ブレイン・ストーミング最前線 (2004年8月号)

2004年米国大統領と日米関係における意味

エドワード・リンカーン
米国外交評議会シニアフェロー

本日は大統領選挙と日本にとっての意味についてお話ししようと思います。その前に、私自身は民主党支持者であることをお断りすると共に、他方、ケリー陣営のために発言するものでないということも申し上げておきます。

今年はアメリカの大統領政治をみるにあたって非常に興味深い年であるといえます。日本は大統領選挙における争点ではありません。実際のところ、日本が米国大統領選挙において争点になったことはほとんどありません。候補者が「日本」を口にしたケースは私が記憶する限り2度しかありません。とはいえ、選挙の結果自体は日米二国間の関係に何らかの意味合いを持つと思いますので、そのことについてお話ししようと思います。

最初に、この大統領選において、米国政治に何が起こっているかということからはじめたいと思います。通常、大統領が再選を目指し、かなり経済が急成長している場合は、現職を負かすことは容易ではありません。しかしながら、今年は経済が急成長しているにもかかわらず、世論調査によると攻撃されやすい、という点が非常に興味深いと思います。

まず経済は成長しているにもかかわらず、雇用は数カ月前まで増えませんでした。これは少々、異例です。経済の回復は今や1年以上前に始まっていて、エコノミストは雇用はこれよりも早く回復することを期待していたにもかかわらずそうはならなかった。即ち、経済は回復していたのに、人々はあまりよい思いをしていなかったということで、これは反大統領という心理に結びついています。とはいえ、選挙までにはまだ時間があります。今後、雇用関連の数字が引き続き良ければ、ブッシュ大統領には有利にはたらくでしょう。もっとも、雇用に関しては地域によって差があり、ペンシルバニア、オハイオ、インディアナ、ウェストバージニア、といった州ではこの4年間で製造業における雇用の喪失が大きく、これが大統領選挙の争点になるかもしれません。

これとは別に、ブッシュ大統領の業績をどうとらえるか、ということに関しては大いに議論の余地があります。特に3つの点に関して際だっていると思います。1点目はヘルスケアの問題です。米国には高齢者向けにメディケアと呼ばれる健康保険があります。昨年、議会は高齢者の医療費負担を減らすべく、メディケアの適用範囲を拡大する法律を通しましたが、多くの高齢者はそれに満足していません。民主党にとっては、健康保険について不十分な政策を通したという点で攻撃の機会になっています。

2つ目は教育です。ブッシュ大統領は四年前の大統領選挙の時、公的な教育の改善を掲げていました。今、教育者や地方から、政府は新たな試験の導入を求める一方でその予算がついていない、という不満があがっています。これもまた民主党にとっての攻撃の材料になります。

3つ目の、そして最も重要なことは、いわゆる「母国の安全(homeland security)」といわれているものです。9.11後、ブッシュ政権は米国内のアメリカ人をテロから守るためにもっと手を打たなければならない、と言ってきました。その要となったのは、異なった政府機関からさまざまな部分を取り出して、新たに「Department of Homeland Security(国土安全保障省)」という省を作ることでした。反対者はいませんでしたが、教育問題と同様、ここでも民主党による攻撃は十分な予算措置をとらなかった、という点にあります。

以上は国内の問題です。しかし、大統領は外交政策に多大な争点を抱えています。テロとの闘い、イラクとの戦争です。日本にいらっしゃるかたは実感がないかもしれませんが、アメリカに行くとニュースはイラク戦争一色です。今何が起こっているのか、誰がその責任を負っているのか、そして政治的リーダーシップを変える必要があるのか、といったことが議論の俎上にあります。

これは実際のところ、非常に興味深いことです。というのも、9.11直後のブッシュ大統領は世論の圧倒的な支持を得ていました。その支持は、アフガニスタンへの武力介入まで続いていました。しかし、その人気もイラクとの戦争とその後の占領で失われつつあります。この戦争は、サダム・フセインが大量破壊兵器を作っていたという大義で始められたものです。しかし、どうやらそのようなものはなく、誤った情報と思慮を欠いた誇張された諜報によって、不必要な戦争に到ってしまったのではないかという政権に対する攻撃があります。

現実的なイラク戦争後の計画を策定できなかった、という点でも政権は失敗をしました。国防省は国務省や他の省を戦後復興計画の策定から閉め出しました。その結果、想定される事態について、およそ非現実的な期待で戦後をスタートすることを余儀なくされました。加えて、政権はこの戦争に関して国際的な支持を得ることに失敗しています。実質的には、小泉首相とブレア首相だけが米国を支持しました。と同時に、米国民はアメリカについての国際世論の評価が非常に低くなっていることを目の当たりにしました。

最近になって国防省は、イラク人囚人に対する非道な扱いがされやすい雰囲気を創り出すように囚人尋問に対する規則を変えました。政権は、今回の虐待については個別の兵士に責任を押しつけようとしていますが、多くのアメリカ人は構造的な問題であって単なる個人の言動の問題ではないと思っています。

政権はまた、戦争前に亡命したイラク人からの情報に頼りすぎたのではないか、という別のスキャンダルにも見舞われています。最終的に、実際のところ我々はイラクの権限委譲に関して現実味のある計画がありません。あるいは政府には機密計画があるのかもしれませんが、多くのアメリカ人はそのことに疑いを抱いています。

どちらの立場をとろうと、これらの争点が米国内を二分しかねない議論の核を為している、という認識を持つことは重要です。私自身は今回の選挙に1968年のベトナム戦争時の選挙との類似点を見出しています。繰り返しておきますが、今の我々は、非常にブッシュ大統領を支持する人々と真っ向から政権に反対の人々が深い溝で隔てられているという状況にあります。

これまでが、私の現在の大統領選挙に対する認識です。ここで日本にとっての意味について考えてみましょう。米選挙の結果は単に、自由貿易か保護貿易かの結果をもたらすものではありません。四年ごとに私は日本の友人からこの議論を聞かされます。共和党は自由貿易、民主党は保護貿易と考える傾向にあるようです。しかし現実には、2つの政党の間に差はほとんどありません。単に言い回しが違うだけなのです。共和党が自由貿易のことを言うのは、それが彼らの哲学だからであって、一旦、選挙で選ばれてしまえば保護貿易でも何ら異論はないのです。他方、民主党の場合は、少なくとも何人かは保護貿易を唱えるかもしれませんが、政権に入ってしまえば制限を加える製品を探すようなことはしません。なぜなら自由市場が米国にとって良いことを知っているからです。

ケリー政権になった場合の日米関係については、ブッシュ政権よりも特定の通商問題や経済問題に強気になることは考えられます。私のブッシュ政権に対する見方は、意図的に日本との経済問題についての議論を抑えてきた感があります。というのも、政権自体が安全保障問題一色になっており、その中で小泉首相のイラク戦争への支持を非常に歓迎しているため、経済担当の政府関係者に対して論争になるような問題は掲げないように、と言っていたからです。私は、1980年代から90年代初頭にみられたような日米の二国間論争あるいは緊張というものは、どちらの政党も望んでいないのではないかと思います。

この選挙における日米間のより大きな意味は、二国間関係ではなく、両党の経済政策あるいは安全保障政策における違いにあると思います。経済については、ケリー政権の方がブッシュ政権に比べて日本に対して、潜在的により有利だと思います。ブッシュ政権は連邦赤字を記録的に膨らませ、それに伴って財政赤字も記録的なレベルになっています。もしケリーが選挙に勝てば、長期的にみて米国の財政を健全化するような経済政策をとるでしょうし、その結果、米国の経済成長を促すことになりそれは日本にとっても良いことです。私はまた、ケリー政権がブッシュ政権よりはドーハ・ラウンドにエネルギーを注ぐのではないかと思っています。ブッシュ政権にしてみれば、今回の選挙まではドーハについてはあまり触れたくないと考えているでしょう。というのも、この種の通商交渉にはある種の譲歩がつきものであり、政府としてはある特定の業界を怒らせたくないからです。

安全保障政策に関しては、もし私が日本人であれば、現政権における穏健派が今後政権を離れるということに懸念をおぼえるでしょう。ワシントンでは、コリン・パウエル、リチャード・アーミテージ、ジム・ケリーが第二期ブッシュ政権からは去るであろう、と噂されています。こういった人材を失うことは、潜在的にネオ・コンによる関与が増すことになり、そのことで米国がより危険な方向へ傾いていくのではないか、と心配しています。

もう1つ指摘しておきたいのは、この政権において日本政府がどれだけ影響力を利かせることが出来るのかがはっきりしない、ということです。私が常々耳にするのは、日本がブッシュ政権によるイラク戦争を支持せざるを得ないのは、北朝鮮問題があるからだ、という意見です。しかし、私には、ブッシュ政権が日本政府に対して外交政策について本当に意見を求めているようにはみえません。加えて、日本は拉致問題について米国からなんら支援を受けていません。小泉首相は6カ国協議に含まれていた、と主張していますが、私が小泉首相であったなら、もっと強行にブッシュ大統領に電話をして、米国はジェンキンス氏の引き渡しを求めない、という一文をお願いしたと思います。しかし実際にはそうしなかったばかりか、好意的な反応すら得られなかったようです。

私がここで伝えたいのは、現在の良好な日米関係はブッシュ大統領からもたらされた、とする東京での見方は、少々誤っているのではないか、ということです。むしろ、日本はイラク戦争を支持しているにも関わらず、その見返りがほとんどありません。とはいえ、ジョン・ケリーが勝ったとして、彼がどのような外交政策をとるのかはわかりません。ケリーとしては、他の言うことにもう少し耳を傾け、アメリカの一国主義になりすぎないようなプロセスをとる、というかもしれませんが、4年前のブッシュ大統領の選挙活動の際に彼が言っていたことを思い起こしてみると今はどうでしょうか。

最後に、これは重要な選挙になります。アメリカ社会を大きくわける時期に行われる選挙です。日本に対する直接的なインパクトはないでしょうが、アメリカの国内そして国際政策にとってその結果のもたらす意味は大きく、それは広い意味で日本にも影響を与えることでしょう。

質疑応答

Q:

ケリー政権になった場合、日米の経済関係についてどのようなことが想定されるでしょうか。また、自由貿易か保護貿易かについてはどうでしょうか。

A:

私自身は、ほとんど自由貿易側なのではないかと思います。実際、1980年代半ばに、アメリカ国内ではあまり保護主義はいわれなくなり、日本を含めた国外の自由市場が強調されるようになったと認識しています。そしてこの精神は持続するものと考えますが、どのようにか、ということについては不透明です。この7、8年間は、規制緩和と投資開放について、日米間で定期的な議論が行われてきました。このイシューに関して、私自身は、ブッシュ政権とクリントン政権との間にほとんど違いはなかったと思いますので、この路線はケリー政権にも引き継がれるのではないでしょうか。
ケリー政権が新たなアイディアをもってくるということも考えられます。私自身が最近ワシントンで耳にするのは、日本と自由貿易地域を設けることについての議論が行われているのではないか、ということです。このことはケリー政権になっても、また第二期ブッシュ政権においても大いに考えられることではないかと、私は思っています。

Q:

中国について、今後の長期的な戦略的競争相手としてどのようにみていると思いますか。ブッシュ政権の初期にそのような議論が盛んで、戦略的ガイドラインによれば、米国にとって同程度の軍事力が台頭しないようにすることがその目的であり、中国は唯一その可能性を有している、としています。ケリー政権とブッシュ政権では、その見方に違いがあるでしょうか。

A:

おそらく、さほど大きな違いはないと思われます。ブッシュ政権は、中国への不安に対してかなり観念的にとらえていましたが、それは修正されています。9.11の経験から、アメリカは他国との対話が何よりも大切であるということを痛感し、中国についてもそのように考えたと思います。それを踏まえて、米国政権中枢には中国が将来戦略的にどのような方向へ行くかについて、かなり疑っている人たちが少なからずいると考えています。その数は民主党の方が少ないでしょうが、心から中国と組みたいと思っている人は極めて限られていると思います。

本意見は個人の意見であり、筆者が所属する組織のものではありません。

※本稿は5月26日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2004年8月13日掲載

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