ブレイン・ストーミング最前線 (2002年8月号)

韓国から学ぶ日本の課題と機会

マーカス・ノーランド
国際経済研究所(IIE)シニア・フェロー

韓国は1997年から1998年にかけて大変な金融危機に見舞われ、GDP成長率は7%からマイナス7%に、一年で14ポイントも下落しました。しかし、このとてつもないショックが数々の改革を促し、その結果、韓国は今、目を見張るような回復を遂げています。今日は、韓国の過去5年間の経験から日本が学ぶべき教訓を中心にお話したいと思います。

日本は、金融システム、デフレーション、財政問題、構造変化という4つの問題を抱えていると思います。日本の銀行は過去10年間で約60兆円もの不良債権を引当処理しましたが、これは韓国やカナダ、あるいはベルギー、オランダを合わせたGDPの額を超える規模です。1999年、銀行の資本が増強されましたが、以来、特に金融庁、さらには政治システム全体が、この方法が問題解決をもたらさなかったという事実を認めようとしない姿勢に問題があるのではないでしょうか。

Shoot the messenger (警告者を撃つ)という表現が、残念ながら今の日本の状況を表しているように思われます。格付け機関の例が示すように、外国人が日本の問題を取りざたすると、攻撃を浴びせられます。あえてこのような話をするのは、日本政府のこうした姿勢が逆効果を招いているからです。つまり、格付け機関やIMF、民間エコノミストを攻撃することで、日本は全世界に向かって、自らの問題を認めようとしないというメッセージを送ってしまうことになるのです。

日本は大恐慌以来はじめてデフレを経験する先進国ですが、日銀のこれまでの対応が適当だったとは思えません。議論のなされ方、速水総裁の対応や言動のあり方が市場心理を損ない、ここでもまた、日本が自らの問題を否定しているというシグナルを全世界に向けて発してしまいました。インフレターゲットにしても、大きな問題をはらんでいます。この政策が採用されインフレが発生すると国債市場に問題が生じ、ひいては銀行に問題をきたすことになります。

財政政策にも問題があったと思いますが、これについては長年にわたり不明朗なシステムを構築してきた財務省の責任が大きいと思います。問題は(目に見える)バランスシート上の財務体質だけでなく、むしろ(目に見えない)不確定債務について具体的に何がどれくらいあるかわからないことです。第三セクタープロジェクトがらみの政府保証、県・その他の地方政府が破綻した場合に国が面倒をみるという暗黙の保証、将来における銀行資本増強への暗黙の保証、年金基金に対する暗黙の政府保証などが想定されますが、IMFやOECDのようにきちんとした会計基準に照らしてみると日本政府の財務状況はひどいものです。長期的には財政再建を図らなければならず、そのためには、社会保障その他における政府の将来的なコミットメントを一部撤回し、財政支出削減を図る、さらに税収を何とかすることが必要です。しかし、こうした施策は、短期的には需要を落ち込ませ、事態のさらなる悪化を招きます。長期的に考慮すべきことと短期的な事情のあいだに軋轢が存在するのです。

日本の格付けがボツワナ、チェコ、イスラエルと同等まで引き下げられたことについてさまざまな議論がなされています。スタンダード&プアーズの信用格付けチャートによれば、今年の年末から来年1月のあたりに日本と韓国の格付けが逆転し、2003年以降は韓国の方が日本より格付けが上になります。これが理にかなったものかどうか議論のあるところですが、それでは、どういうわけで日本が1997~1998年に金融危機に見舞われた韓国より低い格付けになるという予想が出てきたのでしょうか。答えは、1998年以降の韓国の回復です。

日本に比べて韓国がかなり有利と思われる点がいくつかあります。一つ目は、韓国は日本より経済規模が小さく、貧しいという点です。1998年、韓国経済は極めて大きな打撃を受けました。社会保障のセーフティネットがあまり整備されていない国で14ポイントもGDP成長率が振れたことが、政治システムを動かすほどの警鐘の役割を果たしたのです。二つ目も政治システムに関連しますが、韓国にとって幸運だったのは1997年に大統領選があり、新しい大統領が翌年二月に就任したことです。危機がちょうど始まったときに交代した金大中大統領は2つのことをなし得ました。まず、危機発生の責任を前任者に負わせることができました。また、危機をもたらす原因となった有権者層に何ひとつ負う所がなく、便宜をはかる必要がなかったので自由に危機対処プログラムをつくることができたのです。韓国大統領が日本の総理大臣よりずっと大きな権限を持っているということも強みです。

一方、日本はいわゆる大国病に陥っているようです。米国では英語以外の言葉を一切喋れず、外の世界について無知であっても、成功し、お金を稼ぎ、名声を得ることができますが、日本についても似たようなことが言えます。日本も大国なので、外の世界にほとんど触れることなく、日本社会に居ながら成功することが可能なのです。TOEFLスコアを見てみましょう。日韓とも他のアジア諸国に見劣りしますが、韓国は日本よりいい成績です。もちろん、中国でTOEFLを受験するのはほんの一握りのエリートなのに対し、日本や韓国ではより幅広い層が受験するというサンプリングの問題もあります。しかし私が言いたいのは、たとえば、(日本より)韓国の方が米国、英国、ドイツなど外国で訓練されたエコノミストの比率がかなり高いということです。彼らの多くは世界銀行やIMFで経験を経たのち韓国に戻っています。日本では、日本の国立大学制度の枠組みから一歩も踏み出すことなく日本の大学で経済学の博士号を取得できます。結果として(日本より)韓国のほうが他国の経験に学び、教訓やアドバイスを受けることに慣れているし、受容的であると思います。

不良債権問題についても韓国は、日本に比べて相当積極的な手段をとりました。銀行のバランスシートから不良債権を抹消すべく、資産担保証券を積極的に活用しました。より重要なのは、韓国政府が債権買取機構を設立して銀行から不良債権を買い取るだけでなく、買い取った債権を市場にうまく再放出したことです。銀行のバランスシートから不良資産を取り除くことと、その資産を塩漬けせず市場に放出し、新たな管理者の手に委ねることで、資産を優良化させたという二つのことをやったのです。日本では、不良資産を銀行から買い取っても、市場に再放出せず、実質的に塩漬け状態にしています。経済を動かしていくためには、資産が市場に戻り、その資産が生産的に管理のできる人々の手に委ねられなければなりません。

次にデフレについてですが、現在の日本の状況を緩やかなデフレと称するのは少し控えめすぎるかもしれません。韓国は少しインフレになりすぎているかもしれませんが、彼らはインフレターゲット政策を実施し、成功しました。その背景には韓国が比較的小さく開かれた経済であるため、より大きな部分が対外貿易や金融危機の衝撃にさらされ、金融操作を困難にしているということがあります。とはいえ、米国でもFRB(連邦準備理事会)が3%程度の緩やかなインフレをもたらすことに成功しています。金融政策においては、日本は米国に倣うべきかもしれません。

財政政策については、韓国、米国、日本が互いにミラーイメージになっています。韓国は財政緊縮的です。韓国は日本に似たところがあって歴史的に財政政策は官僚によって取り仕切られていますが、官僚は予算について厳格になりがちです。日本の場合、政治家が官僚から予算の舵取りを奪い取り、その結果、過去10年間で財政赤字は膨れ上がりました。その規模は現在、GDPの6%から7%のレベルに達しています。米国では、ブッシュ元大統領政権の終わりごろから始まった緊縮財政政策がクリントン前大統領政権の一年目にあたる1993年に通過した予算で本格的に効果を発揮し、大幅な財政黒字をもたらしました。各国の予算状況をストックベースで見ると、日本の金融負債総額が急激に増加しているのがわかります。問題は、実質ゼロ金利となっている現時点において、GDPの115%に迫る巨額の債務から生まれる金利負担が極端に低くなっていることです。インフレターゲットを導入し、たとえば3%程度のインフレが実際に起こった場合、国債ロールオーバーへの影響が問題になります。政府は実質金利を支払わなければならず、そのコストが予算に与えるインパクトはかなりのものです。 つまるところ、銀行に対してより強引な手法をとり、金融政策を維持するうえで妥当な時間を持ち合わせ、財政政策においてより大きな自由裁量を持ちえた韓国の方が迅速な回復を成し遂げ、今年のGDP成長率は7%超と予想されています。日本も景気後退期を脱しつつあるようですが、この回復はそれほど力強く持続的なものではないかもしれません。

ここで言っておきたいのは、日本が脆弱な経済を持った強固な社会だということです。日本が韓国や米国、あるいはその他の国から学べる経済政策は比較的テクニカルなこと、つまり実行するか否かの問題だということです。政治的な問題はあるでしょうが、ひとたび総理大臣と国会議員が決断を下せば、比較的すんなりと実施できるはずです。日本は、平均寿命、若年齢出産、幼児死亡率など幅広い分野の社会経済指標で優位性を持っていますが、こういう分野の改革の方がよほど大きな困難をともなうのです。総じて日本は強固な社会、つまり、国民の世話をするさまざまな制度やメカニズムを備えていると言えます。経済再生のための教訓は多分にテクニカルで、比較的たやすく韓国や米国から取り入れることができます。社会経済分野において、米国が日本から教訓を得ることのほうがずっと困難なのです。

質疑応答

Q:

仮に日本が米国の助言に従って自由化・改革を進めた場合、どのような不確定債務が出てくるとお考えでしょうか。

A:

日本が根本的な問題である財政問題に取り組むにあたって、3つの要素が必要です。インフレ、社会保障政策上のコミットメントの一部撤回、制度的欠陥是正による利益確保の3つです。まず日本は高齢者向け医療制度が、他国に比べて極めて非効率です。今後高齢者の比率がますます増加することを考慮すれば、効率的な高齢者医療制度の導入がもたらす将来の財政支出削減効果は大きいと思います。こうした効率化によってもたらされる利益で他から出てくる不確定債務を相殺すればいいのです。予想される不確定債務としては、たとえば金融システムや民間および公的年金債務へのコミットメント、あるいは地方政府や第三セクター事業に対する暗黙の政府保証などから発生するものがありますが、これらを相殺する利益を医療制度の効率化で生み出すことが重要です。国民にとって何も得るものがないまま、政府が社会保障その他のコミットメントを取り消すことになれば、国民は将来の負担増を予想し、さらなる貯蓄率の上昇と需要の冷え込みをもたらすからです。今議論が進められている税制改革について、それ自体は、基本的にいいことですが、いわゆるレベニュー・ニュートラルという考え方については、どの程度のマクロ経済的効果があるか疑問です。教科書的に言えば公共投資の方が需要押し上げ効果があるはずですが、日本の場合、政治制度上の理由で、必ずしもそうなっていません。日本に限って言えば、公共投資を削減し、その分だけ企業や一般家庭の税金を減らした方がずっと効果があります。確かに減税額のかなりの部分は貯蓄にまわるでしょう。しかし、支出や消費の上乗せされた部分は、消費者や企業が本当に必要とするものやサービスの購入に充てられるでしょう。いいものやサービスを提供している企業は、需要が伸び恩恵を得られるはずです。政府支出の構造を政治家重視から消費者重視にシフトさせることで、経済の構造変化を促すことができるのです。

Q:

日銀はインフレターゲット政策に消極的です。法的独立性を脅かされたくない日銀としては、これまで一度も試したことのない危なっかしい政策に乗り出したくないということなのではないでしょうか。

A:

日本は今、困難に直面しています。法的な独立性を与えられた日銀は、独自の金融政策を追い求めようとしていますが、独立性を確立せんがために速水総裁が採ってきた政策は失敗続きで、逆に日銀の独立性を脅かす結果になっています。さて、デフレ状況下におけるインフレターゲット政策が有効かという問題ですが、日本の問題は、有効か有効でないかということより、試そうともしないことだと思います。もちろんインフレターゲットは万能薬ではありませんが、手をこまねいて問題を先送りし続けるより好ましい選択だと思います。IMFがこの春に出した『ワールド・エコノミック・アウトルック』は、先進国のリセッション問題に1つの章をまるごと割いていますが、そこでは、先進国が大きな構造問題を抱えていることが指摘されています。改革を進めようとしない国は、繰り返し長期のリセッションに見舞われます。経済が崩壊するというのではなく、長期のリセッションから抜けでて幾四半期か回復期が続いたあと、またリセッションに突入し、そのたび状況が悪化する、というのです。しかしながら、IMFが導き出した教訓は、改革を実行した後の回復は大変力強いということです。日本の状況は決して絶望的なものではありませんが、問題を解決しない限り力強い、持続性ある回復を望むことはできません。

※本講演は6月11日に開催されたものです(文責・RIETI編集部)

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