ブレイン・ストーミング最前線 (2004年2月号)

ASEANの勝ち組と負け組-日本はこれにどう対応するのか

木下 俊彦
早稲田大学商学部・大学院商学研究科教授

東アジアの現況

1967年に東南アジア諸国連合(ASEAN)が誕生して以来、日本はASEAN諸国を、ODAを重点的に配分するなど重要な仲間として遇してきました。ASEAN諸国も期待に応えて順調に成長してくれました。しかし、通貨危機でASEAN諸国は大きな打撃を受けました。一方、中国はこの危機を乗り越え、現在に至るまで年7~8%の高成長を続けています。中国の存在感は非常に大きくなり、国際的な関心は中国に向かい、ASEANは忘れられがちになっています。ここでいうASEANは、後発ASEAN諸国(カンボジア、ラオス、ミヤンマー、ベトナム=CLMV)とシンガポール、ブルネイを除いた、タイ、マレーシア、フィリピン、インドネシアのASEAN―4のことです。

アジア経済は全体として通貨危機発生1―2年で衝撃から立ち直り始め、再び「世界の成長センター」化してきましたが、域内格差が広がるなど問題も山積しているのです。特にASEANでは問題は大きいのです。

実は暴落したままの東アジアの通貨レート

表1 通貨危機後の東アジア経済の回復と中国の独走 表2 通貨危機後域内の1人当たり所得(ドルベース下落、同時に「南北」格差拡大)

通貨危機以後の経済動向(表1)をみると、危機がタイで発生した年の翌年(98年)、タイ、韓国、香港、マレーシア、フィリピン、インドネシアは大きなマイナス成長を記録しました。最も打撃を受けたインドネシアは▲13.1%でした。その後、インドネシア経済は02年までに合計で約13%成長しましたので、経済規模は危機前に戻ったように見えます。しかし、そうとはいえないのです。東アジア主要通貨の為替レート推移をみると、通貨危機の洗礼を受けた国の通貨レートは暴落したままです。比較的下がりかたの少なかった韓国でさえ02年で、危機前年(96年)に比べ20%方、インドネシアではなんと75%方下がりました。その結果、1人当たりの所得比較(表2)では、中国を除き、どの国もドルベースでみれば96年の水準に戻っていません。しかも、インドネシアを1とすると、この間に、韓国は10から14倍へ、シンガポールは22から29倍へと格差が開き、中国には0.6倍から1.3倍と逆転されました。つまり、東アジア域内の「南北」格差は拡大しているのです。この2点に注目したいと思います。

ASEAN内の格差拡大と求心力の低下

現時点では、ASEAN-4ではタイ、マレーシアが勝ち組で、インドネシア、フィリピンが負け組となっています。そうなるとASEAN諸国の団結が緩むのは当然のことで、かつてはASEANの盟主的存在だったインドネシアが今は黙っているしかない状態になっています。それに代わって全体をリードする国はありません。タイやシンガポールなどは、ASEANの意思決定方式をこれまでのコンセンサス方式から2国以上の国がこれは良い案でないかといえば直ちに試行できるアーリー・ムーバー方式を主張しています。

タイ、マレーシアが勝ち組となった理由

タイは最初に通貨危機に遭遇しましたが、政治があまり混乱することなく、03年には年率6%程度の成長をするまでに回復しました。インフレ抑制に成功、銀行の不良債権も縮小させ、株価も高水準となり、対内FDIも03年の1-9月期に前年同期比65.9%のプラスとなるなど「優等生」ぶりを発揮しています。マレーシアも、IMFの支援を得ることなく通貨危機を乗り切りました。そして、FDIの一部が中国に移るといった面もありますが、まずまず巧みな経済運営を続けています。勝ち組に共通しているのは将来に向けた国家ビジョンが明確だということです。例えば、タイでは、地場産業としては農畜・水産業や観光をベースとした経済発展モデルを志向、草の根の農民生活を豊かにし社会を安定させようという政策をとっています(一部に、金権政治だとの批判もありますが)。その上で外資が入りやすいようにインフラ整備や投資認可のスピードアップなど投資環境の整備に傾注しています(これはマレーシアも同じ)。かくして、タイのあちこちに強力な自動車企業クラスターができあがりつつあります。加えて、メコン川開発です。メコン川周辺の投資環境を整備すれば、後発ASEAN4国(CLMV)経済がタイ経済に結びつき、自動的にタイに大きなお金が落ちることになります。タクシン首相はさらにACD(アジア協力対話)を推進しています。これは、「ASEAN+3」だけではなく、インド、パキスタン、バングラディシュといった南アジアや中東諸国をも招請して対話を進めようというものです。日本など先進諸国とは従属的な関係でなくイコールパートナーシップを志向し、アジア・ボンド構想でも実施面で指導力を発揮しています。

茨の道を歩むインドネシアとフィリピン

インドネシアは通貨危機への対応でつまずき、通貨が暴落、金融システムが麻痺、政治は大混乱に陥り、スハルト体制は崩壊しました。労働運動が激化するなどにより投資環境は悪化し、東アジア、ASEAN内で負け組の代表格となってしまいました。後継者のハビビ大統領は十分な検討なしに地方分権に着手しました。地方政府に人材は不足しており、結果的には、法律は守られず、地方には汚職が蔓延しています。最近の世論調査では、なんとスハルト時代の方が良かったとの回答が過半に達しています。現在の経済成長は3-4%と途上国としては特に低いわけでなく、輸出の伸びもまずまずですが雇用増は困難です。危機前に1ドル2500ルピアだった為替レートは現在は8600ルピアと3分の1以下です。新規対内FDIはほとんどなく、成長の持続性に疑問が残ります。一方、フィリピンは通貨危機には当初うまく対応し、大きなダメージを受けなかったように見えましたが、政治が安定せず、直接投資はほとんど入らず、これまた経済成長の持続性に疑問があります。同国が抱える本質的問題は、封建遺制とアメリカ型民主主義がいまなお共存しているところにあると思います。インドネシアと同様、同国にも将来へ向けての明確な国家ビジョンがありません。政治が空回りしているうちに、社会インフラが劣化し、投資環境も悪化してしまっているのです。

巧みな中国のアプローチ

これらの状況を背景に中国は次のように対ASEAN諸国へのアプローチを強めています。
(1)ASEAN地域の華人・華僑の人脈を掌握し活用しつつある。
(2)資源の豊かなインドネシア、ミャンマー、カンボジアと友好的な関係を結び、ODAなどを供与している。
(3)中国の世界戦略の一環として、ASEANとのFTAを着実に進めている。

東アジア・ASEAN地域の地域公共財をどうするか

現在、東アジアはFTAブームです。日本もその流れに乗り遅れまいとする結果、ASEAN内で起こっている政治・経済・社会の変化を見逃しがちです。「失われた10年」で日本人が内向きになり、周辺国にも目が十分向かないという一種の後遺症かもしれません。

東アジア経済圏(ASEAN+3の経済統合)の成立には相当な年月がかかりましょうが、それをめざすという点では、域内諸国は一致しています。その成功のためには、域内の人々が自らを「東アジア市民」と自己認識することが必要です。市民にはFTAなどを通じた経済統合によるメリットを享受する権利がありますが、同時に地域公共財のコストを負担する義務もあります。

ASEAN諸国の求心力は弱まってはいますが、金融協力(チェンマイ・イニシアティブやアジア・ボンド市場など)やテロ・海賊対策など比較的うまくいっている分野もあります。

ASEAN・東アジアが今後協力して取り込むべき「地域公共財」とは、(1)域内・国内の所得格差の縮小、(2)中小企業・ベンチャーの育成、(3)投資環境改善、(4)通貨危機再来の防御、(5)金融システム強化・債券市場育成、(6)社会インフラ整備、(7)地球環境維持・改善、(8)テロ・海賊行為の取り締まり、(9)司法・教育改革、(10)知財保護などです。

結論

今後、東アジア経済圏をめざしていくために考慮しなければならないことは少なくありません。第1に、東アジアは、EU原加盟国と異なり、国土面積、GDP、1人あたり所得、主たる宗教、旧宗主国、国内の華人比率などの点で非常に多様であるということです。CLMVを含めるとさらに多様になります。従って、経済統合にあたっては、サブ・グループ化とフェージング化(段階を追って統合を進めること)が必要です。

具体的には、加盟国間の対等なパートナーシップと地域公共財の共同負担原則の確認が必要です。それを私は端的に「東アジア市民」としての自己認識、といっています。その原則に沿って、日本は目線を下げ、東アジア諸国に対して欧米に対するのと同様の対応をすべきでしょう。域外国は域内国とFTAなどを結ぶのは自由ですが、市民ではないですから地域の経済運営に必要以上の口出しは無用です(もちろん、それは国際機関を排除するものではありません)。日本として地域公共財に対して、応分の負担に応じるとともに、こういう考え方を各国に徹底させる責務があります。中国にも、日本や韓国と協力して、地域公共財を支える役割を果たすよう促す必要があります。まず、ODAなどの情報公開を求め、さらにASEANなどでの共同支援体制を構築するように呼びかけ、イニシアティブをとるべきです。また、日本経済が力を取り戻し、オープンでないかぎり、東アジア各国の日本への期待も消えていくのだということを日本の指導者は肝に銘じるべきです。日本は確かにアジア諸国にとって大きな取引相手ですが、中国が注目されているのは、新しいビジネス機会を提供してくれるからです。一口にASEANといっても、各国の事情はさまざまですから、きめ細かい分析と対策が必要です。産官学の協力を強化しなければなりません。アメリカ政府は経済利益の観点から、東アジアでは基本的に中国だけに目を向けた姿勢になっているようですが、同じ地域の市民たるべき日本がそれと同じではいけません。

質疑応答

Q:

日本は中国にODA援助しているわけですが、お話のように中国が各国に援助をしているとなると、これは矛盾しているではないか、という一般的な意見が日本国内にはあります。いかがお考えになりますか。

A:

対中ODAは今後減っていくことになりましょう。ただ、「中国はもう豊かになったじゃないか、こっちはお金がないんだ」と一方的に減らすようなことは新たな摩擦を生み出しかねません。中国は立派だ、日本の援助を当てにする時代は終わりつつあるのではないかといったことを中国各地で講演・協議するなどして、相互理解が醸成されるようにしていくべきです。そういう自己PRが下手すぎます。また日本もかつて世銀にお金を借りながら、東南アジアに円借款をしていたことがあります。必ずしも、他に援助しているからこちらの援助は必要ないだろうといかない場合もあります。さらに、中国の国内問題で、環境保全にはお金が回らないが、日本が援助することで環境が守られるというなら、これは日本にとってもメリットがあることだといえます。お金だけではなく、例えば環境の専門家を派遣するといった援助の形もありますから、そういうものまですべて切り捨ててしまうと、かえって日中関係改善に役立つような注文もつけられなくなって、日本にとってデメリットになるという側面もあるかと思います。

本意見は個人の意見であり、筆者が所属する組織のものではありません。

※本稿は11月28日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2004年4月8日掲載

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