Research & Review (2002年7月号)

公会計制度とパブリック・ガバナンスのあり方について

桜内 文城
新潟大学助教授/経済産業研究所 ファカルティフェロー

1.はじめに

公会計とは、利益の獲得を目的とせず、または、利益の多寡が成果の評価基準とはならない公共部門における経済主体の全般(中央政府、地方公共団体、特殊法人等)を対象とする会計技術・手法を意味する。

現在、「国の貸借対照表(試案)」(財務省)、「機能するバランスシート:東京都の経営を改革する冷徹な道具」(東京都)、「独立行政法人会計基準」(総務省)等々、公会計制度改革に向けた流れがみられる。しかし、その一方で、「企業会計的な発生主義会計を導入することに何の意味があるのか」、「バランスシートを作ってみたものの、どうも使い物にならない」といった疑問の声が生じているのも事実である。この混乱の原因は、公会計制度の「目的」やその果たすべき「機能」についての共通認識が不足していること、また、「発生主義」や企業会計上の「損益計算」といった基礎的な概念についても十分に理解されないまま議論がなされていること等にあると思われる。

そこで、以下の公会計の特殊性に即しつつ、若干、理論面からの整理を試みたい。

2.公会計の特殊性

(1)資源調達における優位性

公会計の特殊性は、まず、全ての経済主体が市場において等しく合理的に行動(利潤最大化及び効用最大化)すると仮定されている新古典派経済学の世界とは異なり、課税徴収権及び(中央銀行を通じた)通貨発行権を有する政府とその他の経済主体との間に、資源配分上の階層的構造、即ち、政府による強制的な資源調達とその他の経済主体による非自発的な資源の提供という関係が存在することにある。

特に、公共部門の経済主体の中でも、中央政府は、課税徴収権及び(中央銀行を通じた)通貨発行権を共に有することから、経済資源の調達における外的制約がほとんど存在しない。たとえ中央政府の負債が巨額に達した場合であっても、財政当局は、増税または中央銀行の公債引受等による通貨増発、即ち、インフレによる負債の実質価値の低下(インフレ税)を惹起することを通じ、名目上固定的な債務の償還を滞りなく行うことができる。公共部門の他の経済主体(地方公共団体や特殊法人等)においても、中央政府による財政的支援を通じ、緩やかな予算制約(soft budget constraint)しか受けない点にその特殊性が見られる。

(2)予算編成を通じた財・サービスの供給

公共部門の経済主体は、民間部門の経済主体と同様、経済資源の投入(input)を財・サービスの産出(output)に変換する作用を営むが、公会計の世界においては、上記の資源調達における優位性に裏打ちされた資源投入(input)面での特殊性だけでなく、これにより生産された財・サービス(output)の供給面においても、市場メカニズムを通じた需要と供給の均衡に基づく価格決定がなされないという特殊性が認められる。

換言すれば、公共部門においては、自動的に市場メカニズムを通じた最適な資源配分や財・サービスの供給が実現される訳ではないので、排除不可能性や非競合性といった性質を有する公共財や外部経済性を伴う準公共財の供給については、政府による(補助金や課税を通じた)市場メカニズムへの介入や、その直接供給によって、社会にとっての最適供給量を実現することが期待されている。そこでは政治的プロセスとも密接に関連する予算編成を通じた経済資源の配分と財・サービスの分配(移転)がより大きな重要性を持つこととなる。

3.公会計の特殊性に基づく会計原則

(1)現金主義と発生主義

このように、公会計が「利益」の獲得を目的としない以上、「発生主義」に基づく「損益計算」は不要とされ、従来、公会計の世界においては、主に現金の流出入を測定の焦点とする「現金主義」が採用されてきたところである。「現金主義」の長所は、収益的支出のみならず、社会資本形成等の資本的支出や社会保障給付といった移転支出も把握し得るということにあり、公共政策上の意思決定において、より有用な情報を提供することが可能であったとも言えよう。

しかし、現金主義会計の場合、その測定の焦点である現金は、貸借対照表に計上されるストック(資産及び負債)の一項目に過ぎないため、その他のストック(固定資産や長期負債等)に関する情報が不足し、その結果、財政運営が将来に及ぼす影響や将来負担を把握できないという問題が生ずる。特に、現在、我が国の財政状況は、歳入の四割前後が公債発行収入によるものへと変化するなど、ストック(資産及び負債)の管理とそれによる世代間にわたる負担の適正化といった点が極めて重要となってきている。これが、公会計の世界においても発生主義会計が必要とされるに至り、貸借対照表上のストック情報(資産及び負債の残高)が開示されることとなった大きな理由である。

(2)「企業会計的な発生主義会計」の落し穴

しかし、「企業会計的な発生主義会計」を導入するにしても、そこには一つの落し穴がある。企業会計の場合、一会計期間の成果を測定するためのフロー情報としては、「損益計算」(収益マイナス費用)に基づく「利益」が用いられる。しかし、政府をはじめとする公共部門はそもそも「利益」の獲得を目的としておらず、政府の活動としては、予算に基づき対価を求めない財・サービスの供給がなされる。例えば、社会資本形成等の資本的支出や社会保障給付といった移転支出は、会計上、「損益取引」には該当せず、資本を直接減少させる「資本取引」または「交換取引」として処理されるものであるが、政府の活動としては、むしろそれらがメインである。

従って、公会計においては、単に「企業会計的な発生主義会計」を導入し、フロー情報として「損益取引」に基づく「利益」を把握しても、政府の活動成果の測定としては無意味である。むしろ一会計期間のフロー情報としては、「損益取引」のみならず、ストック(資産及び負債)の変動である資本的支出や移転支出をもカバーする「資本取引」等(一部、資本形成に係る交換取引を含む)にまで測定の焦点を拡大することによって、フロー情報と貸借対照表上のストック情報とを相互に関連させつつ、政府の財政運営上の責任を明確化すべきこととなる。(図表1参照)

4.公会計主要財務諸表の体系

以上の議論より、あるべき公会計主要財務諸表の体系としては、[1]公会計貸借対照表、[2]行政コスト計算書(純経常費用計算書)、[3]財源措置・納税者持分増減計算書、[4]公会計資金収支計算書という四つの相互に関連する計算書が想定されることとなる。このうち、[1]公会計貸借対照表は企業会計における貸借対照表に、[2]行政コスト計算書(純経常費用計算書)は損益計算書に、そして、[4]公会計資金収支計算書はキャッシュ・フロー計算書に相当するものであるが、これに加えて、ストック(資産及び負債)の変動に関するフロー情報にまで測定の焦点を拡大する資本計算書、即ち、[3]財源措置・納税者持分増減計算書が必要である。この[3]財源措置・納税者持分増減計算書を基礎として、将来に及ぼす影響が大きい資本的支出や社会保障制度の当否について検討を行うこととなる。

従来、政府の財政運営においては、歳入歳出という現金の流出入に基づく資金収支計算書([4])しか作成されていなかったところであるが、公会計主要財務諸表([1]~[4])を体系的に作成することにより、現金主義会計の困難を克服し、かつ、発生主義会計の長所を取り入れることが可能となる。

5.公会計の目的

(1)パブリック・ガバナンスの確立

公会計の目的は、公会計情報の利用者とそのニーズによって決定されるべきものである。従って、様々な立場はあり得るが、究極的には、公会計の目的は、パブリック・ガバナンスの確立にあると考える。パブリック・ガバナンスとは、国家の統治システムにおいて、国家の究極的な持分権者(プリンシパル)である国民が、国政担当者(内閣ないし執行権[executive power])を自らのエージェント(代理人)として国政運営を委託しつつ、可能な限り国民の利益の方向性に合致するよう国政担当者の意思決定を規律付けるメカニズムをいう。公会計は、エージェントとしての国政担当者(内閣ないし執行権)の意思決定を財務面から適正化し、プリンシパルとしての国民の利益を保護するための道具として位置付けられる。(図表2参照)

(2)国家のガバナンス構造における税と国民の位置付け

公会計の目的に従い、公会計上の概念も規定される。

まず、政府の財源である税の位置付けについては、持分参加者たる納税者からの拠出による「持分(equity)」の増加として認識・測定すべきと考える。その理由は、[1]税は、国家の構成員(内部者)たる国民(≒納税者・有権者)から政府に対して委託された国政運営の財産的な存立基盤であり、税の収納を以って、第三者(外部者)との外部取引によって生ずる「収益」と認識することは適当でないこと、[2]国民による受益と負担との関係が不明確であり、(費用・収益対応の原則により)政府の資源投入に対応すべき「収益」とは認め難いこと等にある。

その場合、国民は、納税を通じて政府に経済資源の運用を委託し、いわば信託法上の委託者ないし持分権者の地位に立つと同時に、政府の資源調達における優位性(即ち、課税徴収権及び通貨発行権)に基づく反射的効果として、現役世代のみならず将来世代も含め、国政運営の結果である世代間にわたる国の負債につき一種の無限連帯責任を負っているのと同様の地位に置かれる。他方、政府は、国民から預かった経済資源を信託財産として管理・運用し、いわば信託法上の受託者としての義務と責任を負う。

この点、税の位置付けについて、政府が提供する財・サービスの対価、即ち、収益として捉える考え方もある。その場合、国民は、政府による財・サービスの供給に対し、その満足度に応じて対価を支払う顧客として位置付けられる。顧客としての国民は、現時点において政府による財・サービスの便益を享受し、現実にその対価を支払う現役世代のみを意味する。

昨今、族議員を通じた利益誘導政治等、税を費消する側だけが政府の意思決定を左右する「タックスイーター・デモクラシー」の弊害が指摘されるが、これは、顧客としての国民が、国会議員の圧力を利用することによって自らの負担をなるべく回避しつつ、政府による財・サービスの分配・移転を求めることを意味する。公会計制度改革は、パブリック・ガバナンスの確立を通じ、国家の究極的な持分権者である現役世代・将来世代双方を含む国民の利益を保護する「タックスペイヤー・デモクラシー」の実現をめざすものである。

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