ブレイン・ストーミング最前線 (2003年9月号)

動け!日本(Innovation Japan)緊急産学官プロジェクト

松島 克守
東京大学教授/総合研究機構長

本日は、2002年春から東京大学本郷キャンパスの教官を中心にタスクフォースが編成された、「動け!日本」プロジェクトの成果についてお話しいたします。これはもともと経済財政諮問会議の民間委員の発意で、その成果はこの春に諮問会議で発表、「動け!日本」というタイトルで既に出版されています。

プロジェクトの話は、経済財政諮問会議からきたのですが、80年代米国産業が大変だったとき、MIT(マサチューセッツ工科大学)が「メイド・イン・アメリカ」というプロジェクトをやって良かったようだから、同じようなことができないか、ということだったのです。それで、委員長に小宮山宏教授(現東京大学副学長)、私が主査ということでスタートしました。

「動け!日本」プロジェクト

「動け!日本」は、広く民間の方に知っていただかなければ動きませんから、本を出版することにしました。その際、イノベーション(科学技術革新)の紹介は動画でないと分かりにくいので、DVDを付けました。

第一部「目指そう!世界一の生活」の中では、発想の転換を呼びかけています。20世紀はまず産業競争力を追求し、その結果、豊かな生活がついてくるという考え方でした。しかし1990年代終わりには、そのモデルは通用しなくなってしまいました。これからは、まず生活の高度化を追求し、ついてくるものがそれを支える産業であるという、発想の転換が必要ではないでしょうか。まだ使っていない科学技術、それをどう生活の高度化に結びつけるか、それが大切だと思うのです。

20世紀の日本の成長は、それまでの科学技術をどう製品開発に結びつけるかということにあって、鉄鋼、半導体、自動車、テレビなどの原理は100年以上前に開発された、しかも西洋の科学技術です。ところが、その科学技術は既に古くなっています。かたや、この30年間に日本で開発された技術は、商品化に結びつかずに大学や研究所に蓄えられたままです。21世紀は「メイド・イン・ジャパン」の科学技術を商品化するという可能性があると思うのです。これを生活者にぶつけて、産学連携を進めていきたいと提案しています。

また既存産業をイノベーションで活性化することと、東京以外の地域を活性化するということも必要だと思います。

生活の高度化は、我々がどうありたいか(潜在需要)という軸と、イノベーションという2つの軸で位置づけるもので、テクノロジーの裏付けがない潜在需要は、単なる夢でしかありません。今は皆さん、携帯電話をお持ちですが、30年前の私たちには、そのような技術がありませんでしたので、それは夢に過ぎませんでした。

とはいっても、「大学にこういう技術があるのですが、使ってみませんか」というシーズ指向ではだめで、生活に役立つものは何かというニーズ指向で考え、それにはこんな技術がある、という発想が大事だと思うのです。そして、そのイノベーションを製品・サービスとして提供していけばいいのですが、この循環がうまくいっていないような時は、その原因を考え、政策に活かしてほしいと思うのです。また、お役所はこういう動きを「取り締まる」のではなく、ぜひ「鼓舞」していただきたいと思っています。

技術を生活にどう活かすか

第二部「活かそう!科学技術資産」では、具体的にさまざまな分野の科学技術を紹介しています。

このところ、最も進歩したのは「健康学」でしょう。工業はほとんどが物理学と化学の応用ですが、20世紀後半最も進んだのは生物学、しかも「デジタル生物学」で、その典型的なのがゲノムです。

工学関係ではデジタル人間というのがありまして、自動車の衝突実験も今はほとんどコンピュータ・シミュレーションでやっています。創薬の実験をデジタル人間でやろうというのです。

「安全」に関する技術では、光ファイバを利用して、橋などの構造物の見えない所の損傷を検知する仕組みなどがあります。また、ナノ技術を使うと、生活に結びついたさまざまな新製品がつくれると思います。

ここで気を付けていただきたいのは、IT技術でIT産業、ナノ技術でナノ産業、バイオ技術でバイオ産業、という発想だとあまり発展性がないということです。生活者にとっての価値は、いろいろな技術の融合(コンバージェンス)によって見出されるものだからです。

現在IT、バイオでは日本は遅れをとっていますが、ナノ技術では若干リードしています。ですから、ナノ技術にITやバイオ技術を関連づけ、そこからきっかけをつくり、「健康」にターゲットをあわせるのがいいかも知れません。「健康」といっても、「治療」だけでなく、「予防」を考えると発展があるのではないかと思います。

ナノ技術を用いた腎臓結石破砕の例、エイズのDNAを集める技術なども紹介しました。

さて、これらの技術を活かして、大学の先生にベンチャー企業を始めて下さいと言っても、難しいと思います。こういう技術を考えつく人は、商売には向きません。研究者は金の卵のような技術を生み、孵化させるのは民間でやってもらいたいものなのです。しかし、民間の人はこういう技術があるということを知らないようで、東大医学部の先生でさえ、知りませんでした。工学部と医学部は、場所的には500mも離れていないのに、教授同士の交流はこれまでほとんどありませんでした。大学内でこの状態なのですから、他は推して知るべしでしょう。

イノベーションが産業に成長するには

現在の基幹産業もかつては先端技術産業だったわけで、イノベーションが産業化された結果です。しかし、市場が拡大し、成長するにつれ、知識は拡散します。鉄鋼、半導体、テレビなど、作り方を世界中が知ってしまってからは、もうその知識はお金になりません。あとはコストダウンで競争するだけです。

そこで知識で先行することが大事になるわけです。先端知識は大学などに蓄積されています。産業化する時には、基礎技術と産業技術の壁というものがやはりありますが、そこを通り抜けるのがベンチャー企業というカプセルだと思うのです。竹は60年に1度花を咲かせ、枯れていき、また新しい命を種として残すそうです。日本の基幹産業も長く栄えてきましたが、枯らすわけにはいきませんので、そろそろ新しい命をベンチャー企業からもらったらどうでしょうか。ベンチャー企業そのものが成長するというよりも、そのカプセルを既成の産業に埋め込むことによって、産業の活性化につながると思うのです。ベンチャー企業が安定企業になるにはかなりの努力が必要で、多くは挫折してしまうので、「生き残り」ということにかけて、一部では「死の谷」とか「ダーウィンの海」とかいわれています。それで、第三部「動こう!未来へ」の中で、イノベーションが産業に成長するモデルについて考えてみました。ベンチャー企業の社長10人にインタビューし、プロセスの分析をしました。東大大学院出身のITベンチャーの社長の例では、1970年に創業し、テクノロジーイノベーションは進むのですが、途中オイルショックや社員のストライキなどがあり、ある日資金がショートしてしまいました。それをきっかけにビジネスイノベーション(ビジネスとして進化した技術)についても考えるようになったのですが、今度はIT不況です。そして、1995年にようやく株式公開検討開始です。ここまで25年かかっています。社長は「現在のような助成があれば、もう10年早く事業はうまくいっていた」と言っています。

創業期の壁は、市場がない、資金がない、信用がない、オフィスがない、設備がないなど多岐にわたります。設備の問題は、特にIT関連ではない、モノ作り系だと大変です。一方、成長期には人材がなかなか集まらないことが問題になってきます。

しかし、昨年後半からはそのような壁をなくすような規制緩和が進みつつあります。国立大学の施設をベンチャー企業で使えるようにもなりました。細かい制度を整備してもらわないと、ベンチャーはちょっとした規制で、その先に進めなくなってしまうのです。

また大学も、若手の助教授を2年間位企業に出向させて、戻ってきたら教授になれるというような制度をつくってみたらどうでしょうか。企業では、大学では学べないことをたくさん学べます。帰ってこられるという保証がないのでは、みんな行きたがらないのは当然です。

地域の大学は、地域に対してもっと貢献してほしいと思います。一方、聞くところによると、地方自治体の国立大学への寄付を禁じる法律がまだあるそうです。

大学と産業界との「知」の交流が必要だと思います。その中で事業をしようという動きが出てきたら、大学全体にというより、その個別のチームごとに資金を援助するといいと思います。

今後の課題

第三部の中で地域クラスターについて取り上げていますが、実例は海外のものです。日本では、全国42都市を調べたのですが、地域クラスターが形成されていると確認できる地域はほとんどありません。クラスターらしきものは、京都、浜松、豊田、広島くらいでした。京都と浜松は30年間、製造業のGDPが一貫して成長しています。京都や浜松のようなところが日本に10カ所くらいできるといいですね。その核に地域の大学がなって、がんばってくれたらいいと思います。これについては、今研究中です。

ドイツは連邦制なので、クラスター形成の試みは、日本より進んでいました。実際に唯一の成功例である、ライプチヒ市とドレスデン市のあるザクセン州はドイツの中でも経済成長しています。同時にドイツは、銀行の状態が悪いことや、社会構造上の問題などが日本とよく似ているので、ドイツ事例をあわせて研究していきたいと思っています。

今回、プロジェクトの成果を本にまとめ、広く働きかけたいと思ったわけですが、関心のある方々が交流を持てる場を設けたいとも思っています。たとえば有楽町あたりに、3日間位の日程で、技術を売りたい人、買いたい人が一堂に集まるというのはどうかなと思っています。大学EXPOの提案です。

最後に、本には取り上げられませんでしたが、産業別に具体的な企業体質のイノベーションモデルをつくろうと思っています。企業の刷新は、ビジネスモデルの刷新です。また、産業クラスターの構造のモデル化や企業の無形資産の数値化にも取り組んでいます。

産業政策として、人材育成のことも考えていただきたいと思います。ベンチャー企業に対する投資は、たとえばITに関するものは、90年代は、対GDPを見ると米国に比べ、日本は低かったのですが、95年後半からはグンと上がって、米国と並ぶほどになりました。にもかかわらず、IT産業が日本のGDPを期待ほど押し上げていません。実は、人材育成ということで見ると、米国に比べ、大きな遅れをとってきました。例えば80年代は日本には大学のIT系学部、学科はほとんどなく、電子工学の学生を加えて、IT系の学生の数は約2万人、10年で約20万人しか育成できていません。一方米国は純粋に情報系だけで約6万人、10年で約60万人になります。大学院になると、日本は電子工学系を入れて約3000人、10年で3万人、米国は情報系だけで約1万2000人、10年で約12万人になります。90年代のIT競争での日米格差はこれによるものと分析しています。日本は電子工学までは、人材育成に力を注ぎ、産業競争力世界一という結果を出してきたのですが、その後ITやバイオに関する人材教育は全く遅れてしまっているわけです。

今後の課題はいろいろとありますが、まず「産」「学」それぞれが、「ほかが変わってくれれば」という発想ではなくて、「自分がどう変わるか」という発想になってほしいものです。小さいことでも出来ることを一歩ずつやっていくこと、そうすれば日本全体も動くのではないか、と思っています。

質疑応答

Q:

地方自治体からの寄付や学部の改編など、現在は制度改革が行なわれているようですが、実際の成果はどうなのでしょう。また、東大など大きい組織だと、届け出ひとつとっても小回りがきかないと思うので、NPOなどで届け出をするようにすれば、先生方のリスクも減っていいのではないでしょうか。

A:

制度改革を行なったということですが、まだいろいろ条件がついていて、それが困るのです。例えば、地方自治体が条件なしで地元の国立大学に寄付ができるようにしていただきたいですね。細かく条件をつけられると、それだけ動けなくなるのです。ともかく今は「動け!」。大学にももっと動いてほしいと思っています。

Q:

異なる分野の研究者が交流する時に、どんなことが壁になると思われますか。

A:

「学問の壁」は厚くないのですが、「組織の壁」が厚いのです。大学内でもそれぞれ「学部」というお城に籠城しているような状態です。そろそろ壁を崩して、内堀を埋めていきたいものです。しかし、日本の大学の研究水準は高い。論文引用では20分野のトップ20人をとると、1位は米国の235人ですが、日本は2位で40人です。3位はイギリスで39人、5位のフランスは8人です。日本語で書かれている論文も多いですから、英語に比べ、ハンデがあります。それにもかかわらずこの数字です。「メイド・イン・ジャパン」の科学技術を、ぜひ「メイド・イン・ジャパン」の商品につなげたいものです。

Q:

すばらしい技術があるのは分かるのですが、それを商品化するといくらになるのかといったことが分からないと、寄付または融資もしにくいと思います。技術を事業化する取り組みは、どのように進んでいるのでしょうか。

A:

ベンチャー企業は、最初は卵のような状態であって、安定するまでに時間がかかるのです。インキュベーション(孵化)するために資金を出す、そういうベンチャーキャピタルであってほしい。元本を保証しろとか、買い戻し条項うんぬんというのはベンチャーキャピタルではありません。それどころか、ベンチャー企業を育成する過程でのインモラルな企業行動が最近も結構あります。銀行も企業も、インキュベーションの意識をもっと持っていただきたいと思います。

Q:

無形資産の評価とはどういうことでしょうか。

A:

日産自動車はゴーン氏が来て立ち直ったといわれていますが、ゴーン氏は日産の中で眠っていた資産を引き出した、ということなのではないでしょうか。日本が今、しなければならないのは、その「引き出す」という行為だと思うのです。今、企業や大学に蓄積されている、膨大な、過去の無形資産をどう活かすか。これが「動け!日本」の真髄だと思います。

本意見は個人の意見であり、筆者が所属する組織のものではありません。

※本稿は6月4日に開催されたセミナーの内容に一部加筆したものです。
掲載されている内容の引用・転載を禁じます。(文責・RIETI編集部)

2003年8月28日掲載

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