ブレイン・ストーミング最前線 (2006年4月号)

米軍再編と日米同盟

森本 敏
拓殖大学海外事情研究所所長・同大学院教授

米国の世界戦略と脅威認識

米国は第二次世界大戦後、ジョージ・ケナンのX論文に基づく「封じ込め戦略」を採用しました。これは、欧州と東アジアと洋上に兵力を海外展開する前方展開戦略と、同盟国の協力を得て旧ソ連を封じ込めるというもので、冷戦期の米国の国防は、通常戦力についてはこの前方展開戦略と同盟戦略という2つの軸が基礎となっていました。

一方、核戦力については、米本土がソ連から直接攻撃を受ける可能性があったので、一種の核抑止論理をとっていました。その代表例がMAD(相殺戦略)で、核を用いて米本土を攻撃した場合、第2撃の報復戦力によって、第1撃による軍事的効果・利益よりはるかに甚大な被害を与えることを事前に相手に思い知らせ抑止するという考えで、これにより国家の安全を維持していたわけです。

軍隊は通常、自国の領土を直接守るよう配備されるものですが、米国の場合、前方に展開した部隊がなるべく米国から遠い所で封じ込めてその脅威が本土に及ばないようにするわけですから、米軍が国内で本土を防衛するように配備されていないという意味で、この戦略は米以外の国から見ると非常に異様なものでした。まさにグローバルパワーたる米国の大きな特色だったといえるでしょう。

冷戦が終わると、米国は冷戦後の脅威が何であるかについて直ちにレビューを行い、1991~92年にかけて欧州とアフリカで発生した地域紛争に対応する戦略を確立しました。これは冷戦後の米軍兵力の削減をくいとめるもので、2つの大規模な地域紛争に同時に対応できる能力を維持する新しい通常戦力の構成を生み出し、湾岸戦争からその後の地域紛争に対応してきました。現在の米軍再編議論の基礎となっているのはQDR(Quadrennial Defense Review)ですが、米国は毎年のごとく戦略をレビューし続けており、その時点での国際環境に柔軟に対応できるものとしています。

QDRは、1993年に行われたボトムアップ・レビューによる国防戦略の見直しの開始から4年後の97年にQDR-I、更に4年後の2001年にQDR-IIが出て、3月出るものがQDR-IIIです。この2006年版QDRについては、昨日国防省が概要説明したばかりですが、QDR-IIが出た2001年9月30日は、9.11テロのインプリケーションが十分に分析できていない状態でしたので、QDR-IIIが本格的な戦略見直しとなります。米国は、9.11によって国防戦略を根本的に見直す必要に迫られ、現在トランスフォーメーション・プロセスにあるわけで、単に軍事体制だけではなく国防政策、戦略、戦術、あるいは兵器体系を、マネージメントを含めトータルで新しい環境にあわせて見直した結果が出るということです。

QDR-IIIの最大のテーマは、米国が考えている4種類の脅威、すなわち、イスラムの過激派勢力によるテロの脅威、大量破壊兵器の拡散、米本土に対する直接攻撃、及び発展国家のディスラプティヴな脅威です。4つめの脅威は地域大国としてエマージする国、米国の念頭にあるのは中国、イラン、北朝鮮、或いはインドも含まれるかもしれませんが、そういう国が覇権主義的な方向に進んだ場合、米国の軍事的優位が失われることへの懸念です。

この1年間に米国で行われた議論には、大きく2つのダイナミズムがありました。1つは、新たな非対称脅威に対応するため新しい国防力を重点的に整備すべきだという考え方です。もう1つは、これまで通り、欧州やアフリカでの地域紛争といった伝統的な通常戦力による脅威に対応しうる能力を確保・向上させておけば、非対称脅威にも対応可能という考え方です。前者は専門家、文官、外交官などシビリアンが主張しているのに対し、後者は統合参謀本部など軍人の考え方で、双方がどう収束するか個人的には関心を持っています。自国に対する非対称脅威と地域における伝統的脅威という2つの脅威があるという認識は、日本も同様です。限られた予算の中でどちらに重点を置くかという課題に直面しているのはNATO諸国も同じで、次のQDRは、それに1つの解答を出すのではないでしょうか。

米軍再編のポイント

2001年のテロ事件によって変更された米国の戦略観とはどういうものでしょうか。まず欧州についてはEU25カ国、NATO26カ国で統合が進み、東方拡大が進んでいますが、米国は欧州の安全保障にもはや重大な関心を持っていません。NATO国としての責任はありますが、NATOの脅威は今やロシアではなく南翼、すなわちルーマニアやトルコ経由で入ってくるイスラムの脅威であり、それに対応するには、兵力を東部・南部に方向転換する必要があります。具体的には英国にある米海軍の司令部をイタリアまで、空軍はトルコ方面に出し、駐独兵力を二個師団減らすといった形で南欧のタスクフォースを強化します。ドイツ大平原から来る旧ソ連型脅威の蓋然性は低く、南からの脅威に対応すべく、重点を東南部に下げる。これが欧州における軍再編のポイントです。

一方、中央アジアも米国にとって主敵ではありませんが、ここには軍事的拠点を幾つか置いています。それにより、その南側にある「不安定の弧」(バルカン、北アフリカ、中東・湾岸、南アジア、南東アジア、北東アジア、この6つの地域を含む広大な弧を描く地域)に柔軟に対応することが可能になるからです。ロシアや中国への牽制にもなり、また、更に南に展開する場合のトランジションとしても便利という考え方です。

アジアについては、欧州におけるイギリスと同様に日本を戦略拠点にし、もう1つアメリカのグァムという「不安定の弧」の外にある基地を使って、日本とグァムの組み合わせで新しい戦略拠点をつくろうとするのが、米国の基本的なトランスフォーメーションの趣旨です。

「不安定の弧」という地域に属する国々に共通する特徴は、1つはイスラム圏であること、第2は多くが民主化されていないこと、第3は大量破壊兵器の拡散が見られるという点です。米国にとっては、3つの大きなリスクが集約されているこの地域が民主化すれば、紛争のレベルが低くなって平和になり、同時に自由・市場経済・人権という米国の価値観が広まります。そうなれば米国は影響力を行使でき、最終的には米国の国益につながるわけですが、最も厄介な国が現在アフガニスタンとイラクです。従って米国は、両国の体制を壊して民主主義を根付かせる、できれば中国も民主化させたいと本気で考えています。

在日米軍再編と日米同盟

日本の場合はどうなるでしょうか。まず、米国の西海岸にいる陸軍の司令部をキャンプ座間へと前に出してきます。今どきのようにコンピューターが進んでいれば、前に出す必要はないという議論もありますが、2つの理由があります。1つは時差です。つまり、不安定の弧で紛争が起きた場合、その外にある日本という安定した地域に司令部機能を出すことによって、なるべく時差のない地域で全体のオペレーションをコントロールできるということです。第2は、ここで陸海空の統合作戦をPACOM(太平洋軍)の指揮下で行い、ここからアジア太平洋全域のオペレーションを行うために同盟国日本の活力を利用するということです。それで、日本の陸上自衛隊も、朝霞に持っていくはずだった中央即応集団司令部を座間に持ってきて、そこで日米間の指揮連絡調整を緊密に行い、日米でキャンプ座間をフル活用するという構想です。

これに対して神奈川県知事は受け入れ難いとし、座間市など地元も猛反対したため、2つの交換条件が提示されました。1つは相模補給厰の一部返還で、3分の1から4分の1ぐらい、横浜線に隣接する地域が返されるでしょう。その際、陸上自衛隊が一個連隊の災害対処部隊をここに移して活用することになっており、米軍専用施設だった相模補給厰を陸自の施設と、民間に返還する施設、米軍専用施設の3つに分割して使うことになるでしょう。もう1つは、厚木にある米海軍の空母艦載機の機能を岩国に移転することです。岩国では現在、滑走路を約1キロ沖合に出す工事を進めており、2009年に完了すれば艦載機の部隊が移転します。どの部隊を持っていくかは交渉中ですが、空軍司令部は横田にとどまりますが、同時に空自の司令部が横田に移ってきて、日米でつなぐというわけです。

次に沖縄ですが、まず普天間の飛行場返還について、返還するためには移転先となる新しい施設を建設しなければなりません。返還の期限は、1996年の橋本・クリントン会談では5~7年だったので、その期限である2003年から既に2年経ちましたが、現在のSACO合意が実現するまでには、環境アセスに3年、建設工事に9年、計12年以上かかるとみられます。新しい施設については、辺野古岬の沖合を岬の一部を使って埋め立て、滑走路を造る計画で進んでいます。これには地元名護の方々が反対し、市長選挙結果次第ではあります。沖縄海兵隊も移転します。海兵隊は1万7000名規模ですが、このうち司令部と後方部隊、約7000名弱をグァムに出します。

これらをまとめるとどのような全体図になるでしょうか。米陸軍の司令部は統合機能を持って米国西海岸から座間に出てきます。そこで、日本の陸自と指揮系統をつなぎます。海軍は、新しい空母が2008年に日本に来て、その艦載機の基地を厚木から岩国に移します。空軍は横田に残りますが、日本の空自が司令部を横田に移し、日米でつなぐ。海兵隊は思い切って、戦闘部隊をある程度日本に維持しながら、司令部と後方兵站機能の多くをグァムに出します。

しかしこうした移転を米国のミリタリー・コンストラクション・プログラムに任せると、今後さらに6~7年はかかってしまうので、迅速に進めるためには移転にかかる経費を日本もある程度見ないといけないということで、経費の内容は先週から行われている現在の交渉次第ですが、米国がどの部隊を移すのか、また移転に伴う経費とは何かということが問題になります。というのも、住宅だけ移せばよいわけではなく、レクリエーションセンターやプール、銀行、クリニック、体育館、燃料庫、学校、売店といった施設も移転しないと軍として機能を果たせません。また、この経費を日本が負担する場合、日米地位協定ではカバーできません。地位協定がみなす在日米軍とは日本の施政下にある領域における米軍と軍属で、日本から一歩出ると在日米軍ではないと解釈します。そこでグァムへの移転経費の面倒をみるためには、もっと包括的な法律をつくるか、経費を分担するかですが、3月に予定される米軍再編の最終報告後、今次国会の後半の大きな政治テーマの1つになるでしょう。要するに法律上の枠組みと、それに伴う予算をどうするかという問題がついて回るということです。

米軍再編について、在日米軍及び米軍基地の変更ばかり話題になっていますが、これは全然本質ではなく、米国にとっては、このプロセスを通じて日米同盟を強化し、同盟国としての日本の役割をどのようにきちっと機能させ、活用するかが最大のテーマです。抽象的で目に見えにくいので議論が進みませんが、これからの日米同盟のあり方、日本が米国とどのように防衛協力をお互いにしていくかということが重要であり、その一環として基地や部隊の再編という手順が踏まれていると理解していただければよいでしょう。

質疑応答

Q:

米国は、戦略見直しの前提として、今までのトランスフォーメーションでは、相手方をどう特定し、その相手方がどのような意図を持って、どのような行動をすると評価してきたのでしょうか。

A:

米国が考える全体的な相手の意図は、2つの側面で考える必要があります。1つは、テロと核などの大量破壊兵器が結び付くという脅威です。これを防ぐには、テロと大量破壊兵器を切り離す必要があります。現在その蓋然性が最も高いと米国が考えているのは多分パキスタンです。反米的な国民から構成されるイスラム国が核兵器国になって、核がどう管理されているか定かでない。その核兵器が国境を越えて、タリバン、アル・カイーダの手に渡ったら大変なので、4年もかけてアフガニスタンの北東からパキスタン側でテロ戦争をやっています。また、ロシアの核が、きちんとマネージできていないために、地方の軍隊が保有する戦術核兵器が売られるとか渡されるかもしれない。さらに、現在核兵器を保有しているかどうか不明だが確実に持った場合、何らかの理由で核兵器を渡す可能性が高いのは北朝鮮とイランです。このように核がどこかに渡る可能性を分断するため、米国はPSIのようなイニシアチブを行っているといえます。
もう1つ、米国が考えているのは、地域的覇権国です。これは、米の現政権がいう、「圧政を終わらせる国」の対象国で、ライス国務長官は、イラン、北朝鮮、ベラルーシ、キューバ、ジンバブエ、ミャンマーの6カ国を名指しであげました。ただ、米の現在の優先事項は明らかにアフガンとイラクに民主化を根付かせることです。今年11月の中間選挙があるので、イラクの負担を軽減し、イラクの兵力を一部イランに向けたい。米国人は異常といえるほどイラン嫌いで、政府がイランに強く当たるほど国内の人気があがるからです。ただ、軍事的に今の時点ではイランに手を出す余裕はないと思います。
つまり、米国は、テロと大量破壊兵器の組み合わせと、地域的大国・覇権国家が出てきて、米国の優位性を損ない、外交的イニシアチブが相対的に下がる、この2つを防ぎながら次の大統領選挙を迎えたいと思っており、そういうコンテクストでそれぞれの国を見ているのではないかと思います。

Q:

米国の中で、地域大国に対する懸念がだんだん強くなってきている気がするのですが、その中で、中国をどうとらえているのでしょうか。

A:

「中国が脅威だ」という言い方は少し乱暴だと思います。米国は覇権国ですから常に優位な位置を占めたいと考えており、これを阻害するチャレンジャーに常に厳しい対応を取ります。アジアを見渡したときに米国の優位性にチャレンジする国はおそらく日本と中国しかありません。この両方を同時にマネージする方法は、日本との同盟関係を強化して中国をうまくマネージするという方法しかないと思いますが、そのときに中国の持っている軍事的な潜在力が今のままいくと少し懸念材料になるということです。米国は、中国が価値観を共有しないチャレンジャーとして徐々に潜在力を拡大することは不可避と考えています。米軍再編を通じて日米同盟を強化し、グァムを大きな戦略拠点にするのは、中国がアジアの中にいろいろな形で出てくるのを未然に防ぎたいという緩やかな関与であり、米国が緩やかなコンテインメントをこのような形で進めようとしていることを我々は十分知って米軍再編に対応しないといけないと思います。

※本稿は1月18日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2006年4月27日掲載

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