ブレイン・ストーミング最前線 (2003年12月号)

九州大学における産学連携の試み-尊敬される大学、競争力ある大学をめざして

谷川 徹
九州大学産学連携センター教授・副センター長

まず自己紹介を致します。私はもともと大学人ではなく銀行員、即ちビジネスマンでした。昨年シリコンバレーから世界の中でも保守的といわれる日本に戻り、その日本でも最も古い体質といわれる国立大学に参りましたが、古い体質からまだまだ変わっていない大学の現状に触れて驚きの連続でした。世間の一般常識が中々通用しない日本の大学で産学連携を進めても社会に本当に貢献できるのか疑問に思うこともありましたが、このような日本の大学を変えてゆくことは大変やりがいのあることであるとも思っています。

今日は私が経験した米国西海岸の産学連携の考え方を取り入れた、九州大学の産学連携をご紹介いたします。

九州大学の概要

九州大学は1911年、我が国第3番目の帝国大学として医学部を基礎に創立されました。その後すぐに工学部ができましたので、多数の大学院、研究所、学部を有する総合大学ですが特に医学と工学が強い大学です。福岡市に位置しており、以前は東京から遠いことがハンデのようにいわれていましたが、最近は成長著しいアジアに最も近いということで、むしろアドバンテージになっております。また、九州はシリコンアイランドといわれ、システムLSI設計に関しては日本全体の3~4割の技術者が北部九州に集まっていますし、トヨタ、日産の主力工場が北部九州にあるなど、九大は製造業のメッカ、ハイテクの拠点とも隣接しております。

教職員は合計4000人以上おり国立大学としては大規模です。また在籍している約1万6000人の学生の内約1100人が留学生で、大半はアジアから来ています。特に中国からは400人を超え、その点からもアジア、中国とつながりが深い大学といえます。

また、最近は九州芸術工科大学と統合したことで、デザインという他の国立大学にはない新しい要素を取り入れることができ、今後の大きな強味、特色となるでしょう。さらには前中国国家主席、江沢民を輩出した上海交通大学とともに、日中両国地域中堅企業の技術連携支援も始めています。

九州大学を取り巻く現状と産学連携の意義

それではなぜ今産学連携か。第1は“九州大学を含む日本の大学を取り巻く厳しい環境そして期待”に起因するものです。九州では「九大の悪口を言うと会話が盛り上がる」とか「化石のような九大は相手にしない」といった話をよく聞きました。つまり大学が社会や地域にとって役立っているかわからない、関心をもたれていないといった状況は大変残念な事であり、このように海外の大学と比べ社会貢献、地域貢献が十分になされていない日本の大学は変えねばならない、というのが1つの回答です。

2つめは来年4月から始まる国立大学法人化のインパクトです。法人化によって日本の国立大学は大きな自由を手にすると同時に、収入と支出のバランスを保つという責任が発生することになります。それは日本の大学が大競争時代に入る事、さらに研究・教育レベルを上げる必要があると同時に、自ら収入を上げコストは下げて生存競争に勝っていかなければならないことを意味します。大学が自らの価値を高め、また自立する努力をした上で、自らの持つ価値を最大限に活用し日本の経済、国民等に対し貢献していくことが、大学の競争力を高め尊敬をもたらすことにつながると思っています。

九州大学のめざす産学連携の内容

現在一般的に理解されている産学連携とは、知の拠点である大学がその研究成果を社会に移転したり、企業からの受託研究や共同研究をしたり、大学の研究成果や人材提供によるベンチャー創出などにより、経済を活性化し雇用を促進することだと思います。九州大学はそれとともに、より広い意味での産学連携も視野に入れてゆきたいと考えています。その中の1つは教育面での産学連携です。たとえば専門職大学院の拡大などがその一例です。ロースクール、ビジネススクール以外にも、デザインや医療経営、環境、NPOなど、ニーズは高いと思います。社会人の再教育も大きなマーケットです。米国シリコンバレーでは、新しいIT技術が生まれた時に企業からの一括受託を受け、大学が教育コースを用意し企業従業員の再教育をしています。このようなモデルを取り入れることも考慮しています。

日本の大学では「研究」、「教育」と並んで「社会貢献」が新しい柱として提唱され始めましたが、九州大学でも「産学連携」を「社会貢献」の中心として位置付けています。「産学連携」は大学における「研究」、「教育」の成果や人材を社会で役立てるための手段ですが、別の見方をすれば大学が尊敬され、競争力を持てるように次の5つの重要事項を達成する効果があります。

(1)社会的責任遂行(持てる宝の現実価値化)
(2)経営強化(自立化)
(3)研究/教育の活性化(社会のニーズ認識、優れたリソースの取り込み)=現実社会のニーズは何かを知ることにより大学の研究方向性に影響を与える
(4)大学改革(Value for Money・説明責任、透明性)
(5)大学のブランド力向上(社会、地域、市民からの支持)

九州大学のめざす産学連携

私自身は、大学とは高度な知を生産しそれを社会に提供する「サービス産業」だと認識しています。大学が社会から隔絶した存在にならないよう、顧客志向の姿勢が重要です。産学連携というツールを使って社会のニーズに応えるのが大学の使命の1つだと思っています。

我々産学連携チームにとっての顧客(ステークホルダー)は学外と考えがちですが、研究者や学生なども顧客です。研究者、教育者、学生等が活動しやすいよう学外のニーズを伝えたり不当な扱いから守ることも重要です。

また、産学連携分野は世の中の常識に合わせなければいけません。透明性の確保をはじめ、説明責任やルールの明確化といったビジネス常識を原則にします。今までの国立大学に欠けていた費用対効果原則も重視します。更にはスピードを重視するとともに、実質的かつ専門的なサービスを効率的に行います。リーダーシップを強化し、産学連携に従事する専門人材を獲得し、産学連携窓口を一元化して学内ルールの共通化を進めます。アジアに近く位置している強みとデザイン研究・教育部門を持つ有利性を最大限に生かす方法もとらなくてはなりません。包括連携研究などの大きなスキームにおいては、九州大学がブリッジになり他の大学、企業を仲間に取りこむなど、期待されるニーズを最大限実現するような試みにも取り組み始めています。

次に産学連携推進体制についてお話します。九州大学の産学連携の一元的窓口である知的財産本部は、九大の産学連携、知財業務全般の総合企画及びその実施を行っています。

(1)技術移転部門、(2)リエゾン部門、(3)起業支援部門、(4)デザイン総合部門、(5)企画部門の5部門に事務部門を加え、それぞれにリーダーと数名のスタッフがいます。現実に共同研究や成果たる技術を生み出すなどの産学連携の実質部分を担うのは学内各部局ですが、知財本部は知財ポリシーや利益相反ポリシーなどの基本的な共通ルールを作ったり、新しい産学連携プロジェクトを企画したり、また各部局の産学連携活動を積極的にサポートするなど、産学連携のインフラ作り、フロントランナーとしての役割を果たしています。

これは過去の九大産学連携体制の反省に基づくものでもあります。かつて複数の産学連携組織が学内外に並立する中で、役割分担の錯綜やリーダーシップの不在など、多くの問題が出てきた結果、十分な成果が上がらないということがありました。法人化を目の前に新しい知財ルールの整備などによる課題解決が必要になり、そこでこのような産学連携組織再構築に踏み切ったのです。

新産学連携体制の特色

(1)ワンストップサービス
学内外からの産学連携窓口を知財本部に一元化して、学外の方や企業だけでなく、学内の研究者たちに対しても分かりやすい体制にしました。全学の情報がここに集まる事で、知財本部にアクセスすれば他学部、他大学との連携も斡旋することができるようにするつもりですし、九大の知財を利用したいと思う人たちに対する均質なサービス提供につながります。
(2)プロフェッショナルサービス
現在、知的本部にいる20名強のスタッフを来年の3月までには30名前後にする予定です。新規採用は全て外部のビジネス経験のある人間です。大学教官の(研究・教育)能力とマネジメントの能力は別物だと考えるからです。
(3)迅速な対応
このように質量ともに充実したスタッフと効率的組織整備により迅速な対応が実現できると確信しています。

包括的連携研究の概念

企業の大きなニーズに対し総合的な観点から九州大学がトータルソリューションを提供する事をめざし“包括連携研究”という仕組みを始めました。九大の総合大学性を活かしさまざまな部局(学部、大学院、研究所等)を動員して企業ニーズに応えるものです。今までの共同研究、委託研究は、点と点(企業の一部門と教授)が線で結ばれている形でしたが、今後大きな研究テーマに関する共同研究、受託研究等は、面と面(企業と大学)で結ばれる新しいやり方に代えていきます。これには知的財産本部が関わり、受託・共同研究の成果の形や扱い、期限、権利の帰属、費用負担等を、連携研究開始前に“覚書”の形でまとめます。また企業、大学(研究部門と知財本部)で構成される“連携協議会”を適宜開催し、進捗管理、問題に対する解決策などを協議します。既に今年の1月から動いているのですが、着実に成果があがっています。これは日本の大学に対する企業側の従来の不満や不安を解消すると同時に、研究に対する正当な対価や扱いを必ずしもこれまで得ていなかった大学側の懸念を払拭するものでもあります。

産学連携活動の資金源

法人化後の特許関連費用など資金確保は最大の悩みです。現在国立大学発の知財は、企業や国もしくは教授個人の物になっていますが、国立大学が法人化しますと、大学で発明され権利化される知財は原則として大学の所有になります。権利化、特許化する費用は急増し膨大なものになる事が確実ですが、これを全て大学が手当てするのは相当困難です。現在の財源は(1)学内捻出予算、(2)国からの補助金、(3)知財本部事業予算等ですが、今後は(4)技術移転ロイヤリティ、(5)共同研究・受託研究のオーバーヘッド(1~2割の固定費用)を確保したいと考えています。さらに、(6)各種コンサルティング活動やブランドビジネス、そして産学連携有料会員組織というような、大学リソースを活用したもので財源を増やしていくよう検討しています。

産学連携の課題と障害

最大の課題として、大学人の危機意識の欠如があげられます。変化してきたとはいえ産学連携への意欲・意識はまだまだ低いのが現状です。産学連携に対して、残念なことに7~8割の教官が総論はしぶしぶ賛成、各論は無関心というのが現状だと思います。また経営意識、つまりコスト意識の不足、意思決定スピードの遅さ、顧客志向の欠如も大きな障害になっています。さらに大学事務局は予算の適正執行には非常にこだわりますが、大学ビジョンの実現のために物事を進める、変えてゆくという姿勢ははなはだ弱く消極的です。極端に言うとこれまで日本の国立大学には研究・教育にしか興味のない教官と、事務処理・事務手続にのみまじめに対応する事務官の2種類しか存在しませんでした。組織のビジョンをいかにして達成するかということを考えるマネジメント(経営)人材が不在なのです。各種学内規制の存在も大きな障害で、法人化しても実質的な規制は相当残ると危惧しています。

また過度の学部自治意識があって、学内一元的ルール作りへの反発が大きいのも問題です。現在の国立大学の学長には権威はあっても権限がありません。人事権も予算権も不十分です。最も権限があるのは大学院や学部などの部局と部局長会議です。現在の国立大学の学内ヒエラルキー構造は富士山のような形ではなく八ヶ岳のようなもので、学長はその上にかかる雲のような存在というのが実態ではないでしょうか。

それではどのように解決していくか。学外からの良い「ガイアツ」、外部人材の積極登用、学内外競争の促進、業績評価基準を変更し人事等で考慮すること、などが考えられると思います。

国立大学法人化の効用

国立大学法人になって制度的な枠組みは変わります。しかし大学の構成員つまり教員、事務職員および意識は変わりません。大学構成員の意識と組織のシステム、メカニズムも変わるべきなのです。具体的には
・教員……過度のアカデミズム、目的意識の希薄さから脱却
・事務職員……価値基準を「予算適正執行」から「予算目的実現」へ
・組織……リーダーシップ確立、法人としての常識(経営意識等)確保
(教職員二元体制見直し=マネジメント人材導入、学部自治緩和等)
・運営……競争原理の導入、経営意識の向上、業績評価基準の見直し
等です。変化を促すためにはよい意味で大学を“追いつめる”必要があるのではないでしょうか。

質疑応答

Q:

技術の出口はライセンス化を目標としているのでしょうか、それともベンチャー化に持っていくことでしょうか。組織としてどのようなマネジメントをしているのかお聞かせください。

A:

学内でできた発明について、市場性はあるか、ライセンス先はありえるか、特許を申請する価値があるかないか等については、知財本部内に知財評価会議があり、週に一回打ち合わせをしています。ベンチャーを立ち上げたいといってきた研究に対しても、ベンチャーがよいのか、技術移転がよいのかをそこで基本的に判断しています。

Q:

基本戦略の中で費用対効果の重視がありましたが、産学連携の場合どのような尺度で考えているのでしょうか。

A:

きちんと定義があるわけではないですが、今までは大学が費用を考慮しないことが多すぎました。特許申請もどのようなものを申請するのか、コストに関しても重視していませんでした。しかし現在では、権利化するにあたりマーケット調査を十分に行い、引き受け手がいるかどうか、将来ビジネス化する力がある企業が出てくるかどうかなど、商業的な価値を重視しています。これが見込めないものは大学が権利化せず研究者に任せる事になります。

本意見は個人の意見であり、筆者が所属する組織のものではありません。

※本稿は10月20日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2014年2月5日掲載