私どもユーラシアグループでは、世界における様々なリスクを分析調査していますが、今回、2006年から2016年までの10年間に中国がいかなるリスクを抱えているかを分析するという、大変やりがいのある任務を任されました。
我々はまず、過去25年間、中国を特徴づけてきたトレンドを分析し、それが次の10年間にどう展開するかを予想、そこから想定される具体的リスクを洗い出しました。さらに、それらリスクを軽減するだけでなく、万一顕在化した場合の影響を最小限にくい止める方策を、中国、国際社会そしてビジネス界に向けた提言にまとめました。
中国の長期的なトレンド
中国の社会を形作ってきた、そしてこれからも形作っていくトレンドにはどういったものがあるでしょうか。チャイナ・リスクの重要な点は、その多くが、中国が様々に遂げているこの急激な変化が、複雑で未完であるという事実に起因するということです。民間の役割が大幅に拡充される一方、国の政策は官の部門に偏っていたり、社会の自由化や開放化が進み、ますます市場経済志向が強まっているのに政治体制は依然閉鎖的で、基本的には権威主義体制のままといった、大きな矛盾を抱えています。
中国はまた、成長を優先するあまり福祉や公平性、環境持続性を後回しにしてきました。環境汚染が深刻化し、社会のセイフティネットが崩れつつあるのはその代償です。ジニ係数を見ても、社会の不平等化が急速に進展しているのがわかります。これまでの経済成長は投資依存度が高く、極端に高い貯蓄率や輸出に支えられており、内需主導型ではないなど、内容はアンバランスです。こうした点も、中国の開発戦略の持続可能性が疑問視される一因です。
1970年代後半から80年代初め、中国では開放政策にともなって国家の根幹にかかる変革がおきました。それは、閉鎖経済から脱却し、FDIを熱心に受け入れて輸出主導型の成長を実現するためでしたが、今回これに匹敵する改革が対外経済面で始まっていると我々はみています。その改革とは、原材料、特にエネルギーへのアクセスを得るための対外投資、次に第三世界のサービス・製造部門への投資、そして先進国に対しては直接投資やM&Aを推進するというものです。この新しい政策により、中国は大きなチャレンジとリスクを引き受けることになるでしょう。
さらに、2015年頃から人口の変動が始まります。これは、急速な高齢化と、新規労働力が頭打ちとなってその後縮小するという2つの事象から成るもので、公衆衛生上の大災害でもない限り確実に起こります。高齢化問題は社会のセイフティネットの根本に関わるものなので、今から対策を整えておくことが肝要です。
加えて、中国政府言うところの「総合国力」の急速な向上もあります。中国は国際レベルでそのリソースが拡大しつつあり、軍事・経済・外交・文化の各分野で大国となりつつあり、次の10年も、国際問題のあらゆる局面で中国の役割が拡大する可能性はありますが、それに伴うチャレンジや責任を引き受ける準備は万全とはいえません。
チャイナ・リスクの種類
こうした点を念頭に、我々は20を超えるリスクをリストアップし、それらを5つに分類してアセスを行いました。その際、そのリスクが発生する確率だけでなく、それが実際に起こった時のインパクトについても推計しました。その結果、マスコミがよく取り上げるようなリスクの幾つかは実際に起こる確率はさほど高くなく、逆にあまり取り上げられないリスクの中に深刻と思われるものがあることが判りました。これら5種類のリスクとは、次の通りです。
(1)環境・公衆衛生上のリスク
最も憂慮すべきと判断されたのは、意外にも環境危機と感染症の流行でした。これは、発生の確率が高いということもありますが、一度発生すると国外にもきわめて深刻な結果をもたらすからです。全世界を巻き込むような疾患が突発的に発生することはもちろん困りますが、慢性的なものも存在します。HIV/AIDSに代表される感染性疾患がそれで、急性ではないが長期にわたって経済・社会的ダメージを与えます。大気汚染や温室効果ガスといった環境問題も同様です。
(2)経済的リスク
次に、経済的リスクのうち、大規模な金融危機のリスクは非常に低いという結果でした。なぜなら、政府が銀行の資本構成や経営手法を改善した結果、起きる可能性が徐々に小さくなったのと、主要銀行が万一破綻しても現在の中国政府には事態に対処しうるリソースがあるからです。
むしろ問題は普段の景気サイクルのほうで、経済のパフォーマンスが乱高下する可能性です。中国経済は、自国の経済成長によるインフレの結果、輸入インフレに対し脆弱であると同時に、世界的に貿易黒字を計上していることが理由でインフレ圧力にも脆弱です。中国はすでに世界経済に高度に統合されているので、景気後退やハードランディングの影響を受けやすく、国際経済が大幅に減速するようなことがあれば、脅威となるでしょう。ただしここでは、インフレという悪材料が相殺効果を持ち得ますし、中国政府が用いる財政・金融ツールも充実してきています。従って、今後10年間に中国の成長率が上下にぶれる確率は高いが、実際にどこまで変動するかは状況次第でしょう。
(3)政治的リスク
政治的リスクとしては、汚職の蔓延をはじめ、国民に不人気の政策が実施困難であること、官僚の間で利害や方向性が食い違うケースが増えているといった問題があります。政治体制の崩壊といった危機が生じる確率は比較的低いものの、想定されるシナリオは、深刻な人道、経済、社会問題に直面したり、指導者層が分裂して中から異議が一気に噴き出すというものです。中国の政治体制はかなり制度化されてきましたが、次の世代交代を2012年までにうまく乗り切れるかも、心配の種でしょう。
(4)国際関係上のリスク
国内における反対分子と同様、近隣国や貿易相手国との慢性的な緊張関係は、今後も続くでしょう。ただ、開発の段階や政治・経済システムの異なる国同士でそうした緊張がないほうがおかしいですし、危機に至ることはないでしょう。大国は経済的に相互依存関係にあるため、ますます行動を自制せざるをえないからです。私の考えでは、今や世界は「多極(multi-polar)」でなく、「多結節(multinodal)」であり、様々な大国がハブとなっているため、切り離そうとすると非常にコストがかかります。このコストこそが緊張の暴発を抑止する力となっているのです。それでも重大な危機が発生し、中国を巡って国際社会が二分化するような可能性はありますが、確率としては低いものです。
むしろ発生率が高いのは、複数の次元で中国の国力が拡大することにより、域内・国際社会の力のバランスが、中国を利する方向に徐々に変質するということです。このシナリオがもたらす影響の大きさは、近隣諸国の活力と安定によって変化しうるので、アジア太平洋の安定と秩序を堅持し、一国が台頭してもスムーズに取り込まれるようコントロールすることが肝要です。
(5)ビジネス上のリスク
ビジネスに関するリスクでは、まず、エネルギー消費効率が向上したとしても、中国の原材料消費量が増えることです。今言えるのは、中国の経済活動が市況商品やエネルギーの価格を押し上げる要因となるということです。
次の大きなリスクは、価値破壊のプロセスに中国が加わってくることで、外資系企業の収益は、今後さらに厳しいプレッシャーに直面するでしょう。背景には、過剰な設備投資による生産能力のだぶつき、人件費や地価、公共料金の上昇に加え、中国企業が合法・非合法的に競合する外資の知的財産を入手していることがあります。それは、中国の政府や企業が、海外の競争相手から意図的な戦略をもってバリューチェーンを奪い、研究開発・デザイン・ブランディング・流通などの分野で外資の収益率が低下しているという大きな問題の一部なのです。
反グローバル運動など経済ナショナリズムの台頭によってビジネス環境が悪化することも予想されます。中国は、ナショナル・チャンピオンを育成するべく、銀行業のような戦略的分野では独禁法等を使って外資の参入を制限しています。
また、昨春、中国で反日運動が盛り上がり、日本企業ということだけで被害を被ったケースがありましたが、こうした「風評リスク」もあります。
まとめると、我々の分析で国内的に最も深刻なリスクとは、政治的混乱でも金融システム崩壊でもなく、環境と感染症の問題です。一方、国際的に最も深刻なリスクは、中国の軍事的脅威ではなく、中国企業が競争力をつけてくることや、中国経済の成長が国際商品価格に与える影響、中国が国際的影響力を拡大する過程で、中国に有利に力学が変化しうるということです。
分析に基づく提言
これらのリスクは、大まかに言えば今後10年で深刻度が増すでしょう。潜在的な脅威や脆弱性が拡大するとみられるからです。改革のヤマ場はこれからです。政府は対策を発表していますが、問題が厄介になったり、イデオロギー上の制約があったり、コストもかかるなど、対策の実施が難しくなることはありえます。
中国という国はユニークな存在です。例えば、中国経済はその成長のペースゆえに他国にはないリスクを生み出しています。また中国は、極端なレーニン主義の経済・政治体制から市場型統合経済という、中国ほどの規模や開発レベルにある国では過去にあまり例がない経験をしているわけで、それがリスクを高めています。さらに、諸外国の対中経済依存度は高まっており、中国ほど我々がその影響を受ける国はありません。
(1)中国に対する提言
中国政府は我々が分析した問題を既に把握しています。しかし、解決策の策定・実施は問題の特定ほどたやすくありません。政策を実行するには草の根NGOがもっと育つことが必要です。改革を進める上で、イデオロギー上の障壁がまだ残っているのも現実でしょう。金融システムの改革といった課題にも取り組まなくてはなりません。
(2)各国政府・国際機関への提言
各国政府や国際機関への提言は二点です。まず、中国に必要なのは財政支援ではなく経験の共有と助言だということ、次に、外国政府はリスクヘッジを試みるでしょうが、中国の台頭に伴うリスクに対する防護策が、中国からは自国を脅かす攻撃的な動きとみなされるということです。その引き金を引いてしまわないためには、戦略上のヘッジは透明性を確保した形で行うことと、責任ある大国としての中国の登場を歓迎するというメッセージを送り続けることが大事です。
(3)ビジネス界への提言
ビジネス面では、自国のトップ企業を育成し、バリューチェーンの向上を目指す中国のやり方は海外の企業や社会に競争のプレッシャーを与えます。常に中国に先んじ、その状態を維持し、比較優位を再定義していくことが企業にも政府にもカギとなります。また企業は、リスク管理のために中国での事業により神経を注がなくてはならないでしょう。
とはいえリスクは人生に付き物であり、それを引き受けることで得られる報酬に比べれば、大したものではありません。中国で事業を展開し、関係を強化することの見返りは測りしれません。我々は、リスクを客観的に見つめて予防措置を講じるとともに、中国の成長が国際経済や企業にもたらす巨大なチャンスを活かすべきなのです。
質疑応答
- Q:
中国の指導者層で危機が生じ、抜本的な方向転換に発展する可能性について、何がそうした危機を誘発するでしょうか。
- A:
何かの対処法を巡って指導者層に大きな亀裂が生じる可能性が考えられますが、具体例を論じるより、それが蓄積した場合が懸念されます。問題が生じた時に迅速かつ効果的に対処できなくなる恐れがあるからです。また、指導層の分裂が明らかになった場合、それに乗じて大衆の間に社会不安が起こる可能性も高まります。中国指導者層の質はかなり向上し、政策ツールの選択肢やそれを使いこなす経験も増えましたが、課題を巡って意見が割れているのは事実なので、危機レベルが高いという判断になりました。
- Q:
2008年には台湾と米国で大統領選挙が、北京ではオリンピックが予定されますが、複数のリスクが同時発生して1つの大きなリスクになるといった可能性はありますか。
- A:
2008年は比較的穏やかな年になるのではないのでしょうか。オリンピックは中国にとって内外に国力を示す絶好の機会なので、それなりに責任ある行動を取るでしょう。また、米大統領選では中国がさほど大きな争点となるとは、個人的には思いません。台湾の大統領選挙の予測は困難ですが、対中穏健派の候補者が勝つのではないでしょうか。
- Q:
台湾に関してどういったリスクが考えられるでしょう。
- A:
分析には入っていませんが、台湾関係では、中国が引き金となる危機と、その他の国が引き金となる危機があり、例えば中国が武力統一を強行した場合と、台湾が独立宣言した場合などです。これらは起きてしまえば米中という核保有国の対立に発展する可能性もあり、影響は最大級ですが、発生率は最低レベルです。中国が危機を引き起こす可能性について、台湾を挑発して中国が得るものは失うものの割に少ないので、低いでしょう。
※本稿は6月22日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)