ブレイン・ストーミング最前線 (2005年12月号)

機関投資家からみた日本のコーポレート・ガバナンス

矢野 朝水
厚生年金基金連合会専務理事

厚生年金基金連合会は、厚生年金基金を短期間(原則として10年以内)にやめられた方の年金原資を基金から連合会へ移し、受給権が発生した方に年金をお支払いする仕事をしています。現在、延べ約2800万人の年金原資をお預かりし、240万人に年金をお支払いしており、支払い額は年約2500億円です。支払いには年金の積立金を運用しており、運用方法は委託が中心です。約10兆3000億円ある資産の33%にあたる約3兆3000億円を日本株式に割り当て、国内債券と国内株式の一部についてはファンドマネージャーを採用して運用しており、国内債券が1.8兆円、日本株式が8500億円です。

日本の年金制度は公的年金が1階と2階からなり、3階部分として企業年金があります。企業年金にも確定給付型、確定拠出型といろいろあり、資金規模は約80兆円です。公的年金も国民、厚生、共済とあり積立金を合計すると約200兆円で、一部市場運用されています。トータルでは約280兆円というわけです。

株主構成の変化と企業年金の問題

日本の株式市場における各投資主体のシェアを見てみると、持ち合いが減る一方、外国人投資家や年金等の比率が高まっています。公的年金や企業年金は日本市場の約12%を占め、金額では40~50兆円の国内株投資になります。その意味で株式市場がどうなるかが国民の老後に大きな影響を与えることがおわかり頂けるでしょう。株式投資もしない、投信も買わないという方も圧倒的に多いですが、加入者7000万人の年金保険料は一部株式運用されているので、1人1人が株式市場と無縁とはいえません。

なぜ連合会がコーポレート・ガバナンスに関心を持ち、活動するようになったのでしょうか。日本の株式は、89年をピークに大暴落し長期低迷が続いています。国内株式は90年以降マイナスリターンで、配当性向も海外企業に比べ低く、ROEも低い、不祥事はなかなかなくならないという状況です。

バブル崩壊以降15年たちますが、日本企業はまだ本格的回復には遠いという気がします。特に2000年度から3年連続で株価が約20%下がり、3年で6割下がりました。この影響で企業年金も3年連続のマイナス運用に陥り、膨大な積立て不足が発生しました。積立て不足の解消には掛け金の引上げが必要ですが、企業には余力がなく、ここ3~4年企業年金は大変厳しい状況に追い込まれました。様々な制度改正が行われましたが、給付の切下げや解散、厚生年金基金については代行部分を国へ返すという代行返上が雪崩を打って起きました。

日本の企業年金は、厚生年金基金と税制適格年金の二本柱でしたが、基金数、または加入員数が半減し、大変厳しい状況に追い込まれました。解散した基金もここ5年で350に上り、過去3年で約150万人が企業年金を失いました。企業年金は、積立方式で運用し、長期間掛け金を納め、利子が利子を生んで年金が支給できます。給付費に占める運用収入の比率は7~8割で、掛け金は2~3割に過ぎないため、企業年金は運用が最大の課題といえます。つまり、運用がおかしくなれば企業年金がおかしくなるわけです。そこで連合会は、なぜ運用がおかしくなったのか、なぜ企業年金がこんな状態に陥ったのか、企業年金が生き残るためには何をすべきか必死に考えたところ、運用悪化の背景には企業の業績低迷があり、突き詰めるとコーポレート・ガバナンスの問題があるといわざるを得ませんでした。

厚生年金基金連合会のコーポレート・ガバナンス活動

日本の株式は、バブル以降十数年たっても回復しないから投資対象から外すべきとの考え方があります。しかし連合会では、富を生み出す企業に投資して経済を発展させ、その果実の一部を頂いて実のある年金をお支払いするという関係が最良であると考え、株式投資をやめるのではなく、株式投資を続けながら問題企業にモノを言う必要があると判断しました。年金の運営責任者には「受託者責任」が課せられているので、株式投資する以上、議決権行使等の活動をするのも当然です。企業の繁栄が企業年金存続の前提であり、企業年金が生き残るには企業にしっかりしてもらうことが大前提と考えたのです。

公的年金も同様で、大きな目で見ると年金は日本経済という親ガメの上に乗った子ガメですから、親ガメがおかしくなると子ガメもこけてしまいます。立派な年金制度をつくっても、経済がおかしくなれば年金がおかしくなるわけです。また、最近は年金のパッシブ運用が増えてきました。これは、マーケットにある株式をマーケットの組入れ比率で全部買ってしまうという運用ですが、こうした運用が増えると、問題企業でも売却という選択肢がなくなり、株を持ったままモノを言うことになります。

以上のようなことから、連合会としては株式投資を続けた上で、ガバナンス活動としてまず議決権をしっかり行使しようとの取りくみを始めました。

最初に、連合会の運用受託機関に対し、議決権をしっかり行使してもらうよう依頼しました。各社にはそれなりに取りくんでいただきましたが、2003年度の運用受託機関の株主総会議案に対する反対比率は4%でした。既に連合会自身も議決権行使を始めており、反対比率は40%で、同じ連合会の資産なのに議決権の行使結果が大幅に違うのはおかしいですから、2004年度から連合会の基準で行使して頂くことにしました。その結果、2004年度では運用受託機関の反対比率が25%と、連合会と同程度になりました。反対が多いほどいいということではありませんが、なぜ反対が多いかというと、議案自体が株主から見ておかしいだけでなく、説明が不十分で中身の是非を判断できないため反対せざるを得ないということがあります。

次に、連合会でもファンドマネージャーを採用し、東証一部の全企業を対象にパッシブ運用を始めました。そうした中で、連合会自身も議決権を行使するようにしたところ、2003年度の反対比率は40%でしたが、2004、2005年度は30%を若干切るようになりました。

更に、連合会の議決権行使の基準を明確にし、統一的に行使するとともに、行使の考え方を経営者にも伝えるため、議決権の行使基準を作りました。連合会の議決権行使基準は、「コーポレート・ガバナンス原則」と「具体的な行使基準」の二部構成です。この中で重視したのは、1つには取締役会の監督機能強化です。企業内部に株主利益の立場から企業経営をチェックするしくみを築いてほしいためです。日本企業では取締役会の機能が十分果たされていません。取締役会の機能は、企業の基本的経営方針を決めることと経営を監督することですが、日本の場合、監督機能が非常に弱い。監督機能の強化が重要であり、そのためには経営の執行と監督を分離し、独立した社外取締役を登用することが必要です。情報開示・説明責任も重要です。もう1つは、経営責任を求める点です。3年連続赤字かつ無配といった業績の悪い企業については、取締役の再任や退職慰労金に反対します。

こうした行使基準が形式的であるとの批判があるのは承知していますが、ガバナンスの形だけみて適用しているのではなく、企業の業績も十分加味しています。議案についても不明点は個別に照会し、それを考慮して最終的に判断しています。

また、「社外取締役の独立性に関する基準」も作りました。社外取締役に関する会社法の基準は、社外についてだけの基準で独立性の基準がありませんが、社外取締役は実質的利害関係がない、つまり「独立性」が重要だと考え、基準をつくり、委員会等設置会社について当面適用することにしました。

連合会では、企業経営の監督という観点から社外取締役は必要不可欠と考えていますが、日本では社外取締役は数も少なく、独立性に乏しいなど、監督するというよりアドバイザー的な役割が期待されています。また、社外取締役に対するサポート体制が弱い、社外取締役の独立性などの点で情報開示が乏しいともいえるでしょう。経営者の話を伺っていると、社外取締役はまだまだ評判が悪く、人がいない、役立たないなどの議論が聞かれますが、人がいないのではなく、本気で探す気がないのではないでしょうか。役立たないというのも、社外取締役の役割や機能について誤解があるのではないでしょうか。トヨタやキヤノンのような業績のよい企業に社外取締役はいません。業績を上げている会社の経営者がおっしゃるのなら説得力はありますが、そうでないところがおっしゃっても説得力に欠けるのではないかと思います。

「議決権行使に関するインフラ整備の要請」も行いました。日本の株主総会は総会屋対策のために今のような形が定着したと思われます。その意味では非常に工夫されていますが、投資家、株主がまともに議案をチェックし賛成か反対か判断するには制約が多く、困難を伴います。開催日についても、7割弱の会社が同じ日に集中するというのも、議決権行使には大変な支障です。議案の送付が2週間前というところが多く、実質的な審査期間は、2~3日しかない上に、議案の説明も不十分です。こうした問題について投資顧問業協会と一緒に、経団連や東証にお願いに上がりました。改善の兆しは見られますが、大勢は変わりなく課題といわざるを得ません。

企業買収防衛策への対応

ニッポン放送をめぐる事件以来、買収防衛に関する議論が盛んになり、防衛策導入を図る企業が増えていますが、狙われる企業は問題があるから狙われるわけですから、最大の防衛策は、ガバナンスを充実したり、株主価値重視の経営を実践したり、情報開示・説明責任を果たすことです。また、敵対的買収といえども株主に対し敵対的とは限りません。長期的に見て買収者と現経営者のどちらが株主価値にプラスになるか、中立・客観的に判断するしくみが必要です。最終的に買収の是非を判断するのは株主ですから、買収防衛策については投資家としても考えなければいけない問題でしょう。投資家としてのメッセージを経営者に送る必要があると考え、連合会では買収防衛策についての議決権行使の判断基準をつくり、公表しました。

今年6月総会で提案された議案をみると、株式発行授権枠の拡大や、株主としての権利確定日の柔軟化といったものが多く、連合会としてはほとんど反対せざるを得ませんでした。そうする必要性について説明がなく、どんな場合にどんな条件で発動するのかといった説明もなかったためです。連合会が賛成したのは4社だけです。防衛策については東証から4月に指導通知が出され、経済産業省と法務省からも指針が出ましたが、あまり生かされていません。裁判になったら負けるような、使いものにならない防衛策を導入しようとした企業も多く、非常に残念です。

コーポレート・ガバナンスファンド

コーポレート・ガバナンスファンドも創設しました。ガバナンスファンドには、ガバナンスの良い会社を集めて投資するファンドと、悪い会社を集めて投資するファンドがあり、連合会がつくったのは前者です。ガバナンスの良い会社は中長期的な業績がよく株価もいいとのデータがあり、中長期的に見て良いリターンを得られると考えたためです。もう1つの理由は、残念ながら日本では、コーポレート・ガバナンスが良いというのは具体的に何かという基準がありません。これは本来東証などが作るのが最良ですが、具体的基準が存在しないので、連合会で作り、経営者の方々にも送りました。企業名を公表し具体例を提供することで、日本企業全体のガバナンス向上に資すると考えたからです。

内容としては「株主価値重視の経営」、「情報開示・説明責任」、「取締役会」、「役員報酬システム」、「コンプライアンスとリスク管理」の5項目からなり、各項目20点で(「取締役会」は25点、「役員報酬システム」は15点)で合計100点です。対象となる企業は、まずアンケート調査で絞り込み、次に訪問調査を行い、最終的に43社を選びました。今年10社を追加したので53社、ファンド総額は150億円です。ガバナンスに関する基準や、実際に選ばれた会社がどんな工夫をしているかを示すのが主目的なので、報告書もまとめ、一部上場企業に配りました。調査には50%を超える東証一部上場企業、株価の時価総額では85%以上の企業から回答を得ました。このファンドは長期リターンを狙っていますが、短期的にも成績がよく、TOPIXを上回っています。

日本企業のコーポレート・ガバナンスの課題

日本企業のコーポレート・ガバナンスの問題ということで、3つほど考えていることを申し上げます。1つは、経営者の方々に積極的に取りくんでいただきたいということです。

2つめは、ガバナンスの具体的基準を作る必要性です。企業の所有と経営が分離することで、所有者たる株主と経営者との間に利益相反行為が発生するようになりました。経営の不振、経営者の高額報酬、不祥事などの問題が起き、それに対し80年代以降米国などで株主――年金基金や機関投資家の怒りが爆発しました。その結果、企業の所有者(株主)の立場から経営者を規律づけ、監督するための一連のしくみが誕生しました。これがコーポレート・ガバナンスとよばれるもので、証券取引所の上場基準などで具体的な基準が設けられてきたのです。

ところが日本では、経営者が企業の支配・管理を徹底することがガバナンスといわれています。競争力の強化や不祥事の防止の手段としてのコーポレート・ガバナンス論です。この背景には、企業は株主のものではないという考え方があると思います。持ち合いなどのため、モノ言う株主がいなかったこともあるでしょう。日本でガバナンスを主張したのはむしろ経営者や学者のほうで、株主不在で経営者主体というのが日本のコーポレート・ガバナンス論の非常に大きな特徴ではないかと思います。

また、日本の制度では、監査役設置会社と委員会等設置会社の両方が選択制で認められていますが、これは選択の幅が広がってよいという意見と、ガバナンス強化のためには委員会等設置会社に一本化すべきとの意見があります。社外取締役制度を設けながら、独立性の規定がないのも日本の特徴です。従って親会社の取締役が子会社の社外取締役という例も結構あります。監査役についても、有効に機能しているかどうかは疑問です。任期を制限したり社内出身監査役を禁止する必要があるでしょう。

東証が2004年に作ったガバナンス原則は非常に抽象的で、もっと具体的にする必要があります。コーポレート・ガバナンスの充実には、東証に期待していますが、そのためにはまず東証のガバナンスをきっちりすることが必要という気がします。東証自身のガバナンスがしっかりしてないために、ガバナンスに対する取りくみが遅れているのではないでしょうか。東証が本当にやる気がない、やれないのなら最後は行政にやってもらうしかないでしょう。コーポレート・ガバナンスの基準を設けることは、その基準を強制することではありません。ロンドン証券取引所では、設けた基準に従わない場合は釈明を求める、「応諾か釈明」の原則でやっていますが、個別企業のガバナンスに選択の余地を残した非常に柔軟なやり方です。こうしたやり方を日本でも取り入れたらどうでしょうか。

3つめが、株主・機関投資家のプレッシャーです。コーポレート・ガバナンスの充実は経営者の自助努力が基本ですが、コーポレート・ガバナンスはどこの国でも経営者にとって非常に嫌なことです。特に、独立性のある社外取締役を入れるということはよそ者に権限を与えることになり、殆どの経営者が嫌がるでしょう。従って外圧を与えて導入を促進するしかありません。その場合、株主・機関投資家の圧力が一番重要ではないかと思います。日本の株価がここまで下がったのは、プレッシャーをかけてこなかった株主・機関投資家の責任も多いと思います。

運用機関の活動は充実、強化されつつありますが、機関によって非常に格差が大きいのが特徴です。日本の運用機関はいまだ独立性に乏しく、グループ企業やお客さんにノーと言えないしがらみを抱えているからです。その点では公的年金などの対応に期待していますが、まだまだこれからだと思います。

年金と企業は運命共同体です。企業に、しっかりと業績を上げ、株価を上げてほしいため、私どもは物を言っているのです。企業に勤める方、経営者の方も皆年金加入者であり、いずれ年金を受給します。受給者になってちゃんと年金をもらえるかどうかは、まさしく企業の活動や業績、株価といったものに影響を受けるので、企業の皆様には経営の立場ばかりでなく、1人の年金加入者、受給者の立場からこの問題を考えていただきたいと思います。

※本稿は10月24日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2005年1月6日掲載

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