ブレイン・ストーミング最前線 (2005年10月号)

米国の通商政治過程の新たな傾向

I・M・デスラー
米国メリーランド大学公共政策大学院教授

今回は、主に拙著"American Trade Politics"(*)の新版で述べた結論、主張、提言について述べたいと思います。先月ようやく完成した新版は、10年前の前回改訂以来の本格的な改訂版で、新しい結論を含んだ新章を追加しましたので、本日はその新しい部分について概説させていただきます。

何ら変化がないのに、よく貿易について書き続けることができるものだと友人に言われることがあります。彼らの目には新しいものは何もなく、今世紀の最初の数年も1980年代とさほど変わらないように映っているのでしょう。なるほど当時と同じく、今でも貿易自由化に反対する利益団体(当時は繊維だが現在は砂糖)、米国の巨大な貿易赤字(現在7000億ドル)、諸悪の根源として非難される大国(当時は日本で今は中国)、さらには自由貿易協定(FTA)での攻防(当時はNAFTA、現在はDR-CAFTA)といったものが存在します。

しかしみかけに惑わされてはならないと私は考えます。80年代以降、米国の通商政治過程には明らかに多くの新しい要素が加わり、多くの変化が起きました。従って新版では、新たに章を設け、こうした3つの新しい基本的事柄について解説しました。9章では、米国の伝統的保護主義のかつてない衰退について、10章では、その保護主義の衰退を招いたグローバリゼーションが、貿易と労働基準とか、貿易と環境基準といった「貿易と○○問題」と呼ばれるようなグローバリゼーションの影響に対する社会的関心をも喚起したことについて論じています。最後に11章で、高まる米国議会の党派対立と不和を取り上げました。

伝統的保護主義の衰退に関し、通商政治過程の中心的問題は保護を求める収斂された利益団体にあるという認識に基づいて述べました。理由は何であれ国際競争を勝ち抜けない生産者は、輸入の阻止や制限による対応を求めます。初版出版当時は、確かにこれが通商政治過程を特徴づける問題と思われました。今も、それはなくなったわけではありませんが、極端に保護主義で新しい保護を求める米国企業の数は、ほぼゼロに近くなりました。

80年代および過去10年間で米国の貿易赤字は急激に増大し、大量の輸入によって国内生産者に大きな競争圧力がかかりました。80年代には、繊維、鉄鋼、自動車、靴、工作機械、半導体業界はみな新たな保護を求めましたが、過去10年間において保護を受けたのは鉄鋼業界のみで、しかも2002年からたった19カ月間しか続きませんでした。膨大な貿易不均衡にもかかわらず、なぜ保護主義は衰退したのか。それに対する根本的な答えは、グローバリゼーションです。

加えて、ある種の転機があったといえるでしょう。輸入が増えると、競合する生産者の反発が高まり、圧力の高まりと同時に保護が求められる一方で、国内生産者自身も、どこかの時点で輸入に大きく依存するようになっていたのです。そして彼らもまたグローバル化し、輸出に頼るようになりました。結果として、もっぱら国内調達によって生産する旧いスタイルの業界は減少しています。例えば、1970年から2000年にかけて、米国経済において財の生産活動の割合は43%から35%に低下する一方で、国内総生産(GDP)に占めるモノの貿易の割合は4%から10%に上昇しています。つまり、減少した割合の大部分は貿易に転換され、GDPに占める財の貿易の比率は3倍以上になったのです。

また繊維業界には有名な事例があります。戦後常に特別扱いを要求し獲得してきた米国の繊維業界ロビーは、80年代後期から90年代初期にかけて、アパレル業界の国際化と、多国間繊維取り決め(MFA)の廃止に伴う割当制度からの離脱にかわる戦略として、いわゆる「原産地原則」を打ち立てました。例えば北米自由貿易協定(NAFTA)を巡る交渉では、米国に無税無枠で輸入される衣料品は北米で生産された布や繊維を原料とするものに限るという原則を策定することで、国内繊維市場を後押ししようとしたのです。同様の原産地原則が中米自由貿易協定(CAFTA)にもあり、国内繊維業界の幅広い支持をえています。

このことは、かつて保護主義的だった業界が自由貿易主義者に変わったというわけではありませんが、保護主義のスタンスを離れ、グローバル化されたゲームの中でルールを作っていくというスタンスに立つようになったのです。

であるならば、なぜ通商政治過程が今なお問題とされるのでしょうか。1つの理由として、強力な政治的支援があると思われる製糖業や綿工業のような、頑なに保護された「牙城」の存在が挙げられます。しかし、こうした「牙城」は存在してはいるものの、過去の保護主義の時代に比べて米国経済に占める割合はごく小さく、通商政治過程が直面する困難の説明にはなりません。むしろ、主たる理由は、基本的にその他2つの新しい要因―社会問題と党派対立―にあります。

まず社会問題については、かなりよく知られています。本質的には、保護主義の衰退を招いたグローバリゼーションは、社会的関心をも喚起しました。WTOシアトル会合で有名になった反グローバリゼーション運動はその現われです。彼らの立場に理があるとすれば、それは貿易が既存の国内基準を弱め、あるいは脅かしているということです。熾烈な競争下では、労働基準や環境規制の遵守は難しくなります。それによって「(基準の)引き下げ競争」への不安が高まります。米国の場合、これは1900年前後の経済全国化の頃と似ています。当時、州政府はもはや経済を規制できなくなりつつありましたが、中央政府にもまだ規制手段が構築されていませんでした。現在、程度の差はありますが、中央政府は経済を規制できず、国際体制にもまだ規制手段が構築されていないのです。

これが通商政治過程の問題となるのは、このテーマをめぐって政党が対立するからです。貿易は従来、第2次世界大戦以降ほぼ一貫して党派対立のないテーマでしたが、国内労働や環境の問題では、与野党で意見がかなり分かれます。民主党は新しい規制を求め、共和党はそれに抵抗する。国際交渉もやはり難航し、米国は「新保護主義」になっていると他の国からはしばしばみなされています。

社会問題の方は、おそらくクリントン大統領が1994年のウルグアイ・ラウンドでファストトラック権限(現在は大統領貿易促進権限またはTPAという)法の承認を議会から得られず、1997年に単独法案として強硬に推進したことに原因があると思われます。これらのことが、2001年ブッシュ政権下のTPAや現在のCAFTAに民主党が反対する根拠および重要な理由となっています。拙著では、こうした問題が実はほとんど象徴的なものであるので、妥協点を見出せるべきという点を詳細に論じました。

このことは議会における党派対立の激化にまでつながります。政党間の対話がなくなれば、妥協点を探ることは難しくなります。イラク戦争や税制、社会保障については、民主党員と共和党員で大きな開きがありますが、貿易については大衆レベルでは根本的な対立はありません。例えばCAFTAに関する最近の世論調査では、共和党員の50%、民主党員の51%が支持すると答えています。ところが議会にかけると大きな対立が生じるのです。通常は下院に比べて超党派的な上院でも、去る6月の投票では、共和党は43対12でCAFTAに賛成、民主党は10対33で反対でした。下院の票読みでは、CAFTA賛成の民主党員は205人中約10名と推測されています。これは合理的な大衆に対する両極化したエリートという、21世紀の米国の大局的な政治構造を反映しています。とりわけ政党で活躍し、議会でも国民を代表するようなエリートの間で中道が消え、超党派的なコミュニケーションや提携が姿を消しているのです。

1969~70年と1999~2000年の下院議員のリベラル派と保守派の分布を対比すると、いずれも民主党が左、共和党が右でかなり明確なイデオロギーの違いがあります。それでも1969~70年の分布では中道に大きな重なりがあるのに対し、30年後の分布では中道が基本的に消滅しています。残り少ない中道主義者の1人、ジョン・ブロー上院議員の言葉を借りると「信じ難いほどの中道の縮小」です。

この事態を生み出した原因は基本的に2つあります。1つは、過去40年のうちに保守的な南部の民主党員は共和党員になり、リベラルな共和党員は民主党員になるというように、政党がよりイデオロギー的にまとまってきたことです。もう1つは下院選挙区の線引きの定期的な見直しです。最高裁は、連邦議会議員が国民から平等に選出されていないとし、下院選挙区における平等な選出を命じました。以来、10年毎の国勢調査によって議会に対する各州の持ち票数と州内の新しい人口分布が決まり、選挙区の区割りもその都度見直されるようになった結果、議員は確実に勝てる選挙区を選んで立候補するという、民主主義的規範からの逸脱が生じました。候補者にとっては、対立政党の脅威はないとはいえ、予備選挙で自分の党から再指名されるかどうかという潜在的な脅威が残るため、その主張は激しく対立します。予備選挙の投票者は両極端になる傾向があるので、候補者は穏健と見なされないように努めるからです。

それでも貿易問題となると、中道の縮小というパターンはそれほどあてはまりません。例えば、米国が世界貿易機関(WTO)から脱退すべきかについて5年毎に投票が行われていますが、脱退に賛成の議員は民主党46名、共和党39名です。つまり2つの政党は全く見解が異なるわけではないのです。しかし、一般的問題で意見が両極化する過程において、もし政策の策定が、次第に以前のように委員会ではなく党によって行われるようになるなら、ちょうど2001年の歳入委員会のように、実質的に多数派が少数派を排除する結果となります。2001年の投票で民主党の圧倒的多数が新しい貿易促進権限の承認に反対したことは共和党にとって大きな政治的圧力となり、結束力の強化が求められるようになりました。結果的には、215対214という非常な僅差で法案は通過しました。CAFTA法が可決するとすれば、同じようなプロセスをたどることでしょう。

この問題には短期的解決と長期的解決があります。短期的解決とは、WTOからの脱退に賛成する共和党員の支持によって、CAFTA法案が可決することを前提とします。もし将来、CAFTAが通過した時の苦々しい分裂を踏まえて、ドーハ・ラウンドの論議が再開されるならば、超党派的関係を回復する必要があります。おそらくこれが、新しいポートマン米国通商代表が民主党との関係修復のために試みている政治的戦略でしょう。

さらに、ドーハ・ラウンドで米国の貿易相手国から相当な譲歩を引き出し、本格的な合意を追求することが必要です。インドやブラジルのような国々の市場アクセスの拡大や非農業市場アクセス、農業やサービス業に関する合意がより多く得られるなら、米国の実業界を結集させることができるでしょう。実業界の支持を取り付けられれば、砂糖や綿工業などドーハ・ラウンド法案で明らかに敗北するであろう人々からの反対にも対抗することができるでしょう。議会ではこれまで、グローバルな取り決めを通すほうが2国間の取り決めよりも簡単でした。一例をあげると、WTO設立のウルグアイ・ラウンド法は両政党とも下院は211の差、上院は311の差で通過しました。米国にとっては、与えるためには得る必要があり、得るためには与える必要があることを認識することも重要です。それは、当然ともいえる提言です。

最後に、"American Trade Politics"で論じた最善の長期的解決への前進を提言したいと思います。私はそれを「新社会契約」と呼びます。これは基本的に2つの要素で成り立っています。一方では貿易と市場の完全な自由化、すなわちグローバリゼーションへの移行を完成させること、他方ではグローバリゼーションの敗者のために真に有効な政策を実施することです。

*邦訳『貿易摩擦とアメリカ議会―圧力形成プロセスを解明する』。

質疑応答

Q:

日本市場はもはや標的ではないということですが、これは現在の日本市場が完全に開放された市場と見なされているということでしょうか。

A:

一言で答えるとノーです。ただし日本は80年代後半や90年代初頭に比べ、市場としての重要性が低下したと認識されています。当時、日米貿易は毎年拡大していましたが、最近では横ばい状態です。日本はもはや目の前を横切るものをすべて食い尽くす仮借のない怪物のように見なされなくなったゆえ、それほど問題視されなくなりました。多くの米国企業は80年代にはプレッシャーを感じていましたが、その後適応しました。1980年代の日本の台頭が著しかったこともあり、米国は日本が国際交渉でもっと大きな役割を果たすよう促していましたが、現在の交渉担当者は以前ほど日本を重視していません。例えば日本はドーハ・ラウンドを救う主要5カ国(G5)の中に入っていませんし、日本は1980年代よりも市場が開放されましたが、農業問題は相変わらずです。

Q:

現在の状況は1985年の米国の対日姿勢を想起させます。しかし、当時はプラザ合意があったので、レーガン政権は貿易問題にマクロ経済的調整を行うことができました。現在の米国政府の中国に対する姿勢はどうでしょうか。

A:

1985年前後は「管理された対立」の時期であり、互いに知り合う時期でありました。物事が過熱した場合、日本は、たとえ圧力に屈したように見られても、何らかの方法で熱を冷まそうとする傾向があるようです。当時の日本の政治的プロセスは、何かしら、そうした圧力を欲していたように思えます。
しかし、中国の政治的プロセスが同じという保証はありません。むしろ逆の方向を示している部分があります。何よりも、互いの関係において経験がそれほど豊かではなく、コミュニケーションと理解のレベルもそれほど高くありません。不安材料はたくさんありますが、両国の経済は相互依存しています。実際、中国は米国市場に大きく依存しており、輸出への依存が高まる中国の成長の不均衡を回避すべく、為替レートで対策を打った背景にもそれなりの論理があります。米国もまた、財務省短期証券の購買に関して、中国、日本、その他のアジア諸国に依存しています。
中国が自国の通貨に何らかの対策を打つ可能性はあると思います。心配なのは徹底するかどうかということですが、彼らは一度ゲームに参加したからには、惨敗に終わらないようにプレーしていく必要があります。短期及び中期的には、米中の経済関係は何とか発展するでしょう。
もう1つの問題は、中国が大幅な通貨切上げを行ったとしても、米中貿易のバランスが完全に実現することはなく、米国の貿易赤字に大きな影響はないだろうということです。一方、他のアジア諸国にとっては適応しやすくなります。つまり2国間というより地域的な問題なのです。

Q:

ドーハ・ラウンドに対する米国産業界の支持が非常に低いことについてどうお考えですか。

A:

問題の一部は、米国企業のほとんどが、自分たちは既に開放市場で活動していると思っているところにあります。しかし、今にして思えば、ラウンドに対する企業の支持は実際には強かったようです。私が思うに、このような支持は、かなり後になってから来る傾向があります。企業が最大限の益を得るために切り札として温存しておこうとすることが一因でしょう。確かに懸念すべきことですが、1991年と1992年の状況を思い返しても、ウルグアイ・ラウンドでの産業界の支援がそれほど強かったとは思えません。

※本稿は7月21日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2005年10月28日掲載

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