ブレイン・ストーミング最前線 (2004年11月号)

国際石油市場-政治と経済

マイケル・リンチ
戦略的エネルギー・経済研究所所長

石油市場の現状

今日は今後1年程度の世界の石油市場についてお話します。短期的な石油市場は、様々な要因によって非常に不安定で不確実です。正しいデータを得られにくいということもありますが、石油市場が本質的に予測不可能な多くの要素、たとえば、気候や国内総生産(GDP)などによって動かされるということもあります。これらの要素が需要と供給に影響を与え、さらに政治的な要素も多く含んでいます。本日の私のスピーチは、現在起こっていることの理解を深めるための説明であり、来週、あるいは来月原油価格がどうなるかということではありません。私は実際、長期予測で有名で、過去25年ほどについては他の誰よりも正確でした。それは短期の予測をするより簡単なことでしたから。

現在のところ、原油価格は異常な状態です。アメリカのインフレ調整前の月間原油価格は35ドルを越えていますが、過去4年では大体25ドルから30ドル、過去15年では15ドルから20ドルの間だったのです。これほど異例の高価格になっているのは、昨年、不景気の上に、アジアで流行した新型肺炎SARSのせいで需要が落ち込んだためです。精油部門にも問題があります。精油所は、特にアメリカとヨーロッパでは、厳しくなっている環境規制に対応するために変化を迫られています。そのために、短期的な製品価格の変化に対応することが難しくなっているのです。

今年になって、投機筋の役割が非常に大きくなっています。石油市場にはいつでもトレーダーがいますが、今年はヘッジファンド、あるいは、ダンプ・マネー(金を投げ出す)の存在が大きくなっています。つまり、特定の分野の専門家ではなく、新聞に載っていることや過去の変化のパターンに従って、市場から市場へ短期間で移動するような人たちのことです。彼らは石油市場を理解しているわけではないのですが、扱う金額が大きいためある意味で市場を動かすことができるのです。

今年の現象がこれまでとどれほど違っているかを説明するために、パリの国際エネルギー機関(IEA)が昨年12月に作成した今年の予想と、今年5月までに同機関が発表した修正予想を比べてみます。主に中国などアジア諸国からの需要により、OPEC(石油輸出国機構)に対する需要は昨年の予想より1日あたり150万バレル多くなっています。ご記憶かもしれませんが、去年の秋から冬にかけて、OPEC諸国は弱含みな原油価格を心配して、価格を支えようとしていました。これほど需要が高くなるとは思っていなかったからです。

もう1つの大きな問題は、安全保障上のプレミアムです。石油の在庫量は昨年のレベルよりいくらか多いのですが、価格は1バレルあたり約10ドル高くなっています。これはほとんど安全保障に関するプレミアムで、これほど高い理由は3つと半分あります。第1に、平時に比べて石油の供給に影響を与える政治的な脅威が沢山あるということです。小規模な混乱は常に存在しますが、最近ではベネズエラ、イラク、サウジアラビアが不安定になっています。第2に、OPEC諸国の余剰生産能力が非常に小さく、ほとんどゼロになっているということです。1990年代もそういう状況でしたが、その時は政治的な脅威など他の問題は存在していませんでした。1994年には、余剰生産能力がほとんどなかったにもかかわらず、価格が落ち込んだことさえありました。第3に、経済協力開発機構(OECD)のデータによれば、民間企業のかかえる在庫が、これまでに比べはるかに低くなっていることです。

これらの要素を考え合わせると、今後石油の供給は、わずかな、あるいは中程度の減少を見せ、それを相殺するためにOPEC諸国からより多くの原油を得ることも、企業が短期的に在庫を吐き出すことも不可能ということになります。以前はナイジェリアの原油生産が50万バレル減ったとしても、大事ではありませんでした。しかし今では、それは重要な意味を持つこととなり価格は高騰します。もしイラクの生産が半年に渡って完全に途絶えたら、市場は大変なことになってしまうでしょう。

残りの「半分」の理由とは、現在のブッシュ政権と、以前の父ブッシュの政権のどちらも、実際に原油が不足するまで、戦略的石油備蓄を取り崩さない方針をとっていることです。ベネズエラで石油ストがあった際、精油業者は短期間その不足を補うよう要請しましたが、ブッシュ政権は市場に介入しないという理由のもとに拒否しました。状況はそれほど深刻ではないと判断したせいもあります。この決断には異論もありますが、ブッシュが石油備蓄を取り崩す可能性が少ないからには、トレーダーや投機筋は原油価格上昇に賭けたほうがいいということになります。

イラクとサウジアラビア

イラクに関し、個人的には主権委譲によって石油関連施設への攻撃は減るだろうと思っています。これまでの攻撃は主にバース党(以前のフセイン政権側)によるゲリラ戦だったと思われますが、石油や電力業界がイラクの暫定政権の管理下に入った後は、攻撃はイラクの国家や国民に対するものと見なされるようになるわけですから、バース党はもっと政治的なターゲットを攻撃するようになるのではないかと思います。アルジェリア内戦のときも同様でした。今後、全体的に見れば暴力的な攻撃が急激に減ることはないかもしれませんが、原油生産はもっと安定するでしょう。生産が安定すれば投資も増え、生産量が増加するでしょう。しかしイラクの暫定政権は、油田開発の契約をエクソンモービル、ルクオイル、トタルフィナエルフなどと締結すれば、反対派に腐敗だと攻撃されるのがわかっているため、政治的理由から契約を締結しないと思います。そのようなわけで、私はイラクの原油生産は、今後1年は大きく増加することはないと考えますが、その後は増加して行くと思います。イラク政府は現在、年末までに日産300万バレルを達成したいと言っています。これは、私の9月予測の上限に近い数字です。おそらく、これにかなり近い数字となり、その後はさらに増加することになるでしょう。

サウジの石油は、別の問題を孕んでいます。人々はもう25年間もサウジ政権が安泰かどうか心配してきました。石油産業自体についてではなく、ホメイニやビン・ラディンのような人物によって政権が転覆することを恐れてきたのです。そういった危険の可能性はこれまでずっとありましたが、原油価格に影響を与えるほどではありませんでした。しかし最近発生した2つの事件が認識を変えました。1つは、アル・コバールでの銃撃殺害事件で、もう1つは6月のバスラの石油ターミナル攻撃未遂事件です。これは、アルカイダによる初めての大規模な石油施設に対する攻撃でした。これによって、サウジアラビアの治安は良好ではあるが、完全に安全とはいえないという懸念が広がったのです。アルカイダによる石油施設への攻撃が増加する可能性があること、また、サウジには彼らの同調者がかなりいることを考えると、治安に関するプレミアムはかなり高くなるわけです。

バスラの攻撃はおそらく、イラク国外から来た外国人のアルカイダ工作員によって行われたものです。サウジアラビアでは、今まで攻撃はすべてサウジアラビア人によって行われていますが、ほとんどは国益に反するものではなく、外国人、場合によっては役人に対する攻撃です。これもアルジェリアの場合に似ていて、彼らは政治的な闘争に打ち勝とうとしているのであり、石油への脅威の可能性はきわめて小さいといえます。しかし一方で、サウジアラビアには、たとえばラス・タヌラ製油所のように、非常に大規模な石油関連施設もいくつかあり、外国人の過激なアルカイダのメンバーが自暴自棄になって攻撃しないとも限りません。万が一そのような事態になったら、原油価格には大きな影響が出るでしょう。

今後の石油の需要と供給

今年は史上最高の日産250万バレルの需要増を記録しましたが、来年は今年と同じほどの伸びはないと思います。問題は、どの程度下がるかということですが、その答えの一部は中国経済にかかっています。中国経済のデータはあることはありますが、あまり正確なデータではありません。中国には、消費者負債に関する総合的なデータも個人のデータもありません。もし景気が悪化するようなことになれば、不良債権の問題が出てくるでしょう。中国政府はソフトランディングへと導こうとしていますが、ここ1カ月の間に中国から聞こえてくる報告はネガティブなものが出てきており、心配されます。もし中国がハードランニングを経験することになれば、他のアジア諸国でも経済成長が減速し、原油の需要の成長も遅くなり、需要簿となるでしょう。

供給サイドでは、来年もおそらく今年と同じ程度の増加が見られるでしょう。深海油田、特に、アフリカ西部、アンゴラ、それにブラジルとアメリカの生産が増えるでしょう。一方、ロシアからの輸出は今年と同レベルで増加することはないと思われます。ロシア石油大手のユコス社問題があるからです。私は昨年、ユコス問題のせいで今年の輸出は低下するだろうと主張しましたが、実際には懸念されたような外国資本の逃避は起こりませんでした。来年ユコスが生産を続ける中で採掘量は減るかもしれませんが、それによって生まれるパイプライン輸送能力の空きは他の企業が埋めるでしょう。

やや悲観的に過ぎるかもしれませんが、主な結論を申し上げると、需要とOPEC非加盟国からの供給は、どちらの側にも不確定な要素はありますが、同じレベルに留まると思われます。どちらかと言えば、需要は少し減少、OPEC非加盟国の供給が少し増加するかもしれません。ということは、来年のOPEC加盟国産原油に対する需要も今年とほぼ同じだろうということになります。内訳を見るなら、イラクは増加、他のOPEC加盟国でもリビア、アルジェリア、ナイジェリアは増産です。これが意味するところは、OPECの主要加盟国、つまり、サウジアラビアとクウェートは、来年はほぼ確実に減産しないわけにはいかなくなるということです。おそらくは、日産100万バレルほどの減産になるかもしれません。

過去20年のほとんどの期間でこのような事態が発生した場合、OPEC加盟国は生産割当量をめぐって争うことになりました。しかし、この先1年でそういった事態になるとは思いません。サウジアラビアは、価格が弱含みだと考えたらすぐに生産量をカットするでしょう。歴史的に見てサウジアラビアは、自国の生産量を増加することには興味を持っていないようです。彼等は日産850万バレルを目標にしているようですが、本当に関心があるのはOPECの売上に対する自国のシェアのようです。来年、もし価格が30ドルに向けて下がり始めても、サウジアラビアが値引き競争に出るとは思いません。

長期的な観点から見るならば、サウジアラビアが心配しなくてはならないのは、イラクが急激に生産量を伸ばし、日産数100万バレルの売上を奪う事態になることです。イラクが市場から締め出され、サウジアラビアがイラクの分の売上を奪うことになった第1次湾岸戦争以降、他のOPEC加盟国はサウジアラビアは時期が来たら減産し、イラクに譲るべきだと主張してきました。サウジアラビアはこれまでこの主張に同意したことはなく、今後も同意するかどうかわかりません。どちらかと言えば、サウジアラビアは単独で減産はしないと主張するかもしれません。そうなればこの先2年の間で再び生産割当量をめぐる争いとなり、サウジアラビアが交渉を呼びかければ、結局値引き競争になるかもしれません。

今後3~5年の間はおそらく、原油の需要の伸びがOPEC非加盟国からの供給の増加を上回ることはないと思います。OPEC非加盟国の石油資源は豊富で、オイル・サンド、重質油、深海油田の採掘なども大きく発展するでしょう。需要がかなり大幅に伸びることがなければ、OPEC加盟国に対する需要が大きく伸びることもないでしょう。イラクは、この先5~6年のうちに生産能力を日産300万バレルまで拡大したいとしています。これは技術的には不可能ではありません。OPEC加盟国のベネズエラとインドネシア以外は生産を拡大しようとしており、ほとんどの国がその方向に動いています。需要が横ばいで、供給が伸びるということは問題です。2~3年ごとに生産割当量をめぐる争いとなり、価格が暴落することになるかもしれません。

価格が20ドルか、さらにもっと下まで下がり、そのレベルに留まる可能性も大いにあります。おそらくは長期にわたって、20ドル台の前半から中ほどの手ごろな価格になると考えます。そうなれば、原油の需要の伸びを期待できるからです。最近では、石油の需要を考える際に、価格は問題ではないという人もいます。著名なエコノミストがそう言うのも聞きましたが、政治学者として、私は高価格が需要に影響を与えないということは理解できませんし、石油の場合は特別だということも理解できません。実際には、高価格が需要に影響を与えないなどということはなかったのです。ただ、石油のようなものの場合は、需要に影響が現われるまでにより長い時間がかかるというだけのことです。短期的に見て需要が下がり始めていたのに、数カ月間それに気が付かなかった、という事態に直面する恐れもあります。これはデータがあまりよくないこと、在庫が蓄積されていたこと、などの理由によります。危険なのは、市場はあまりにも突然に方向を変える可能性があるということです。専門家たちは、原油は高価格時代に突入したと言っています。しかし、私は原油価格は90年代よりは高い状態に留まっても、30ドルを越えた水準に留まることはないと思います。長期的に市場経済学的な見地から見れば、そんな価格はありえないからです。

質疑応答

Q:

大手石油会社の改革や合併買収(M&A)が需給バランスや価格に与える影響についての意見をお聞きしたいです。影響がないとすれば、石油業界のこのような激変には、どのような意味があるのでしょうか。

A:

重要な点は、実は企業経営自体に関するミクロ経済的問題という要素の方がはるかに大きいということです。1970年には、7大石油会社が世界で取り引きされる石油の大部分を掌握していました。今では、BPがアルコとアモコを買収した後でさえ、1970年当時よりも石油生産量は少ないです。エクソンとモービルを合わせても、1970年当時よりも生産量が少なく、状況はシェブロン、テキサコ、ガルフも同じです。この合併というトレンドを促進している1つの要因は、単純に他の企業と同じことをしようとする企業があるということです。1997年から1998年の市場が不景気だった時期には、コスト削減のために合併した例もありました。ですが、参入の障壁は比較的低く、市場を独占することは難しいです。M&Aが続いても、石油会社の数が多いことと諸経費の削減に繋がるという意味で、私はこのレベルの合併については心配していません。石油業界の激変の背景のひとつには、知識不足の証券アナリストのアドバイスを鵜呑みにしているということがあるのかもしれません。

Q:

中国の石油需要に関する見通しをお聞かせください。

A:

長期的には、それは急速に拡大するはずで、そのことが不安の種になっているようですが、今から20年後のアメリカの石油需要は、中国よりもはるかに多いです。1960年代の日本、ヨーロッパ、アメリカのような急速な石油の需要拡大は、もう見られないでしょう。今後10年間、中国とインドで急増したとしても、それはOPEC産油国にとっては助けになりますが、それが資源ベースに対するプレッシャーとなり、価格を押し上げるまでには至りません。OPEC産油国は今後10年間、生産量を50%引き上げるぐらいは喜んでするでしょうし、中国についてはそれで十分です。大きな数字に聞こえるだけです。

本意見は個人の意見であり、筆者が所属する組織のものではありません。

※本稿は8月5日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2004年11月12日掲載

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