ブレイン・ストーミング最前線 (2005年3月号)

イノベーションと競争力…貿易・産業を担当する省に期待される役割とは

ロビン・ヤング
英国政府貿易産業省事務次官

はじめに

英国貿易産業省(DTI)は日本の経済産業省に相当しますが、本日は、英国が競争力を堅持するためにDTIがどのように取り組んでいるか、お話ししたいと思います。

急速に展開するグローバル経済の中にあって、今日、私達DTIの主たる役割は、ビジネスが自由で柔軟な条件のもと、パフォーマンスを向上できるよう支援することにあります。換言すれば、英国の産業が、商品の低コスト化や低価格化によってではなく(廉価は英国のビジネスの目玉ではありません)、革新的かつ先見性のある斬新な製品の提供によって競争できるようにするということです。

イノベーション-競争力強化の鍵

(1)DTIの役割-近年の変化
従前のDTIは、石炭採掘や造船、製鉄といった旧来型の産業を支援していました。が、今日これらは英国経済を支えられる産業ではなくなっており、DTIも今日の状況を反映した省への変革を迫られていました。そこで私たちは、「すべての人々に繁栄を(Prosperity for All)」という新しい大目標を打ち出しました。この目標を達成するために、企業のイノベーションと創造性を促進することで、人々や事業体がより生産性を上げられるよう支援していこうとしたのです。科学技術への重点投資と同時に、DTIは被雇用者(労働者)や消費者の保護にも責任を負っています。つまり、労働者の権利を守り、活気ある消費者社会を育成する責任があるわけです。英国の消費者団体は日本よりも発言力があり活発であるという印象がありますが、ビジネスが一層生産性を増し、さらなる競争力をつけるためには、厳しい競争や効果的な法システム同様、消費者の声が必要です。

(2)産学連携
英国では、大学における技術研究に多額の投資をしてきましたが、今後、国内の大学に潜在する優れた技術研究をさらに発掘し、産業部門に移転・広く活用していく必要があります。新しいDTIでは、大学における科学の強化だけでなく、大学がビジネスと連携して新しいものを吸収するキャパシティを飛躍的に向上させることにも努力を注いでいます。かつて、英国の大学はアカデミックすぎて産業界のことに疎いといわれたものですが、今日では、研究者や大学によるイノベーションについて産業界が認知・協力するのが遅く、十分早期に開発利用できていない、といわれるようになってきました。

(3)規制緩和と縦割りの廃止
新しい大臣になってから3年半、DTIは省の目的や政府の中での役割を徹底的にレビューしてきました。今日では政府が産業界の案件を扱う場合、個々の部門で縦割りするようなことはありません。英国の企業は、独創的で革新的な製品やサービスで競争することによって、生産性を向上させる必要があります。そのためにDTIはより柔軟性をもち、より包括的なコミュニケーションをし、古い縦割りは廃止していかなければならないのです。
また、ビジネス界には英国が過剰規制されているという意見がありますが、私達は規則の数や官僚形式主義を減らす大規模な規制緩和プログラムを作りました。また法的な規則で、独占やカルテルのいかなる機会をも排除しようとしています。
このように、(1)大学に産業と連携できる所定の余地を割り当て、(2)大学とビジネスとの関係や協働性を向上させ、(3)競争を阻害する振る舞いを防ぎ、消費者の声を強化することで、公正で開かれた市場にしてゆく。これら3つを英国がより競争力を持つための現在の優先事項としています。

(4)対内投資とイノベーション
英国が経済改革を行うにあたって重視している点の1つは、外国から英国への対内投資の割合を増やすことです。外国から来てその国で仕事をする企業は、新しいやり方で物事をすすめ、新しいやり方でモノを作り、新しいやり方でモノを売る。英国でイノベーションを促進してきた主たる要因は、英国に進出してくる外国資系企業のパフォーマンスを観察し、それを参考に自らを改善することでした。対内投資額が小さいということは、そうした機会を逃していることを示唆しています。無論、外国に出かけて見聞して多くを学ぶこともできます。が、英国に関しては改善を牽引する3つの重要な鍵は(1)大学、(2)外資による対内投資、そして(3)規制体系にあり、これらが社会システムを介して競争を促し、産業のイノベーションを活性化するはずである、というのが私の持論です。

イノベーションの将来像

世界は、科学と技術の発展によって以前よりもずっと速く回っています。情報技術、新素材、バイオテクノロジー、新燃料。これらがイノベーションとビジネス機会のまったく新たな潮流を生み出していることは言うまでもありませんが、こうした新分野こそ、この急速に変化していく世界において飛躍的に発展する可能性があります。

(1)イノベーションとは何か
イノベーションの定義は、新しい製品を作ることに限りません。私達はイノベーションを「新たなアイディアの開発利用に成功すること」であると定義することにしました。英国の将来は、新しいモノをつくるだけでなく、あらゆることについて新しいやり方を生み出すことにかかっていると考えているのです。サービス部門の新案はもとより、あらゆる分野での画期的な開発や活用についてもイノベーションという概念を広げるべきです。これは英国及びその経済にとって非常に重要なことだと思います。

(2)雇用の流出と低価格化に挑む
今、会計、金融取引、これらの多くは英国内では行われていません。ロンドンの消費者が、ロンドンの電力会社に電話をかけるとインドに繋がります。今、技術の進歩と海外業務委託によって英国の雇用は新興経済国に流出しているのです。これを解決する唯一の道は、私達が雇用を創り、より高い価値を提供することにあります。
英国はすでにグローバルな知識経済の拠点ですが、今後も高収益な領域で付加価値の高いビジネスを展開することによって経済成長していく必要があります。日本もそうだと思いますが、英国にもリーディングセクターがあります。たとえば航空機や医薬品、バイオテクノロジー、金融サービス、そして多くの創造的な産業です。世界の医薬品の上位75種類のうち15種類は英国で開発され、製薬されます。高齢化社会を迎え、健康に関する問題や、医薬、バイオテクノロジーへの興味が高まっています。高齢化し、寿命がのび、あるいは疾病が世界に広がるにつれ、これらの分野での収益とビジネス機会が増すのです。

(3)イノベーションの評価
国やビジネスあるいは大学がどれほどイノベーションを生み出しているか? これを正確に評価できる適切な指標を得ようと私達も努力してきましたが、非常に難しいことです。1997年から2007年に向けて、英国では複数の市で科学プロジェクトを3倍に増やしていますが、それにかけた費用によって何を得たかを評価する方法がほとんどありません。科学研究に投じた費用が、英国の、英国産業による、英国産業のためのイノベーション活性化に寄与し続けるよう、追跡評価の方法を開発し、高度化する必要があると考えています。

(4)イノベーションへの投資
私達は、明確な達成目標を備えた、科学とイノベーションに関する10年の枠組みを作りました。民間部門では研究開発に多額の投資をしている会社がいくつかありますが、一般的に言って英国の産業は研究開発にあまり投資していません。私達は、この研究開発支出における産業の伸び率について新しい目標を設定しました。大学に関しても、産業と活発に協働していると政府に認められたら研究資金を多く得られるよう、将来の助成方法を調整しようとしています。

(5)消費者の役割
イノベーションにおいて、消費者は大切な役割を担っています。英国では、要求する消費者を、意識的に育てるようにしています。産業と政府省庁、および公共部門に圧力をかけることが、よりイノベーションを活性化させ、質の高いサービスの提供を可能にする最良の方法であると確信するからです。エネルギー、金融、運輸など特定の部門に関しては、私達は消費者団体に対しても助成しており、消費者が声を大にして意見を言うよう奨励しています。さらには消費者の目で海外の最高の実例を視察に行き、国内の産業にも倣ってほしい点について消費者から企業に働きかけてくれることを期待しています。

(6)規制環境と規制のシステム
英国では、製品と商標市場の規制、環境規制、健康と安全に関する規制、知的財産権に関する規制および、基準と評価の枠組があります。これらはすべて、効果を最大化し、企業のイノベーションのインセンティブになるように設計してあります。公正な取引や競争のないところにはイノベーションも生まれにくいという証拠は数多くあります。公正で誠実な競争のためには、反競争的な慣行を厳しく規制するシステムをもつことが唯一の方法です。

(7)日本の企業家精神とネットワーク
日本から多いに学びたい点、それは企業家精神の雰囲気があることです。英国社会は企業家精神や民間キャリアといったものの価値を学校制度の中で教えてこなかったのですが、英国の学校制度が欠いている企業家精神を、日本ではうまく醸成しているとお見受けします。
日本の地域的ネットワークや部門内ネットワークも大いに学びたい点です。多くの学術的な研究でも、会社や事業は、同じことをやろうとする会社や事業が集まると高め合うことを示しています。英国にも日本同様、むろんイノベーションの拠点があります。イノベーションセンターがあり、小規模ビジネスの起業の場もあり、英国でも日本と同じアプローチをいくつもやっています。しかし、出資してやらせるのではなく、共に仕事をすることで他の産業を伸ばす中間部門産業について、日本から学ぶことは貴重だと思います。これについては英国やEU全体の中ではまだまだ手がける余地が残っていると思います。

(8)教育とイノベーション
「自分の創造性や革新性が期待されているのだ」と人生の早い時期に気づかせるように、学校制度を創造的で革新的にすることが英国、日本ともに課題であると思います。また、すべての生徒に基本的な技能を身につけさせることに加え、事業やイノベーションの精神を培うには学校制度をどのように調整すればよいかという課題もあります。
基本的な技能を押し上げようとすると、カリキュラムの創造的な部分を引き下げるリスクがあるのではないかという懸念が生じます。しかし社会が高齢化し、労働力が減少していけば、いずれはより少ない人口で、新しい産業が必要とするイノベーションや企業家、創造性を生み出さなければならない。ですから、私達は将来のために適した技能を身につけさせるような教育にしていかなければならないのです。日本が、日本経済の必要とするイノベーションの先駆者達を将来生み出せるように、現在教育システムを変えようとしているかどうかというのは関心のもたれる点です。

DTIの将来

もし、DTIの名を将来も残そうと思うなら、旧来の「貿易産業」ではなく、「技術・イノベーション」省(DTI…Department of Technology and Innovation)とするのもよいのかもしれません。いずれにしても、私達は将来、今までとは全くちがう組織に刷新する必要があるということです。

今は従来型の産業部門について知る専門家は多くいるのに、将来英国が依って立つであろう新しい部門について十分な経験を備えた人達がいません。顧客が何を求めているかということに一層重点を置き、もっとプロフェッショナルになり、今後が期待される新しい産業部門について、より深く知っていなければなりません。これは、多くの国の貿易産業を担当する省にも共通の課題だと思います。日本における状況を聞くにつけ、日本と英国の緊密な協力の機会が私には見えてきます。

むすび

国際化したビジネスはより競争を加速し、イノベーションは国際協働の恩恵を受けます。英国は国際的規模でイノベーション政策を進めています。日本の文部科学省がケンブリッジ大学と様々な協働研究をしていることを今回聞きましたが、とても好ましいことだと思います。

知識の移転や、日本の大学の産学協働、大学の専門性を発揮する機会や新たな形で大学の独立性を促進すること、これらに関して日本の文部科学省は積極的とお見受けしました。政府によって上から奨励されコントロールされる傾向のあった従来の産学協働よりも、大学にもっと裁量と独立性を与えることによって、ボトムアップ的な協働やビジネスを奨励することはよい方法ではないかと思います。

日本に支部をおいている英国の企業は、こうした協働に対して様々な支援をおこなっております。日本のビジネスも英国で投資していますし、もちろん成功を収めている企業は多くあり、彼らは英国の大学と一緒に非常に多くの研究を行っています。

対内投資や強い消費者がイノベーションを促進するのと同じように、自由で真の競争市場がイノベーションを促進するというはっきりした証拠があります。日本の主要な在英投資家の経験を聞いたり、英国の独立投資家に、今後の協働ではどんなことが起きうるか、と問いを投げかけたりしてみると、日本ではどのような企業が大学と連携できるのか、学べることがあるのではないかと思います。本日お話しした分野のいくつかは日英両国が共に取り組める領域だと思いますし、そうできることを心から願っています。

質疑応答

Q:

政策決定プロセスについて教えてください。DTIの政策は主に省内のみでつくられるのでしょうか、それとも大学など外部の専門家も政策決定プロセスに関わるのでしょうか?

A:

もともとは省内中心でしたが、今は外の意見をもっと取り入れる傾向にあります。以前のDTIは、内部の人間とばかり会話し、ビジネスや学術界の人々と会って話すことをあまりしませんでした。庁舎に籠もって構想はするが、外の現実の世界に政策が与える影響をよく把握していなかったのです。
私は、公僕の一般的な態度として、できる限り多くの見解を集めるべきだという意見に賛成です。その意味でも、このBBLの開催主体である研究所(RIETI)は非常に興味深いと思います。新しい意見やものの見方を得るには有益な方法と思われます。
政策決定に関しては、産業や消費者や労働者組織の代表ならびに、政策文書を書いた経験をもつ人々等との議論なしには提案することはできません。大臣に提出する前に、議論をし、専門家に諮問し、政策の影響まで予想できなければならないというルールがあるのです。これが常に完璧に機能するとは言い切れませんが、これによって産業や消費者や労働者の間でのDTIの認知度が高まり、DTIが政府内で提案することへの理解も増してゆくであろうと考えています。

Q:

英国におけるPPP(公共サービスの民間開放)について教えてください。

A:

民間資金主導による公益的事業(PFI)、PPP、民営化いずれも、納税者のお金を節約する手法として重要であると同時に、これらが、よりよい製品(サービス)を生み出せるという点がさらに重要だと思います。民間資本とプロフェッショナルなマネジメントが、サービスを提供する上でもっとも有効であると私は考えてきました。
ここで重要なのは、自分が何を求めているかよく自覚している消費者と、責任ある行動のとれる民間資本との成熟したパートナーシップです。
私はこの先、純粋な民営化モデルでも官がコントロールする旧来モデルでもなく、その適切な組み合わせ(様々有ると思いますが)を選んでゆくのが、納税者の負担を最小化し消費者にとってもっとも良いサービスを提供する道であると考えています。他の国の参考になるとしたらこのような点ではないかと思います。

本意見は個人の意見であり、筆者が所属する組織のものではありません。

※本稿は12月6日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2005年3月28日掲載

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