ブレイン・ストーミング最前線 (2004年6月号)

大統領選挙と今後のアメリカの外交・安保政策

渡辺 恒雄
戦略国際問題研究所上席研究員

民主党の予備選でなぜ、ケリー候補が勝ったのでしょうか。私は、エレクタビリティー、つまり選挙に勝てる候補であるかどうかという要因が強かったのだと思います。そのきっかけは、最初にアイオワ、ニューハンプシャーという、小さくてフェース・トゥ・フェースのコミュニケーションでアピールできる州で、ケリーが「経験豊富」「頼れる」という人物像を演出できたことにあると思います。ベトナム戦争での戦歴と勲章、その後のベトナム反戦運動を含めての人格が1つの鍵になったと思います。

アメリカは、ブッシュ支持とブッシュ嫌いの真二つに分かれていて、それが接戦の原因になるだろうと一般的に言われてきました。それを裏付けるかのような結果が今年初めの世論調査で出ています。ここで興味深いのは、ブッシュを応援する人達がいかに共和党に多く、また民主党には少ないかということです。この結果を現職大統領が再選に向けて候補になったときの過去の世論調査と比較してみます。米調査会社ギャラップによると、今回の調査では、共和党支持者の91%、民主党支持者の17%が各々ブッシュを支持していますが、クリントンの96年の再選挙では、クリントン支持は、民主党支持者の79%に対して、共和党支持者は23%でした。ブッシュの父が92年にクリントンに敗れた時には、共和党支持者が67%、対する民主党支持者は17%。さらに、レーガンが84年の選挙で再選された時には、共和党内から87%の支持、民主党内からは32%の支持を受けていました。これほど民主党支持者に嫌われている共和党現職候補も珍しいのではないかと思います。

そもそも前回の選挙では、フロリダで民主党と共和党のどちらが勝ったのかわからず、民主党内にわだかまりがありました。そこに、9月11日のテロが起こり、ブッシュのテロ後の対応が良かったことから、一時は民主党側からのブッシュ支持もありました。しかし、ブッシュ側は今回の選挙が接戦になるのを予想し、中道にウイングを広げるよりは、自分の懐の保守派を固める方向にシフトさせる動きをしてきました。例えば同性愛者の結婚を認めないことを憲法に織り込むという提言は、民主党側を分裂させ、且つ共和党の保守派を固めるという作戦でもあります。

それでは、今後、どのような選挙戦が予想されるのでしょうか。当然、デットヒートになるでしょう。現時点でも支持不支持がはっきり分かれており、且つ、ブッシュの政策ではなくブッシュ自身が嫌いだから支持しないという国民が共和党不支持になっています。まず、メディアを使った空中戦の泥試合が続くだろうと言われています。これには過去の大統領選挙での経験が影響しています。88年のブッシュの父対デュカキスによる選挙では、5月時点の世論調査でデュカキスは10ポイント以上の差をつけて、圧倒的に優位に立っていました。ところが、この時にブッシュ側はメディアを使ってネガティブキャンペーンを行い、デュカキスのリベラルなイメージを「国防、治安に無責任である」、「リベラルは財政規律が甘い」などとして悪く売り、ブッシュは逆転勝利を収めました。この様子を見ていた民主党側のクリントンは、92年のブッシュ対クリントン戦では先制攻撃として当時のブッシュ政権の経済政策が問題であるというネガティブキャンペーンを徹底的に行いました。実際には、ブッシュの経済政策は悪くも、間違っていたわけでもないのですが、「クリントンは経済政策に前向きで、ブッシュは失敗した」というイメージを作り出し、クリントンが勝ったわけです。

この両キャンペーンを現ブッシュ大統領もケリーも傍観していました。一般的なアメリカ人にとってケリーのイメージは白紙です。そのため、ブッシュは先手必勝で、ケリーのネガティブイメージを国民に植え付けるなら今とばかりに、キャンペーンをしています。同様に、ケリー側もデュカキスの選挙経験から後手に回ると挽回できないことを考え、ブッシュ政権の批判を執拗に繰り返し、自分のイメージを作る前に相手のネガティブキャンペーンを打ち始めています。しかしながら、ケリーとブッシュの相違点の1つに、ケリーは長い間上院議員でしたが、ブッシュは違うという点があります。議会経験が長いと投票等の記録が残っていますし、駆け引きのために一貫性のある投票ができず、意外に相手に足を引っ張られがちなのです。ケリーにとっては、ネガティブキャンペーンの前に自分のイメージを作るのが先決だと考えます。

大統領選は州取りゲームです。前回のゴアとブッシュの選挙では、ゴアのほうがアメリカ全国での得票数は上回っていましたが、「選挙人団制」で州ごとに獲得すべき得票数が違うため、最後はより多くの州を制したブッシュが勝ちました。どこの州をどうとるかという戦略が大変重要です。今回、接戦になると思われる州は18州あります。ケリーが勝つためには、前回ゴアが全部落とした南部で勝つことがキーで、それには副大統領候補選びが関わってきます。例えば南部で勝てる要素として、ジョン・エドワーズの名前があがります。予備選挙でもケリーに続いての人気があり、ケリーの落ち着いた、悪く言えば暗いイメージに比べて、エドワーズは若作りで明るく、南部出身のため票が取れるという期待があるからです。

アメリカでは今、歴史上なかったと言われるほど早い時期に、激しい選挙活動が繰り広げられ、現職の閣僚を巻き込んで非難合戦が始まっています。ケリーは先週、ジョージワシントン大学でキャンペーンを行いましたが、この時に壇上に集めたのは、クリントン政権時代のペリー国防長官、オルブライト国務長官などでした。その中でブッシュ政権を批判しましたが、ペリーは北朝鮮問題では、「ペリー・プロセス」という超党派の政策コーディネーターをするなど本当に尊敬されている人で、あまり党派的なコメントをする人ではないのですが、「ブッシュ政権の傲慢な外交政策をほうっておけない」と発言したとワシントンポストに掲載されていました。ブッシュ政権内にもそれなりに不協和音があります。現在、北朝鮮政策は、ジェイムズ・ケリーという東アジア太平洋担当国務次官補がやっています。ワシントンの専門家からは、北朝鮮に対してジェイムズ・ケリーが思い切った外交をしようとしても、ホワイトハウスや国防総省のタカ派が邪魔をして自由にやらせていないのではないかというような不満がでています。このような背景を考えると、ペリーの発言も理解できる気がします。ジョージワシントン大学でもう1つ目をひいたことは、ケリー候補自身が外国の指導者に会ったところ、その指導者はブッシュの再選を望んでいない、ケリーの選出を望んでいるのだという発言です。本来ならば、外交に選挙の話を持ち込むのは禁じ手です。これに対してブッシュ政権側からパウエル国防長官が「そういう話は実名を出してするべきであり、さもなければそんな話はするべきではない」と批判をしました。パウエルもあまり党派的に動く人ではなく、もともと、共和党でも民主党でも大統領候補として立候補できると言われているような人です。つまり、そのようなパウエルも批判せざるをえないほど、現職閣僚を巻き込んで批判が続いているということです。

ケリー陣営にランドビアーズという人がいます。彼はクラーク同様、民主党と共和党の両方にまたがり、ホワイトハウスの国家安全保障会議のテロ対策関係の仕事をしてきました。しかし去年、突然ホワイトハウスをやめてケリー候補の安全保障アドバイザーとして選挙に参加しています。共和党を去った理由について明言はしていませんが、ニューヨーク・タイムズ紙で「イラク戦争は支持する。ただ、ブッシュ政権は国際的な支持を得るのに失敗した。これは、アメリカにとっては非常によくないことだ」と語っているところから見ると、ブッシュ政権に対して批判的であることが想像されます。ケリー陣営には、もう1人似たような経歴をもつジョセフ・ウィルソンという元ガボン大使が参加して、ブッシュ政権を批判しています。ウィルソンは第一次湾岸戦争時にイラクで大使代理をしていました。当時、アメリカ人がサダム・フセインの捕虜になった時、彼は身を挺してアメリカ市民の命を守ったという逸話のある人であり、ブッシュ父大統領は、「勇敢な外交官」と賛辞を惜しまなかった人なのです。このような人が、ケリー陣営に参加しているということからも、今回の大統領選で安保がいかに問題になっているかが理解できると思います。

私は日本人ですし、日本の立場から見ていますので、こうしたほうがよい、ああしたほうがよいということは、言いにくいし言うつもりもないのですが、あえてイラク戦争をジャッジするとすれば、マイナスの要素が多いのではないでしょうか。ウォール・ストリート・ジャーナルに掲載された論文の中で、ブレント・スコークロフト元米大統領補佐官(ブッシュ父の国家安全保障顧問)は「サダム・フセインはテロリストと違って抑止可能であり、大量破壊兵器を使う可能性も少ない。テロリストは所在が分からないため直接アメリカの攻撃を受けることはないが、フセインはアメリカの攻撃を直接受けてしまうからだ。しかも、フセインは湾岸戦争でアメリカに対抗して何かをしたかったわけではなく、中東での覇権を狙って、その王者になりたかったに過ぎない。無理してアメリカと事を荒立てる気はなく、今戦争をする必要はない」と述べています。私もそのように見ていましたし、前述したケリー陣営に参加、あるいはブッシュ政権を批判している人は、そのような意見であるというのが、今の流れだと思います。

もう1つ、財政赤字についてお話したいと思います。イラクの戦後復興費用によって赤字がかさんでいます。戦費だけでなく、実は減税の影響もあって赤字が膨らんでいます。議会予算局の試算によれば、2004年度の予算で4780億ドルの赤字、2005年度は3780億ドルの赤字です。実はこの中には、イラク、アフガニスタンでの経費は全く入っていませんので、2005年度も最終的には赤字が5000億ドルを超えると予想されています。しかし、減税は経済政策としての共和党の基本的な理念である上に、ブッシュが早い段階で資金や支持を集められた要因の1つに、資産家と減税を望む層が支持したこともあるため、今後増税へ向かうことはないと思われます。

経済問題は大統領選でイシューになってはいますが、東アジア問題や貿易問題がそれほど大きく取り上げられることはないと思います。中国については、経済的にはこれから、もとをとろうという時期にあまり悪い方向にもっていきたくないという思惑があると共に、双子の赤字を抱えたアメリカの国債を支えているのが日本と中国であるため、それほど厳しい態度を取ることはないと思われます。仮に厳しい政策を中国にとると、中国で利益を上げている企業から批判される可能性もあります。80年代、90年代に比べて生産拠点生産工程が非常にグローバルに展開し、簡単に二国間問題にできなくなっています。そこで、アウトソーシングの議論がでてきました。ケリー側がブッシュ批判をしやすいテーマだったためです。ブッシュの経済政策も経済指標もさほど悪くはなく、今後も下降はしないと思われるため、唯一攻撃できる点は雇用が増えていないことであるといえます。雇用の低下には、「構造的な問題で、アウトソーシングにより外に労働力を求めているから、雇用が増えない」という説と、「タイムラグがあるため、後から雇用が増加する」という説とがあります。どちらにしても結論が出るまで時間がかかるため、11月の選挙には間に合いません。早めに攻撃しておきたいケリー民主党陣営からアウトソーシング問題が浮上していますが、これがその後のアメリカの対外政策に反映されるかは、疑問でしょう。

最後に、日本の政策当局の方にアドバイスするとすれば、大統領選挙はどちらが勝利するのか分かりません。従って、決め打ちをしてはいけません。どちらに転んでも良いように、準備して下さいということです。この基本を意外に忘れていることがあります。朝日新聞の世論調査では、日本人全般ではブッシュの再選を望む人が20%、望まない人が50%以上です。ただし政策に関わる人にとっては、ブッシュ政権が続いたほうが楽だという意識があると思います。しかし、日米が経済的に対立する要素が根本的になくなっており、民主党になったからといって日米関係が大変になるとは考えられません。現在のように政府及び上下院の全てが共和党というのは実は珍しく、歴史的には日米関係が民主党の議員に支えられてきた部分もあります。日本での両党の大使経験者が、その後の日米関係も担ってきたということもあります。現ブッシュ政権のリチャード・アーミテージ国務副長官は、そのような事情を理解しており、「ナイ・アーミテージレポート」を超党派で出してきました。もし民主党政権ができても、アジアの安保に関しては、そのラインに関わっているカート・キャンベル元国防副次官補(CSIS上級副所長)やジョセフ・ナイ元国防次官補がいることは安心材料だと思いますし、そこはあたためておくとよいのではないでしょうか。

質疑応答

Q:

アメリカの有権者のレベルでは、いつまでイラクの犠牲を我慢できるのでしょうか。9.11のテロ事件の見直しについてどのような影響がでてくるのでしょうか。場合によっては、ブッシュ政権の今までの政策を全面否定されることもあるかと思うのですが。

A:

犠牲者、米軍の死亡者が500人を越えています。怪我人の人数も目に見えるため、社会的には影響が大きいですね。それが増加していくと、やはり国内で不安定な要素になっていきますし、いつまでやっているんだという話になりますが、現時点ではある程度抑えられています。おそらく、共和党、民主党の両候補もイラクからすぐに撤退すると中東は混乱し、ますますテロの温床になってしまうと考えていると思います。イラク戦争の是非、あるいは9月11日の問題点とは別なところで両党にコンセンサスがあって、コンセンサスがない部分は、今後、国際機関や国連とどのように協調していくのかということだけです。もし、これを超えて撤退ということになれば、イラクで内戦状態が勃発するといった原因によるものでしょう。いつまでというのは難しいですね。9.11のパネルについては、基本的な問題ははっきりしているため、後追い状態でまとめるだけです。パネルの話では、ブッシュ政権だけの責任にはなっていませんので、形勢がどちらかに大きく傾くということにはならないと思います。

※本稿は3月29日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2004年7月12日掲載

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