護も、たいへん強力なものです。通商協定上の保護を正式に受けるには政府の関与が必要ですが、企業や事業団体は、そうした保護を利用することで規制当局に対する影響力を高め、解決を後押しすることができるのです。

ナイキの例を紹介しましょう。猛烈な勢いで安い履物を輸出するアジア諸国に対抗するため、アルゼンチンは輸入制限措置を課すという対応をとりました。その際ナイキ社は、プライス氏らに、アルゼンチンの行為はWTOの義務に違反するという論拠を構築するよう依頼し、主な生産国であるインドネシアと、本社がある米国、別の観点からの利害を有するEUに訴訟摘要書を持ち込みました。EUは、セーフガードの濫用に憂慮しており、判例として使える強力なテストケースに仕立てようとして本件を申立て、最終的に勝ちました。ナイキは次に、WTO摘要書をアルゼンチンの弁護士事務所に持ち込み、アルゼンチン政府にあらゆる角度から圧力をかけるべく、政府を相手取った訴訟を起こすよう依頼したのです。こうしたやり方は、投資協定に基づく保護とはかなり異なるものですが、手段としては強力なものと言えます。

(小寺彰※)[コメント]
先ほどのノムラのケースは、仲裁廷が、公正かつ衡平な待遇についてチェコ側の違反を認めたものの、収用に関しては違反を認めなかったという点で、投資紛争の典型的な仲裁例です。あまり広く知られていませんが、仲裁条項があるという理由によって解決した日本企業の紛争事例は多く、その数は、実際に持ち込まれた申立の数を大きく上回っています。

一方、よくある質問の1つに、執行メカニズムに関するものがあります。多くの企業が国際商工会議所(ICC)やストックホルム仲裁パネルなど、ICSID以外の法廷を利用していますが、紛争が仲裁可能であると判断されたとして、どうすれば企業は、執行に関わる国の主権免除の主張に打ち勝つことができるのでしょうか。

もう1点、交渉に関わる政府の立場からすると、2つの選択肢があります。最初の一般的なアプローチは、特に最恵国待遇の範囲など、交渉中のBITの条項を注意深く作成することによって、将来の混乱は回避可能だということ、2番目のアプローチは交渉をストップすることです。多国籍企業は、有利な内容のBITを締結している国にペーパーカンパニーの形で設立した関係会社を経由して投資を行うことで、約2400ある既存のBITを利用できるからです。プライスさんは、この第2の選択肢が二国間投資の仲裁の執行に影響する可能性があるとお考えでしょうか。
※…経済産業研究所ファカルティフェロー

(プライス)
日本企業が利用できるBITが多数あるのに、日本政府がBITの交渉を行う必要がどこにあるかというと、理由は2つあります。1つめは、一部のBITにアンチ・シェル条項があるということ、2つめは政府の観点に立つものです。米国がNAFTAの交渉を行った理由の1つは、投資を自国にひきつけ、投資家の利益を保護する上で、条約ネットワークはメリットだとみなしたためです。つまり、グローバル企業を保護することや、法による支配の発展に寄与することから得られる利益は、「被告(被申立人)」とされるという付加的なリスクを補って余りあるものと言えます。

主権免除の問題は、主にICSIDシステムの枠組みの外で発生する、きわめて重要な問題です。投資家が、ロンドンの国際仲裁裁判所やストックホルム仲裁パネル、ICC、日本商事仲裁協会などICSID以外のメカニズムを選んだ場合、国が裁定を受け入れなかったらどうなるのでしょうか。協定に基づく仲裁に同意することが、裁定を受け入れるという協定義務と共に、執行免除の権利放棄を構成するかという問いに明確に答えられる確立された法を私は知りません。しかし、裁定を受け入れなければ国の信用格付にも影響を与えるので、裁定はよく遵守されています。

質疑応答

Q:

米・豪FTAには投資家対国家間の紛争処理手続について取りきめがありませんが。

A:

(プライス)大変残念なことです。豪州と米国は、両国には発達した裁判制度があるので、投資家はそこで解決すればよいと考えているのでしょうが、これは不幸な前例です。受入国の裁判制度の外で紛争処理を行う大きなメリットとして、案件が高度に政治的である場合でも中立性を確保できるということがあるからです。
(ショイヤー)FTAは先進国と途上国の間の協定であるという考えは根強いので、米国も豪州も、政治的観点からみてこうした保護を盛り込むことは価値がないと思ったようです。しかし、世界中でBITの数は大きく増えており、その多くは経済水準で大差のない国同士のものです。
(小寺)私はむしろ合点がいく話だと思います。投資仲裁のしくみは、先進国から信頼にたり得る法廷を持たない途上国がその代わりに発案したものであり、米加FTAにも仲裁制度は入っていません。先進国同士のBITに仲裁制度は不要だからです。紛争処理をする上で、先進国の法制度が仲裁よりも適しているかどうか分析してみる必要があります。
(プライス)同感ですが、もし豪州と米国が、自国の法廷制度が投資家にとって魅力的だと思うのなら、なぜ、法廷を利用するか国際的仲裁を使うかという2つの選択肢を投資家に与えないのでしょうか。本当の動機は、被告呼ばわりされたくなかったのではないでしょうか。両国がもしそうした防衛的な衝動に屈したためだとしたら、残念です。

Q:

中国に進出した日本企業の多くは、中国の地方政府の無能に不満を抱いています。BIT原則を追求するには、何が最も効果的で、中国の地方政府とはどうつきあうべきでしょうか。

A:

(小寺)中国に関しては、投資仲裁がとても便利です。地方政府の問題でも、投資家は中央政府を相手として仲裁を申し立てることができます。プライス氏がおっしゃったように、中国の最近のBITは投資家と中国政府間に広範な仲裁条項を設けており、日中BITには最恵国条項があるので、ICSID条項が適用できるし、日本の投資家は、最恵国条項を通じてドイツと中国の間の仲裁条項を活用することもできます。
(プライス)地方政府の役人の行為は、国際法上、中央政府に帰すことができますが、そうしたことが相次ぐようなら、中国政府は管理メカニズムを構築することが必要となるでしょう。小寺先生のお答えは、マッフェツィーニ事件などで議論された最恵国待遇の適用範囲と関係します。最恵国待遇の義務は待遇だけに適用されるのか、手続事項や紛争処理条項にも適用されるのかについて、私は双方に適用される場合もあると思います。ただ、明白な前例がないので、ケース・バイ・ケースでやっていくことになるでしょう。

※本稿は7月6日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2006年10月24日掲載

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