ブレイン・ストーミング最前線 (2004年4月号)

経済安全保障を考える-技術政策の視点から

村山 裕三(※)
大阪外国語大学地域文化学科アメリカ講座教授

経済安全保障とは何か?

本日は、経済安全保障を技術政策と関連させてお話ししたいと思います。

私は経済安全保障をごく単純に、「経済と安全保障が重なる分野」と定義しています。学界では分野が完全に分かれてしまうのですが、現実には重なっている部分がかなりあります。一番典型的なのは技術で、たとえば半導体は、家電製品に使われる一方、同じものがハイテク兵器に使われています。またGPS、カーナビですが、これはアメリカの軍事衛星からの信号をうけて車の位置を確定しています。同時に米軍の兵士が自分の位置を確認するのに使っているわけです。難しい方法論は考えず、このようなケーススタディを積み重ねていって、より大きなものが見えてくればよい、というのが私のスタンスです。

私はまずアメリカの経済安全保障の研究を始めたのですが、これはクリントン政権時に安全保障重視から経済重視にシフトして、その中でいわれたのが経済安全保障だったことがきっかけです。その後、これは日本にとって、より大切な分野なのではないかということに気づきました。というのも、日本は「軍事力に制限を設けた通商国家」だからです。他の国が軍事力を使って考えるところでも、日本は経済力、技術力を使って考えなければならないのです。それで経済や技術は安全保障にとってどういう意味があるのか、と考え始めたわけです。

日本で経済安全保障が大きく取りあげられたのは、1980年代初めの「総合安全保障」という概念でした。京都大学の故高坂正尭教授の提唱で、日本の安全保障は他の国とは違って経済安全保障が重要で、安全保障とは狭い意味では軍事安全保障、広い意味では経済安全保障を含む、というものです。オイルショック後でしたので、「経済安全保障」とは日本経済を守るための安全保障でした。

私が考えていることはこの逆で、技術・経済は安全保障のために何ができるのか、ということです。これは国際的な日本の地位向上や、世界における日本の存在感などにも結びつくと思います。高度経済成長の時代の日本には「経済」というアイデンティティがありました。ところが最近は景気の悪さと共にその日本のアイデンティティがゆらいでいます。では「安全保障」でアイデンティティがあるかというと、アメリカに追従しているだけじゃないか、という議論が多い。果たして日本とはどういう国なのかという視点からも経済安全保障を考えたいと思います。

他の国はどのように対応しようとしているのか?

冷戦時代はアメリカを中心に、国防総省が莫大な研究開発費を使って兵器開発をしていました。軍事分野が民生技術をリードしていたわけです。その結果、ノーベル賞受賞者がアメリカから何人も出て、様々な技術のタネが出てきました。インターネットなどはその典型です。しかし80年代あたりから変化が見え始め、90年代のIT革命で、民生技術が軍事分野をリードするようになりました。

[アメリカ]
民生技術を軍事に取り入れるという動きをリードしたのがアメリカです。1980年代ころから取り組みをはじめ、RMA(軍事革命)を推進しています。これはハイテクによって戦争のしかたが変わるということで、情報・通信技術の発達がそれを可能にしているのです。最初にわれわれの目にとまったのが湾岸戦争におけるピンポイント爆撃です。先のイラク戦争でもGPSを使った誘導システムが使われました。湾岸戦争時のピンポイント爆撃は全体の7%程度だったのですが、イラク戦争では70%です。もう1つ有名になったのはフセインのレストラン事件です。すでに潜入していた特殊部隊が有力な情報を得て、リアルタイムで本部に連絡する。その情報が飛行中の戦闘機に伝わり、爆撃する。これが分単位で行われたのです。通信技術の発達を取り入れたことで攻撃の速さが格段に違ってきたわけです。

現在アメリカは軍事一極化といわれていますが、そこには二重の意味があります。まず民生分野のIT技術が圧倒的に強く、その技術を軍事に取り入れるシステムの確立があります。他方、もう1つの状況として、9.11テロにより国土安全保障省が設立され、テロ対策のための技術開発も進んでいます。

[EU]
1980年ころから防衛産業の統合化を始めました。まず国内の防衛産業を1つにまとめ、それからEUで集まって、民生技術も利用して欧州単位での防衛産業を強くすることを考えています。これはEUがアメリカ一極集中化を食い止める役割を意識してのことで、たとえば航空機でも、ボーイングとマクダネルダグラスというアメリカの企業だけでは困るので、無理をしてでもエアバスを立ち上げたわけです。今やエアバスはボーイングに匹敵する企業になりました。

[中国]
経済安全保障に対する関心は高く、1980年ころから軍民転換の推進が行われています。海外との提携もはじまり、いいものができるようになって、その技術を軍事にも取り入れ、民生と軍事の壁を低くして両方の競争力の向上をめざしているという状況です。
また中国はアメリカへの対抗意識がありますので、RMAも推進していて、「中国特色的軍事革命」と名付けています。

[韓国]
民生技術を軍事に活かすという「両用技術戦略」を使った「21世紀先進情報技術軍」の実現を国家目標としています。具体的には2015年までに先進国と同じレベルの防衛科学技術をもつこと、軍のデジタル化で世界のトップテンに入ることです。この背景には、韓国は日本とは違って武器輸出が自由で、むしろ外貨を獲得する重要な産業だということがあります。1970年あたりから武器輸出を積極的に始め、70年代終わりから80年代初めには第三世界を代表する武器輸出国になりました。アメリカによるデザインの武器の品質を良くして、納期を守って安く売ったので、競争力があったわけです。しかしアメリカが対抗措置として、もとがアメリカ製のデザインの武器は、アメリカの認可がなければ輸出してはいけないということを決め、韓国の武器輸出は激減しました。それでアメリカの手を離れて、独自の兵器を作る必要から「両用技術戦略」が始まりました。

日本はどの方向をめざすべきか?

日本はまず、技術を経済のみに使う発想から抜け出すことです。日本はすばらしい技術で経済を引っ張ってきた、技術が経済競争力を高めるのだ、という意識はありますが、実はその技術のもとには個人レベルでの技術発明があり、大きな視点に立てば、国際関係の中でいかに技術を活かすかということもあるわけです。幸運にもここ10年ほど日本経済の世界での評価は下がっているにも関わらず、日本の技術の評判は下がっていません。せっかくいい技術を持ちながら方向性が定まらないというのは、「技術漂流」ということになるのではないでしょうか。

非経済分野における科学技術政策の位置づけ

そこで私が考えたのは、アメリカなど他の国とは異なる方向に進むことです。図(非経済分野における科学技術政策の位置付け)に示しましたが、今まで見てきたアメリカや他の国(A型)は、「安全保障」のなかの防衛・攻撃に重点が置かれています。また「安全」という分野ではテロ対策などを行っています。一方、日本(B型)の場合、「安全保障」の攻撃という分野には進むべきではないと思います。防衛に関してはやるべきだと思いますが、よりレベルを下げた「安心・安全」という分野で技術を活かしたらいいと思うのです。A型のグローバルスタンダードはアメリカで、各国が追っています。しかし日本は方向性を変えて、B型でグローバルスタンダードをめざせばいいのではないでしょうか。

これは、政府の科学技術基本計画にも入っていることです。2001年に第二期の科学技術基本計画が総合科学技術会議によってつくられましたが、その三本柱が(1)知の創造、(2)経済競争力のための技術、(3)「安心・安全」のための技術開発、となっています。(3)は今まであまり注目されませんでしたが、テロの発生や犯罪率の増加により、勉強会などの取り組みが始まりました。自然災害、感染病(SARS、バイオテロ)、テロ対策(新たな安全保障)、サイバー攻撃、「守る」防衛技術などの具体的な分野で共通の技術が出てくれば、日本のグローバルスタンダードもつくれるのではないかと思います。

日本の可能性

「安心・安全」のための技術開発における、日本の潜在性は非常に高いと思います。理由は3つあります。

1つ目は、政治的に日本にしかできないと思うからです。先ほどお話しした各国は、それぞれアメリカに追いつかなければならない国の事情があります。しかし日本はアメリカの同盟国で良好な関係にあるので、アメリカに対抗する必要はありません。帝国化したアメリカに追随するのはよくない、という議論も多いのですが、それよりもアメリカをどううまく利用できるかという戦略を考えた方が生産的だと思うのです。アメリカと同盟関係にあるからこそ、B型の戦略がとれるのです。

2つ目は、この分野で日本の技術力があるからです。たとえば、大田区にあるジオ・サーチという中小企業は、空洞探査技術という道路上で機械を動かして下に穴が空いていないかを調べる技術の会社です。ある時、国連の地雷除去担当者からその技術を使えないかという話しがありました。金属探知器だけではプラスチック製の地雷はひっかからないからです。同社の社長は現在NPOをたちあげて、地雷探査の機械を開発しています。

またノーベル賞の田中さんの質量分析という技術はテロ対策に使えます。分子レベルで爆発物の分析もできるからです。最近田中さんは小型の質量分析の機械を開発されましたが、犯罪対策にも利用できる、と仰っていました。ユビキタスもテロ対策に使える技術です。アメリカの空港では搭乗券とチェックインする荷物の両方に無線ICタグをつけて搭乗券を持った人が搭乗したのを確認してから荷物を入れます。搭乗券を持った人がどこにいるのかすぐわかるからできることで、自爆テロは防げませんがある程度テロ対策になるわけです。このように1つの技術基盤ができ、国際標準化ができれば、日本の国際的な技術競争力を高めることにつながるのではないでしょうか。

3つ目に、「安心・安全」のための技術は人、物、情報の流れをスムーズにする技術です。いわば取引費用を低下させる技術です。こういう技術は日本の国のあり方に合っていると思います。日本は軍事力に制限を設けた通商国家であり、海洋国家です。海洋国家の使命は国と国との関係をつくる、それはとりもなおさず取引費用を低下させ、国家間の関係がスムーズにいくようにすることではないでしょうか。今自衛隊派遣の問題がありますが、地雷探査、平和構築、復興に関する「安心・安全」のための技術を携えていく、ということになれば、日本のイメージがかなり良くなると思います。

このように、国際競争力強化、日本の国際的地位の向上、両方に役立つと思うのです。

実現に向けた課題

まず、今まで分離されてきた「安全保障」と「経済」を統合する必要があります。それには「安全保障」と「経済」両方にまたがっている技術を考えるのがその第一歩だと思います。

次に、政府の「安全・安心分野のニーズ」と企業の「技術力」を結びつけることです。残念ながら企業の技術開発はまだそこまで進んでいません。市場規模がはっきりせず、商売が成り立つかわからないからです。ここにやはり、政府の施策、支援が必要なのではないでしょうか。

3つ目に、産官間の技術マネージメント(MOT)の手法を開発する必要があると思います。今のところほとんどが企業内、産業内のMOTなので、産業と政府との間のMOTの開発が必要です。政府が巨額の研究開発プロジェクトをやっているのですから、それをマネージメントする必要があるのです。競争原理を入れるのもマネージメントの1つの方法だと思います。

旧通産省はある意味で、産官間の技術マネージメントを非常によくやっていたと思います。ある有望な技術を特定して、その技術力を高めて日本の経済競争力を上げるという明確な目標があり、そのために産業政策をやって、強い企業を集めて技術を確立するというファミリー型開発ですが、うまくいっていたと思います。ところが現在は、その前提条件が全て崩れてしまいました。キャッチアップでもなく、ましてファミリー型の開発でもありません。それらにかわる新たな産業政策の可能性として、産官間の技術マネージメントと「安心・安全」分野があると思います。

質疑応答

Q:

アメリカでは民生技術を軍事分野に引き入れるシステムを確立したということですが、そういうシステムを日本でもつくるためにはどうしたらいいとお考えですか。

A:

かつてアメリカの軍事開発は要求ベースで、あることをクリアしたら次に進むというやり方だったので、兵器ができあがるころにはその技術が古くなってしまったわけです。そこで、スパイラル方式または能力ベースというシステムを確立しました。これは、不完全でもいいから最新の最もよい技術を取り入れるというやり方です。日本の企業ではとっくにやられていますが。それでアメリカは、軍仕様をやめ、軍と民を統合した技術や製造方式を取り入れるようにしました。この変化は現場では非常に大変なことなので、トップのリーダーシップが求められますし、現場の理解を得るために教育セミナーなどが行われています。アメリカの例をみると、規制より制度的なバリアのほうが問題になるのではと思います。

本意見は個人の意見であり、筆者が所属する組織のものではありません。
(※)2004年4月より、同志社大学ビジネス・スクール教授。

※本稿は1月9日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2004年5月19日掲載

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